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67 ラーメン屋、家を買う

アクセスありがとうございます。

70話前後で最終回予定。

いつもたくさんのご支援を貰えて幸せです。

 ☆


 すみれが消え去り、宴会もお開きになった。

 夜通しダラダラと飲んで食って騒いで歌いたいやつは歌って、踊りたいやつは踊って。

 俺は必死でメシを作ったり配膳を手伝ったりしていたわけだが、楽しい宴会だった。心地よい疲労だ。

「じゃあ俺らはそろそろ帰るぜ。お前らはどうするんだ?」

 地龍の民の一人(戦士長兼、客船操業時の船長)が俺たちに確認する。

「そうだな。俺もあんたらの船で帰ることにするわ」

「頼むから今度は船の上から海に飛び込んだりしないでくれよ……」

 昔のことだ。忘れろ。

 俺はドワーフの村長が乗ってきた船で帰ってもいいんだが、青葉一風がトカゲ男たちの船で監視つき護送されるので、見張りを手伝うためにトカゲ男たちと一緒に帰ることにした。


「ジロー帰っちゃうんだぁ。また遊びに来てね」

「いつでも大歓迎っスよ」

「そうだな。来年の祭りにはまた来るかもしれん。そん時はよろしく頼むわ」

 エルフ兄妹と別れの挨拶を交わす。

「……来年は帰さないんだから」

「え? なんだって?」

 黒娘がなにか言っているが、よく聞こえないということにしておく。

 俺、実は男が好きなんだ、とか言ったらどんな顔するだろうな。

 まったく微塵もそんなことないが。至ってノーマルだが。


「色々ご苦労じゃったの。ところでおぬし、これからの自分の運命を知りたくはないかえ? ありがたい神の予言を施してやってもよいぞよ」

 ロリ巫女の龍神のかまどが平常運転で偉そうに言う。

「薄暗い地下室で上半身と下半身が分かれて死ぬとかそういうのじゃないだろうな」

 その時は俺の究極の奥義を託す誰かがそばにいて欲しいものだ。

「なにをわけのわからぬことを言うておる。おぬしはそうじゃな、それなりに長生きはするじゃろうが、そのうち足や腰、内臓を痛めるじゃろう。用心して過ごすことじゃ」

「普通の日本人男性は八割方そうなるから!! 言われなくてもわかってるから!!」

 まったく無駄でありがたいご神託だった。馬鹿にしてんのか。タダだからいいけどよ。

 ちなみに新宿で飲んだ帰りに易者に見てもらい、同じような内容の占いで1000円とられたことがある。思い出して腹立ってきた……。

 ま、新宿で客一人1000円の商売やってるって時点で、単なる道楽なんだろうがね。


「よろしければ来年もラーメンを作りに来てくださいね。今度は熱くないのを食べたいです」

 龍の神さまが堂々とした体躯で頼りない要望を出す。

「ああ、今度は今年作ったのと全然毛色の違うものを出すからよ。せいぜい楽しみにして待っててくれ」

「まあ嬉しい。それならもっと血の滴ったようなラーメンを希望しますね」

 そんなラーメン聞いたことねえよ。

 人間以外の生き物が食べるラーメンというコンセプトも、開拓すればそれなりにアツい分野かもしれないがな。


「まあその、なんじゃ。気ぃつけて帰れや」

 最後になったが黒エルフの親父さんとも挨拶を済ませておく。

「おう。ボーっとしてたら黒塗りの高級馬車に追突したりするからな」

 あのときは割とマジで命の危険を感じた。

 異世界に来てまで交通事故に気をつけなきゃならんとは、世知辛いねえ。

「過ぎたことをネチネチと……まあええわ。ゆうべの立ち回りは見事じゃったけえ、気にせんといてやる」

 ゆうべの立ち回りってのはブーメラン空手のことか。

「防具で身を固めてたからな。大したこっちゃねえ。ニッポンダンジならカラテとスモウはたしなみの一つだ」

 俺は遊びで相撲を取ってもうっちゃりや河津かけ、足取りばかり狙うので男らしくないと良く言われるのは黙っておく。

「いや、あんさんも肝が据わったいっぱしの『男』じゃったっちゅうことじゃ。娘とのことはワシもとやかく言わんけえ、気が向いたらいつでも遊びに来るとええ」

「別にあんたの娘さんとどうのこうのってのは俺は考えてねえんだが」

 今のところはな。未来のことはわからん。

「ワシもすぐになにがどうなるとは思っちょらんわい。ただ、色々なしがらみを抜きにして、軽い気持ちでふらっと寄ってくれるような島に、ここは変わって行かんにゃあならんのじゃ。あんさんがその取っ掛かりになってくれるっちゅうんじゃったら、ワシらとしては助かるっちゅう話じゃ」

 族長なだけあって、やっぱりいろいろ考えてるんだなこのオッサンも。

 黒エルフの島も、これから大きく変わるだろう。

 どう変わっていくのかは俺も興味あるしな。

「わかったよ。年に一度の祭り以外でも、なにか機会があれば連絡するわ」

「おお。そうしてくれや。じゃあの」


 あらかたの挨拶を終えて、俺は船に乗り込んだ。

 トカゲ族の船に便乗させてもらうのは俺、白娘、料理長くん、そしてクォータードワーフのチビである。

「お前の母ちゃん、今は地龍の島にいるんだっけ?」

「んだ。そこでゆっくりして少し体力がついたら、大陸行きの船に乗せてもらうって話になってるべ。いろいろ良くしてもらって感謝の言葉もねえべさ」

 ませたこと言ってるな。

 一風は船の奥に閉じ込めておいて、なるべく妻子に会わせない方がいいだろう。

 

 船が出港し、黒エルフの島を離れて行く。

 浜に大勢の黒エルフと、あとから出発する予定のドワーフたちが出て来て俺たちに手を振っている。


 楽しい旅だったな。

 いろんな種族、いろんな奴に会って、酒を飲んで、ラーメンを食った。

 他にいろいろわけのわからないこともあった。

 すみれの言葉じゃないが、みんながいたから楽しかった。

 旅の終点である黒エルフの島を後にする途、そう思うと少し泣けた。

 少しだけな。


 ☆


「お帰りぃ~。黒エルフさんのところは楽しかったべか?」

 地龍の島に着くと体調不良のおっかさんが、俺たちと別れた時点より三割増しくらい、太く頼もしい体つきになっていた。

 確かにドワーフの血を引いているなあと思わせる、女子プロレスラー体型になりつつある。

「ずいぶん顔色良いなオイ」

「きっといいもの沢山食べて寝て過ごしてたんだべさ」

 冷めた目でチビ娘が推察する。

 それで簡単に太れるなんて単純な体のつくりだなあ。

 俺たちもそれなりに良いもん食って過ごしてたが、ここまでダイレクトに体型は変わらんぞ。

「ここから大陸に行くって話だったべか? 向こうはどんな美味いもんがあるべなぁ~」

 脳にまで脂肪が回りかけているようなご機嫌な状態のおっかさんを拾って、俺たちはさらに船に乗り継ぐ。

 行先はもちろん大陸の港町。

「地龍の者に確認したら、港の近辺で父がわれわれの帰りを待っているそうだ」

 白エルフ娘が浮かない顔で俺にそう教える。

「お前は家出娘だから、がっつり絞られるだろうな」

「か、構わない。それに見合うだけの価値のある旅だった。叱責される覚悟は、できて、いる……」

 めっちゃオドオドしてるじゃねえか。

「多少はお前も力になったってことを俺からも言っておくから、あんまりビビるな」

「その通りでございます。お嬢さまの風の魔法による防御がなければ、危うい場面は幾度もございました」

「エルフ姉ちゃんの魔法、かっこいいべさ」

「そ、そうか……?」

 男二人とガキ一人にアツくフォローされて、元気を取り戻す白エルフ娘。

「このイモを潰して揚げたの、なまら美味いっしょや!」

 誰かこの満腹中枢の壊れたハーフドワーフオバサンを黙らせろ。


 ☆


 はてさて、港では情報通り白エルフ父が俺たちの帰りを待ち構えていた。

 いきなり下船した娘の横っ面をひっぱたき……ということもなく、いつも通り鷹揚な微笑を浮かべている。

「妻を殺したのはアオバ・イップウだったそうだね。そして捕えて連れて来たという連絡を受けているが」

「さようでございます」

 料理長くんとその情報について少しばかり話し合った後、エルフ父は娘に歩み寄り力の限り抱きしめた。

「よく、無事で帰って来てくれた……」

「父さま……ごめんなさい! ごめんなさい!」

「いいさ。お前も大変だったろう。辛かったろう。今は何も言わないから、ゆっくり休むんだ」

 白娘と料理長くんは連れだって屋敷に帰って行った。

 彼らの屋敷はここから少し森の方に入った町にある。

 俺もドワーフの村に帰る前に寄るとしよう。


「で、一風の元嫁さんと娘がこちら」

 俺はドワーフと人間の血が入った母子を、白エルフ父に紹介する。

「ふむ。こちらで生活の支援をすること自体に問題はないし、私としても狭間の里の内情を彼女らに詳しく聞きたいのは確かだ。それでいいのかね?」

「ありがたい話過ぎて、何の不満もありゃしませんです」

 へこへことおっかさんの方が頭を下げて感謝する。

 ただ、俺には一つだけアイデアがあった。

「俺が世話になってたドワーフの村の近くに、やたら刺繍の上手い人間の女性が住んでたんだがよ。この二人はその人の娘と孫なんだ」

「あの刺繍のご婦人の作品は私も知っている。実に見事なものだったな。ジローどのの前掛けも確かそうだろう」

 知ってたのなら説明は最小限でいいな。話が早くて助かる。

「その刺繍のご婦人の家は今ではちょっとした刺繍博物館みたいになってるんだ。遺して逝った品物が結構あったからな。この親子にそこの管理をさせるってのはどうだ? 儲かりゃあしないだろうが、文化保護って意味では旦那好みの事業じゃねえかな」

 要するに非営利事業のスポンサーになって、この母子に生活が間に合う程度の給金を払って働かせてやれということである。

 建前としてはタダで飯を食わせるよりいいんじゃねえかと思うのだ。

 俺のアイデアに白エルフ父は少しだけ考え込み、なるほどなるほどとうなずきながら言った。

「実に理にかなった話だ。確かに血縁者なら遺品を相続、管理するのがこの大陸での慣わしだからな。ぜひその意見に乗るとしよう」

 白エルフ父としては、自分の息がかかった事業でドワーフのコミュニティに入り込めるメリットもある。

 貴重な文化の護り手を担っている、という世間体もいい。

「む、難しい仕事じゃねえべか……」

「俺も良くは知らんが、とりあえず虫食いとかカビに気を付けたり、品物や建物を綺麗に保っておくのが大事なんじゃねえかな」

 わずかに不安がっているチビガキを励ます。

 探せばドワーフやエルフの中にも多少詳しいやつはいるだろう。

 そいつらに聞きながらおいおい覚えて行けばいい。

 どんな仕事も、やってやれんことはない。要はやる気があるかどうかの問題だ。

「うち、刺繍なら物心ついたころから何故か得意だったべ。狭間の里ではそんなの見向きもされねっからしてなかったけども」

 どこから買ったのか、串焼きの魚を両手に持って頬張りながらおっかさんがあっけらかんと言ってのけた。

 お前金持ってるのかよ。つーか食うなら一本ずつ食え。両方同時に咀嚼するな。

「そっかあもごもぐ。会ったことはなかったけんどもがつがつ、うちのお母さんからの血筋だったんかあごくん」

 しゃべるか食べるかどっちかにしろ!


 そんなわけで、刺繍の婦人二代目が誕生した。


 ☆


 その後、詳しい話を詰めるためと、長旅の疲れを癒すために俺たちは森の中の町にあるエルフ父の屋敷に招かれた。

 誘われなくても寄るつもりではあったので都合がいい。

 そこで俺が風呂を借りているとき、突然風呂場に別の人物が突入してきた。

「ジロー兄ちゃん! 背中流してやるべ!」

「いや、いらんて。自分で流せるから」

 裸のチビが恥ずかしげもなく風呂場に入ってきたのだ。

「遠慮することねえべさ! おおぅ、ジロー兄ちゃん、なかなか逞しい背中してんなあ、じゅるり……」

「変なリアクションやめろ。お前に言われても嬉しくない」

 ここの風呂に女と一緒に入るの、これで何回目だよ。

 すみれとエルフ娘とは一緒に入ったわけではないが。あいつらが入っていることを知らずに俺が風呂場に来てしまっただけだ。いろいろ見えたけどあれは事故だ。


 俺が断ってもガキは出て行く気配を見せないし強引に俺の背中を洗い始めるので、もう俺は好きにさせることにした。

 娘を持った父の気分にでもなりきって楽しむとしよう。

 今のご時世、父親の背中を流してくれる気のいい娘さんがどれだけ存在しているのかは謎だが。

「おっかあもなんかやる気になってくれてよかったべさ。やっぱり自分の好きなことをして生きるのが一番だなっ」

 ごしごし、ぐいぐい、ざばー。

 しゃべりながらもチビの手は止まらず、せっせと俺の背中を綺麗にしてくれる。

 これはこれでなかなかいいものだ。

 しかしこいつは、ガキ臭いのか大人びてるのかよくわからんな。

 あんな環境で生きていれば俺の知る普通の子供とちょっと違っててもおかしい話ではないが。

「お前にもそのうち見つかるさ。新しい暮らしが始まったら子供らしくたくさん遊んだり友達を作ったりして、じっくり自分の好きなことを探しゃいい。おっかさんの手伝いで刺繍もやってみりゃあいい。やってるうちに好きになるかもしれないぜ」

 気分はすでに父親モードである。それっぽいことを言ってみたりする。

 ただ、心にもないことを上っ面だけ言っているつもりはない。


 俺はラーメンが好きだ。いつなんどき、いかなる場所や場合でもラーメンが好きなことは変わらない。

 それは常に自分の心の中に好きなこと、大切なものが必ずあるということだ。

 だから俺はどこで何をしていようと寂しくはないし、自分の人生が楽しいと、幸せだと肯定できる。

「刺繍の仕事が嫌だってわけじゃねっけど……うち、料理が好きだべ。頑張って作って、おっかあが美味しいって喜んでくれるから、あんな暮らしでもめげずに楽しくやってこれたべさ」

「そいつはまあ……いいことだな」

 料理人として、その気持ちを否定する言葉を俺は持っていない。

「だからジロー兄ちゃん、うちを弟子にしてくんねえべか?」

「いやいや、俺の弟子になって、おっかさんはどうすんだよ。離れて暮らすのか」

 いきなり何を言いやがるこのガキは。

「ジロー兄ちゃんが帰る村は、おっかあが刺繍の仕事をする家からそんなに離れてねんだべ? それなら大丈夫だべさ」

「ん、う~~~ん。弟子ねえぇ~~~~……」

 正直迷う。即答しかねる。

 このチビの舌は本物だ。すみれや一風と同じく天才料理人の素養自体はあるだろう。

 その鋭敏な感覚と、若いうちからの修業が合わさればおそらくいっぱしの料理人になることも可能だろう。

 しかし俺は料理以外のことは教えられないからなあ。

 年端もいかないガキに料理だけ教え込んで、そのほかの教育は知ったこっちゃない、とまでは割り切れん。

「お、教えてくれるお題は、体で払うべ!」

 むぎゅ、と洗濯板が背中にはりついてきた。

「やめろ! 俺にそういう趣味はない!」

「お、男の方が好きなんだべか?」

「違うっちゅーの!」

 誰かこのガキをどうにかしろマジで。


 広い風呂場で追いかけたり追いかけられたりお湯をぶっかけて攻撃したり、ガキ相手に騒いでいると更にもう一人のお客さんが風呂場に来た。

 良く言えばスレンダーボディ、ありていに言うとぺったんこの白エルフの娘さんだった。

「ずいぶんと長い風呂だな。待ちきれないから私も勝手に入らせてもらうぞ。ところで何を騒いでいる」

「なんで平気で入ってくるんだ若い娘が! お前らには羞恥心というものがないのか!」

 ちなみに二人とも生えてなかった。

 チビの方は当然として、エルフは種族的なものなのかな。それともこいつがたまたまそうだってだけなのかな。

 いや、だからどうしたってわけじゃないんだが!

 俺も混乱してるわ!

「今回の旅で得た成果に父さまもずいぶん喜んでいる。お前の働きも大きかったので背中でも流してやろうと思って来たのだが。先を越されたようだな」

「おお、背中という背中をごしごし洗われたばっかりだからとりあえず俺の風呂が終わるまで外で待っとけよお前は!」

 人んちの風呂を借りておいてこんな言いぐさもないんだがな。

「背中が済んでいるとしても、前はまだだろう」

「うひゃあ、エルフのねーちゃん大胆だべなぁ!」

「すまないが、ちょっと出て行ってくれるか。この男と大事な話があるんだ」

 白エルフ娘は笑いながらチビの体を持ち上げて脱衣場まで強制連行し、屋敷のお手伝いエルフにその身柄を預けて退場させる。


 二人きり。

 裸の男女がお風呂場で二人きり。

 いつそういうお店に来たっけ!? ここは東京都台東区千束四丁目ですか?

「おいおいおいおいどういうつもりだ」

「どういうつもり……か。自分でもわからないな」

 白エルフ娘は自嘲気味に笑いながら、自分の体を洗う。

「じゃあじっくり一人で考えてくれ。俺はもうあがるわ」

 背中を流されただけで全然あったまっても疲れが癒えてもいないが、ひとまず退散あるのみだ。三十六計逃げるに如かず。

 しかしエルフ娘に手を掴まれた。

 逃げられない。

「黒エルフの島でスミレと別れるとき、口づけをしただろう」

 見てたのかよこいつ。ちょっと離れたところにいたと思ったんだがな。

「したからなんだ。破廉恥の罪でなにか罰でも受けなきゃならんのか。あんなの、俺たちのいた世界では挨拶みたいなもんだぞ」

 他の国の話だがな!

「自分でも不思議な気持ちなんだ。私はスミレが大事だ。スミレは優しくて感情豊かで私には勿体ない友人だった。しかしあのとき、私は確かに悔しかった」

「な、何が悔しいんだよ」

「お前の唇を、スミレが先に奪ったことだ。最後の別れなのに、大事な友なのに、あの時一瞬だけスミレを恨んだ。心の中でちらりと怒りの炎が燃え、そしてチリチリと胸を痛める火傷になった」

「それはいかん。氷水でとりあえず冷やしとけ。ついでに頭も」

 などという俺のテキトー発言はスルーされた。

 力強い、ぎらついていると言っていい眼光で、それでも妖艶に笑いながら白エルフ娘が俺をまっすぐに見る。

 女の目力ってのは凄いもんだな。金縛りにあったかのようだ。

「大火事だ。大火傷だ。手遅れになってしまった。お前にしか消せないし、癒せない」

 真正面から抱きつかれ、むさぼるようなキスをされた。

 さすがの俺もこの期に及んで情欲には逆らえず。


 あとはご想像にお任せします。

 とりあえず気持ちよかった。

 もちろん湯加減の話だ。

 痩せている割に肌の感触が柔らかいんだなとか、そういうことを言っているわけではない。


 ☆


 夜が明け、ぼーっとした頭の俺の前に白エルフ父が今回の調査活動に対して報酬を支払ってくれた。

「色々と貴重な成果をもたらしてくれてジローどのには感謝しているよ」

 それはこの世界で、家一軒平気で建つくらいの金額だった。

 危険と隣り合わせだったと言ってもさすがにもらいすぎな気はする。

 日本とは家や土地の価値が違うんで何とも言えないがな。

「こんなにもらってもなあ。ドワーフの村に帰ればあんまり金を使わない生活に戻るし」

 村の厨房や食品工房は村の共通予算で維持、運営されている。

 必要な道具や材料は村長に言えば予算を計上してくれる。

 あるいはドワーフたちが作ってくれることが多いので、村で働いて稼いだ賃金も使うあてがあまりなかった。

「ならこの資金をそっくり投資に回してみないかね」

「どういうこったい」

 含みのある顔で白エルフ父が説明を続ける。

「狭間の里への本格的な対処が済んで海上交通が今よりもっと安全になった頃合いで、私は港町の一角に商店の集合体を整備したいと思っているのだよ。きみたちの世界で言う『デパート』のようなものをね」

「ほう。景気のいい話だな」

 この旦那がそういうことを考えているんだろうなということは想定の範囲内だった。

 しかしそれはおくびにも出さず感心して話を聞くフリをする。

「その暁にはぜひとも、ジローどのにも出店して欲しいんだが……どうだろうか?」

 白い旦那は、そのデパートの飲食分野の目玉に俺の店を、と考えているようだ。

「俺は村に帰るつもりだからなあ。そこに店を持っても二重生活になっちまうじゃねえか」

「なにも今すぐに開業してくれというわけではない。私にもジローどのにも準備期間が必要だからな。しかし開発整備が進めばそれだけ地価は上がるからね。今のうちに土地や建物を確保しておけば安く済むぞ」

 しれっと言ってるが、その地価を上げようとしてるのはお前だろ……。

 株ではなく土地の話だが、値上がりする、させる意図が明確な物件を身内に安く買わせてあとあとお互い儲けようとするって、日本だとアウトなんじゃねえのかな。

 いけるのかな。詳しくは知らん。よくある話なのかもしれん。

「わかったわかった。どうせ港町に行く用事はこれからも多くなると思うからな。店舗兼住居みたいな、そんなにデカくない建物をその区画に持たせてもらうわ」

 港町ではすみれが発案して遺していった「立ち食い満漢全席」のイベントもある。

 俺も来年はそれに参加するつもりだし、なにかの用事で海を渡る際に港町に一つ、拠点を持っておけばかなり便利だからな。

「そうと決まれば早速、資材の用意や施工の準備にかからせてもらうよ。設計や意匠で希望があれば早めに言ってくれ」

 エルフ父の提案をおおむね受け入れ、俺はもらったばかりの報酬をほぼ全額はたいて店舗兼住宅を買うことになった。

 実際の施工はうちの村のドワーフさんたちにやってもらうことにしよう。

 こうしてくれ、ああしてくれという融通がつけやすいからな。


 そんな経緯があり、ドワーフ村の共同住宅に住まわせてもらっている身分の俺が、エルフの港町に立派な別宅を持つことになってしまった。

 

 ☆


 森にたたずむエルフ屋敷で十分のんびりさせてもらったのち、俺はドワーフたちの住むエリアに帰ることになる。

「これからもいろいろ相談したいことがある。定期的に遊びに来てくれたまえ」

「ジローさまをあっと言わせる料理をご用意してお待ち申し上げます」

 エルフ父と料理長くんに見送られ、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 エルフ娘の姿は見えない。

 あの夜以降、自室に閉じこもったきり俺と顔を合わせることはなかったのだ。


 用意してもらった馬車には俺と、青葉一風の元奥さんにして暫定二代目刺繍の婦人、その娘のチビガキ、計三人が乗る。

「じゃあ馭者さん、安全運転でよろしく頼むぜ」

 馬車を操舵するエルフの背中に声をかける。

「わかっている。まず最初にその母子を刺繍の婦人の小屋に連れて行くのだったな」

「そうそう、その段取りで……ってオイ」

 手綱を持っているのは白エルフ娘だった。

 派手な服やいつもの騎士鎧ではなく、地味な革製のジャケットとパンツルックだったので全然わからなかった。つばの広い帽子を目深にかぶっているしな。

「私は父の名代としてこれからいくつかドワーフの村を回り、代表者たちに港の再開発や狭間の里の平定における親書を渡す仕事がある。お前たちも行先はドワーフの村々なのだから同行しておかしいことはあるまい」

 俺に目を合わせず、微妙に耳の裏まで赤くしながら白娘が説明口調で述べた。

「ああもう好きにしてくれ。突然横から飛び出て来た他の馬車にぶつかるなよ」

「ははは。あのときは参ったな。う、イタタ……普段使わない筋肉を使ったから……笑うと響く……」

 なにか体のどこかに痛みがあるようなそぶりをしているが、大丈夫だろうか。

 俺のせいじゃないよ、きっと。多分。

68「恥ずかしながら、帰ってまいりました」

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