64 ああっ龍神さまっ
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「龍の神さまにお供え物作るんでしょ。アタシも手伝う……」
朝になって目を覚ましたすみれは、料理長くんに付き添われて簡易調理所に来た。
俺がチビガキの手伝いを借りて、マグロスープの調整を行っていたところだ。
「顔色が悪うございますので、まだお休みになられていた方が、と当方は何度も申し上げたのでございますが」
「体を動かしていたいのよ。邪魔はしないから。お願い」
昨夜に俺や白エルフ娘から聞かされた内容は、物理的に心臓がそれほど強くないすみれにとって気を失うのに十分な衝撃だっただろう。
なにせ、親友の母親を殺した犯人は、生き別れになったすみれの祖父だったのだから。
青葉一風がこの世界に流れて来たのはすみれが生まれる前なので、その状況を生き別れと呼んでいいのかどうか、難しいところではあるが。
「すみれ姉ちゃん、なにかツラいことでもあったんだべか?」
「大人になるとな、いろいろあるんだ」
チビガキは「自分とすみれは血のつながった親戚であること」をまだ知らない。いつか話す必要はあるだろうが、それはすみれの口からガキに伝えるべきだろうとも思う。
ガキの父、すみれの祖父である青葉一風がどんなに人間としてアレな男であっても、遠く飛ばされた異世界で自分に縁のある者が見つかったこと自体は喜ばしいことだと思う。二人は素直にそのことを喜べばいい。
しかしすみれがその心境に至るには、少しばかり時間が必要なのではないかと俺は思った。
それに、夜中に聞かされた俺とすみれに関わるもう一つの重要な話。
二人のうちどちらかは、元の世界に戻ることになるかもしれないのだ。
祖父のこと、親友とその母の悲劇のこと、そして自分のこと。
あまりにたくさんの重大情報が飛び込んできては、すみれの頭や気持ちは整理される暇もないだろう。
とりあえず今日の夕方まではひたすらラーメンの作業に没頭させ、雑念を少しでも払ってもらえばいい。
そのあとのことはそのあと考えよう。
☆
ハラグロマグロの骨、カマの部分や皮の部分などを使い、試行錯誤して作ったスープ。
極上の赤身を持つ血の気の多い魚なので、スープにしたときの生臭さを消すのは苦労したが、答えは身近なところにあった。
それは生姜だ。
地球のものとは違い、色が黒ずんでいる。黒生姜とでも呼ぼう。
魚の臭み消しに生姜と言えば基本中の基本であり、黒エルフの島は生姜に似た香りと辛味を持った根菜が栽培されていたのだ。魚食の盛んな地域らしい食材だ。
大陸にはない植物だったので、はじめ見たときこれがなんなのか俺にはわからなかった。
黒エルフのオッサンがこれを茹でて酒のアテとしてバリバリかじっているのを見て、俺も一切れ貰ったことからこの食材の有用性がわかった。
結構辛くて最初食った時は涙出た。
「塩味はこのショーユって黒いのでつけるんだべか? しょっぱいだけじゃなくていい匂いすんなこれ」
「そうそう。これを使えばどんな料理でも美味しくなるのよ。あ、ドワーフさんたちが持ってきたお土産の中にラードあったっけ」
チビガキとすみれが、スープに合わせる醤油ダレについて話し合っている。
並んで見ると、顔だちも少し似てるな。鼻の形とうすめの唇がほぼ同じつくりだ。
具にはフチコマグソクガニのすり身を揚げかまぼこにしたものと、食感が評判の白ワカメを入れることにする。
白いワカメがどのように光合成を行っているのかいまいち俺にはわからないが。
そもそも光合成しない生き物なのかもしれんし、葉緑素と同じ働きをするけれど色の白い物質がこの世界にはあるのかもしれん。
「あ、佐野! そう言えばアタシここに来る直前にさ! 港町で食べ物のフェスみたいなのやってたんだけどさ! そこに参加したドワーフのお姉さんの燻製とか炭焼きとか、チョー美味しいの!! アンタがいた村よりもっと山奥から来たって言ってたかな? 肉の熟成も、漬け込みの下味も、焼き加減も何から何まで名人って感じで!」
急に素敵な食体験を思い出し、テンションを上げて語り出すすみれ。
「そう言えばドワーフの他の村ってあんまり行ってなかったな。帰ったら次は海側だけじゃなくて山側の美味いもんでも探してみるか」
「そうした方がいいよ! 他にもウサギさんやリスさんたちのミックスジュースとか、エルフの女の子たちが作るフルーツポンチとか、フェスには美味しいモノだらけだったよ! トカゲのお兄さんたちが磨り潰した虫を固めておせんべいみたいに焼いてるのもおやつに最高だったし! 来年は佐野もちゃんと自分のラーメンで参加しなよ! 絶対楽しいって!! 料理長さんもさ!」
おおう、こいつ虫OK勢だったか……。
「それは……料理に携わる者として、非常に良い経験になりそうでございますね」
今からすでに闘志を瞳に宿している料理長くん。
「来年もやるんだったら、出てみるかな。オクトーバーフェストみたいな感じか?」
「あ、お祭りの名前は『立ち食い満漢全席』って言うんだけどね。いろんな種族のいろんな美味しいものを思う存分披露しあって飲み食いしましょうって感じ」
日本でもなんとかフェストとかなんとかマルシェとか、そんな食に関する祭りがちらほら増えてた気がするな。今でも流行っているんだろうか。
「お肉だけは持ってきて船の中で熟成と下処理をしておいたのよね。これを焼くわよ」
「勉強させていただきます」
すみれが炭火焼チャーシューを作り、料理長くんが手伝う。
来年の立ち食い満漢全席とやらでこの三人が揃って自慢の料理を出したいのはやまやまだが、俺かすみれのどちらかは参加できない可能性が高いんだよな。
☆
祭りが本格的に始まった。
辺りが暗くなり、浜辺にはかがり火がいくつも灯される。
ひときわ大きい火がそれらの中央に置かれ、香りを出す草や木が大量に投げ込まれていた。
俺の見間違い、記憶違いでなければ大麻も大量に投げ込まれてる気がするな……。
麻はこの世界で広く親しまれている繊維素材兼、薬用植物なのでこういう場で使われていても何ら不思議はないが。
黒エルフたちは男も女も、顔に宗教的なペイントを施していた。
日本の雅楽で使う笙のような、プアーンと言う音を気持ちよく鳴らす楽器を女たちが吹き、男たちは多種多様な打楽器をリズミカルに叩いている。
幾何学的な模様が編み込まれた大きなゴザのようなものの中央に龍神のかまどが座る。
神へのお供え物、多種多様な料理を並べて俺にはわからない呪術的な言葉を放っている。
その料理の中には軽く湯に通して味付けされたヨウセイモドキがあり、俺たちが作った黒エルフの島産マグロ醤油ラーメンもある。
すみれやドワーフが持ってきた動物系たんぱく質素材と、近海の海の幸をバランスよく組み合わせたラーメンだ。
スープは魚介系と豚骨のダブルスープで、具は焼き豚とカニ天、白ワカメの茎など。
お祭りは儀式的なことで時間を取られるかもしれないので麺は加水率高めの卵入り、中太ストレート麺。
それを醤油とラード、魚介の香味油などを組み合わせた醤油だれで味付けして完成。
出来上がりの姿は割とシンプル系だが、黒生姜の香りが高くそれでいて食べやすい、充実した内容のラーメンになったと思う。
そのラーメンを入れる器、亀甲縄文式土器を見てすみれは
「え、何その趣味悪いどんぶり……」
と素のコメントを発した。
仮にも神器だぞ。篤く敬え罰当たりめ。
他にはリヴァイアサンの燻製白子や、なんの動物かはわからないがやたらでかい茹で卵があり、七十二宝のまな板の上に川魚の活け造りのようなものも乗っている。
「あれはアバレゴイの一種では……」
「むう、知っているのか料理長くん」
どこかで聞いたようなやり取りをする俺とエルフ料理長。
「あまりに暴れるので釣るのも難しく、せっかく釣っても暴れて自分の身を傷つけるので調理の段階ではすっかり活きが下がってしまうことで知られる魚です。あれほど見事に姿をとどめた状態で調理されているのは、当方としてもはじめて目にします」
さすがに伝説のまな板なので、どんな暴れ魚も上に乗ると大人しくなるのだろうか……。
川魚の活け造りと言う時点で俺たち人間にはちょっと抵抗があるが、龍が食べる分には問題ないんだろうな、きっと。
宗教的な儀式など盆の時期に親類と一緒に寺に行って説教を聞くくらいしかしてこなかった俺であるが、こういう、土着の素朴な信仰ってのはいいもんだなと思う。
少なくとも黒エルフにとって、すぐそこの山に自分たちが信じている神さま、龍がいる。
龍神が黒エルフの生活に直接の干渉すること自体は少ないのだろうが、神さまとともにある暮らしというのをそこに住む者がありがたく思い、集団の絆を高め合っている。
山の幸や海の幸の収穫、あるいは田畑の豊穣を神さまに感謝する日本の田舎の祭りと、ここの祭りは雰囲気が似ているのだ。
龍神のかまどがゴニョゴニョ言っている俺にわからない言葉も、きっと龍神さまにみんなが感謝している、龍神さまを篤く崇敬しているという祝詞の類だろう。
龍神のかまどの後ろには黒エルフ親父が立ち膝で両手をだらんと投げ出し、こうべを垂れて控えている。
特に何をするでもないが、普段の組長みたいな雰囲気とは打って変わって、厳粛で静謐な空気が彼の周りを満たしていた。
さらにその後ろでは黒エルフ娘と、彼女と同じくらいの年頃に見える黒エルフの女性たちが数人で輪になって踊る。
体が透けて見えるのではと言うくらいの薄い布地の衣装で、音楽に合わせてゆったり踊っている彼女たち。
それはとても幻想的な美しさで、本当に異世界に来たんだなあと言う感慨を強く俺に持たせた。
「なんでみんなあんなにおっぱい大きくて肌ツヤもぷりんぷりんなのかしら……食べてるものが違うのかな……」
厳粛な雰囲気の中、しょうもないことを気にしているすみれであった。
「お嬢ちゃん、くよくよすんな」
「子供でも産めば乳なんぞデカくなるわい」
来賓であるドワーフのオッサンらに慰められている。哀れ。
「これからドラゴンの神さまが来るんだべか。ウチら、食べられたりしねえべか」
「お前は食うところなさそうだから狙われないだろう」
「そ、そっか。白いエルフのお姉さんもきっと大丈夫だべな。おっぱいもお尻も全然ないもんな」
不安になっているチビガキを俺なりの言葉で安心させる。
平坦仲間にされた白エルフ娘は、せっかくの神さまイベントだというのに姿が見えない。
すみれと顔を合わせにくいのだろうか。
周りを見渡すと、みんなの輪から外れ、少し離れた岩場に白エルフ娘は座っていた。
とりあえず儀式の進行は気になるらしく、真剣な目で祭祀の様子を見ている。
☆
龍神のかまどが発する祝詞、あたりに響く音楽、娘たちの踊り、燃え盛るかがり火。
それらすべてのテンションが一段階上がり、クライマックスなんだろうと思ったそのタイミングで上空を大きな影が満たした。
翼を持ったやたらとデカいトカゲ、龍神さまのお出ましだった。
翼を広げた横幅、および頭から尻尾の先までの体長はともに20メートル前後というところだろうか。
A-10サンダーボルトやF-2戦闘機よりはデカく、航空会社のローカル便にあるような中型旅客機(日本では引退したYS11とか)よりは小さいと言ったサイズだ。
地球にいた恐竜は、化石から推定される体長が30メートルを超えるものもいたらしいのでそれよりはデカくない。
もちろん現在地球上で最大の生物であるシロナガスクジラも、この龍神さまより一応はデカい。
とは言え、こんなデカい生き物が空を飛んで降りて来るなんてことは地球ではまずありえなかったわけだし、この世界においてもきわめて稀だろう。
料理長くんも俺もすみれも口に泡を吹かんばかりに驚いて立ちすくむしかなく、チビガキは
「うわー! すげー! でっけー! アハハハハハかっこいいなー!」
とガキらしく騒いで喜んでいた。こいつ逞しいな。
「おおお、みごとなもんだのお」
「冥途の土産ができたわい」
「ワシらも龍神の信者になっちまうか」
偉大な神さまを前にしていつもと同じ調子でゲハハと笑うドワーフのオッサンたちが頼もしかった。
65「この異世界からの、卒業」
普段の更新より文字数長くなるかもしれません。




