63 余はいかにして異世界来訪者になりしか
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夜中、俺が寝起きしている小屋に黒エルフ娘が夜這いに来た。
彼女の色香と真っ直ぐな情愛に完全敗北して、籠絡寸前と言うタイミングで今度はすみれと白娘と、チビガキまで来た。
「黒エルフさんたちの大きなお祭りだから、いい機会だし遊びに来ようと思って来たんだけど。どうやらお邪魔しちゃったみたいねえ」
ああアツいアツい、と手で自分を仰ぐポーズをしながら冷ややかな目で俺を見るすみれ。
邪魔だと自覚しているならさっさと出て行けばいいと思うのだが。
「に、兄ちゃんたちはあれだべか? 子作りするんだべか? ウチ、子作りってどうやってするのかよくわかんねっから、見学させてもらってもいいべか?」
ガキが興奮しながら何か言ってるが無視。
しかしこの状況はチャンスだ。
俺自身、黒エルフ娘とねんごろになってこれからの人生を二人三脚で進んでいくことに、大きな不満があるわけではない。
しかし本当の意味で納得しているわけでもないのだ。心の準備も気持ちの整理も何もできていない。
ひとまずこのことを「保留」して時間を稼ぐためには、こいつらの力を借りてドタバタのうやむやにしてしまうしかない。
「それって男としてサイテー」と言いたければ言うがよい。
俺はまだしばらくの間、自分勝手に自分の好きなラーメンを食ったり作ったりして、気を使わずに生きていきたいんだ。
俺のそんな切実な願い、希望が表情から伝わったのか、エルフ娘がバカバカしそうに溜息をつきながら言った。
「黒エルフがどうしようと知ったことではないのだが、そいつはまだ私の父から依頼された仕事の帰り途中なのだ。何か話を進めたいのなら、まずそいつが大陸に帰り、狭間の里の状況報告などを私の父に伝え終ってからにしてくれるか」
なんと言う正論!
白エルフたんマジ女神!
そうでした。今の俺はエルフの大御所というスポンサーがついた状態で動いているのだ。
まずは帰還してこれからのことを話し合わなければならない。
俺はドワーフの村に帰ってラーメン屋を開きたいわけだが、エルフ父からはおそらく彼らの住むエルフの町、あるいは港町あたりで俺に飯屋を開いてくれと言うオファーを受けると思う。
そっちエリアはすみれに任せておけば十分だろうと俺は思うので、そのオファーを受けても断るつもりだが。
「そ、そうなんだよ。俺は一度大陸に戻って仕事の話をいろいろ片付けなきゃいけないんだ。だからまあ、そういうことで、な?」
なにがそういうことなのか自分で言っててもよくわからない。
しかしこれで引き下がってくれないと、こっちとしては手詰まりだ。
黒エルフ娘は俺の説得に応えずに、白エルフ娘を刃物のような視線で睨みつけ、こう言った。
「つーかアンタさあ。ジローが自分に全然振り向いてくれないからって、優しくしてくれるうちの兄ちゃんに転びかけたんでしょ? でもやっぱりうちの兄ちゃんも奥さん持ちで、失恋しちゃったからってこっちの邪魔すんのやめてくんない? そう言うのズルいっていうか、汚くない? 一度はジローを諦めて、うちの兄ちゃんを好きになったんでしょ? それが終わったんだったら、潔くジローのことも諦めんのがスジってもんじゃない?」
なにを言ってるんだこいつは。
白娘が俺を?
ないない。へその熱で豚骨スープを沸かすくらいありえない。
「…………ッ!!!!!」
なんで白娘さん、言葉に詰まって顔を真っ赤にしてるんですか!?
「あはは、カマかけてみただけだけど図星っぽいね~。つーか見れてばわかるし。アンタいっつもムスーってしてるけど、ジローのラーメン食べるときだけすっごく乙女の顔してるもん」
「コイツと私はそういうのじゃあない! そ、そんな浮ついた俗世的な情欲にまみれたことではなく……!!」
激情しながら反駁する白娘を、黒娘はさらに煽る。
「いつだったか、ウサギさんたちの島でジローが捕まって、アンタと別々に監禁されて取り調べられてるとき、アンタ頑固だったもんねー。私は何も知らないし、あいつも犯人じゃない、それしか言わなかったし。ジローのために周りにいたウサギさんやドワーフさんにいっぱい聞きこんで回ってたじゃん。本当にジローを信じてるんだなあって思ったよ」
「当たり前だ! コイツが他者を害するために毒を盛るなどするわけない! コイツは……他者を幸せに生かすためにラーメンを作っているんだからッ!!!」
今となっては懐かしい話だが俺は一時期、とある要人に毒を盛った容疑で監禁、尋問を受けていたことがある。
白エルフ娘はそのときから、俺を信じて、俺と言う人間のありようを理解してくれていたんだな……。
「ようやく素直になった。認めちゃいなよ。アンタもジローを好きなんでしょ? なんか真面目ぶった偉そうなこと言ってるけど、アタシとイチャイチャされるのが気に入らないだけなんでしょ?」
「黙れ肉欲の権化が! 私の感情はもっと形而上的なものだ! 発情した獣と同じ次元の貴様に言っても理解などできるものか!!」
白黒エルフ、さらにヒートアップ。
俺が口を挟める状況ですらなくなっている気がする。
「これが修羅場ってやつなんだべか。勉強になるなあ。黒いねーちゃんの方が余裕があって有利に見えるべ」
「なんで佐野なんかのことでこんないい子たちが喧嘩しなくちゃいけないのかな……世の中って不条理だわ……」
青葉の血を引く二人が勝手なコメントを口にしている。
他人事だと思いやがって。
「ところで、お前らはどうしてこの島にいるんだ」
ギャンギャン騒いでいる白黒二人は勝手にやらせておくとして、俺はすみれとチビガキに来訪の目的を尋ねる。
「そうそう。黒エルフさんたちの大きいお祭りだからってことで、白エルフの旦那さんから遊びに行ってみたらどうだって言われたのよ。それで途中でトカゲさんの島を経由したら、異世界の『ヒト』がそこで保護されてるって話を聞いて。なんとびっくり、刺繍の奥さんの娘さんと孫娘だって話じゃないの」
「すみれ姉ちゃんはジロー兄ちゃんの知り合いだっていうから、ウチも一緒に祭りに連れて行ってもらうことになったんだべ。おっかあはまだ体の具合がよくねっから待っててもらうことになったんだけんど。黒エルフさんたちにも助けてもらったわけだし、改めていっぱいお礼を言って来いって」
なるほど。わからん話ではない。
「すみれ、ちょっと小屋の外に一緒に来い」
「え、ちょっとなによ。まさかアタシまで暗いところに連れて行って手籠めにしようってんじゃないでしょうね。エロ同人みたいに。肉食系でハーレム状態の佐野二郎さん」
「バカなこと言ってんじゃねえ。チビはここで白い姉ちゃんと黒い姉ちゃんが殺し合いにならないかどうかちょっと見張っとけ」
「わかった。女同士の争いは鬼気迫るものがあって面白いべ」
☆
「お前さ、あのチビの父親のことって聞いた?」
すみれと一緒に外に出て、チビに聞こえないであろう音量で問いかける。
「ううん。お母さんしかいないみたいだからあえて聞かなかったけど。狭間の里で母子二人、大変な思いをして暮らしてたけど、見かねた佐野たちが大陸のエルフやドワーフに話をつけて仕事や住処を見つけてくれるかもしれない、って話だっけ? いいことするじゃないアンタも」
なるほど、そこまでしか知らないわけか。
チビガキは自分の父親に対して複雑な思いを持っているだろうから、今の段階では他人同然の関係でしかないすみれにあえて父親のことは話さずにいたんだろう。
「結論から言うとな、すみれの爺さん、青葉一風は生きてる。狭間の里にいたし、会った」
「ほ、ほんとに!? 今おじいちゃんどうしてるの!?」
俺が伝えた内容に衝撃を受け、胸倉を掴んでくるすみれ。
「苦しいっつうの! 落ち着いて聞けよ……」
「ご、ごめん」
げほげほ。非力なはずなのにたまに攻撃力高いからなこいつ。
「お前の爺さん、青葉一風は狭間の里でマフィアの親玉みたいなことをしてるよ。危ない薬も取り扱うし、下品な手下を連れて暴力も火付けもなんでもござれだ。ついでに言うとお前がここに連れてきたチビガキは青葉一風の娘だ。お前にとっては父親の腹違いの妹、だから叔母にあたるわけだな」
「え、ちょ、言ってる意味が分からないんだけど。ま、まふぃあ? くすり? むすめ? おば?」
耳に入った情報の整理がつかないのか、記憶力のいいすみれには珍しく、会話の内容を掴み損ねているようだ。
「お前の爺さん、青葉一風こそが狭間の里の暗黒面の中心にいる人物だってこと。あのチビガキは、その一風に捨てられた子だ。だからお前にとっては血のつながった親戚だ」
「そ、そんな。そんなことって……」
茫然自失のすみれ。
無理はない。
そしてまだ伝えていないことがあるわけだが。
「ス、スミレ! 今そいつと何を話していた!?」
喧嘩をひとまず切り上げて、白エルフ娘が小屋から飛び出してきた。
俺とすみれが一緒に部屋を出たので「あのこと」を俺がすみれに教えていやしないか、それが気になったのだろう。
「安心しろ。そのことは伝えてねえ。ただ、お前の口から言いにくいなら俺が代わりに伝えてやる。このまま黙ってても、いつかどっかから伝わる情報だからな」
「な、なんの話……? エルフちゃんに何か関係があること……?」
青葉一風が自ら口にした、過去に犯した罪。
それは俺や白エルフ娘以外にも、黒エルフの面々や料理長くんなど多くの者がその場で実際に聞いたことだ。
すみれだけに隠しても意味はない。
白エルフ娘は、まるで助けを請うような顔で俺を見ている。
言えねえよなあ。
だがここで言わなくても、いつか、なにかのタイミングですみれは知るはずだ。
「すみれ、落ち着いて聞け。お前の爺さんはな」
「ま、待て!」
俺が説明しようとする言葉を、大声を出して白エルフ娘が遮った。
そしてその内容の続きを、自分の口からすみれに伝えた。
「……過去に私の母を殺した犯人は、スミレの祖父、アオバ・イップウだった。私は……イップウをその場で殺そうとしたよ。逃げられたけどな」
白エルフ娘の言葉を聞いて、すみれは失神した。
☆
白黒エルフ娘同士の壮絶な争いはひとまず休戦の運びとなる。
昏倒したすみれを安静にしたり介抱するために俺たちは深夜だというのにあわただしく走り回った。
「スミレさまのご様子は当方が見ておきますゆえ、皆様は祭りに備えてお休みください」
今まで姿の見えなかった料理長くんが頼もしくそう言ってくれる。
だがしかし。
「小屋に女ども全員が集まるように仕向けたのは料理長くんだろ」
「当方は夜風に当たりたいので外に出ていたまでのこと。黒エルフのご息女から『しばらく小屋に戻らないでね』と仰せつかりましたので、しばらく戻らなかったのは確かでございます。ですが船から降りたスミレさまがジローさまに会いたがっていらっしゃったので、私は小屋に戻らず、小屋までスミレさまとお嬢さまを案内した次第にございます」
「なんで案内したし」
いや、そのおかげで助かったから結果的にまたまた料理長くんのファインプレーなんだがな。
「当方は戻るなと指示を受けましたが、他の方を小屋に案内するなとは命じられておりません」
凄い屁理屈を聞いた。
すみれのことは料理長くんに任せ、俺が自分の割り当てられた小屋に戻る途中。
「今年は千客万来じゃの。龍神さまもさぞお喜びになることじゃろう」
ロリババアが目の前に飛んで降りてきた。
煙臭い。そう言えば山にこもって燻製作ってたんだっけこいつ。
「龍神さんに捧げるラーメン、スープの見通しは立ったぜ。近海の魚介が多めになるかな」
とりあえず仕事の進捗を伝える。
「明日の夜に間に合えば良い。せいぜい力を尽くすことじゃ」
へいへい。
「で、それだけ? 俺もう色々あって眠いんだが」
「異界の『ヒト』がおぬしともう一人、そして『ヒト』の血を引く子がこの島に一人おるようじゃな。合わせて三人。狭い島の中にこれは異常なことじゃ」
「集まっちまったもんは仕方ねえだろう」
なんだかんだ、同族と言うシンパシーは強いと思う。すみれは元々の世界でも知り合いだったしな。
「こちらの世界に流されてくる者は、おぬしらの世界で一度死にかけた者じゃというのは気付いておるか?」
「死んだのか死にかけなのかはわからんが、まあなんとなく。俺もそうだし、すみれも話を聞く限りはそうだな」
刺繍の奥さんや青葉一風がどうだったのかは知らないが。
「あちらの世界で助からぬ運命の者ならば、こちらの世界に流れて来ても問題はないじゃろうというのがありていに言えば天の意志じゃ。いわば、あちらの世界で『運命の神に捨てられた命』を拾い直して再利用しておると言う感じじゃな」
人の命をモノかゴミみたいに勝手に言ってくれるが、コイツはあくまで神の使いであり世界の理屈の代弁者であって、コイツが世界の理屈を決めているわけじゃあないんだろう。
だからコイツに対して腹を立てるのは筋違いだとわかっているが、コイツの物言いや態度がなんかムカつくことに変わりはない。
「仮の話だが、俺たちが元の世界に戻る手段があったとして、戻ったらどうなるんだろうな」
「向こうの世界でおぬしらは『死を運命づけられた者』じゃからのう。戻れたとしてもなんらかの理由ですぐに死ぬじゃろう。生きておるのはこちらの世界が向こうとは理屈が違うからにほかならん」
おおう、戻ったら死ぬのかよ。
必死で戻ろうとしていた青葉一風にその話をしたらどうなるか……。
あの爺さんはそれを聞いても、戻れるなら戻りたいと思うんだろうかな。わからん。
「じゃあ戻らん方がいいな。せっかく拾ってもらった命、こっちの世界でせいぜい大事に使うさ」
戻れるとは思っていなかったが、戻ったら死ぬと聞かされたことはなんだか気が楽になった。戻らない方がいいわけだしな。
「ふむ、殊勝な心がけじゃが……おぬしかもう一人の娘のどちらか、元の世界で死ぬはずではなかったのにこちらの世界に来ておるようにわらわには感じるのじゃ。飛ばされてきた時期が近すぎる。職業も同じ。年頃もさほど離れておらぬ。偶然でこれほど一致するということはあるまい」
「いやいや、今せっかく割り切って覚悟決めてすっきりしたのにそういうこと言うなよ!」
俺かすみれのどちらかが、本来この世界に来るはずではなかった、だと?
「おそらく龍神さまならはっきりわかるじゃろう。それがはっきりした場合、おぬしらの意志とは関係なしに、残るべきものは残り、帰るべきものは帰ることになる。どのような結果になっても受け入れることじゃな」
ロリババア巫女こと龍神のかまどは、出会った当初から勝手な物言いをする奴だったが、今までにないくらい勝手なことを言われた。
俺かすみれのどちらかが、この世界から元の世界に帰ることになる……?
次回予告
64話「ああっ龍神さまっ」




