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62 お前……消えるのか?

こちらではお伝えしておりませんでしたが、長らくのご愛顧をいただいた当作品は残り何話か書いて第一部完結といたします。

最終話まで頑張って書きますので皆さんどうかよろしくお付き合い願えれば幸いです。

次シリーズ、次回作は当作品の世界観や設定を引き継いでなんらかの形で発表できればと思います。


アクセスありがとうございます。

少しでも楽しんでいただければ何より。

 ☆


 異世界の 

 小島の磯の白砂に 

 エルフ無言で 

 蟹とたわむる

 

                 佐野二郎


 ☆


 無言で蟹のお友達になっている白エルフ娘はそっとしておくとして、俺と料理長くんは黒エルフの島産ラーメンの開発に没頭している。

 大きな山があるおかげか動植物の多様性は高いが、陸上動物の数自体がそれほど多くないようであまり陸の獣を狩る習慣はないらしい。

 季節の変わり目に熊やイノシシ、鹿のような獣を少し狩るだけのようだ。

 獲り過ぎれば枯渇することがわかっているんだろう。

 その反面、四方が豊かな海なので海産物は文字通りの獲り放題状態だ。

「黒エルフが他の種族との交流をもっと盛んにすれば、海の幸を輸出する産業が確立するのでございましょうかね」

 作業の合間の世間話にそんな話題を料理長くんから振られる。

「そうかもな。特にグソクムシとカニのあいの子みたいな生き物、あれの脚が美味すぎる。プリッとした歯ごたえに甘味があって食べやすくて、大陸のエルフにも好まれそうな食材じゃねえか。味噌は酒の肴に最高だったしな」

 ゆうべ、ドワーフたちと飲んでいたら黒エルフ諸氏のご厚意でいろいろ美味しいものを食べさせてもらった。

 その中に「フチコマグソクガニ」という、ドーム状の丸っこい体と蟹のような六本脚を持った甲殻類(等脚類?)がいた。

 殻の中には身がみっちり詰まっていて、味噌は少量だが濃厚な味だ。

 アレがもしたくさん取れるなら、蟹カゴ漁のように船で獲って運んで、大陸で水揚げすればすごい儲けになるんじゃないだろうか。

 運んでいる間に弱って不味くなるかもしれないがな。


「あとは何と言ってもマグロでございましょう。あれほど香りの高い魚は大陸ではまず、口にすることはできません」

 ハラグロマグロ、文字通り腹部が黒いマグロの味を思い出したのか、料理長くんが目を細めて言った。

 身の美味さだけで言うならリヴァイアサンよりこっちの方が全然美味い。

 大陸の港でも似たような魚は水揚げされていたが、この島で食う方が圧倒的に味は上だ。

 聞くところによると、大陸に近い海域だと成魚はほとんど獲れないらしい。

 俺たちが食って唸ったのはもちろん成魚で、赤身の味と香りがとても強い。

 ルビーのように鮮やかで濃い赤色の身はまさに海の巨大な宝石だ。ヘモグロビン最高。

 ラーメンに合わせるのは少し難しそうだがな。せっかく美味いんだし色々やってみるとしよう。


「昨日はゴメンねえ。ホントうちの兄ちゃん、酒癖悪くてさあ」

「お前も飲んだ時はだらしないだろ」

 マグロラーメンの創作に奮闘している香りにおびき寄せられたのか、黒エルフ娘がやって来た。

「まあそうなんだけどさ。でもホント、兄ちゃんがなんか言ったかもしんないけど、気にしないでね。酔っ払いのたわごとだしぃ」

 モジモジしながら謝る黒エルフ娘。実際カワイイ。

「祭りの前の無礼講だ。それにお前の兄ちゃんにはこっちもいろいろ良くしてもらってるしな。気にしちゃいねえよ」

「そっか、良かった。じゃあまたあとでねッ」

 せっかくだからラーメンの味見して行けよ、とこちらに言わせる暇もなく黒エルフ娘は走り去っていった。

「あの女性はジローさまともお似合いのように当方は思いますが」

 作業しながら俺たちの会話に聞き耳を立てていた料理長くんが余計なコメントを口にする。

「俺も一人の男だからそう言われて悪い気はしねえが、とりあえず俺は村に帰りたいんだ。食品工房の親方ともツーカーの仲なんで、仕事がしやすいからな」

「さようでございますか。しかしドワーフたちがこの島の者と縁故を結んだ暁には、折を見てここに遊びに来られるのがよろしいかと存じます。ジローさまはこれだけ歓迎されているのでございますから」

「珍しいな、料理長くんが俺に指図するのは」 

 俺はこの男にとって「仕える主人の協力者」と言う立場である。

 彼は基本的に俺に対していつも慇懃な態度を崩さないし、ああしろこうしろと指図することはないし、料理の助手を頼んでも嫌な顔一つせず引き受けてくれていたのだ。

「当方も一仕事終え、気が緩んでおりますゆえ。畏れ多いことでございますが年長の友としてジローさまにご忠告申し上げます。少しは周りの女性の気持ちを察する努力をなされてはいかがでしょう」 

「なんでキミまでそう言う面倒なことを言うのかね。祭りの雰囲気が人をそういう浮ついた話に駆り立てるのかね」

「ラーメンに生涯をささげる、それはもちろん素晴らしい命の使い方ではありましょう。しかしその傍らに愛する女性がいても、悪いことはございますまい」

「そりゃ理屈の上ではそうだがよ……」

 小さい頃から無鉄砲ばかりして、念願の店を持ったと思ったら死にかけて異世界に飛ばされて、こっちに来てからもなんだかんだ危ない目には遭って。

 損ばかりしながら根を張ることもなくフラフラしているのが俺と言う人間のダイジェストだからな。別に親譲りと言うわけではない。

 心のどこかで、俺みたいなのに付き合って振り回される女の子がもし現れても、その子はきっと幸せにはなれない。

 そう思い込んでいた自覚はある。

 だからと言って、必要以上に女を遠ざけるような、童貞こじらせた中二病じみた振る舞いはしていなかったつもりだが。

 確かに気の使い方は足りなかったかもしれんな。

「特に今まで気を使ってこなかったのが一人いるけど、あいつのことがどうでもいいってわけじゃあないんだぜ」

 そう言って俺は、砂浜でじっと手を見る(何が楽しいのかはわからない)エルフ娘のそばへ寄って行った。


 ☆


「もうすぐ龍神さまのお祭りだそうだが、やっぱりドラゴンとかそう言うのにはまだあこがれがあるのか?」

 俺のがそう呼びかけると、しゃがみこんだまま顔だけ振り向いてエルフ娘が反応する。

「そう……だな。謎めいた黒エルフたちの住む海域、そして龍神と呼ばれる偉大なエンシェントドラゴンの住まう山。ここまで来ることができたのは僥倖と言うほかないな」

 声に元気はないが、こいつなりにモチベーションを取り戻そうとする姿勢は垣間見えた。

 失恋したからと言って、他のこと全てに自暴自棄になったりヒステリーになったり、他者に八つ当たりしない分だけずいぶん良い。

 そんなエルフ娘を見て、俺は今までこいつに対して、言葉にしていなかったことをまとめて伝えておくことにした。

「お前とも不思議な縁で、ずいぶん長い間一緒に行動したよな。その間、俺は特にお前を心配し過ぎたりもしてないし、メシを作って食わせる以上の構い方も親切も、お前にしてこなかった。それに腹を立ててるか?」

 俺の唐突な質問に、半ば呆れるような表情でエルフ娘は答えた。

「いきなり何を言っている。お前が私に気を使う理由などないだろう。私は好きで家を出て海の果てを見に来たのだ。もちろん母上の仇を探すという目的もあったが。そしてお前はお前で、好きでここまで来ているのだろう」

「そうだ、その通りだ。もしお前がオークにさらわれたとき、もっとひどい仕打ちを受けたとしたら、俺は多少悲しむし同情はするだろう。だがお前に対して『家で大人しくしていないからこうなるんだ』なんて思ったりはしねえ。お前が好きで出てきて、その結果どうなろうとそれはお前自身の問題だ」

「当然だ。周りの者に心配や迷惑をかけたのは心苦しいが、私自身、旅の中でどのような目に遭ったとしても後悔はしていないし、これからもしない」

 エルフ娘の瞳に力が戻ってきた。

 世間知らずで思慮の足りないバカな小娘だと思っていたが、それと同時に俺はこいつが泣き言を言ったりしないやつだということもわかっていた。

 家から遠く離れるのも、むさ苦しい男どもと一緒に船で雑魚寝するのも、野宿をしてろくに食材が手に入らずひもじい夜を過ごすのも、若い娘にはつらい体験だろう。

 それでもこいつは不自由にや不便に対して泣き言を言わずここまで来たんだ。

「いい旅だったよな」

 俺は手を差し出しす。

 なにも言わずエルフ娘はその手を握り、俺の助けを借りてしゃがんだ状態から体を起こす。

「フン。お前に言われるまでもない」

 そっけなく言って、エルフ娘は島内の別の場所を散策するために歩き出した。

 その背中に向けて俺は少し大きな声を飛ばす。

「俺、村に帰ったらそのうちラーメン屋開くからよ。暇があったら食いに来いや」

「気が向いたらな」

 

 龍神さまのお祭りは明日から三日間。

 それが終われば俺たちは大陸に帰る。


 ☆


 その夜。

「来ちゃった……♪」

 俺が寝床としてあてがわれている小屋に、黒娘が夜這いに来た。

 同じ部屋で寝起きしているはずの料理長くんが、なぜかこの夜は俺と一緒にいないのだ。

 少し用があると言って出て行ったきり、戻ってこない。

「眠れねえのか。酒でも飲むか?」

 黒娘の放つ色気光線にあえて気付かないふりをしつつ俺は、酒と焼いたマグロのカマの残りを卓に並べる。

「今更誤魔化さないでよジロー。うちの気持には気付いてるくせに……」

「『またあとでねッ』って言ってたのはこれかよ! 結局お前もアニキと同じで、俺をこの島に縛り付ける気満々か! 歓迎されているのも必要とされるのも喜ばしいことではあるが、こういうやり口は全く嬉しくないぞ!」

 あれだろ。ここで一夜をともにしたという既成事実さえできれば、この島から俺が出ていくことをあの怖い親父や兄ちゃんが許してくれない流れになるんだろう。

「うちのおっぱい揉んだくせに」

 ぎゃふん! いつだか船の中で寝ぼけたコイツの乳を揉んだことを覚えてやがった!

「いやいやいやいやいやいや、あれは事故だ。俺も寝ぼけてたんだ。あと、お前のアニキにも言ったけどな。俺は流れ者だし、お前らから見りゃ異種族だし、族長の娘であるお前にふさわしい男じゃないだろう。戦士としても漁師としても俺より優れた男は、この島にいくらでもいるんじゃないのか?」

「逆だよジロー。喧嘩が強い男も漁が上手い男も、この島には足りてるんだよね。いくらでもいるし、わざわざ外から欲しいと思わないの。でもジローみたいな男はこの島にはいないんだから。ドワーフさんたちと仲良くしようとしているのも同じ理由。うちら黒エルフは、積極的に新しい価値を取り入れて行かなきゃいけないってことなの」

「俺は村に帰ってラーメン屋をやりたいんだよ……」

 ずいずいと猫のポーズで俺に寄ってきて胸の谷間を見せびらかす黒エルフ娘に、なんとか俺の意志は抵抗する力を保っていた。

「ここでやればいいじゃん。ドワーフさんたちとの交流が密になれば、大陸の食材や加工品も船で運んでもらえるんだよ? それに……」

「それに?」

「うち、どうしてもってジローが言うなら、島を出てジローについて行く。一緒にラーメン屋さんやるよッ。ジローと一緒になりたいのは、種族のためでも父ちゃんや兄ちゃんのため、島のためでもないよ。うち、ジローが好きだから一緒にいたい。ジローの奥さんになって、ジローの子供を産みたいッ」

 潤んだ瞳で俺をまっすぐに見つめ、唇を近づけてくる黒エルフ娘。

 ここまで直球の告白を受けて、俺はこれ以上こいつを拒否することなんてできない。できる奴はホモだけだろう。

 別に嫌いなわけじゃないしな。むしろ二者択一なら好きな相手だ。

 愛しているかと聞かれれば自信はないし、そこまでの付き合いじゃないと答えるしかないが。

 これから先、こいつを愛せないと決まったわけではない。


 でも、これでいいのかなあ。

 こいつはいい女だってのは十分わかってるんだが。


「佐野ー! 起きてるー!?」

 急に小屋の扉が開いて、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。

「あ、あれ? なんかお取込み中? まずいタイミングで来ちゃった?」

 俺の記憶が確かならば、その声の主は東日本ラーメン選手権女王様の、青葉すみれその人だ。

「ほう、お前たちはそういう関係だったのか。昼間なにやら私に利いた風な口を聞いた男が、日付も変わらぬうちにずいぶんと楽しそうなことになっているではないか」

 厭味ったらしい白エルフ娘の声もそれに続く。

 そして、さらに続く別人の声が。

「兄ちゃん、モテモテだなあ。やっぱ料理ができるとモテるんだべか」

 刺繍の婦人の孫かつ青葉一風の娘にして青葉すみれの年下の叔母。

 ドワーフと人間の血を引くチビガキまで一緒にいた。

「なななななななんだお前ら! どこから湧いて出た!」

 俺はせっかくの据え膳を邪魔されたからと言うわけでは決してなく、突然の来訪者どもに驚きの声を浴びせた。

次回予告

63話「余はいかにして異世界来訪者になりしか」 

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