61 ダメだ、その願いは私の力を超えている
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龍神のかまどと名乗るロリババアの巫女さまに「ラーメンを作れ」と言われているが、祭り自体は数日先である。
黒エルフの島にドワーフのおっちゃんらが醤油を持ってきてくれたので、今度は醤油ラーメンでも塩ラーメンでも作れるな。
米がなかなか手に入らない(刺繍の婦人は自分で米味噌用の米と麹を入手していたが、高価だ)ので麦や豆で味噌作りにはトライしたことはある。
しかしやり方が悪いのかうまく行かなかった。
村に帰ったら親方と一緒にもう一度頑張ってみよう。醤油ができたんだから何とかなるはず。
たぶん。
その数日間、俺は基本的に祭りで捧げものとして出すラーメンの材料集めや準備にかかる。
それ以外にも黒エルフの島、および近海で手に入る食材、調味料をラーメン作りに活かすための研究とか、味見ついでに島のみんなに食べてもらったりとか。
船着き場の近くで屋台未満の簡易調理所を間借りさせてもらっている格好だ。
もちろん、リヴァイアサンを仕留めて意気揚々と帰って来た黒エルフのヤン衆たちにもラーメンを振る舞ったりもする。
「ドワーフのおっちゃんらが醤油を持ってきてくれたから、明日は醤油ラーメンにするぜ。今日はとりあえず海藻たっぷりの塩ラーメンだ」
とりあえず目に入る黒エルフのみんな、それと白エルフ娘にラーメンを食わせる。
「白ワカメのプリプリ具合と麺の喉越しがいい相性っス」
「この黒いキノコは大陸にはないな……帰る前にいくつか買っておこう」
白黒若者コンビはホクホク顔で食べているが、その様子を見ている黒エルフ娘は面白くなさそうな顔で俺に聞いてくる。
ドワーフたちを宿泊場所まで案内して、こっちに戻ってきたようだ。
「ねえ、なんであの二人あんなにイイ感じなの?」
「俺に聞かれても知らん。なんか馬が合うんじゃないか。イケメンのアニキを取られて悔しいのか」
それなりに危険な旅を、力を合わせて乗り切ったようなものだからな。
吊り橋効果とは言わないが、やはりドキドキする体験を共有した者同士なら絆も結びやすいのだろう。
なにより、エルフ娘の母親を殺した犯人は確定したのだ。
先祖の因縁や伝説、お伽噺として白エルフと黒エルフはお互い関わらないようにしているのだろうが、エルフ娘個人としては黒エルフと言う種族自体に憎しみも恨みも持っていないものと思われる。
「いや、取られるっていうか……そもそも兄ちゃん、奥さんいるし」
「えっ」
なんか、聞かない方が良かったと思うような言葉が聞こえた。
「うちら黒エルフの男って、寿命もそんなに長くないうえに、危ない仕事が多いんで若いうちに死んじゃうことが多いんだ。だから他の種族より若干結婚が早いし、さっさと子供も作っちゃうんだよね。兄ちゃんの奥さんも妊娠してるよ」
「昨日の夜、あいつら二人でこそこそどっか行ってたぞ」
「多分ホタルエビのいる川を見せに行ったんじゃないかな? この島にしかいないから、いつかお客さんが来たら見せて自慢するんだって昔から言ってたし」
昨日の俺と料理長くんは粘土掘ったり運んだりしてかなり疲れてたから、二人で酒飲んでさっさと布団に入っちまった。
長男くんは気を遣っただけなのか。
「俺はその話を聞かなかったことにする」
聞いたところで、俺にはどうしようもない……。
「なにそれ、ジローちょっとずるくない? あの白いのにそれとなく教えてあげなよ。兄ちゃんってしっかりしてるようで結構天然だから、絶対に白いのの気持ちに気付いてないよ?」
「お前から言ってやってくんねえ?」
「ヤだよそんなの。ジローから言いなよ」
汚れ仕事の押し付け合い。
哀れ白エルフの娘よ。いい雰囲気に見えたのは、本当に単純に長男くんが親切なイケメンだったというだけなのか。
隣人を守り、真心を尽くして接する、男の中の男は、無自覚に女を傷つけるものなのかもしれない。
うーん。困ったなあ。いや、他人事だからどうでもいいっちゃどうでもいいんだが。
「おおい料理長くん。ちょっと大事な話があるんだが」
俺は澄ました顔の料理が得意で魔法も使えるイケメンエルフに面倒事を押し付けて、自分のラーメン作りに没頭することを選んだ。
「と、当方は一体どうすればお嬢様を傷つけずにこのことをお伝えできるのだ……」
横で料理長くんが懊悩している。許せ。
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さて、浜まで牽引されてきたリヴァイアサン。
外見は「白い体に赤紫の縞模様が入った、角の生えたウツボ」といった感じだ。角と言うか触覚と言うか、額の先端からなにか出ている。
サイズは全長ざっと見て20メートルほど。船が5隻がかりとは言え、よくこんなの仕留めて浜まで引っ張って来れたな。
「秘めたる神事である。何者も目にすること許さぬ」
その一言で、浜辺にいた俺たちは全員、魔法かなにかで眠らされた。
声の主、魔法の主はおそらく龍神のかまどだろう。
目が覚めたらリヴァイアサンが血抜きされ腹を裂かれ内臓を抜き取られ、その上で輪切りにされていた。
「見せてくれたっていいじゃねえかよケチ巫女!!!」
思わず絶叫。
凄い一大イベントだと思ってワクワクしてたのに!
「しきたりと言うのは往々にして不条理なものじゃ。あるがままを受け入れよ」
「お前に言われるとこれ以上ないくらいムカつくわー……」
何はともあれ、食材としてのリヴァイアサンを分けてもらった。
「白子(精巣)は龍神さまに捧げるために燻製にするゆえ、わらわは数日の間、山でその勤めに入る。残った身や肝はおぬしらで好きに食うがよい。丸一日、涼しいところで熟成させてから食った方が美味いぞ」
そう言い残して、山の方へ龍神のかまどは飛んで行った。おそらくリヴァイアサンの部位で一番美味いのであろう、デカい白子を小さな体で抱えて。
飛んで行ったのは文字通り飛翔したという意味である。
自分のホームだからか、使える魔法、魔力に際限がないのだろう。
消えたり現れたり飛んだり人を眠らせたり一瞬でリヴァイアサンをさばいたりと、なんでもありだ。
熟成される前のリヴァイアサンの身を一かけらだけ味見。白身だ。
脂肪分が少なく、コリコリとした歯ごたえだった。
鯛をもう少し筋肉っぽくしたような感じだな。
熟成が進んだら醤油を使って刺身で食ってみよう。
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「今年の祭りは大掛かりになりそうっスねえ。まさかリヴァイアサンまで仕留めらることになるなんて思わなかったっス」
リヴァイアサンの保管、片付けを終えた真夜中。
俺は黒エルフ長男くんや料理長くんとドワーフの宿泊所にお邪魔して、やかましい部屋の一角で酒を飲んでいる。
そんな席で、黒長男くんは今年の祭りの特異さを語った。
船を出して実際に狩りをしたのは黒エルフの男たちだが、龍神のかまどの陣頭指揮がなければそれは不可能だっただろう、と彼は言うのだ。
普段、リヴァイサンは避けて逃げるべき存在で、漁の対象ではないと。
「いつもはこうじゃないのか?」
「そもそも龍神のかまどさまが顕現して祭りの準備を取り仕切ってくれるなんて、俺が物心ついて以来ははじめてっス。普通は親父しかかまどさまに会えないっスから」
「例年とは違う、なにか特別なことがあるのでございましょうか」
料理長くんが投げかけた疑問に、笑って長男くんは答える。
「そもそもこの島に白の方々がいるのが異常事態っス。ドワーフのお客さんが来ることも、今まで全くなかったわけではないけど珍しいっスね」
イヤミなく、本当にそれが面白いことだという顔の長男くん。
「龍神さまがなにか一つだけどんな願いでもかなえてくれるとかじゃねえの。こんだけ大掛かりなことになるってのは」
「それなら俺は、もう少し背丈が欲しいっスね」
意外としょうもない願いを持っているイケメンだった。
「当方はお嬢さまの行く末に幸多からんことを祈るばかりです」
恨めし気な目つきで長男くんを見ながらボソリとつぶやく料理長くん。
ちなみに彼は黒長男くんが既婚者であるということをまだ白娘に伝えていない。ヘタレめ。
俺の願いは当然決まっている。
いつまでもラーメンとともにありますように。それくらいだ。
「ところで、ジローはいつ村に帰って来るんじゃ」
俺たちが引き続きだらだらとドワーフたちの部屋にお邪魔して飲んでいると、長老にそう聞かれた。
「ここの祭りが終わったら、とりあえず帰るかな。長老たちも祭りを見てから帰るんだろう? 一緒の船に乗せてくれよ」
「おお、もちろんじゃ。帰ったらまたビシビシ働いてもらうぞ」
「せいぜい頑張らせてもらうよ。あの村は居心地イイし、みんなガツガツ食ってくれるからメシ作ってても張り合いがあるからな」
異世界の不思議も堪能したし、いろいろと知らない食材にも出会った。
一度村に帰って腰を落ち着かせて、手持ちの知識、経験を煮詰めて俺のラーメンを見つめ直すとしよう。
ここが旅の終点だと思うと、感慨深いものがある。なんだかんだ色々あったからな。
しかし、そんなことを考えてしんみりしている俺に黒長男くんが絡んできた。
「ジローさんは、俺らの島に残ってくれるんじゃないんスかぁ!?」
目がすわってる。悪い酒だな。
これはいけない。いつの間にこいつこんなに飲んでた。
「いや、残らんて。部外者だし。帰る村あるし」
当然のようにそう言うしかない。
「じゃあ、妹は誰が貰ってくれるんスかぁ。うちの若いモンはみんな、俺や親父に遠慮してるのかビビってるのか、妹を口説こうとしない腰抜けばっかりなんッスよォ。それだったらジローさんが貰ってくれるのが、一番いいじゃないっスかぁ」
俺の肩に手を回し、なんだかヤンキーが子分にクンロク(脅迫的な説教。凄んで言うことを聞かせること)入れてるような格好で長男くんは絡み続ける。
なにが「一番いい」のか全くわけがわからん。
万力のような力だ。まるで振りほどけない。
やっぱりあのオヤジの息子だなこいつ!
「兄の俺が言うのもアレっスけどぉ、妹はああ見えて結構気立てが良くてぇ、絶対に一緒になった男を幸せにする女だと思うんスよぉ。性根はまっすぐだし、結構頭もいいんスよぉ」
べた褒めだな。どんだけ自慢の妹だよ。まあ美人だしナイスバディだしちょっとユルい所が可愛げあるのは確かだが。
「そ、それくらいいい女ならな、ちゃんとしたいい相手が絶対見つかるから安心していいと思うぞ。俺はまあ、あれだ。ただのラーメンバカだし、流れもんだし、そもそもこの世界では異邦人、異端もいいところだからな? 俺と一緒になっても、妹ちゃんが大変な思いをするだけだ、うん絶対にそうだ」
冷や汗をかきながらなんとか長男くんの拘束から逃れようとする俺だが、全く聞き入れてもらえないし身動きすることもできない。
「おうおう、ここにきてジローにも春が来たか」
「村長も冷かしてないでなんとか言ってくれよ」
「ふむ。ジローがここに収まるというのは、ワシらの村と黒エルフの結びつきを強めるためにもいいかもしれんの」
ここに来て政治的駆け引きの道具にされようとしている二郎くん大ピンチ!
料理長くんも助けてくれない。
ここで白エルフである料理長くんが、黒エルフ幹部の長男くんの機嫌を損ねるのはリスクが高すぎるからだ。
本来ここにいるべきではない白エルフが不自由なく滞在を許されているのも、ほぼすべて長男くんの厚意から来るものだからな。
いくら酒の席とは言え騒ぎでも起こそうものなら、島にいる他の黒エルフたちが料理長くんや白娘に対してどんな印象を持つか、どんな振る舞いに出るか。
詳しくわからないが、ろくなことにはならないだろう。
助けにならないどころか、拘束されている俺を置き去りにして部屋から逃げやがった!
覚えてろよあんにゃろう!
料理長くんが逃げたすぐあと、俺たちのいる部屋に白娘が様子を見に来た。
「まだこっちで飲んでいたのか。朝に起きられなくても私は知らないぞ」
さあ、こいつはおれの助けとなるかどうなのか!?
「あ、白のお嬢さんも言ってやってくださいっス。うちの妹とジローさんがお似合いっスよって」
「……私の知ったことではないが」
黒長男くんがでろでろに酔っ払ってドスの効いた声を発しているのを見て、白娘は明らかに渋い顔をした。
「俺の奥さん、もうすぐ赤ん坊が生まれるんスよぉ。妹とジローさんが一緒になってくれて、さっさとガキを作ってくれれば俺の子供と仲良くなってくれるじゃないっスかぁ。ジローさんがいてくれれば、美味いメシがいつでも食えるじゃないっスかぁ。完璧じゃないっスかぁ」
自分勝手な理屈もしくは願望を、呂律の回っていない舌で並べる長男くん。
あ、既婚者であることがばれたな。
まあ本人は隠しているつもりはなかったんだろうが。
もちろん、それを聞いて口をアホみたいにあけている白エルフ娘。
「そ、そう、か。もうすぐ、子供が生まれる、のか。それはめでたい、な」
笑顔で祝福しようとしているらしいが、顔が引きつっている。
無理もない。強く生きるんだぞ。
「兄ちゃん、何やってんの! こんなに酔っ払ってお客さんに迷惑かけてさあ!! 恥ずかしいったらありゃしない!!」
「お、俺はお前のこと心配してるんスよぉ……」
その場を収めて俺を助け出してくれたのは、料理長くんが呼んできた黒エルフ妹だった。
逃げたと思ったが、そうじゃなかったんだな。グッジョブである。
「ふう助かった。まあその、なんだ。生きてりゃ色々ある。くよくよすんな」
暗い表情で棒立ちになっている白エルフ娘に、気休め以下の言葉をかける俺。
「な、なんの話だ? 私は別に、意気消沈などしていない。エルフたる者いつも心を穏やかに、春の風のように生きる。それが当然だ。ああ、そうだ。私は大丈夫。私は大丈夫……」
うわごとのように繰り返すエルフ娘がいたたまれなかった。
次回予告
62話「お前……消えるのか?」




