60 失われた土器を求めて
なんか筆が乗ったので続けて投稿。
アクセスありがとうございます。
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黒エルフの島は、島と言うより海に浮かぶ山であった。
簡単に説明すると富士山くらいあるのではないかと思われる巨大な山を中心にし、その裾野に黒エルフたちが居住している、そんな地形なのだ。
「島の北側半分はまるまる龍神さまのご在所で、俺らは基本的に立ち入らないっス。北側だけ冬になると雪が降るんスけど、その環境が龍神さまにはいいみたいっスね。冬眠しやすいんスかね?」
船が島に近づき、山の高さを目の当たりにして俺も白娘も料理長くんも開いた口がふさがらない。
俺は横浜育ちのバイク乗りだったので、天気のいい日はちょいとしたお出かけ気分で、ちょくちょく富士山の近辺までマシンを走らせたものだ。
特に三島から見る冬の富士山と、足柄から見る枯れススキの原っぱの後ろにそびえる富士山。
これは本当に、日本一の富士の山と言う言葉の意味をどんなバカにも理解させることができる、名スポットだと思っている。
冬が近づいているためか、山のてっぺんにうっすら白いものがかかっている黒エルフの島の美しさは、それに匹敵した。
青い空と青い海の真ん中に、白い帽子をかぶった姿の美しい山が浮かんでいるのだ……!
「島の南側はめったに雪も降らんし冬でもそがあに寒いことはないけえ、ワシらは一年中漁に出れるんじゃ。黒エルフは寒さに弱いけえの。今はハラグロマグロの成魚が島に近づいてくる時期じゃのお」
「ハラグロマグロが回遊する経路をリヴァイアサンが追いかけてるんで、その時期に漁に出るのは危険なんスけどね。まあこっちも生活とか祭りの準備がかかってるんで必死っス。何年か前に漁に出てて、目の前でリヴァイアサンの口が開いているのを見たときは、さすがに俺の命もここまでかと思ったっスよ」
「あんときは間一髪じゃったのお。運よくワシらの船が横から放った銛がアイツの目に当たったけえ、なんとか気をそらして逃げられたもんじゃが」
あっけらかんと言ってのける内容がかなりハードだった。
海の仕事って大変なんだなー……。
日本で最も死亡率が高い仕事は漁師だという与太話を酒の席で聞いたことがあるが、本当の話なのかもしれん。
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「間近で見るとホントにでかいなこの山……」
「当方、ここまで高い山を見たのは生まれて初めてでございます」
「……ここが、龍神の住処」
上陸した俺たちを歓迎するかのように、黒エルフのご霊峰が堂々とそびえている。
俺、料理長くん、白娘の口から三者三様の感想が漏れた。
あくまで俺の感覚、目見当でしかないが、富士山よりは若干小さい。
富士山とその裾野は直径40キロメートルの円にすっぽり収まるらしいが、船からこの島を見た限り、そこまではないように見えた。
ただ、山の姿が美しいことでは富士山に勝るとも劣らない。
神さまが好んで住むだけのことはあるぜ。
「あ、ジローじゃん! ひっさしぶりーーーーっ! 本当に来てくれたんだあ!!」
上陸した俺に黒エルフ娘の柔らかい肢体が突進してきた。
俺の腕をがっしりとホールドする。必然的に大きく柔らかいふたつのものに俺の腕が挟まれて素晴らしい。
「……て言うかなんでアンタもいんの。白くて目がチカチカして目障りなんですけどォ」
しかし、白エルフ娘の姿を見てその表情が一変する。
「気に入らないならお前が目をつむっていればいいだけの話だろう」
白娘もよせばいいのに余計なことを言って挑発してるし。
「俺の客だから、失礼なことはするなっス」
「兄ちゃん……まあいいけどさ。今年は他にもお客が来るらしいし」
他の客と言うのがなんなのかわからないが、黒エルフ娘はとりあえず聞き分けたようだ。白いのと喧嘩する雰囲気ではなくなった。
「盛り上がっておるところ悪いがの。少し手伝ってもらうことがある。ついて来い」
いきなり現れていきなり命令する傍若無人なロリババアを誰かどうにかしてくれ。
「一体どこに行くっつうんだよ。人を使って動かすなら丁寧な説明を心がけた方がいいぞ」
「盗まれた七十二宝のまな板は取り返したがの。実はもう一つ、今は逸失しておる厨具があるのじゃ。その名を『亀甲縄文式土器』という。粘土を焼いて作った深鉢じゃの」
「なんだよそれ。まさか粘土をこねて形を作って、縄で亀甲縛りにして模様をつけて焼いたものとか言わないだろうな」
「よくわかったの」
そんな神器はイヤだ。
突っ込む気力も失せたので話を進行させることにしよう。
「で、なんでなくなったんだよ」
「わらわがうっかり落としての。割ってしまったのじゃ。これから新しいものを作る。神器制作の貴重な体験を手伝わせてやる。ありがたく思うがいい」
そんな大事なもん落とすな!
ああもう、声に出して突っ込まなかったぞ。勝った。
「ぜひとも!」
喜んでいるのは白エルフ娘だけだった。
いいのかな、黒エルフの祭祀に使う神器を作るのに、白エルフが手伝っても……。
☆
あくる日。
前日に俺と料理長くんが山に入って肉体労働して集めてきた土。
それを使ってロリババアが粘土遊びをして、土器の大まかな外観が出来上がった。
俺たちのエスコート役である黒長男くんは、昨日の粘土集めを手伝ってくれた。
今日は俺たちに目が届く範囲で、祭りのための別の準備仕事をしている。
彼も彼でやはり島の幹部だけあって忙しそうだ。
俺たちは俺たちの仕事を頑張りたいのはやまやまだが……。
「どう見てもこれ、女の裸みたいな形してね……?」
出来上がった土器は、トリソー彫像とでも言うのか、首と手足がない胴体だけの女の像にしか見えない。
鎖骨の部分が開放した空き口になっており、尻、太ももの部分は閉ざされて容器の底になっている形状だ。
肩から鎖骨のラインが開いた女性用のセーターとかあるだろ。あんな感じだな。
ちなみに巨乳である。お尻も太ももも適度にムチムチしている。
「この鉢に、亀甲の目になるように縄を縛って食いこませて、縄目の文様を表面につけるのじゃ」
「誰が考えたのか知らねえがイイ趣味の神器だなあオイ」
だんだん楽しくなってきた。
そう自己暗示しなければやってられないとも言う。
「素朴な疑問だが、新しく作り直してそれが伝説の厨具としての役に立つのか?」
縄を結うのを手伝いながら、俺が今まで聞かずにいたことをストレートに言ってのける白娘。
スケベ神器の制作補助と言う作業自体に不満はないらしい。
「重要なのはどのような素材で誰が、なんの目的で作ったかと言うことじゃ。今回で言えばわらわが龍神さまの棲む山の土をこねて、龍神さまの祭りのために作っておるということじゃな。その由緒さえととのっておれば神器としての神性は確保される。心配するでない」
七十二宝のまな板は素材集めが困難を極めるので、奪い返した方が手っ取り早いということだった。
文字通り世界中の宝と呼ばれる素材を七十二種類集めないと、作り直すことはできないらしい。
「ふむこんなものかの。あとは焼けば完成じゃ。みなご苦労であった」
かまどに入れてしまえばもちろん縄は燃えて無くなり、土器表面には亀甲の縄模様だけがうっすらと残ることだろう。
こんなところまではるばるやって来て、一体何をやっているんだろうな俺たち。
という虚無感を楽しむ暇もなく、俺は龍神のかまどさまから次なるありがたい仕事を仰せつかった。
「亀甲縄文式土器は龍神さまへの神饌の中でも、汁ものを供する器になる。おぬしがラーメンを作ってあの器で神に捧げるのじゃ」
なんかそんな予感がしてたよ!
まあ、神さまにラーメンをささげるって経験自体は、とてもいいことだがな。
俺もなんだかんだ、ゆるい多神教感覚が根付いた日本人なんだろう。
異世界にいるとかえって自分のアイデンティティと向き合う機会が増える気がするな。
☆
さらに翌日。
俺はラーメンの材料を集めたり仕込み、準備に取り掛かっている。
黒エルフの屈強な男たちは早朝から「リヴァイアサン狩り」のため、船に乗って海に出て行った。
「島を案内するって言ったのにすいませんっス。でもこればっかりは他のモンに任せるわけにもいかないんで」
そう頭を下げ、長男くんも海の主を討伐する面子に加わる。実質的な攻撃隊長らしい。
「あのデカい刀みたいな包丁、リヴァイアサン裂きとやらを使うんだろうかね」
「いや、あくまでも仕留めるのは黒エルフたち自身の力と技術によってのみ行うらしい。リヴァイアサンを仕留めて浜まで牽引したのち、鮮度を失わず直ちにさばくためにあの包丁、リヴァイサン裂きの神力が必要なのだそうだ」
俺のつぶやきに詳しく答えてくれる白エルフ娘。
「へえ。長男くんに聞いたのか? いつ? そう言えば昨日の夜、二人でこっそりどっか行ってた気がしたな。あいびき? いやあ若いモンは羨ましいですなあ」
「この炭、どれだけ火が起きているのかわかりにくいからお前の口にあてて温度を確かめさせてくれるか」
赤く燃える炭を火箸で掴んで俺の口元に押し付けようとする白娘。二郎くんこれを小ジャンプして回避。
「んだよ。ちょっとからかっただけだろ。怒んなよ。それはそれとして、お前もずいぶんメシの支度とか準備とか手伝うようになったよな」
「お前やスミレとこれだけ長く行動していればな……」
炭を起こしてその火力で湯を沸かす程度のことを手伝ってもらっているが、以前に比べると生活臭が出たと言うか。
厨二病の騎士かぶれお嬢さまなのは相変わらずでも、箱入りと言う感じはなくなったな。
「これからはエルフ族も変わって行かなければなりません。僭越ながら当方はお嬢さまの変化を、成長と認識しております。喜びこれに勝るものはありません」
お嬢様の変化を、料理長くんが祝福した。
☆
夕方になり、間もなく陽が沈む頃合い。
「おや、ジローじゃ。しばらく帰ってこんと思ってたらこんなところでなにをしておる」
漁に出た黒エルフたちの帰りを迎えるため、俺たちが船着き場に行くとそこにドワーフの一団が来ていた。
おそらくドワーフ製の薄い金属板を表面に張った、この世界では最新版のカッコイイ船でこの島に来たようだ。
「あれ、ひょっとして村長? そっちこそこんなとこでなにしてんの?」
俺がこの世界に流れ着いて、最初に世話になった村の村長だ。長い白髪と髭でかろうじてわかった。
村長以下、十数人のドワーフの集団が黒エルフの島にやって来た。
これは一体なにを意味しているんだろう?
「ありていに言えば商談じゃの。その前に挨拶として、祭りの祝いの品を届けに来たんじゃ。おうおう、ジローが担当していたショーユもあるぞ」
「商談……ドワーフと、黒エルフとが、でございますか?」
料理長くんが驚きながら口をはさむ。
そう言えば黒エルフはトカゲたちと海の利権を争って喧嘩をしていた時期がある。
実際には喧嘩と言うほど生易しいものではなく、実質的な紛争状態だったようだ。
そのトカゲ側に加勢して、黒エルフが大人しくなるきっかけを作ったのがドワーフじゃなかったかな。
いわば昔の敵じゃないか。
「ドワーフは村ごとの自治意識が強いでな。うちの村は先の紛争で特に犠牲者を出したわけでもないから、黒エルフ自体に対してそれほど因果を含んではおらんのじゃ。あのときは勝算や儲けを考えて地龍の民に味方した、と言うだけの話よ」
「だから昔のことは昔のことと割り切って、お互いのこれからのことを一度話し合ってもいいんじゃないかと村の会議で決まったのよ」
「他の村に先を越される前に、こうして手始めの挨拶にきたわけだな、ガッハッハ」
愉快そうに笑って口々に説明するドワーフたち。
うーん、商魂たくましいというか実利主義と言うか。
「しかしよくあんな、大陸の奥まったところにある村のみんながこんな立派な船を作って海に出ようって考えたよな」
俺が世話になっていた村から港までは、馬を使ってもけっこうな日数がかかる距離だ。
「この話を最初に出したのは村の若いドワーフなんじゃ。あいつらはちょくちょく船に乗って獣人たちの島に行ったり、港の近辺まで行って出稼ぎしてるからの。自分たちで船の資材を買い集めて、自分たちで船を組んで、そうして出来上がったのがこれじゃ」
聞けば、どうやら最初に「黒エルフと仲直りした方がもっと仕事もやりやすくなるんじゃないか」と言い出したのは猫舌くんらしい。
若いドワーフは特に黒エルフに対する恐れや敵愾心がないので、そういう発想が出たのかもしれないな。
「うちらの島にいらっしゃい、ドワーフのおじさん、お兄さんたち! ちょっとお兄ちゃんと父ちゃんはまだ海に出てるんで、休む場所を用意したからお酒でも飲みながらのんびりしててよ!」
ドワーフご一行を黒娘が休憩のための建物に案内して行った。
あ、黒娘が言ってた「別のお客さん」ってのはこのことか。
「おうおう、これはご丁寧にかたじけない」
「黒エルフの酒はどんな味がするかのう」
「ワシらも酒を持ってきたから、お嬢さんも一緒に飲もうじゃないか」
ドワーフがいるとどんな土地でも賑やかになるなあ。
「さすがにドワーフは逞しいなあ」
「全く、恐れ入ります」
料理長くんが苦笑いしながら首を振る。
その表情にはいろいろな意味が含まれている。
料理長くんのあるじである白エルフの旦那。
彼が狭間の里の制圧に乗り気な理由を、俺はなんとなく察していた。
それは、大陸のリーダーがエルフであることを今一度すべての種族に認識させるためだ。
そのために狭間の里という明確な敵を作り、それを制圧する主導権をエルフが堅持しなければいけないのだ。
俺たちが狭間の里に乗り込むとき、いきなり黒エルフたちの船が助勢に来たのは、俺の知らないところで白い方の旦那と黒い方の親父とで話がついていたからに違いない。
しかし今回のドワーフと黒エルフの邂逅は、その計画を狂わせる一手になるのではないか。
5隻がかりでリヴァイアサンを引っ張る船団が島に帰って来る。
黒エルフ長男くんはその先頭の船にいた。
白エルフ、黒エルフ、獣人たち、狭間の里、そしてドワーフ。
さまざまな者たちが暮らすこの世界は、近いうちにほんのちょっとだけ変わるんだろう。
彼を浜辺で迎え、安心した笑顔を浮かべる白エルフ娘を見て俺はそんなことを思った。
次回予告
61話「ダメだ、その願いは私の力を超えている」




