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59 ジローが親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくところで泣いた

本編に戻ってます。

二郎たちの作ったラーメンをみんなで食べるところからですね。


アクセスありがとうございます。

 ☆


 すっかり陽も沈んだ。夜飯にはいい時間だ。

「しゅ、首領しゅりょう。俺たちも食っていいんでゴブか?」

 振る舞われたラーメンに手を付ける前に、ボスである青葉一風にお伺いを立てる子分たち。

「好きにしやがれ。腹壊しても知らんぞ」

 壊すわけねーだろ。憎まれ口を挟まないと会話ができんのかこのジジイは。

 しかしそう言った一風本人も、手渡された器の中身をいきなり床にぶちまけて捨てたりはせず、しげしげと内容物を眺めている。


「さっさと食わねえと伸びるぜ」

 なかなか箸をつけない一風に対し、俺はそう言った。

 加水率の低い麺は、麺の中の水分が少ないということである。

 歯ごたえ、食べごたえがあり、麺の水分割合が低いので小麦、卵、塩などの割合が高くなる。要するに味が濃い。

 しかし麺があとから水分を吸いやすい構造になっているため、ちょっと油断しているとすぐに伸びる。

 加水率の高い麺はその逆で、麺があらかじめ水分をたくさん内包しているのであとから水を吸いにくく、伸びるのに時間がかかるというわけだ。

 乾いた布巾はたくさん水を吸い、濡れた布巾は水を上手く拭き取れない、と考えてくれればいい。

 当たり前の話だが、原価率を考えると加水率の低い麺の方が割高で、商売としては厳しくなる。麺があまり水増しされていないということだからな。


 心配するまでもなく、オークもゴブリンも器の中身をガフガフ音立てて食っている。

 もちろん俺の連れであるみんな、白黒エルフたちやトカゲ男たち、そしてこの島で出会った母子も、勢いよく麺をすすってくれた。


 俺も自分用に作ったラーメンをずるずる。

「うむ、今日も俺の作ったラーメンは美味い!」

 ラーメンの神、空にしろしめす。

 全て世はこともなし。

「せっかくのヨウセイモドキを、こんな下品な残骸にしちまって……」

 しばらくラーメンを眺めていた一風が、ブツブツ言いながらスープをすする。

 冷凍して細かく砕いたから、ヨウセイモドキは乱雑な形状の破片になっている。

 それを水で戻してスープとともに煮込んだので、魅惑的な歯ごたえは大きく減退した。

「…………」

 スープを飲んだ一風は言葉を発しない。

 特に感動もないような表情をしているが、内心どう思っているかはわからん。

「そう言えば関係ない話だがよ。和食って世界遺産になったぜ。アンタ、和食の料理人だったんだろ。少しは誇らしいもんかね」

 食事時の世間話として俺は特に意図もなくそんな話題を振る。

「その世界遺産と言うのがわからん」

 通じなかった。

「そう言えばアンタ、ずいぶん昔にこっちに飛ばされたんだもんな。ピラミッドとかアンコールワットとか万里の長城とか、まあ要するに人類史の宝って感じのものに和食は認められたんだ」

「フン。認められたからその瞬間に何がどう変わるってもんでもねえだろう」

 確かにその通りではある。

 選定基準も多分にロビー活動のたまものだったりするしな。

 話をしながらでも、合間合間に一風は麺をすすり、鶏チャーシューをほおばり、メンマを噛み、ヨウセイモドキのかけらを飲み込む。

 実はけっこう腹減ってたんじゃねえかな。

「あんまり脂を浮かせてねえんだな」

 食い終って一風が放った言葉はまずそれだった。

「今回はたまたまそうだってだけだ。豚の背脂とかラードをもっと浮かせるラーメンも珍しくねえぜ。特に寒い土地のラーメン屋は、出前したときにラーメンが冷めないよう、油膜をびっちり表面に張ることが多いな」

 北海道なんかでは、どんぶり表面全体がラードの油脂膜に覆われているラーメンも珍しくない。

 そうすることで脂がラーメン全体に蓋をすることになり、内部の蒸気、熱気が逃げないのだ。

「アンタの孫、青葉てつやの娘で青葉すみれっていうんだがな。そいつは豚骨を大量に強い火力でグラグラと炊く、透明度のない白濁したスープを得意としてるぜ。そうやってとったスープは雑味や不純物もすごいんだが、あいつは丁寧にそれを取り除いて口当たりのいいラーメンを仕上げてるよ。若いのに大したもんだ」

 おじいちゃんへの精神攻撃は孫の話に限る。

「……こんな下らねえ料理一杯に、どいつもこいつも手を変え品を変え、ご苦労なこった」

「ああヤダヤダ、新しいものを理解できない凝り固まった頭の頑固ジジイは」

 いい加減憎まれ口にも慣れてきたので、茶化して返す。

「何一つ新しくなんかねえ」

「は?」

 青葉一風が俺のラーメンに下した総括は、意外なものだった。

「汁と麺の組み合わせ。出汁の取り方。味の組み立て。具の選定。別に何も珍しくはねえ。ラーメンってのは中華と和食の基本を踏まえ、表層を変えながら応用しているに過ぎん。まあ今となっちゃあ日本も洋食の店がずいぶん増えたんだろうから、トマトを使ったり牛で出汁をとったりもしているかもしれんな。それでもなにか新しいことをしてるってわけじゃあねえ」

 日本を永く離れているのにそこまで予測できるのか。って、それよりも。

「んなこと言ったら、どんな料理だってそうだろうが」

 ラーメンの素晴らしさを認めたくないからって、屁理屈に走ってねえかコイツ。


 負けず嫌いな悪役は置いといて、周りの様子を俺はうかがう。

「あったかいゴブ……」

「なんだか家に帰りたくなる味ブヒ。田舎の母ちゃんは元気にしてるブヒか」

 ゴブリンもオークも、なんだか静かになっている。味わって食べてくれているようでなによりだ。

 俺の仲間たちの反応はどうだろう。

「……とても優しい味だな。刺々しいところがまったくない」

「このラーメンみたいに優しく生きられたらいいなって思う味っスね」

 すっかり打ち解けた雰囲気の白エルフ娘と黒エルフ長男くん。

「それができれば、誰も苦労はしない」

「言えてるっス。これを作ったジローさんはやっぱりすごいっス」

 二人はにかむように笑いながら、寄り添ってしみじみとラーメンを食べている。


「この兄ちゃんを最初に船に乗せたときは、こりゃあ迷惑な客を乗せちまったって思ったけどよ。この一杯で今までの苦労が報われるってもんだな」

「ワシャあ最初にあのあんさんに会ったときは、さっさと殺しちまおうと思っちょったがのお。ま、そうせんで正解じゃったようじゃわい」

 かつて海上の権益を争った間であるという、トカゲ男の船長(俺が醤油を捨てられそうになって海に飛び込んで迷惑をかけた客船の方だ)と、黒エルフ親父が背中合わせに座り込んで言葉を交わす。

 ってやっぱりあのオヤジ、俺のことを殺そうとしてたのはガチかよ。


「ヨウセイモドキのラーメン。すみれ様に召し上がっていただくことが叶わないのが残念でございますね……」

 料理長くんはこの場にいないすみれのことを案じていた。

 確かにそれもあるし、俺は村のドワーフたちに食べてもらえないのも残念だ。

 もしもう一度このキノコを手に入れることがあったら、村のみんなに食べてもらいたいぜ。


「このうどん、なまらうまいっしょ。こんなうまいもん食った今ならヒグマにも負けねえべ」

「おっかあ、これは『ラーメン』っていうらしいべや」 

 メシの時以外は具合の悪い母とその娘も、なんか楽しそうに食べている。

 こっちの母子は、まあ好きにやってくれ……。


 ☆


「で、これはもう俺の大勝利と言っても差し支えない状況なわけだが」

 改めて一風に勝敗の確認をする。

「自分で自己完結してるバカがそう思ってるなら、お前の中ではそうなんだろう。俺の知ったことじゃあない」

「バカって言う方がバカなんだぞこのバカ!」

 おっと大人げなくついつい憎まれ口に反応してしまった。

 もうアラサーなんだからいい加減紳士的な振る舞いを心がけねば。


「ひとつ面白いものをやろう。これを食ってみろ」

 そう言って、一風は俺のもとに一粒のなにかを投げてよこした。

 四角く紫色をした、グミのような手触りのなにかだった。

 木の実? ゼラチン? 豆腐? チーズ? 海産物? はたまた重分子化合物?

「また変な薬じゃねえだろうな。あんな面白体験はゴメンだぜ」

「そんなんじゃねえ。それを食えば、お前のやってることがバカバカしくなるぜ」

 怪しい。がここで食わないとなんだか怖気づいたようで負けた気になる。

 匂いはない。舐めてみるが、表面に味らしい味はない。

 意を決して口に放り込んだ。

 ぱくっ。もぐもぐ……。

「味がない……」

 舌触りは、若干ざらざらしている。

 しかし砂を舐めているような不快感ではなく、舌が適度に刺激される感覚が気持ちいいと言うべきか。

「それなのにのに、美味い……?」

 無味なのは間違いない。甘くも苦くもなければ、いわゆるアミノ酸の旨味もない。

「ひょっとして舌への物理的刺激だけで、美味という印象に錯覚させてるのか……」

 味以外の舌への刺激で美味いと錯覚するなんて話は聞いたことないぞ。一体なんだこれは。そもそも食い物なのか。

 タコやコンニャクだって、淡白ではあるがなにかしらの味はある。

 味のついてない炭酸水を飲んで舌に刺激を受けたところで、それが美味いってわけじゃあない。

 今食った謎のくいものは、そのどれとも違う。

 なにやら不思議な舌触りだけで、美味いものを食った気になってしまう。なんの味も見いだせないのに。

 まったく意味が分からんぞ!

「ちなみにこれは、陰干しする以外に何も手を加えていない。腹の中で水分を吸って膨れるから、これを食って水でも飲んでおけば半日は腹が減ることもない。馬鹿みてえな話だが事実だ」

「そんなものが世の中にあるんだったら、俺たち料理人は何のために手を尽くして美味いメシを作ろうとしてるんだ……」

 確かにバカバカしくなる話だ。美味ってのはなんだという哲学的な話になってくる。

「ちなみに栄養は全くない。腹が減ったと言ってこればっかり食っていても、いずれは衰弱死するだけだ。この世界にこんな食い物があるってことは、これ食って満腹のままゆっくり死んで行けって言ってるんだろうな。この世界を作った何者かは。愉快な話だと思わんか?」

 クックック、と嫌な笑い方をする青葉一風。

 この謎の食いもんは、こいつだ。

 虚無のまま笑いながら死に向かう存在。

「俺にはわかんねえよ。俺は明日も明後日も、ずっとラーメンを作り続ける。それだけだ」


 勝利の爽快感はなかった。

 しかし、俺が勝った。自分でそう信じているから、それでいい。


 ☆


「話は終わったかの。用が済んだなら七十二宝のまな板は返してもらうぞ」

 突然現れて自分の都合を口にするロリババア、龍神のかまどである。

「お前今までどこにいたんだよ。俺の会心のラーメンちゃんと食ったか?」

「肉を炭で焼いたろう。煙の香り付けを覚えるために、ドワーフたちから学ぶと良いぞ。炭焼きの名手が山奥におる。それ以外は及第点じゃな。人間にしてはなかなかの仕事じゃ」

 ダメ出しされた部分は、俺ではなくエルフ料理長くんの担当したイリエキジのチャーシューだった。

「しょ、精進いたします……」

 頑張れ料理長くん。


 まな板を返せと言われ、龍神のかまどを睨む青葉一風。

 少しの間ロリバアアと片腕ジジイのにらみ合いが続き、ジジイが折れた。

「フン。どうせこれ一つじゃ便利なまな板以上の役には立たんからな」

 そう言って、七十二宝のまな板を投げてよこした。

 まな板にまな板以上のなんの使い道があるのか、俺にはわからない。

 きっと神器なんだから、たいそう凄いのだろう。

「引き上げるぞ」

「わ、わかったゴブ」

「ブヒ」

 手下どもを引き連れて、青葉一風はこの場を立ち去ろうとした。

 それを追いかける者が一人だけいた。

「ま、待て! 貴様だけは……!!」

 白エルフ娘だった。

 怒っているとも悲しんでいるともいえない、複雑な表情で一風の背を追う。


 しかし、一風は俺たちの追跡を阻止するために、あたり一帯にあらかじめ燃料を仕掛けていたようだ。

 轟轟と炎が上がって、森が燃える。

 一風の元妻、元娘が住んでいた家にも飛び火して燃え広がる。

 おまけに魔法の包丁も無数に飛んでくる。防御、回避に手いっぱいだ。イタチの最後っ屁かよ。

「あんならあ、とんでもないことしてくれるのお。船まで戻るで!」

 黒エルフ親父の号令のもと、俺たちはその場を撤収し一目散に船を停めた場所まで駆ける。

「は、離せ! 私はあの男を……!」

「いくら魔法が使えても一人じゃ無理っス! ここはいったん退くっスよ!!」 

「母さまごめんなさい。私は敵を討てなかった……!」

 涙を流しながら抗議する白娘を抱え、長男くんは脇目も振らずに船まで駆けた。

 目の前で若い女を人殺しにしないことを選んだ長男くんは、偉い。


 燃えていく丘をしり目に、俺たちは船に乗り込んだ。

 一風の元妻と元娘は、とりあえずトカゲ男たちの船でトカゲの島に行かせる。

 そのあと、大陸行きの船でエルフ旦那の屋敷に行ってもらうことにする。

 旦那に今回の諸事を伝えるための手紙は料理長くんに書いてもらうので、まあ心配はないだろう。

 大陸にはすみれもいる。娘の方はすみれにとってこの世界で数少ない親戚だ。

 まあなんとでもなるんじゃねえかな。


 龍神のかまどの姿は見えないが、あいつは龍神信仰の信者の近くならどこにでも現れることができるようなので、特に気にしなくてもいいだろう。


 この後、いろんな種族が力を合わせてこの島を本格的に攻めるのかどうか。

 制圧するかしないか、それは俺の知ったことじゃない。

 こうして俺たちの狭間の里偵察作戦は終わったのである。


 ☆


 俺、白エルフ娘、料理長くんはトカゲたちと並んで海を進む黒エルフの忍び船に載せてもらっている。

「で、黒い皆さんの島では、神器も返ってきたわけだし、祭りだか宴会だかするんだろう?」

「盗まれた神器は取り戻したけえ、当然そうなるのお。帰ってすぐに準備せんと時期的に間に合わんくらいじゃ」

 俺の質問に対して黒エルフ親父は、少し疲れたような溜息を吐いて答えた。

 これからまだ面倒事が続くのではないかと予想しているな。誰のせいだ一体。俺か?

「俺も遊びに行っていいかね。いや、ダメって言われたら大人しくトカゲたちの船で帰るけどさ。ただほら、一応俺も龍神さまの信者になっちまったらしいし? 神さまを崇め奉る行事には一度くらい参加しておくべきだし? みたいな」

 自分でも無理があると思う説得材料で、親父どのの許可を引き出そうとする俺。

「……あんさんが来たいのはわかった。娘も会いたがっちょるしのお、好きにせえ」

「やったぜ。話の分かるオッサンって素敵」

 さっきまで話の分からん頑固ジジイとツラを突き合わせてて、俺のストレスが有頂天状態だったからな。

「じゃが、白いの二人はどうするんじゃい。言っておくが、白いのがワシらの島に足を踏み入れたことなんざ、今まで一度もないんじゃけえのお」

 厳しい目で白エルフ二人を眺める黒親父。

 白二人が答える前に、言葉を投げたのは長男くんだった。

「もし来てくれるんなら、俺が案内するっスよ。島に着いてのお楽しみっスけど、景色のキレイなとこはいっぱいあるっス。大陸への土産話になるんじゃないっスかね」

「おい」

 親父に睨まれても、意に介さない長男くん。

「未来の族長どのがそう言うのであれば、断る理由はないな。私も父の名に恥じぬように、見識を広める必要がある」

「お嬢さまのご随意に」

 白二人がそう言ったので、黒親父は何度も連続で激しく舌打ちした。


 そういう経緯で俺たち三人は黒エルフの島にお邪魔し、年に一度の龍神さまのお祭りを見物することになった。


次回予告

60話「失われた土器を求めて」


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