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58 青葉すみれの立ち食い満漢全席・参加費大銀貨一枚

アクセスありがとうございます。

番外編、すみれ回の三人称パートです。

いつもの更新より分量は長いです。

楽しんでいただければ幸い。

本筋の内容にはそれほど関与してません。

 ☆ ☆ ☆


 二郎たちがこぞって狭間の里に旅立って以降、青葉すみれは孤独で寂しい女店主生活を送っている。

 ……と言うことはなく、大陸の港町でそれなりに盛況な半屋外型個人料理店「異世界麺酒場『すみれ』」を経営し、忙しくも充実した時間を過ごしていた。

 とは言ってもすみれ自身、考えるところがないわけではなかった。

「最初は物珍しいからお客さんにも来てもらえてるけど、やっぱり美味しくて、安心する味やメニューの方向性で、値段も適性。そう信頼してもらえるお店にならないと長期の安定した経営は無理よね……」

 異世界人であるすみれは、存在自体がレアである。

 そして彼女の作る料理も、まだまだ味そのものと言うよりは物珍しさから評価されている部分が大きい。

 すみれ自身が、この世界で本当に愛されている料理、長く親しまれている食材に精通し、それらの本質を踏まえた上で自分の料理を作っていくことが重要だ。

 人並み外れた感性と料理の技術がいくらあっても、すみれはまだまだこの世界のことを知らない。

 この世界での料理人としての経験が足りないのだ。


「やあやあ今日も盛況だね。なにか軽く作ってもらえるかな」

 思案しながら閉店準備をしていると、懇意にしている白エルフの男が現れた。

 立場的には大陸白エルフの大貴族、あるいは長老の一人と言ってもいい男だが、見た目が若く気さくなのですみれは「旦那さん」あるいは親友である白エルフ娘の父なので「お父さん」と呼ぶことにしている。

 彼はこの店の実質オーナーなので、たまに現れてすみれの様子をうかがい、軽く食事をしていくのが通例だった。

 来る時間は閉店間際、他の客が少ない夜更けが多い。

「どうもこんばんは。佐野たちからなにか連絡ありました?」

「特にこれと言った情報はないな。ただ、ともに行動しているのは地龍の民たちだ。屈強な彼らが護衛代わりになっていると考えれば、まあ心配はないだろう。なにより慎重に行動するよう、しっかりと言い含めてあるからね」

 そして彼は黒エルフ族とも交渉し、ジローたちの調査偵察に協力させる話を取り付けてある。

 万が一、狭間の里の勢力と抗争状態になったとしても、黒エルフ族は大陸側に味方してくれるはずだ。

 物騒なことが起こっても問題なく対処できる、と安心していた。

「そう言えば、お嬢さん最近見ませんけど、どうしてます?」

 すみれはもちろん、白エルフ娘が家出をして二郎たちについて行ったということを知らない。

「ジローどのたちについて行ってはいかんと厳しく言ったせいか、へそを曲げてしまってね。しばらく私の顔も見たくないのか、別の親族が住む町に遊びに行ってしまったよ。使用人を同伴させているので、まあ滅多なことはないだろうが……」

 困ったものだ、とかぶりを振る。

「そうですか。まあ年頃の娘さんとお父さんって難しいですよね」

 すみれも自分の父、ラーメン将軍と呼ばれる青葉てつやを敬愛してはいるが、それでも家庭内で喧嘩をしたり、わがままを言ったりと言うことは人並みにあった。

 この後、お嬢さまを見失いましたと使用人エルフが泣きながら報告に戻るのだが、それは別の話。


 ☆ ☆ ☆


「お待たせしました。ヤドウバイのサラダ、ウミイチゴの甘酢漬け、イリエキジのバンバンジー風です」

 すみれがエルフ父に出した今日のメニューは三品。

 一つはヤドカリに似た生物を茹でて身をほぐし、野菜や海藻のサラダに混ぜ込んだもの。

 ヤドウバイと言う名前の通り、生きている巻貝に刺のような口を刺し込んで殺し、その貝殻を奪って住処にする生き物のようだ。

 捕獲するときに刺される危険があるので、それほど多く市場には出回らない。味はズワイガニに似て美味である。

 ウミイチゴはその名の通り、赤い大きな粒を持つ海藻。

 特に甘くも酸っぱくもないが、ぷにゅっとした食感が面白い食べ物。

 イリエキジはクセのない淡白な胸肉を豊富に持っており、一般の鶏ささみや鶏胸肉と同様に使える。

 緑色のシャキシャキした野菜と組み合わせ、オーソドックスにゴマダレで味付けをした。

 夕食とするには軽すぎるようにすみれは思うが、エルフ父はこれくらいでちょうどいいといつも言っている。味付け、量ともにあっさり目である。

「いつもながら見事な腕だ。味ももちろん、見た目も鮮やかで楽しいな」

 基本的にエルフ父はすみれの料理を褒めることしかしない。

 すみれも、好みの傾向が何となくわかっている相手なので、そうそう失敗する料理は出さない。

 エルフ族は塩辛いものや脂っこいもの、血の滴る赤い肉や赤身の魚を苦手としているが、淡白な胸肉を加熱した料理は好みに合うようだ。

 しかし、豚骨ラーメンの濃厚な味や脂が好きなすみれとしては、少し寂しい気もする。

 この客からラーメンをリクエストされたことが、今まで一度もないからだ。

 すみれ自身はラーメン職人なのに。


 ☆ ☆ ☆


「それで、考えてくれただろうか。このような仮店舗ではなく、もっと大きな、設備のしっかりした店を用意するので、その店主にぜひなって欲しいという、前々からの要望なんだが」

 食事を終えたエルフ父は店を訪れた目的、本題を切り出した。

 半露出の仮店舗と言っていいこの環境から、もっとしっかりとした店をすみれが持つなら、ぜひ投資したいという話だった。

 この港町を中心として、エルフの息がかかった一大歓楽街を発展させる構想がエルフ父にはある。

 それをプロデュースできるだけの財産や土地資源を彼は実際に持っている。

 ただ、枠を作っても中身が伴わなければ意味がない。

 すみれには、彼が構想する街づくりの花型コンテンツになって欲しいという目論見である。

「う、うーん、もちろんありがたいお話なんですけど、まだアタシも経験不足ですし、あまり大きな規模のお店は」

 目をかけられて悪い気はしないものの、すみれの歯切れは悪い。

 なぜなら、同様の申し出をこのエルフの大人物たる彼は、佐野二郎にもするであろうことが予想されるからだ。

 二郎にラーメン屋を開かせ、すみれにはラーメン屋とは別形態の店を任せたい。

 そうエルフ父が考えていることが、すみれにはなんとなくわかるからである。

 あくまで自分はラーメン屋であり、今現在は様々な料理を知るための修業として「麺酒場」を経営しているに過ぎない。

 だから、このスポンサーの申し出に、ハイハイと返事してしまっていいのかどうか、逡巡しているのだ。


 仮に、同じエリアで二人ともラーメン専門店を開くとするなら。

 すみれにとっては、望むところである。

 日本で果たすことのできなかった、店舗として、店主としての勝負。

 どっちの店が評判がよくなるかと言うラーメン職人としての矜持を賭けた戦いができるなら、すみれにとっても申し分ない条件だ。

 しかしスポンサーにはそれを期待されていない。

 また、すみれにその気があっても、二郎はおそらくすみれと同じ街でラーメン屋を開くということは考えないだろう。

「すみれがここでラーメン作るなら、俺は別のところでラーメン作るわ。そのほうがこの世界でのラーメン人口が増えるだろうし」

 そんなことを言う二郎の姿が、ありありと想像できる。

 佐野二郎と言う男は、そういう考え方をする男であるから。


 悩むすみれに、エルフ父はこう提案した。

「経験のなさを理由に足踏みしているというのなら、どうだろう。近隣で腕のいいと評判の料理人を一度ここに招くか、その料理人のもとでこの世界の料理をすみれ殿がしばらく修行するというのは」

「そんなツテがあるんですか?」

 すみれは、今自分がわずかに懊悩している問題に関し、何らかの突破口を与えてくれるのではないかと期待してその話に食いついた。

「長生きしていると色々知り合いが増えるものでね。ドワーフに一人、そして岳兎ガクトに一人、名人と呼んでいい料理人を知っている。彼らと交流すれば、すみれどのにはとても価値のある体験になるのではないかな」

「エルフ族の方はいないんですね」

「今、ジローどのと一緒に海を渡ってしまっているからな」

 自分の屋敷で料理を作っている男こそ、少なくとも近隣のエルフ族では一番の料理人だと誇らしげに笑う。

 

 この世界の料理に精通しているものとの知己を得ることは、すみれにとって願ってもない提案だった。

「じゃあせっかくだから、満漢全席みたいに沢山のメニューを並べて、大きなイベントやりましょうよ!」

 腕のいい料理人を集めることができると聞いて、すみれはつい思いついたことを叫んでしまった。

「満漢全席……料理を囲んで昼夜問わず楽しむ催し物、だったかな? 非常に多くの、選りすぐりの料理を並べるということで知られる、大掛かりな宴会のようなものだろうか」

 エルフ父は自分の知る範囲で満漢全席とはどんなものか思案し、解釈する。

「はい、まあ実際アタシもそんなの経験したことはないですけど。大きなフードイベント、食のお祭りとかって日本でも日本以外でも、あちこちやってるんですよ。特にこの港町はエルフさんもドワーフさんも獣人さんもひっきりなしに出入りしますから、いろんな種族のいろんな料理を、お祭りの時期にバーッと並べてみんなで朝から夜まで食べて飲んで楽しむって、定着すればこの町の名物になりますよ!」

 満漢全席とは言葉通り、満州民族と漢民族の美味を楽しむための宴席である。

 多種族が行きかうこの港町であれば異世界版満漢全席とも言える、各種族の美味を集めて楽しむ催し物は喜ばれるのではないか。

 そして、このイベントが開催されればこの世界の多種多様な料理を一度に学ぶこともできる。

 そうすみれは考えたのだ。

 もちろん、祭りの場でラーメンを作ってたくさん売れば自分が儲かる、自分のラーメンの評判を一気に拡大できるということも踏まえつつ。

「ふむ。食を中心とした新しい祭りをこの町に、か……」

 エルフ父もすみれの案が生み出す効果を考える。

 彼は失われつつあるエルフ族の存在感を今一度強固、強大なものにするため、大陸沿岸部の再編計画を以前から練っている。

 それは、各地で権益を伸長しすぎたドワーフ族を含めた、種族間のパワーバランスを今一度調整し直すことが主目的であった。

 そのために因縁のあった黒エルフ族との協調も視野に入れ、狭間の里の調伏、および近海の安全保護を「エルフを盟主とした各種族連合」が成し遂げる必要がある。

 少なくとも彼の青写真では、そうなるのがベストなのだ。

 しかし政治的、軍事的な成功だけで各種族の共感を獲得することにも限界はある。

 ソフト面、文化的な分野でもエルフの存在感を発揮しておくことで、これからの仕事が進めやすくなるかもしれない。

「確かにそれは素晴らしい案だね。実現できるよう、各方面に調整をかけてみよう。必要なものがあれば遠慮なく言ってくれたまえ」

 一通りの道筋を考え、エルフ父はすみれが発案した異世界版満漢全席の開催を了承した。

「そうですね。たくさんの人が出入りできて、量も種類もとにかく多いことが重要だと思うので、まず情報の周知、広い用地と器具の確保、それから手伝っていただける方や材料の確保って流れでしょうか。屋外で立食形式でもいいと思います。歩きながら食べられて、次に行けるって方が気楽だと思いますから」

 屋外立食ならその時点で満漢全「席」ではないように思われるが、すみれはいちいちそんなことを気にしない。

 重要なのは、多種族の山海の美味が一同に会するということだ。

 それは楽しい祭りになり、食の経験値としても極めて高いものになるだろう。


 エルフ父、すみれともに得られるものが多いと判断した。

 異世界立ち食い満漢全席はこうして実行に向けて動き出した。


 ☆ ☆ ☆


 後日。

「お、嬢ちゃんが噂の『流浪の料理人』だね! アタシは山奥のドワーフの村で厨房長をやってるモンさ! よろしくね!!」

 豪快に笑うドワーフの女性にすみれは呼び止められる。

 好きで流浪しているわけではないすみれは、苦笑いしながら握手に応じた。

「どうもこんにちは。青葉すみれと言います。今回はアタシたちの主旨に賛同してくれてありがとうございます」

 そう、この女性こそがエルフ父の言っていた「名人級」のドワーフ料理人だ。

 厨房長と自称する彼女を始め、屈強、と言っては失礼だが、かなり「美味い肉を焼きそうな」説得力のある女性ドワーフを何人も引き連れている。

「アタシの得意料理は肉でも魚でも野菜でも、とにかく炭火焼や燻製にするってものさ! あ、もちろん繊細な料理が女々しいなんて思っちゃいないよ。ただ、キツイ仕事をしている村の男衆を喜ばせるためには、火と煙、そしてデカい肉としたたる脂、やっぱりこれがないとダメなのさ!」

 そう言って彼女たちは、自分たちドワーフ勢が割り当てられたスペースでかまどや燻製器の設営を始めた。

 大量の煉瓦を積んでかまどを作り、そこに網を渡して材料を焼く。

 いわば野外グリルやバーベキューのスタイルである。

 かまどの中は部分的に階段状になっており、火から網の距離で火加減を調整できるようになっているところが合理的だ。

 煉瓦の組み方をずらすことで、燃料投入口や空気穴としての隙間も作っている。

 そのかまどが、彼らの割り当てられたエリアに「コ」の字になって敷設された。

 これなら一度に大量多種の調理ができる。

「上に油の入った鍋を乗せれば茹でることも揚げることもできるし、私らはだいたいこれでなんでもやっちゃうねえ。男衆が大きな仕事を終えて帰ってきたときなんかは、村中総出でかまどの前で二日三日は飲み食いしてるときがあるよ」

 アメリカには三日三晩かけてバーベキューのチャンピオンを決めるイベントがあると言う話をすみれは思い出した。

 豪快で大食いの実利主義者と言う点で、ドワーフはアメリカ人に似ている。

「今日は夜でも気温が高そうだから、冷燻ができないのが残念だよ!」

「そちらの村はそれくらい寒くなるんですか?」

 冷温燻製は、燻製器の内部温度を25℃以下に保たなければば基本的にはできない。

 だから外気温がさらに低い、日本で言うなら冬の気候でなければ実現は難しい調理法だ。もちろん、冷房冷凍室などがあれば話は別である。

「ああ、私らの村の奥にある山、そこの洞窟は年がら年中寒くてね。そこで作る冷燻が名物になってるんだ。この町にも卸してるはずだから、食べたことはないかい?」

 そう言われてすみれは、やたら堅い鮭トバに似た魚の燻製を食べたことがあることを思い出した。

 長い時間かけて作る冷燻品は、素材中の水分がほぼ完ぺきと言っていいほどに抜けるため腐りにくくなり、非常に保存性が高い。

 常温での長期保存に耐え、スモークによる濃厚な風味が付与され、味と合理性の両方で強い個性を発揮する。いわば付加価値の高い商品となっている。

 限られた土地でしか作るのが難しいとなればなおさらだ。

「アレすっごく美味しかったです。そっかあ、お姉さんたちが作ってるんだあ」

「気に入ってもらえてうれしいよ。でも私らも今回は、他の種族が作る料理を目いっぱい楽しませてもらうつもりさ。お嬢ちゃんも頑張って美味しいものを作ってちょうだいよ!」

 ドリフのオープニングのような豪快な笑い声を残し、ドワーフの女性たちは網焼きの準備に戻った。

 豪放磊落。

 祖にして野だが卑に非ず。

 そんな言葉がすみれの脳裏をよぎった。

 彼女たちが操る火の勢い、そして立ち上る煙と、焼けて音を立てる肉の脂の音。

 これは「祭り」と言う場において非常に大きなアドバンテージとなる。

 屠殺解体のための水場にドワーフたちが大型の牛を引いていく光景が見えた。

 生命力あふれるドワーフの料理を心行くまで堪能したいものだとすみれは思った。


 ☆ ☆ ☆


 ドワーフの女性たちに続いて、獣人たち代表とされるウサギの料理人が到着した。

 その知らせを聞き、真っ先に彼らの設営エリアにすみれは赴いた。

 彼らが用意してきた食材、調味料の種類を見てすみれは度肝を抜かされることになる。

「すっごい沢山の種類! これを全部船で運んだんですか?」

 野菜や山菜、果物、木の実、虫、小動物、小魚。

 一つ一つのモノ自体は小さいが、とにかく種類が多かった。

 食材だけでも何百あるのか知れたものではない。

 そして調味料も、いわゆるハーブ類だけで百はくだらない数が取り揃えられていた。

「いやははは、一応ワタクシめが獣人代表ということになってしまいましたけれどね、やはり獣人にもいろいろ種族があり、文化があり、その数だけ料理がありますので。船で運んだり、大陸で用意できるものだったり、いろいろです」

 おどけたように笑いながら、茶色の毛並みを持ったウサギ人間が言った。

 見ると彼らのチームはウサギ人間、リス人間、ネズミ人間、トカゲ人間、ワニ人間、狼人間などの混成チームである。

 それら種族の伝統食、代表的な料理をこの場で作るとなれば、どうしても材料の種類が多種にわたらざるを得なかったのだろう。

 姿かたちの違う様々な種族が、チームワークを発揮して彼らのテントを設営していく。

 加熱調理スペースが半分ほど。残りは非加熱調理のスペース、特にドリンクスタンドを重要視しているようだ。

 野菜ジュース、果物のジュース、果実酒、糖蜜酒、何とも多種多様のドリンク類が取り揃えられている。

「種族によって歯の構造が違いますので、どの種族でも楽しめる『飲み物』は特にここ最近大きく発展しましたねえ。これも獣人同士の間にいさかいがない、平穏な時が続いた賜物ですな。各種族が自分たちの伝統を共有し合って、新しい酒や飲み物が生まれるのです」

 しみじみと語るウサギ料理人。

 その相棒らしいリス人間が、横から口をはさむ。

「飲み物だけだと思ってくれるなよぉ? ウチらの島で作ってる野菜や木の実の塩漬け、酢漬けなんかは、どんな料理の付け合わせにも最高だぜぇ?」

 いちいちしゃべり方がウザい気もするが、すすめられるままにすみれは一かけら、彼らの作ったピクルスを食べる。

「あ、これエルフの料理長さんが冷製パスタに使ったピクルスの味……」

 すみれやジローとエルフの屋敷で対決した、イケメンの料理長も彼らのピクルスのファンである。

 彼が認めるほどの確かな仕事だということだ。

「エルフのみなさまにもワタクシどもの商品はごひいきにさせてもらってますんで。今回は保存食だけでなく、実際この場で多種多様の料理を作って振る舞えるということで、気合も入ろうってものです」

 心なしかドヤ顔でウサギの代表者も誇らしげに語る。

「職長、子羊の蒸し焼きに使うソースはこれくらいの加減でいいでしょうか」

 傍らで、狼人間がウサギ人間に仕事の確認を求めた。

 差し出されたソースを味見するウサギ人間。

「少し甘すぎるな。蜂蜜を減らし加減で作りなおせ」

「ウ、ウッス」

 狼人間は恐縮してソースを作り直しに戻った。

 愛想はいいが仕事に厳しく妥協がない。

 すみれはプロの仕事人の姿を、この立って歩くウサギに垣間見た。


 ☆ ☆ ☆


 各種族、準備の段階から気合が入っており、この祭りを成功させよう、来場者に楽しんでもらおうという熱気に満ちている。

「アタシらも負けてられないんで、皆さん、頑張っていきましょう!」

「「はい、スミレさまっ」」

 すみれは自分のスタッフに向かって檄を飛ばした。

 今回すみれのもとで手伝いをしてくれるのは、エルフ父が屋敷で雇っている使用人エルフの女性たちである。

 主に掃除洗濯、日常生活での雑事を担当している彼女たち。

 料理長エルフの指示のもと、簡単な調理補助やお菓子作りの手伝いなどは経験済みであり、てきぱきした動きはスタッフとして申し分なかった。


 今回、すみれが担当するのは「ラーメンとサイドメニューのエリア」である。

 満漢全席の片隅で、立ち食いラーメン屋を開業しているようなものだ。

 このイベントを企画してから、調整や告知、準備に多くの日数を要した。

 祭りの本開催日は明日に迫っており、今夜が仕込み、下準備の大詰めである。

 すみれの疲労も極限に近いが、祭りを前にしたテンションでなんとか乗り切っている状態だった。

「なにやら面白そうな催し物があると聞いて村から出てきた次第である。これは陣中見舞なので、店で使うなり自分で飲むなりして欲しいのである」

 あわただしく準備を執り行う中、付き合いのあるドワーフがすみれの様子をうかがいに来た。

 ジローを拾って面倒を見ていた村で、発酵食品の工房を担当しているドワーフである。

 手に持っている差し入れ品は工房自慢の、甘い花を漬け込んだ蒸留酒。

 そして大豆醤油のストックであった。

 そしてもう一人。

「おっす、すみれさん元気? ジローがいなくて寂しいんじゃないの? 体が夜泣きしてない?」

 ジローの友人である、猫舌と呼ばれる若いドワーフの男だった。セクハラな軽口を叩いている。

「あ、猫舌さんは沸騰した油をお飲みになりたいんですか? ちょっと待っていてくださいね。親方さん、猫舌さんを抑えていてください」

 にっこりと笑いながら、すみれは揚げ物用の油を盃に注いだ。

「承知したのである」

「ちょ、承知しなくていいから!! 死ぬから! 助けて!」


 二郎たちが旅立ってから、数十日が過ぎていた。

 彼らはまだ戻らない。


 ☆ ☆ ☆


「明日からの本開催、なにか不安なことは残っているかね?」

 夜も更けたころ、エルフ父がすみれに確認に来た。

「いえ、お手伝いのエルフさんたちも頑張ってくれてますし、やれるだけのことはやったと思います。晴れるといいですね」

 港町は、祭りの開催を楽しみにする多くの客で宿が満室になった。

 そのため、会場近くに臨時テントと寝具を用意し、来訪者たちの待機スペースを設けている。

 準備も上々、すみれ以外にも各種族から腕の立つ料理人が集まった。 

 立ち食い満漢全席は、どの種族でも来訪可能。

 参加費は大銀貨一枚で、飲み食い放題。

 しかし「どの種族でも」と言ってはいるが、現実問題としてオークやゴブリンは来ないだろう。

 そしておそらく、黒エルフたちも来ない。

 確固たる契約を交わしたわけではないが、黒エルフは大陸側に立ち入らないという慣習があるのだ。

 もちろん例外的にこっそり訪れる者はごく少数いるが、祭りのように目立つ場所には姿を現すことはないだろう。

 そのことを思うとすみれは少し寂しくもあり、軽くため息をついた。

 すみれのため息の意味を察したのかそうでないのか、エルフ父は言った。

「この祭りが終わってから船に乗れば、ちょうど黒エルフの島でも龍神の祭りの時期になるはずだ。先ほどうちの料理長から手紙が届いてね。狭間の里の用事は終わったので、ジローどのは黒エルフの島を見物してから帰るとのことだ。せっかくだからすみれどのも行って楽しんできたまえ」

「佐野たち、無事だったんですか!? 良かった……」

 家出した白エルフ娘が二郎と行動を共にしていることも、手紙の中では触れられていた。拉致事件の顛末は伏せられていた。

 しかし、手紙には白娘と料理長が「黒エルフの島に寄ってから帰るのか」それとも「ジローを黒エルフの島に置いて、先に帰って来るのか」が書かれていなかった。

 どちらになるのか、エルフ父も正直分かっていない。


 どこからか、楽器の音、歌声が聞こえる。

 見ると会場の空きスペースで、二足歩行の化け猫たち数人が、声出しや音合わせをしているようだ。

 

魔猫まびょう族の楽隊かな。祭りの演目として呼んだわけではないのだが、大きな祭りが開かれるという話を聞いて自発的に来たんだろう。せっかくの祭りだし、賑やかなのはいいことだ。来年からは正式に依頼してみようか」

 エルフ父は猫娘たちの奏でる甘い音を浴び、気持ちよさそうに目を細める。


 来年。

 自分はどうなっているのだろう。

 この町にいるのだろうか。この世界にいるのだろうか。

 いるとして、ラーメンを作り続けているのだろうか。

 疲れた頭でぼんやり考えてみたものの、すみれにはわからなかった。


 考えてもわからないことは、考えないようにしよう。

 すみれはそう割り切って、猫娘たちの楽団のもとに駆け寄った。

「可愛い歌ですね。アタシにも教えてくれません?」

「お、この歌の良さがわかるニャ?」

「これは『精霊さまは知る』って曲だニャ♪」

「明日の本番ではぜひ、一緒に声を出して欲しいニャー」

 三本線の弦楽器をかき鳴らしながら、バンドメンバーたちがすみれに歌詞と曲調を教える。

 それに合わせて調子よくすみれが歌いだすと、それを聴いた周囲の者がバタバタと倒れて悶絶した。

次は本編に戻ります。


次回予告

59「ジローが親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくところで泣いた」

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