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57 傲慢、奔放をモットーに生きております!

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

 ☆


「おいロリ神さまよ。ヨウセイモドキって龍神さまだかに捧げたりする? 全部使っちまうとさすがにまずいか?」 

 ラーメンの準備中、気になったことを龍神のかまどに質問しておく。

神饌しんせんは形式的なものじゃからな。小皿一つ分でも残っておればよい。他は使ってしまって構わんぞ」

 それを聞いて安心した俺は、料理長くんに一つのお願いをする。

「料理長くんの魔法で、ちょいとこのキノコの王様を凍らせてくれるか」

「そ、そのまま軽く調理するだけで美味なヨウセイモドキを、わざわざ凍らせてしまうのですか!? 風味や味わいが損なわれはしないでしょうか……」

 不安げな顔をして、至宝たる食材を凍らせることに躊躇する料理長くん。

 ははあ、おそらく彼は「鮮度を保ち腐敗を防止するため」や「氷菓子のように冷たいことを楽しむため」の目的でしか、料理に氷の魔法を使ってこなかったんだな。

 しかし、食材を凍らせるというのは他にもいろいろな働きがあるんだぜ。

「俺のいた世界のキノコとこいつが同じかどうかは未知数だがな。キノコってのは一度凍って細胞が壊れた方が、中で旨味成分が増えるんだよ。乾燥させて旨味を増やす方法もあるが、その時間がないから凍らせる方がいいんだ」

 半信半疑ではあるが、手のひらから魔法の冷気を出してヨウセイモドキを凍らせる料理長くん。

 そうして出来上がった冷凍キノコを、バラバラに細かく、砕く!

 凍っているのでとても砕きやすいぜ!

「いやいやいやいや! あなたなにをしているんですか! 世界の宝ですよ!!!」

 これでヨウセイモドキのプリプリ、シコシコとした魅惑的な食感は、全く楽しめなくなったな。

「いいんだよ、食わないで出汁にするんだから」

 多少は食感の残る大きさのものもあるだろうから、拾って食えばそれなりには楽しめるだろう。

 しかし一度凍らせて細胞が死んでいるから食感も大きく変わる。

 青葉一風がしたような、ヨウセイモドキの食感を最大限に生かす仕事は、もうできないだろう。

 バラバラになったキノコを解凍、および出汁の抽出のために水に浸けて、放置。

 戻すのに使った水にもエキスが溶け出し、さらにキノコを煮ることでもエキスが溶け出す算段なので、まずスープの構成要素の一角が出来上がった。


 さて、俺たち地球の常識に照らすと、キノコのうまみ成分はグアニル酸と言うアミノ酸の一種が大きな働きを占めている。

 グアニル酸と、同じくうまみ成分の一種であるグルタミン酸が合わさることでうまみの相乗効果をもたらすことが科学的に解明されているのだ。

 これは料理の出汁、スープが複数の原料を組み合わせることで旨味をより大きなものにする、と言う経験則として人類、特にグルタミン酸を好んで使う日本人は古来からよく知っていた。

「おおいチビスケ、ちょっとこっち来てくれ」

 俺はクォータードワーフの女児を手元に招きよせる。

「なんだべ? う、うわあ、ヨウセイモドキ、ぜんぶ出汁にしちゃっただか。もったいねえなあ……うまそうだけんども」

 複雑な表情を浮かべている女児に、俺は頼みごとをする。

「こっちで別の出汁をとってるんだが、ヨウセイモドキの出汁と合わせて一番美味しくなる配合を見つけてくれるか」

 頼みごとの内容は、手持ち材料である乾燥昆布でとった出汁を、キノコ出汁と合わせてさらに美味しくしてくれ、というものだ。

 ヨウセイモドキの出汁が、グルタミン酸と合わさることで単体以上の美味になるかどうかはわからない。

 俺たちの知るキノコ(主に干しシイタケ)の旨味である、グアニル酸以外の成分がヨウセイモドキの味の正体かもしれない。

 しかし、青葉一風の料理に勝つ可能性を探った結果、旨味の相乗効果に賭けるしかないと俺は考えた。

 そしてそれを実現させるためには、このガキの鋭敏な味覚が必要不可欠なのだ。

「スープとしてただ飲むわけじゃなく、あくまでラーメンを美味しく食べさせるためのスープとしての役割を最大限に発揮できる味の配合にしてくれ」

「む、難しいこと言う兄ちゃんだなあ。らーめん、ってのは昨日のうどんみたいなもんだべか?」

「うどんよりも麺自体の味が濃い。だからスープもそれに釣り合うよう、ある程度濃くて強めの味に仕上げてくれ」

 本来、このガキの力を借りることはチートと言うかルール違反に近い気もするが、この際知ったことではない。

 麺は出来上がり次第ガキに味見させながら出汁の配合を試行錯誤してもらおう。


 ☆


 準備は続く。

「頼まれたもの、これでよかったっスかね」

 黒エルフ長男くんはそう言って、近辺から集めた動物の卵を何種類か手渡してくれた。

 黒エルフの若衆に頼んで、近辺の動物の卵を確保してもらっていたのだ。

 鶏の卵ではないが、島にいる野生の鳥類の卵とおぼしきものがいくつか。

 そして、おそらく蛇の卵とおぼしきものもいくつか。

「ムラサキダイショウの卵っスね。うちの島にもよくいる中型の蛇っス。身は臭くて食えたもんじゃないっすけど、なぜか卵だけは美味いんスよ」

 ちなみに毒蛇だそうだ。

 茹で卵にして味見してみると、薄い白身の中にみっちりと黄身が詰まっていた。確かに濃厚で美味い。

 身が臭くなるということは、卵から孵った後にこの蛇が食うエサの問題かもしれないな。

 養殖してエサの管理をすれば身も食べられるレベルの家畜になるかもしれん。卵がこれだけ美味いのだから需要はあるんじゃないか。

 なにしろ蛇なら革も使い途のある商品になるしな。

 

 鳥の卵も味見をして、麺に問題なく使えると思った俺は塩、そして灰汁も用いて小麦粉と混ぜて練り合わせ、卵入り麺を打つ。

 灰汁は枯草や藁を燃やした灰を、水の中にぶち込んで得られる上澄み液のことだ。これはアルカリ性物質なので、かん水の代用になる。

 沖縄そばなどではかん水ではなく灰汁を入れて麺を作ることがある。

 目的はかん水と同じく、麺に強いコシを与えるためだ。

 一般的にイメージするラーメン独特の匂い、あれをかん水を使わず、灰汁だけで再現するのは難しいが。

 そもそも、俺はあの臭いが必ずしも善なるものと思ってないので、ここで再現するつもりはない。

 ラーメンをこよなく愛してやまない俺だが、全体のバランスを著しく崩すほどに重曹臭い麺を使っている店は二度と行かないことにしている。

 今回はスープがよく絡むように、中細の縮れ麺で行くことにした。 


「あとは、卵を獲るついでに親鳥も何羽か確保できたみたいっスよ。いい感じに肥ってて、美味そうっスねえ」

 見事に毛をむしられた、キジもしくはシチメンチョウに似た鳥を両手に持ち、長男くんがホクホク顔をしている。

「ほう、イリエキジの親鳥。焼くと皮がパリッとして、非常に人気の高い食材でございます。ここまで大きい成鳥はなかなか目にする機会がございません」

 料理長くんが目を光らせて解説。

 ガラは出汁材料にして、肉は焼いて具にしよう。

 獣肉は旨味成分で言うとイノシン酸の含有量が多く、昆布に代表されるグルタミン酸、キノコに代表されるグアニル酸と並び、旨味を構成するアミノ酸の三巨頭の一角である。

 高温で一気に煮込むと、出汁は短時間でよく出るがスープが濁り、雑味も出やすい。

 時間が許す限り低温でじっくりコトコト煮込み、透明感のあるスープを実現しなくては。

 チビガキは仕込むスープのバランスを調整する仕事量が増え、アップアップしているがここは一緒に頑張ってもらわなければならない。

 

 そして、ラーメン全体の味を決定的に方向づける調味だれの制作だ。

 醤油も味噌もない今、とるべき選択肢は塩しかない。

 しかし、消去法で塩を選んだという情けないことを言わないためにも、最高の塩だれを作らなければ。

 幸いにも海が近いことで、塩だれに個性と風味を添加する素材の収集には事欠かない。

「頼まれたエビとか貝とか、とりあえず集められるだけ集めたけどよ、これでいいのか?」

 そう言って海産物の一杯入った籠を抱えて来てくれたのは、海岸で船ごと控えていたトカゲ男たちだ。

 俺たちになにかあった場合、あるいは島が安全だとはっきり確認できた場合に彼らも乗り込んでもらう段取りだったはずだが、連絡役の黒エルフ青年に頼んで、ここに来てもらった。

「これだけあれば文句なしだ。みんなのおかげでいいものができそうだぜ」

 受け取った海産物。エビは殻を剥いて、その殻を油で揚げる。エビ油を作るのだ。

 貝は布でくるんで大量に鍋に放り込んで煮詰める。

 砂抜きしている時間はないからな。布は砂を煮汁に出さないための措置だ。

 こうして、貝の中から自然ににじみ出る塩分とエキスを徹底的に煮詰めて濃縮させ、手持ちの岩塩と合わせて塩だれに使うのだ。


 貝やエビが過熱されることで強烈な磯の香が周囲に漂う。

 また、イリエキジと呼ばれる鳥の胸肉やもも肉を焼く香ばしい香りも。

 肉は塩、香辛料、果物の汁、各種香草を混ぜ合わせたタレを焼いている間に何度も塗り込み、それを切ってラーメンの上に並べるつもりだ。

 これは白エルフ料理長くんに担当してもらっている。

 ラーメンの方向性を踏まえつつ、その上で具の主役として燦然と輝く逸品を彼ならきっと作れると信じて。

「お嬢さまが手ずから作ったメンマという食材と、同じ器の上に並ぶ具を作るのです。気合が入らないはずがございません……!」

 やる気に燃えていて頼もしい。


 ああ、いいもんだな、この光景。


 ☆


 この世界に来るまで、日本、主に関東エリアで俺はいろんなラーメン屋で働いた。

 やる気のない同僚は何人もいたし、金の亡者丸出しで客のことなど考えていない経営者もそれなりにいた。

 しかし、美味いラーメンを日夜研究し、客が喜んで完食してくれることを無上の幸福とする仲間たちも、たくさんいたんだ。

 店でラーメンを作っているスタッフだけじゃない。

 各種食材の生産者、農家や漁師や食品加工会社の人だって、わざわざ不味いものを作りたくて働いているということはないはずだ。

 原価率がやけに高くて使う食材がやけに多くて、スープとるのにやたらと時間がかかって、そうまでして作っているのに一杯1000円を超えると高いと言われる。

 そんな過酷なラーメン業界でも、楽しく、厳しく、真剣に取り組んでいる、尊敬すべきスタッフは星の数ほどいた。

 俺はラーメンが好きだ。仮に俺が世の中で最後のラーメン愛好者、ラーメン職人になったとしても、ラーメンを作り、ラーメンを食べ続ける自信はある。

 しかし、俺のラーメン道が、そんな尊敬できる仲間たちのおかげでとても楽しく、充実したものであったことは厳然たる事実だった。


 こっちの世界に飛ばされ、俺一人でラーメンを作っている気になっていたが、それは大きな傲慢だ。

 今この場にいない、俺を拾ってよくしてくれたドワーフの村のみんな。

 彼らの親切心がなかったら俺はそもそも生きてここでラーメンを作れていない。

 黒エルフのみんなが集めてくれた肉と卵。俺はその卵で麺を打ち、白エルフの料理長くんはその肉を焼く。

 トカゲ男たちが集めてくれた貝やエビの調味だれ、香味油とスープの相性を必死に調整する、四分の三が人間で四分の一がドワーフのチビガキ。

 思えば長い道のりに不思議と一緒に付き合うことになった、白エルフ娘の作ったメンマ。

 そして、この勝負を受けた青葉一風もそうだ。

 

 みんなのおかげでラーメンを作れる。

 みんなのおかげで今日もラーメンを食べることができる。

 そのことに今この瞬間、ようやく気付いた気がする。

 仲間と作る今日のラーメンは、きっと今までこっちの世界で俺一人で作っている気になってた、どんなラーメンよりも美味いに違いない。

 

 刺繍のご婦人にも、食べて欲しかったなあ……。

 いや、その娘とその孫に食べてもらうことができるんだから、その機会を得たことを幸せに思うとしよう。


 ☆


「一人で完結してるアンタの料理なんざ、どんなに美味くても俺の敵じゃねえぜ」


 青葉一風に向かって、勝利宣言を放つ。

 俺のラーメン、いや俺たちの「塩ラーメンin狭間の里」が完成した。


 透明度の高い琥珀色のキノコ、昆布、イリエキジ出汁とその他香草、香味野菜を複合したスープ。

 中細灰汁使用の卵入り縮れ麺。加水率は低め。

 具はイリエキジのムネ肉モモ肉鳥チャーシューミックス、メンマ、イリエキジのゆで卵、そして申し訳程度にヨウセイモドキのかけら大小。

 名も知らぬ近海の貝類からエキスを抽出添加した塩だれ。

 そこに、加熱したエビの香味油を、ほんのわずかだけ回しがけする。

 ジュワワッ! と小さな音が鳴る。沸騰した油が一瞬だけ、メンマやキノコに当たった音だ。


「おうおう、せっかくの食感を誇るヨウセイモドキが、見るも無残な形になったな」

「アンタと同じことをしても、アンタに勝てるわけはねえしな」

 素直に認めた俺を意外に思ったのか、一瞬驚いた顔をしたのち、苦虫を噛んだ表情で舌打ちして、一風は俺の手からラーメンを受け取った。


「おおい、手下のゴブリンやオークの兄ちゃんたちもせっかくだから食べてくれ。量はそんなになくて申し訳ないがな」

 俺は一風の手下たちにも呼び掛けて、ラーメンを食べてもらうように申し出た。

「ジローさんならそう言うっスよね」

「こいつはラーメンが関わると敵も味方もないからな」

 呆れたように黒エルフ長男くんと白エルフ騎士娘がそう言って、お互い照れたように目をそらした。


 この勝負が終わったら、黒エルフの島にあいさつに寄らせてもらって。

 それも終わったら、ドワーフの村に戻ってラーメン屋を開こう。


 青葉一風が最初の一口を食べようとする中で、俺はそんなことを考えた。

狭間の里での勝負の最中ですが、次回一回だけすみれ回(番外編)になります。


次回予告

「青葉すみれの立ち食い満漢全席・参加費大銀貨1枚」

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