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55 ラーメンさえあればいい

決着にはなりませんでしたね。

ファンタジーしつつ料理しつつ、まあいつも通り。

ラーメンは次回になっちゃいますが。

アクセスありがとうございます。

 ☆


 青葉一風と料理対決をする。

 俺はラーメンを作って相手を叩きのめす。

 そんな勝手で無茶な申し出を、一風は特に拒否する様子はない。

 乾いたようなニヤケ顔を浮かべ、俺の顔をまじまじと見ているだけだ。


 俺の勝手な言い分であからさまに迷惑している風なのは、別の二人だった。

 一人は巫女神、龍神のかまど。

「おぬしらがなにをしようとわらわの知ったことではないのじゃが、勝負の結果はどうあれ最終的に七十二宝のまな板はこちらに返してもらうぞ」

「それは勝負が終わった後にあの爺さんとケリをつけてくれ。俺は知らん」

「勝手な男じゃな……あと、あまり時間をかけてくれるなよ」

 もう俺の頭は憎たらしい相手との料理勝負に一杯である。周りの都合などいちいち推し測っている脳のリソースは残ってない。

 そしてもう一人、不満げを通り越して憎悪に満ちた顔をしているのが、白エルフ娘。

「や、やつは母の仇だ。私がこの手で制裁を加えるんだ……!!」

 感情が昂りすぎているのか、半泣きになっているようにすら見える。

「それと同時にあいつはすみれの爺さんでもあるぞ。ま、お互い血縁があるだけで面識なんてないはずだがな。お前は大陸に帰ったらすみれに対して、その手で祖父を殺したって報告をするのか?」

 意地悪な物言いだとわかっているが、今こいつの手で一風を殺されても俺がすっきりしない。

 そのための時間を稼ぐだけの、自分でも詭弁と分かる言を俺は弄んでしまった。

「……な、なら今更どうしろと言うのだ!? 忘れてあの男を許せとでも言うつもりか!? わ、私だって、殺したくて親友の縁者を殺したりなどするものか!!! 私の憎しみと父の悲しみ、母の魂の安らぎのために私はどうしたらいいというのだ!!!!!」

 怒りと言うより、混乱して懇願するように答えを求める白娘。

「俺にもわからん。ただ、俺らが料理勝負をしている間だけでいい、考えながら待っててくれ。それでお前が出した答えに、俺は余計なことを差し挟まねえよ」

 ギギギと俺の顔を睨んだのち、白娘は料理長くんを連れてどこかに離れて行ってしまった。

 今更料理勝負の審判をあいつに頼むわけにもいかないし、それでいい。

 母親を殺した相手が作った料理なんて、喉を通りはしないだろうからな。


 ゴブリンやオークの集団に対する警戒を維持しつつ、黒エルフ親子とその部下たちは事の成り行きを黙って見守っている。

「俺がわがまま言ってるだけの形だが、アンタらは文句ないのかよ」

「ん? ワシらの仕事はまあ、区切りのいいところまで成果があったけえのお。ここまで協力してくれたあんさんがなにかやりたいっちゅうからには、少しばかり付き合っちゃるけえ。思う存分腕を振るったらええ」

「これも渡世の義理ってやつっスからね。美味しいもの作るみたいだし、楽しみにしてるっスよ」

 こだわりもなく黒親父とその息子は言ってくれた。

 黒エルフ親父と最初の出会いは印象最悪もいいところだったが、付き合ってみると気持ちのいい連中だよ。

「そんじゃ、期待を裏切らないようにせいぜい美味いラーメンを作るとするかね」

 数は少ないが純粋な応援を貰って心のエンジンに火がついた俺は、改めて青葉一風の眼前に歩み寄った。


 ☆


「そういうわけでアンタと俺の料理勝負だ。手伝いとしてそこらに転がってるゴブリンダかオークだかのを使うのは勝手だがな。俺も材料集めとかに連れの手を借りるし」

「ククッ、変な若造だ。俺と勝負して何になる? お前にも俺にも、なにか得があるのか?」

「うるせえ。なんかアンタの顔も態度も生き様も気に入らねえんだよ。存在自体が理由もなくムカつくんだよ」

 まるで理屈になっていない、ガキのような喧嘩の売り方をする俺。

「全く下らねえ話だが、そうだな。俺が勝ったらお前の腕一本貰うぞ。それくらいの覚悟はあるんだろう?」

 目の前のジジイがなにやら恐ろしげなことを言い放つ。

「なんだそりゃ。それこそ俺の腕なんかもらって嬉しいのか爺さん」

 人の四肢を切り取って集める趣味とか、危なすぎてドン引きなんだが。

「俺は見ての通り片腕を失っちまってるんだが、この世界の魔法に『同じ種族同士で体の一部を移植し合える』ってもんがあるんだ。それでお前の腕を俺の体に付け替えることにする」

 慄然とする話だが、そんなこともひょっとしてあるのかな。異世界の理屈は俺にはわからん。

 しかしそれを後ろで聞いていた黒エルフ長男くんが黙っていなかった。

「おいジジイ。調子に乗ってるんじゃないっスよ。ジローさんは俺らの大事な客分であり仲間っス。ここから五体満足で元気に帰す責任が俺らにもあるんスよ。ジローさんになんかあったらお前ら”全殺し”っスよ!?」

 房総や西東京~神奈川のヤンキーみたいな阿修羅めいた形相で青葉一風を睨む長男くんが怖い。 ビキビキッ、という効果音が聞こえてきそうである。

 黒エルフ相手に余りオイタが過ぎると、そいつには”不運ハードラック”と”ダンスる”運命が待っているのだろう。

「だ、大丈夫だ長男くん。こんな半分ラリパッパの老いぼれに負けはしねえよ」

「そりゃジローさんが負けるとは思ってないっスけど……」

「男と男の勝負なんだ。どうかわかってくれ」

「そう言われると弱いっスね。悪かったっス。絶対勝つって信じてるっスよ」


 なんとか話がついた。

 俺が負けたらどうやら片腕を持って行かれるらしいが、俺が勝った時の報酬は考えていない。勝利自体でスカッとすることが目的なので、特に報酬は決めていないのだ。

 今は朝。

「夕方、陽が沈むまでにお互いの料理を出し合うとしようぜ。必要な道具や材料は、アンタの部下に用意させろ。俺らの目の届くところからアンタが動くのはダメだ」

 周囲は黒エルフや龍神のかまどが目を光らせている。

 青葉一風が仮に逃げようとすれば、すぐにとっ捕まって凹られるか殺されるかするだろう。それを防ぐための提案である。

「まあ若造相手にそんな大層な道具を用意する必要もない。鍋や包丁は魔法で出せるしな。他には?」

 こいつの魔法、鍋も出せるのかよ……。

 金属製の道具を具現化する能力、とかなのだろうか。

「他にはそうだな。ヨウセイモドキ、使うんだったら分けてやる。こっちだけこれ持ってるのは明らかに不公平でチートだ。それで勝っても嬉しくもなんともねえし」

 俺が希少食材のキノコであるヨウセイモドキダケの供与を申し出ると、一風の眉毛がピクリと動いた。

「自信があるのかバカなのか……材料の有利を失って、しかもお前が作るのはラーメンと決まってるんだろう? それで勝てると思ってるのか? あんな塩と脂と小麦粉のくだらない料理で?」

 小バカにしたように一風が笑う。

「それだよ」

 嘲笑する一風に、自信満々の笑みでこちらも返した。

「若造、何がおかしい」

「それくらい思い上がって、ラーメンをバカにしているやつを叩きのめしたいんだ。そういうやつが、泣いてラーメンの美味さに目覚める瞬間を想像すると軽くイっちまいそうだよ。楽しい勝負になりそうだな」

 そう言い捨てて、俺は材料集めと下準備に入った。


 ☆


「なにか力になれることはございますか」

 手始めに水を用意し、火を起こす俺のもとに料理長くんが来て、そう言った。

「お嬢さんの近くにいなくていいのか? それに、あの爺さんを殺したいほど憎んでるのは料理長くんも同じだろう。無理に冷静を装わなくてもいいぞ。俺が勝手なことを言ってるのは自覚してるし、俺に怒りをぶちまけてもいいんだぞ」

 それでも青葉一風を殺すのは、勝負が終わるまで待ってほしいがな。

「あるじからの指示はありませんので、奥方さまの敵討ちとしてあの男を殺すということは考えておりません」

 氷のような無表情をたたえ、いつも通りの口調で料理長くんは答えた。

「建前はよせ。俺はな……前に勤めてた店の店長が好きだったし、信頼してたよ。その店が潰れる元凶となった、悪評を撒いた連中を殺してやりたいと思ったことは一度や二度じゃない」

 俺はなんとなく思い出した昔話を料理長くんに聞かせた。

 今でも、あのとき変な噂を撒いたラーメンブロガーの素性がわかれば一発や二発は殴ってしまうかもしれん。

 料理人としてあっちゃいけねえことだがな。思うだけで実行していないからいいだろ。

「そんな過去がおありでしたか」

「ああ、だからあのジジイを許してやれなんてきれいごとを言うつもりはねえよ。世の中には死んだ方がいいやつってのは確実にいるし、あのジジイは高確率でその人種だ。ただ、そんな迷惑な奴でも、死んだあと周りがどうなるかってことだけは考えなきゃいけねえとは思うぜ」

 俺も考えが浅いままこんなところまで来てしまって、言えた義理ではないがな。

「当方は……お嬢さまとあるじの判断にゆだねます。ただ、今は体を動かしていたいのです。それは正直な気持ちでございます」

「そっか。じゃあスープ仕込むんで、手持ちの材料を整理……いや、ここらでなにか使える材料が手に入るか、チビガキに聞いてきてくれ」

 俺の指示を受け、クォータードワーフの少女(一風の娘はハーフドワーフの母を持っているのでおそらくそういうことになる。複雑な話だ)のもとに料理長くんは向かった。


 青葉一風側の様子を見ると、少人数の部下になにか指示を出して材料を採取に向かわせたり、一つ二つの鍋で湯を沸かしたりしている程度だった。

 なにを作るつもりかは知らんが、あまり大がかりな料理にはしないつもりらしい。

 手間や設備が大げさならば美味い料理ができるわけでもないが、もし手を抜かれたらムカつくな。

 奴が本気120%を出せるようにもっと煽って挑発しておけばよかったか。 


 ☆


「ヨウセイモドキも他のキノコと同様に生のままでは毒性がある。しかしそれは短時間の加熱で無毒に変質するきわめて微量、軽度の毒性に過ぎない」

 準備ができたのか青葉一風が調理を開始する。

 それをわざわざ俺に聞こえるように、説明しながら。

 青葉一風は沸いた湯にごく短時間ヨウセイモドキをくぐらせて加熱したのみで、その下処理を終了した。

「また、キノコの菌繊維の方向によっては舌触りに若干の違和感がある。繊維の方向を見て包丁を入れることはもちろん、薄切りにし、表面にごく浅い切れ目を無数に入れることでこの問題を解決し、調味料の浸透を助ける」

 そう説明しながら、イカの刺身表面に包丁を入れる要領で、しかしもっと細かくもっと浅い、見えるか見えないかの極限の切れ目をさささっと無数に入れていく。

 一風は片手であるため、生身の手でまな板の上の食材を抑え、魔法で生み出した包丁をファンネルのように操りながら食材を切り刻んでいる。

 使っているのは七十二宝のまな板だった。

 表面に汚れ一つない、まさに宝のなにふさわしい見事な輝きを放っている。

「ニュータイプジジイだったのか……」 

「安心しろ若造。空中で自由に包丁を動かせるのは、自分の片腕が届く程度の範囲だけだ。魔法の包丁を飛ばして相手をどこまでも追いかけるような攻撃はできん」

 だからこっちを攻撃したときは単純に飛ばす程度のことしかできなかったのか

「そんなことより、ヨウセイモドキを調理したことが前にもあるんだな」

「ああ。だから勝手は知ってるし、料理はもうすぐ出来上がる。先に俺のを食え。そして、絶望しながら自分の調理を進めればいい。腕一本奪われる恐怖におびえて、な」

 クックック、と悪魔のような笑いを浮かべる。

 なんて性格の悪いジジイだ。

 

 湯にくぐらせ薄切りにし、表面にごく細かい無数の切れ目(ほとんど肉眼では見えないほどだ)を走らせたヨウセイモドキに、一風はアナゴの寿司に添加するようなタレを刷毛でさっと塗った。

 何か森の植物とか酒を、塩か砂糖か入れて色々煮詰めていたのは知っている。と言うか、調理らしいことはそれしか一風はしていなかった。

「できたぞ。さっさと食え」

「ああ!?」

 それで終わり?

 見た目は……軽く湯通ししたキノコを薄く短冊状に切ってタレをつけた料理。

 和え物ですらない、強いて言えば刺身みたいなもんだった。

「いくらヨウセイモドキが美味いからって……舐めてんのかジジイッ!!!」

「吠えるのは食ってからにしろ。ま、お前にモノの味がわかるかどうかは知らんがな」

 すでに勝ち誇ったような顔を浮かべる青葉一風。

 そいつの作ったキノコの刺身が一体どれほどのものか、俺はそれをこの直後に嫌と言うほど思い知ることになる。

次回予告

56「キノコVSタケノコ」


無用な争いは避けるべきだと思います。

平和が一番です。

それよりもトッポってすげーよな。

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