54 包丁人一風とラーメン戦争
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突如現れた左手のない老人。
その姿を見て、白エルフ娘が驚愕の表情で呻いた。
「そ、その腕。その目つき……」
「なんだ、エルフまでいるのか。あまり会いたくない種族だな。昔を思い出す」
「昔に何があったというのだ! 言え!!」
血走った目で叫び声をあげたエルフ娘に、面倒臭そうに一風は返答する。
「つまらない噂に騙されて、一人のエルフの女を殺したよ。それで何がどうなったというわけではない、無駄なことだった。とんだ苦労を抱えた」
一風の言葉に、普段から白い顔のエルフ娘から、より一層血の気が失せたように見えた。
「無、無駄だと……!! き、貴様が、母を……私の母を!!」
エルフ娘が手に持った剣の柄を握る。
そして、抜刀と同時に横薙ぎに振り抜き、その剣筋に風の魔法を乗せた。
剣と魔法によって生み出された風の斬撃、いわゆるカマイタチ現象が、確実に人を殺す威力を持って青葉一風に襲い掛かる。
ビシュウッ、という嫌な音が鳴り、青葉一風の体は上下二分割にされたかと思った。
しかし、彼が手に持つ板かなにかによって、風の斬撃は妨げられたようだ。
「おっとっと、恐ろしい魔法を使うエルフのお嬢さんだ。そうか、お前あのとき近くにいたエルフのガキか。でかくなったな」
一風が手に持っている乳白色の板は、貴金属か宝石のように美しい光を放っていた。
強烈な風の斬撃を受けても、毛ほどの傷もついていないように見える。
「あ、ありゃあ、七十二宝のまな板じゃあ……!」
黒エルフ親父が驚きの声を放つ。
伝説の厨具と呼ばれる、逸失した黒エルフの宝。
それが狭間の里の首領、青葉一風の手元にあった。
「親父がなんか探してたのは薄々知ってたけど、ひょっとしてアレだったんスかね。だったらこいつら全員ぶちのめしてあれ貰って帰れば大勝利じゃないっスか」
こっちの探し物を敵がわざわざ持ってきてくれたことに笑いをこらえきれないらしく、長男くんがニヤニヤしながら指をパキパキ鳴らす。
「ふん、黒エルフに、魔法を使える白いエルフか。そりゃあ殴るしか能のない兵隊どもじゃあ、骨が折れるわな」
コワモテの黒エルフ連中にじりじりと迫られつつも、余裕のある笑みを浮かべる一風老人。
彼は七十二宝のまな板を防具として使うためか、服の胸元にしまいこんで、一本しかない腕を体の前に突き出す。
「わざわざこんなところまで来てご苦労なことだが、命が惜しければヨウセイモドキを置いてさっさと帰ることだな。もっとも」
言葉の最中、一風の背後で「空気が揺らめいた」ように見えた。
そして、何もなかったはずの空間に無数の包丁が突如出現したのだ。
青葉一風の背後の空間が、無数の包丁を発射する砲台と化した!!
こいつも魔法が使えるのか!?
なにもない空間から無数に刃物が出て来るとか、どっかで見たことのある英雄王みたいな技だ!!
かっこいいけど面と向かうとこれほど恐ろしいとは!!
「手加減できんから、死んじまっても知らんぞ!」
轟! とでも表現すべき音とともに、あまたの小出刃包丁が俺たちを襲う。
「クッ!」
エルフ娘は風の障壁を生み出し、無事に襲いかかる刃物の直撃をそらす。
「甘いッ!」
料理長くんは自分の上着を脱いで手に絡ませ、それを凍らせることで氷の盾を作り、凶刃の飛来をを防いだ。
「遅いっスね」
「攻撃が直線的過ぎじゃあ」
黒エルフ親子は相手が攻撃体勢になった頃からその射線予測をしていたのだろう、身軽に動いて難なく包丁を躱す。
うん、残念ながらジローくんだけ、カラテがちょっと使える程度の普通の人間なんだ。
みんながなにやら異世界的能力で回避、防御できても俺にどうしろっていうんだ畜生ここでジローくんの冒険も終わりかおおジローよ死んでしまうとは情けないジローくんの次回作での活躍にご期待くださいAN○THERじゃないけど死ぬ!
「……って、あれ?」
刃物を避けそこない、大ダメージを喰らったと思いこんだ俺だが、幸運にも痛みが襲ってくることはなく、体のどこからも出血はない。
見ると、俺の前にはサラサラヘアーの薄着、裸足幼女が立っている。
飛来する小出刃の攻撃から俺の盾になった位置であるが、もちろんその幼女に怪我も流血もない。
幼女の足元の床に何本もの包丁が落ちて、まるで幻のように消え去った。
どうやら魔法の包丁は短時間しか姿をとどめられないものらしいな。
「やれやれ。やっと役者も道具も材料もそろったようじゃの。わらわは待ちくたびれたぞ」
久々登場、そんな奴いたなってことに思い出すのが時間がかかった巫女神「龍神のかまど」が突如として姿を見せたのだ。
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「ふむ。ヨウセイモドキも、半分近く食ってしまったようじゃが無事収穫できたようじゃの。そして七十二宝のまな板もここにあるようじゃ。重畳、重畳」
腕を組んでなにか納得しているように満足げにうなずく龍神のかまど。
「なんだ貴様は。邪魔すると殺すぞ」
呑気に構える龍神のかまどに向け、青葉一風が攻撃の第二陣を仕掛ける。
同じく彼の背後に無数の包丁が顕現する。
今度は殺傷力の高い刺身包丁が、さっきの倍以上も襲いかかる!
「あ、あぶっ……!」
「人間風情が、多少魔力を使えるからと調子に乗るでないわ」
俺が恐怖で腰を抜かすその眼前で、龍神のかまども手に何らかの道具、武器を具現化させる。
それは幼女が持つにおおよそ似つかわしくない大振りの刀……いやこれも包丁か!?
「伝説の厨具が一つ『リヴァイアサン裂き』の力をその目に焼き付けるがよいわ!!」
ウナギ裂きやアナゴ裂きの親玉のような恐ろしい姿かたちの包丁を幼女が横一閃に振るう。
リヴァイアサンってウナギやアナゴの延長みたいな扱いなの? 食材なの? 食べられるの? なにそれ美味しいの?
巻き起こされた旋風によって青葉一風の放った刺身包丁はことごとく押し返され、一風の背後に群れを成していたゴブリンやオークの群れに向かって飛んで行った。
「グワーーーーッ!」
「グギャーーーッ!!」
「うわらば!!」
「やりやがったな!」
親しみのある阿鼻叫喚が鳴り響き、多数のゴブリンやオークが痛みのあまり地べたに転がりまわる。
意図的か偶然かは知らないが、すべて急所は外れているようだ。痛がってわめいているものの全員が元気である。
「お前、強いんだな。最初っから自分でまな板取り返すためにこの島に乗り込んでりゃ早かったんじゃねーの?」
大活躍の幼女に対し、俺はごく当然に出てくる疑問をぶつける。
「わらわは今、おぬしや黒エルフのように龍神さまへの信仰が篤い者を媒介にして仮にこの世に姿を現しているにすぎんのじゃ。じゃから、おぬしらのいない場所に権現することはかなわん。狭間の里の連中は皆、龍神さまへの信仰などないしの」
「いや、俺も別に龍神さまとやらの信者になった覚えはないんだが……」
ちなみに日本での実家は禅宗である。小さい神棚もあったし、クリスマスはダチと一緒にバカ騒ぎしてバレンタインは呪っていた、一般的な日本人の宗教感覚しか俺にはない。
「なにを言うておる。おぬしの一張羅に見事な龍神さまの刺繍が施されておるのを知っておるぞ。大切に手入れしておるようで、信心深いことじゃと感心したわ」
「あ、ああ、仕立ててもらったエプロンね……確かに大切にしてるわな」
龍のほかに鳳凰も刺繍されてるんだが、それは気にしないのか。
「それにおぬし、一度船旅で龍神さまのお姿を見たことがあったじゃろう。そのときにおぬしなりに祈りをささげたのではなかったかの?」
「柏手打っただけだろ。そんなんで信者認定かよ」
別にどうでもいいけど。助かったのは事実だし。
信じてないけど救われた。有り難い有り難い。
「さて、そこな人間よ」
俺との会話を打ち切り、龍神のかまどは青葉一風と向き合う。
「おぬしの持っている七十二宝のまな板は、元々わらわのもの、ひいては龍神さまへの祭祀に使う尊くも畏れ多い神具じゃ。不貞の盗人に持ち出され、流れ流れておぬしの手元にあるようじゃが、返してもらうぞ」
「嫌だと言ったら?」
幼女の神力を前にして自分が圧倒的に不利な状況にあるというのに、悪びれもせずに青葉一風は言ってのける。
「殺してでも奪い取る。それだけの話じゃ。わらわはこの地に住む者たちと神を繋ぐ存在のゆえ、無用な殺生を好むわけではない。じゃが龍神さまの威光を理解せぬ、不埒な盗人にかけてやる情けなど持ち合わせておらぬでな」
そう言って龍神のかまどは、自分の背丈ほどもある巨大な刃物「リヴァイアサン裂き」を肩に担ぐ格好で構えた。
対峙する二人。
龍神のかまどはあくまでも冷静な表情をしている。
もともと半人半神のような存在であり、ならず者一人始末したところで特に感情は動かないのだろう。
対して青葉一風は……完全に人生を、命を捨てている人間の瞳をしていた。
彼が異世界に飛ばされて、どのような数奇な運命をたどったのか、それは知らない。
しかしその心を荒ませるに十分な出来事があったのだろうことは想像できる。
でなければ異世界スラムの親玉として、略奪行為や薬物売買の元締めなんてやってないだろう。
人間、そいつの人生がどうなろうと基本的には自業自得だ。
しかしすみれの爺さんが目の前で殺されてしまうということよりも、俺は腕がいいと評判の料理人、青葉一風がどうしてこんなことになってしまったのか、それを思うと寂しいし、ここで死んでしまうのは勿体ないと思って、言った。
「俺から提案と言うか頼みがあるんだけどよ。一風さん、俺と料理の勝負をしてくれねえか」
「なにを言い出すんじゃおぬしは……?」
あっけにとられる龍神のかまど。
「この爺さん、どうせ長くねえよ。なんとなく俺にはわかるんだ。殺されるか、野垂れ死ぬかはわからんが、近いうちに安らかじゃない死に方をするんだろうなって思う」
一風の頬はこけており、顔色も悪い。
ひょっとするとこいつ自身、薬物の悪影響を体に受けているんじゃないか。
「若造に何がわかる……と言いたいところだが、まあそんなところだろう。否定はしねえ」
口の端を釣り上げておかしそうに笑う青葉一風。
「でもあんたは腕のいい料理人だったんだろう? そいつが作った飯を楽しまないうちにオサラバするのは、俺は悔しいんだよ。勿体ないんだよ。それになあ」
握った拳に力を入れ、俺は言い放った。
「あんたは、包丁を武器に使いやがった。メシを作るための料理人の相棒を、料理人の魂を、人を傷つける凶器にしやがった。そんな奴は許せねえ。だから、料理の勝負であんたをコテンパンに叩きのめす。それも、アンタがバカにしていたというラーメンを作ってな!!」
単純な話だった。
日本から異世界に飛ばされた青葉一風と言う料理人。
彼は知識も技能も確かだったが、ラーメンやカレーをバカにしていたということを、すみれや白エルフの旦那から俺は聞いていた。
「ラーメンをバカにしてくれたな。俺の前で包丁を凶器として使ったな。青葉一風、あんたは明確な『俺の敵』だ。だから俺が倒す。それだけだ」
俺の申し出に、一風はガハハと盛大に笑った。
「ずいぶん変な奴が飛ばされてきたもんだな。若造、名前はなんてえんだ」
「佐野二郎。ただのラーメン馬鹿だ。アンタはただのラーメン馬鹿に、料理の勝負で負けることになると予告するぜ」
次回予告
55「ラーメンさえあればいい」




