48 さすがお嬢さまです
さすおじょ!
再開しようとしたら初稿消えるし。
書きなおしたらなんか5000字超えてるし。
とりあえず大谷の勝ち星はつかなかったけど日ハムが勝ってめでたいです。
私信
ライト文芸賞MFブックス部門というやつで一次選考を通過しました。
ひとえに応援してくれている皆様のおかげです。
これからも頑張って更新していきたいと思います。
☆
「さて作業に取り掛かるか。幸いなことに野菜はトカゲたちの島である程度確保しておいたし、船に乗っている間にスープの仕込みと麺の熟成はあらかた終わってるからなんとかなるだろ」
狭間の里と呼ばれる海域の末端、オーク海賊が根城にしている小島。
ここに停泊している黒エルフの船で俺は食事を作る手筈になっている。
その取っ掛かりとして、相棒の白エルフ料理長くんを前に段取りを確認しているのだ。
「そんなものを都合よく準備しているそぶりは見受けられませんでしたが」
「こっちにもいろいろ事情があるんだ。そういうものだと思って流せ」
メタ発言である。
幸いなことに、豚野郎、もといオークどもは豚肉を食うのに何ら支障がないようだ。
だったらこれからもきつい仕事が続く景気づけとして、豚肉の個性を凝縮して強調した、パワーの出る一杯を作るとしよう。
豚の個性を強調したパワーの出る一杯と言えば……主に東京近郊で多数のフリークを抱えている、アレ系しかあるまい。
「骨だけじゃなくて、肉部分も煮出したスープだ。一口すするだけで凶暴な豚の旨味が口の中に押し寄せて来るぜ。そして麺は太めで歯ごたえのあるものを、野菜もチャーシューもマシマシで行くぜ」
「……これは、今までジローさまに食べさせていただいたラーメンとは違った次元の強烈な味でございますね。粗にして野だが卑に非ず、そんな言葉が似合う荒武者のような味です」
こいつは本当に異世界の生まれ育ちなのか、と思うような評をエルフ料理長くんが下す。
惜しむらくは、今俺が持っている醤油は長期熟成本醸造の大豆醤油ではなく、メイラード反応というたんぱく質の化学変化を利用した簡易醤油モドキであることだ。
これはこれで不味くはないんだが、どうしても醸造香を含めた複雑な要素に乏しく、パンチが弱い。
それを補強する意味でも、これまたいつの間にか用意しておいた魚醤を隠し味に使うとしよう。
「なんでもかんでも都合よく出て来るものでございますね」
「だからそういう細かいことを気にするなっつうの。ハゲるぞ」
「お気遣いなく。エルフという種族に禿頭の者はおりませぬゆえ」
それは羨ましい話ですこと。
☆
「……これは、豚の餌か?」
出来上がった品を見て、白エルフ娘が放った第一声がそれだった。
無理もない話である。
見た目の美しさなどは全く気を遣わず、器に山盛りになった野菜とその上に乱雑に乗せられた角切りチャーシュー。
その下にはスープに浸った太麺がごっそり隠れている。
いろどりも鮮やかとは程遠いその料理は、一見しただけでは「肉と野菜が粗雑に汁の中にぶち込まれただけの代物」でしかなかった。
夕食のおかずや白飯が残ったので、それを味噌汁にぶち込んで犬の餌にしている昭和のご家庭のような風情がある。
ちなみに犬や猫はネギを中心として、与えてはいけない食材がいくつかあるのでこれから飼う人は注意してくれ。
なるべく残飯ではなく、ペットショップなり専門家の意見を参考に、犬猫専用の餌を与える方が確実だ。
常識だから言うまでもないことだが。
昔の家庭は残飯食わせて飼ってるとこ、結構多かったんだよ……。
そんな与太話はどうでもいいとして。
「味が濃いからお前の好みじゃないかもしれんな。食いにくいようなら別の器にもっとあっさりしたやつを用意してやるよ。量もこれじゃ多いだろうし」
「う、うーむ。今までお前が作っていたのは、もっとこう、華やかと言うか……」
なにか釈然としない様子だが、それでもエルフ娘は大量に盛られたガッツリ系豚ラーメンをちまちまと食べ始めた。
あの食い方では麺がどんどん汁を吸って膨れ上がり、いつまでたっても完食できないだろうがな。
さて、肝心のオーク連中の反応はと言うと。
「ぶひゅるるる! これは美味いブヒ! 汁のおかげで喉の滑りが良くなっていくらでも食えるブヒよ! 豚超美味いブヒ!」
大喜びで豚を喰らっていた。
なんだかシュールだな。
「捕虜の分際で食いすぎっす。少しは遠慮するっすよ。俺たちの分が無くなるっす」
「ぷぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃ」
石炭を飲み込む蒸気機関車の勢いで豚豚しいラーメンをひたすら食いまくるオークに、黒エルフ長男のアイアンクローが決まった。
「量はあるから、喧嘩すんなよ」
「いやあ、普段豚肉を食わないわけじゃないんすけど、やっぱり俺らは魚とか貝とか食ってる方が多いっすからね。しかも異界から来た料理人さんが作ったわけっすから。珍しいモノ食わせてもらってるんで、つい意地汚くなっちまうっす」
海の男たちだからな。
せいぜい今日は豚成分が強烈に主張した一杯を思う存分食べて欲しいものだ。
「こりゃあ、なんじゃあのう。豚を丸ごと頭からかじっとるような錯覚を覚えるのお。野菜も麦の練りモンも入っちょるのに、豚を切って焼いて食うより豚そのものを丸のまま味わってるようじゃ」
黒エルフ親父も豪快にがつがつと食いながら、俺が欲しかった的確なレビューを放つ。
豚一匹の色々な部位、肉の旨味や脂の香りや甘味、染み出したスープの滋味。
それらをなんのクッションもなくひたすら食い続けるというのは、正直難しいものだ。
いくら上等な豚でも、豚ばかり食って豚のスープだけ飲んでいては、くどいし飽きるだろう。
しかしラーメンなら、適度な淡白さで麺が豚の旨味を受け止めてくれる。
野菜の歯ごたえや清涼感が、脂のしつこさを緩和させてくれる。
俺が今回作った、東京近郊で病的にハマる客を大量生産しているタイプのラーメン。
これは「豚の旨味や個性を最大限にゴリ押しして、そういうのが好きな客にとことん満足してもらう」と言う方向性がヒットしているのではないかと思う。
豚をひたすら焼肉で食っていても、ここまで大量に食えないし、豚をとことん丁寧に煮出しても、スープだけではそこまで大量には飲めないだろう。
しかし麺や野菜が豚の濃厚な旨味を受け止めることで、本来ならくどくて濃くて食えないはずの、強烈なまでの「豚感」を味わうことができる。
ラーメンは様々な料理の調和によって生まれるが、調和させることが今回は手段となっている。
手段と言うからには目的があるわけで、その目的は「メインである豚の個性を客に受け止めてもらうこと」なのだ。
調和は最終的な目的ではなく、メインの個性に輝いてもらうための手段として使われるという発想も、ラーメンにはあるのだ。
ラーメンはサイドメニュー無しでも、どんぶり一杯で人を満足させて満腹にさせる、完全食たる可能性を持っている。
全ての要素はメインとなる食材の旨味を客に楽しんでもらうため。
その旨味で腹いっぱいになるまで食ってもらうため。
完全食を目指すためのアプローチとして、俺はこの方向性は間違いじゃないと思っている。最適解の一つだとすら思う。
塩分や脂質が高すぎるとか、細かいことを言いだせばきりがない。
それは昼にラーメンを食ったら夜に低塩分、低カロリー食を摂って調整するなり、いくらでも工夫はできるだろうことだ。
しかし、好きなものを好きなだけ食って腹いっぱいになりたいという願望はとても強いものだ。
それをかなえる一つの答えとして、俺はこういうラーメンもありだと思っている。
「豚の味や香りに、口や喉の中から犯されているかのようだ……」
変な汗をかいて白エルフ娘がうめいている。
さっきまでのこいつがした体験を考えると笑えない発言だな。
強烈な個性をひたすら主張する一杯なので、もちろんこういう客もいる。仕方のないことだ。
「苦手なら無理して食うなよ。野菜炒めでも作ってやっから」
「お嬢さま、それよりも当方がなにか甘いものをお作りいたしましょう」
「た、頼む……」
白いの二人は奥に引っ込んで行った。
「ブヒブヒ、豚うめえブヒ」
シュールな光景だなあ。
「口から汁を飛び散らせて食うなっす。うちの船が汚れるし何より見ていて不快っす」
心底嫌そうな顔で黒エルフ長男がオークの腕、手首と肘の逆関節をガッチリ決める。
それ以上いけない。
☆
食事が終わり、オークたちはまた船の奥に連行されて、黒エルフたちから尋問の続きを受けるようだ。
俺と料理長くんは余った食材を手に、トカゲ男たちの船にもメシを作りに行った。
なし崩し的にそのまま飲み会に強制参加させられて、うちの島で店を開かねえか、いやいや俺の船に乗って厨房を担当してくれ、などと誘いを受けたが、やんわりと適当なことを言ってかわして逃げてきた。
船が停泊している真横の岩礁、ちょうど座って星を見ながら酒を飲み直すのにいいポジションがあったのでそこに腰を下ろす。
「さて、これからどうするんだったかな」
横に座る料理長くんに酌をしながら、今後の方針を確認する。
「お嬢さまの救出が完遂された今、当初の目的に集中すべきかと。狭間の里の現況調査、および盗まれたと言われる伝説の厨具、七十二宝のまな板の捜索、でございますね」
そうだったな。
あくまでもチビロリの巫女神、龍神のかまどとやらの言葉を信じるならば、探している宝とやらは狭間の里にある可能性が高い。
余力があればすみれの爺さんとか、刺繍のご婦人の忘れ形見とか、そういう尋ね人に関する情報も集めたいところだが、それは狭間の里を全体的に調べて行くうちに何とかなるだろう。
後者については、何も手がかりがないならないで、それは仕方がない。
「オークの海賊どもは我々が奇襲をかけたことと、相手の数がそれほど多くなかったことが幸いしてどうにかなりましたが、これから先は危険が増えるかもしれません。ジローさまは引き返すなら今のうちかと存じますが」
俺の身を案じて、料理長くんがそう忠告してくれる。
「気を遣ってくれるのはありがたいが、中途半端は気分わりぃしな。作戦は『ガンガン行こうぜ』のまま変更なしだ。まあ、いざとなったら見捨ててくれていいからよ。料理長くんは自分の仕事に集中してくれ」
「ジローさまはあるじの大事な客人でございます。見捨てるなどと言うことはございません。しかし、できる限り自己防衛を怠らぬようお願い申し上げます。当方の力にも限りがございますゆえ」
もっともな話だ。せいぜい足手まといにならないように気を付けるとしよう。
そんな話をしながら男二人で星見酒をしている間に、もう一人の参加者が割り込んできた。
騎士かぶれの中二病こと白エルフ娘のお嬢さんだ。
「お嬢さま、もう夜も更けてございます。早めにご就寝くださいませ」
「……わ、私も一緒に」
「なりません」
何か言いかけたエルフ娘の言葉を、間髪入れずに料理長くんが遮る。
この場の飲みに参加してはいけない、と言う意味ではなく、これからの危険な旅についてだ。
「で、でも」
「どうしても、でございます。どうかこれからは船の番をしている地龍の民とともに、船内でお控えくださいますよう」
二の句も告げさせない、厳しい口調である。
これも仕方ないな。
元々こいつが家出して勝手について来て、オークたちにとっ捕まったおかげで余計な鉄火場をくぐる羽目になったのだ。
しかし、鉄のように冷たく厳しい態度をとる料理長くんを前に、エルフ娘は負けじと言った。
今までのこいつからはとても出てこないような、予想外の言葉だった。
「さ、さんざんお前たちに迷惑をかけたことは自覚している。私の軽挙妄動がすべての原因だということも反省している。だ、だから」
だから、なんだというのだろう。
大人しく帰るか、それができない以上船の中に引きこもってくれるのが一番ありがたいのだが。
「こ、これからは、勝手な行動はしない。お前たちと離れないで歩く。そして……私の力で、お前たちを守りたいんだ」
「ちょっと何言ってるかわからないんだが」
素で返してしまった。
それはひょっとしてギャグで言ってるのか。
「お嬢さま、エルフの森で狩りごっこをして遊んでいるわけではございません。これからの旅路は今まで以上の危険が伴うのです」
料理長くんもわからずやのお嬢様に半ばあきれた口調である。
「わ、わかっている。しかし、さっき少し練習したら、風の精霊の力を、ある程度思うように使えるようになっていたんだ。これなら足手まといにならないし、もしお前たちに危険が及んだ時、きっと役に立てると思うんだ」
「お、お嬢さま。いくら素養のある者でも、一日一晩の修練で精霊の力を制御できるなどと言うことは……」
料理長くんが説得しているそのさなか。
エルフ娘が、浮いた。
ふわっと、まるで「風に持ち上げられた」かのように、宙に浮いた。
そしてそのまま、岩礁や海面からおよそ2メートルほどの低空飛行で、周囲をすいーっと飛んで回って、戻ってきた。
「……」
「……」
俺と料理長くん、絶句。
「お、お前たちを風で飛ばして、向こうの岩まで運ぶこともきっとできると思うぞ?」
エルフ娘がそう言って指差した先、距離はおよそ20メートルほどであろうか。人が乗れそうな大きな岩が海面に露出している。
「あ、あー、とりあえず遠慮しとく。飛ばさんでいい」
頭から岩の上に落とされたりしたら死んでしまう。
「さ、さっき練習した、って……精霊の力で手のひらに乗った水を凍らせるのにこっちは何年もかかったのに……」
なんか放心してぶつぶつつぶやいている料理長くんの口調が、いつものクール丁寧な執事口調ではなくなっていた。
「ど、どうだろう? これなら何かあっても、一目散に逃げたり、お前たちを逃がしたり、すぐにできると思うんだ」
もう、好きにしてくれよ。俺は知らん……。
エルフ娘のウキウキしたドヤ顔と、なにか負け犬のようにぶつぶつ言って暗い顔をしている料理長くん、両方ウザかった。
49「ならず者の巣窟で出会いを求めるのは間違っているだろうか」
例の紐になりたい。




