46 パイレーツ・オブ・ジロリアン
これまでの振り返り。
二郎、再び海を越える。
白エルフ娘、オークの海賊にさらわれる。
トカゲ民族や黒エルフと共同戦線を張り、白エルフ娘の奪還、および狭間の里エリアの威力偵察に行く。
二郎の本編に戻ります。
アクセスありがとうございます。
☆
船はいい。
人によっては、酔いがひどいので苦手だという意見ももちろんあるだろう。
しかし俺は日本に住んでいた頃から、列車よりもバスよりも飛行機よりも船の旅を愛していた。
列車やバスは日常で頻繁に使っている、あるいは街でよく見るから非日常のドキドキ感が弱い。
飛行機はあまりにも速すぎる。
景色を楽しむ余裕も少ないし、なにより乗っている間の自由が制限され過ぎる。
大型客船の旅は、自由がある。
デッキに出て酒を飲んでもいいし、眠くなれば客室で横になればいい。
船内にレストランがあったりするし、ゲームコーナーや卓球台を備え付けている船もある。
なにせ風呂にまで入れるのだ。
狭いシャワーではなく、広い湯船でたっぷりのお湯に浸かって。
風呂から上がって、自販機でビールと裂きイカを買って、デッキに出て遠くになった陸地を見ながら飲む一杯……。
キツイ仕事終わりの一杯、旧友と久しぶりに会った時の一杯、そして船上の一杯。
これは俺の主観が選ぶ「三大・酒が美味いシチュエーション」である。
風を浴び、波の音を聞き、ミカンの汁を絞った焼酎を飲む。
う~~~~ん、美味いっ。
「もうすぐ大分か……ああ、あれが別府の町かな?」
「意味の分からない現実逃避をしている場合ではございません」
俺が幸せな空想上の瀬戸内海旅行をしていると、情緒も何も理解しない突っ込みの声が入った。
言うまでもなくエルフ料理長くんによるものである。
「仕方ねえだろ。なんかこの辺の海、島が多くて波が穏やかで、瀬戸内海に似てるんだよ」
「セト……? それがどのようなところかは存じ上げませぬが、やはり海賊などが跋扈する海域だったのでございましょうか」
「う、うーん、まあ、そういう話も、ある、らしい」
400年以上前はな。
「しかしまさか黒の民がわれわれに協力するとは……わがあるじが何らかの働きかけをしたのでございましょうか……」
難しい顔をして料理長くんが呟く。
俺たちの乗っている船は、主にトカゲ男たちの船員、戦闘員合わせて三十人ほどと、船の保守要員としてドワーフが数人乗りこんでいるという編成だ。
この二種族はお互い仲がいいらしく、協力体制にあるのは不自然ではない。
しかし黒いエルフたちはドワーフ&トカゲ族連合軍と、少し前まで戦争状態にあったという。
現状では講和が成立し、お互いの領分を犯さないように取決めしている。
それでも仲良く手を取り合って大きな仕事をするような関係ではないはず、と料理長くんは思っているようだ。
「手を貸してくれるってんならいいじゃねえか。味方にすれば頼りになる連中だとは思うぜ」
俺の知っている黒エルフなんて、ヤクザみたいなオッサンとその娘くらいだがな。
なんにしても、これから相手にしなきゃいけない連中のことを、俺たちはよくわかっていないのだ。
頼りがいのある味方は多いに越したことはない。
黒エルフの共闘と言うのが、なにかの罠だったりしたときは……。
ま、そのとき考えよう。
船上の俺たちがあれこれ気を回しても、できることはほとんどない。
なにせ海の上で、船は俺たちの思い通りにはならない。
逃げることすらままならない環境なら、状況を受け入れ腹をくくるしかないのだ。
☆
「……忍び船から合図だ。そろそろ狭間の里の勢力圏に入るぜ」
元船長、今は攻撃隊長のトカゲ男が俺たちに注意を促す。
辺りは夕暮れに染まった海と、たまに露出した岩礁、小島が広がるだけで、俺の目にはどこに怪しいやつがいるのかは見えない。
「なにかが変わったようには見えないんだがな」
物知らずな俺に、元船長が詳しく教えてくれる。
「狭間の里、ってのは本島とその周囲の岩礁、群島からなる地域の総称だ。周りの岩や島ってやつが厄介でな。洞窟みてえに人が隠れ住む形にくり抜かれてやがるんだ。こっちが船の上から見ても相手は見えねえけど、相手は洞窟や藪の中からこっちをしっかり見てやがるって寸法よ」
よくできた防衛機能だ。オークって連中もバカではないらしい。
いや、バカだった。
「おい、料理長くん、あの船、見覚えないか」
俺たちは広がる視界の先に、一つの小島とそこに停泊している一隻の船を発見した。
「あれは……お嬢さまをさらった海賊たちの船!?」
そう、さすがに昨日今日のことなので忘れもしない。
俺たちが乗っている客船を襲った海賊船が、悠々と波に揺られながら停泊しているのだ。
ドワーフ製の凸レンズ単眼望遠鏡で覗かせてもらったところ、停泊している船、あるいはその付近に見張りの一人も立たせていないようだ。
「こっちが奪還、逆襲に来ないってタカをくくってたんかな、あいつら」
「いくらオークでもさすがにそこまで愚かでは……いや、ありうるのかも……」
料理長くんもいささか混乱している様子。
「船が停まってるってことは、あの島があの海賊どものアジトみたいなもんなのかね。中でなにかあったから外に誰もいない、とかか?」
とりあえず目の前の状況から憶測を述べてみた。
そんな俺の意見を耳にした現船長、トカゲ族たちの総大将だか族長だかが、少し考えた後に決断を下した。
「よし、船の守備に人員を半数残して、他のモンは突撃だ。黒い連中の船には、なるべく姿を隠しながら周辺海域の哨戒にあたってもらう。島の中から俺たちが煙信号を出したら、黒の連中にも乗り込んでもらおうか」
族長の指示のもと、手信号や光信号を駆使して黒エルフの船と手早く連絡を交換する船員たち。
俺は軍事とか戦争なんざ門外漢にもほどがあるが、てきぱきと手際よく働く男たちを見るのは気分がいいもんだ。
そうしているうちに、黒エルフの忍び船から一艘の小さなボートが出され、俺たちの乗っている船に向かって来た。
乗っているのは案の定と言うか、黒エルフの族長であるヤクザ親父だった。
「ようオッサン、久しぶり」
でもないか。
「元気そうじゃのお。トカゲ野郎たちが正面から突っ込んでる間に、ワシとあんさんら二人は裏手回りじゃ。白の兄さん、氷の精霊を使役できるっちゅう話じゃのお。働いてもらうけえ、しっかりやれや」
挨拶もそこそこに、俺たち三人が別働隊として裏から海賊アジトへ侵入するという作戦を黒親父は告げた。
「……了承いたしました。やはり、あるじの計らいでしたか」
この黒エルフ親父が、料理長くんの能力、氷の精霊魔法とやらを知っている。
それは俺たちがここに至るまでの間に、白い方のオッサンと黒い方のオッサンがどこかで接触して話をつけていたということなのだろう。
「忍び船とやらは、オッサンがいなくて大丈夫なんか」
このオッサンの恐ろしさと頼もしさはエルフの森を一緒に旅して重々理解しているが、それ故にこのオッサンが抜けたら忍び船側の戦力は大幅にダウンするように俺は思った。
「長男が乗っちょる。斬った張ったじゃあワシみとおな年寄りより使えるわい。あとで挨拶させるけえ、あいつにもなんか美味いもん食わせちゃってくれや」
このオッサンより凄腕の息子がいるのか。
しかも長男と言ったな。少なくとももう一人男の子供がいるのか。
このオッサンみたいなのが量産されるのは、世界に優しくない気がするぜ。
「お嬢さま……今参ります!」
気合入りまくりの料理長くん。
「オークをシバくんはいつ以来じゃろうのお。昔過ぎて奴らの叫び声も忘れてしもうたわい、クックック」
殺気を放ちまくりの黒エルフ親父。笑うな。怖いから。
「ところで息子さんって、嫌いな食べ物とかある?」
そしていつも通りの俺。
三人を乗せて、ボートは海賊アジト島の裏側に回った。
俺、役に立たない気がするから船で待ってても良かったと思うんだよな……。
☆
上陸した俺たちは、森や藪をかき分けて海賊のアジトに裏口のようなものがないかを探す。
「こういう隠れ島にゃあ、正面から敵が来た時ンことを想定して洞窟にも裏口を掘っておくもんなんじゃ」
黒エルフのオッサンが言うので、その見解に従った形だ。
突入してからこんなことを考えても仕方がないかもしれんが、エルフ娘はすでによそに売り払われた後、と言うことはないのだろうか。
仮にそうだとしても、エルフ娘をさらったオークどもをシメあげてどこに売ったのか、売り物にならないから海に捨てたのか、などの情報を聞き出さなければいけないから同じことか。
それとは別に、疑問に思ったことを聞いてみる。
「なあ料理長くん。狭間の里では精霊魔法が使えないかもしれない、とかドワーフの兄ちゃんたちが言ってた気がするんだが」
俺に狭間の里やオークと言う種族のことを教えるために、大陸エルフの町でドワーフたちが演じてくれた小芝居の中に、そういう設定が出ていた。
「精霊魔法の効果を打ち消す魔法、というものが確かにございます。狭間の里に住む者は精霊への信仰が薄いので、おそらくそうした魔法を使っているのではないか、という憶測が広まっておりますので。しかしこの小島には、そうした魔法の気配は感じられません。当方の力も問題なく発揮できるかと」
試しに料理長くんが雑草をむしってなにやら念を込めたような仕草をすると、あっという間に掌の上の雑草が凍りついた。
リアルタイムで見たのは実ははじめてだったりする。
「本当に魔法が使えるんだな。なんだか異世界に来たんだなあって実感が強くなったぜ」
「今更それをおっしゃいますか……」
「呼吸して飯食って寝るという基本的なことは変わらんからな。ラーメンを作ったら死刑になる世界じゃなくて良かった、というくらいのもんだ」
☆
はてさて、思いのほか簡単にアジトの裏口とやらは見つかった。
と言っても見つけたのは俺ではなく、黒エルフのオッサンだ。
「地形がおかしい」
ある地点にさしかかった時、そんなことを急に言ったオッサンは、藪の中の雑草や雑木をせっせと除けて、隠された裏口を白日の下にさらしたのだ。
斜めになった地面を掘る形で作られた横穴である。
もちろん俺や白エルフくんには、どこをどのように観察したら、出入り口が隠されていそうな怪しさがあったのか、さっぱりわからなかった。ただの藪である。
このオッサンこわい。
「やはり妙ですね。この裏口はいわば奴らの急所。しかしここにも見張りや衛兵がいる気配がございません」
一見するとただの穴であるその裏口を見て、料理長くんがいぶかしがる。
「静かにせえ。穴の奥からなんじゃあわからんが、声が聞こえて来よる……」
オッサンには何か聞こえているようだが、俺たちには聞こえない。耳が遠くなるような歳でもないんだが。
「トカゲさんたちとオークが戦闘を始めた怒鳴り声じゃねえの」
「いずれにしてもお嬢さまが心配です。早くわれわれも向かいましょう」
藪に隠された横穴を進む俺たち。
中は圧倒的に臭い。
獣の匂いと、腋臭の人間の匂い、そしてゲロの匂いが混ざったような臭さだ。
これがオークと言う連中が居住する空間の匂いなんだろうか。
エルフ娘、こんなところに何日も閉じ込められてたら発狂するんじゃねえかな。
まだそんなに時間は経ってないが、それでもあいつがさらわれて丸一日以上は経ってる。俺なら一日で根を上げる自信がある。
そんな悪夢のような環境の洞窟内に、突然大きな叫び声が響き渡った。
「いやああああああああああっ!!」
女の悲鳴。
「おっぶうううううぅぅぅぅぅ!!」
男? の悲鳴? のようなもの。
そして何か、重いものが落ちるか、衝突したかのような、ドシィィィン、という鈍い音。
「今の声はお嬢さま!? お嬢さまーーーーッ! ご無事でございますかーーーーーッ!!」
声を聞き、驚くべき速さで駆け出す料理長くん。
「敵地じゃっちゅうんに、大声を出して一人で突っ込むとか、見かけによらずアホじゃのお、あの兄さん……」
「愛は盲目と言うやつだな」
呆れながらも駆け足でそのあとを追う黒エルフ親父と俺。
声のした現場にたどり着いた俺たち三人が見た光景。
それは、半裸に剥かれて泣きながらうずくまっている白エルフ娘の周囲に、泡を吹いて気絶しているオーク数十、というものだった。
次回予告「癒しの風(物理)」




