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43 異世界平和は多種族団欒の後で

ここからが本当の地獄だ……!

と言うほどではありません。

少なくともGのターンはここで終わりです。

安心して、もう出さないから! たぶん。


アクセスありがとうございます。

 ☆


 俺とエルフ料理長くんが力を合わせて作ったラーメンには、マオウゴキブリの姿は見えない。

 一日一度はマオウゴキブリを食べないと精神の安定を保てないとまで言われる地龍の民にとって、それは大いに悲しいことのようだ。

「よその島に行ってその島のメシを食うときなら、マオウゴキブリが入ってなくても割り切れるけどなあ。うちの島に来たならうちなりのしきたりってもんを……ブツブツ」

 割とこだわる性格みたいだな、トカゲ族長。けっこう面倒臭い男かもしれん。

 こいつと結婚すると苦労しそうだ。もちろんしないが。

「とりあえず食べてみてくれよ」

「ほう、この赤い肉は、磨り潰した火炎蛾の幼生をタレにして漬け込んで味付けしたのか。肉もやわらかくてホロホロして、いい感じだ……」

 まず族長は、器の中で最も鮮やかな色彩を主張している紅いチャーシューをほおばった。

 これはエルフ料理長くんが仕込んだものだ。

 煮豚を作る際の砂糖やみりんの代用として火炎蛾の幼生の甘く濃厚な旨味を、醤油、香味野菜とバランスを取りつつ仕上げた一品。

 肉の表面から内部へと紅のグラデーションを描いているのが見た目にも美しい。さすがエルフの料理人だけあって、味だけでなく外観のセンスも抜群だな。

 何気に醤油もあっという間に使いこなしてるし。

 ホントこいつ、青山とか六本木とかで店出したらあっという間に人気になりそうだ。男前だからテレビや雑誌の取材もすごいだろうな。

「地龍のみなさまは、それほど大きな歯を持っておられないと聞き及んでおります。歯ごたえのある焼き豚よりも、柔らかい煮豚の方が喜ばれるかと」

「ああその通りだ。だから噛み砕きやすい虫を食うことが多いんだ。筋張った獣の肉より食いやすいからな。しかしこの煮豚は美味いぞ」

 料理長くんの補足説明に、頷きながらトカゲ族長が答える。


「この小麦の練り物とスープ、両者合わせて『ラーメン』って食い物らしいな。他の連中からうわさだけは聞いてたが、俺たちの口に合うかどうか……」

 トカゲ人間はいろんな島、大陸を往復して仕事をしている。

 俺が行く先々でラーメン作ってたから、それを食べたトカゲも結構な数に上る。族長はそいつらから話を聞いたんだろうな。

 フォークとスプーンの両方を使って挟むように麺を持ち上げ、愛嬌のある口で食べる族長。

 爬虫類が飯食ってるところってなんとなく可愛いよな。

 田舎の婆ちゃんちでは陸ガメを飼ってたんだが、レタスとか出すとのんびりだが愛嬌のある動きで食べてくれるのでずいぶん癒された記憶がある。

「……この野郎、やってくれやがったな。マオウゴキブリを磨り潰して、小麦の中に混ぜ込みやがったのか! うめえ、これはうめえぜ!」

 もにゅもにゅ、はむはむ、と懸命に麺を咀嚼する族長。

 つぶらで黒目がちな瞳も相まってかなりキュートだ。

「虫もたんぱく質の塊だからな。麺に混ぜ込めばプリプリとした歯ごたえ、そして旨味を向上させてくれると思ったんだが、予想以上に上手くいったんだ」

 使い勝手としてはエビのすり身に近かったな。

「おう、硬いわけじゃねえ、しかしこの弾力のある歯ごたえ、食感がたまらねえ。なるほどこれが『ラーメン』ってもんか! おおおお、しかもこのスープの味付けも……!」

「基本的なラーメンのスープに、焼いて香りを際立たせたマオウゴキブリから取ったスープをブレンドしたんだ。味も香りもアンタら好みにできてるかね」

「ああ、マオウゴキブリの美味さが凝縮されて、そのまま食うよりもなお深くマオウゴキブリを楽しめる一杯になってるぜ兄ちゃん!」

 喜んでもらえてなによりだが、さらにダメ押しを俺は用意していた。

「そうかそうか。麺とスープだけでなく、こういうものもあるんだが」

 そう言って俺は器の中に、小麦粉とデンプンで作った皮に具を包んだ料理、要するにワンタンをいくつか放り込む。

 異世界ラーメン虫デラックスを、ワンタンメンにしたわけだ。

「中に何が……うほお、これもマオウゴキブリか!? しかも今までこの料理の中にはなかった食感がかすかに残ってるじゃねえか!」

 そう、マオウゴキブリのワンタン。

 ワンタンの具の作り方は、完全ミンチにしたマオウゴキブリと塩をつなぎに使い、食感をある程度残したマオウゴキブリをその中に混ぜ込むといったもの。

 横浜中華街なんかには、エビをそのまま食うより強烈にエビを感じられるエビ餃子がある。

 それの作り方が、まさにエビの切り身をエビのすり身で繋ぐものなんだ。

 

 正直言うと、ゴキブリの姿かたちがラーメンの器の中に露出してしまう完成形を、俺がかたくなに拒否した結果としてこういう料理が出来上がった。

 地龍の民のソウルフードであるマオウゴキブリの要素を凝縮し、味も香りも食感も楽しませつつ、しかしマオウゴキブリの姿がまったく見えないラーメン。

「どこにもマオウゴキブリが見当たらねえから、最初はどうなることかと思ったがよ、ここまで料理全体に俺たちの魂の味を刻み込んでくれるたあ、只者じゃねえな兄ちゃん!」

「ど、どうも……」

 ゴメンな族長さん。

 俺はあくまでも個人的に、日本人のいち男子として、食器の中にゴキブリが見えていることが、どうしても受け入れられなかっただけなんだ……。

「味はすれども姿は見せず、でございますか。音は聞こえど姿は見えぬ、夜中のゴキブリのごとき至極の一杯に仕上がりましたね」

 料理長くん、それ褒めてないだろ。

 

 相手は喜んでいるが、自分としては素直に喜べない、微妙な心境で俺たちの料理テストは終わった。

 やっぱいくら美味くても、エビに味や香りが似てても、ゴキブリだからなあ……。


 ☆

 

 地龍の島、港。

 中型、おそらく2~30人乗りほどの武装船が停泊している。

 表面各部が薄い鉄の板で補強されており、大型のボウガンがいくつも据え付けられたいかつい船だ。

「エルフの大御所さんの計画を本格始動する前の、いわば斥候ってことになるんだな、この作戦は」

 武装した仲間を引き連れて、族長が確認の言葉を口にした。

「ええ、同時にお嬢さまの救出奪還を果たせるならば何よりでございます」

 心情的に料理長くんとしてはそれが最優先だろう。


 ゴキブリワンタンメンで気を良くしたトカゲ族長は、ひとまず狭間の里の近況調査と、攫われたエルフ娘の救出作戦に協力してくれることになった。

 族長に顔合わせして、作った料理をテストされて、俺たちが認められて、話が通って、準備があらかた済んで。

 なんとここまでで半日もかかっていない。

 恐ろしく意思決定の速い民族のようだ。なんだかんだリーダーシップのある族長なのかな。

 族長の指示のもと、てきぱきと準備を実行する他のトカゲたちも優秀で頼もしい。

 もっとも、こんなに急いだのは理由がある。

 今すぐ出港すれば、狭間の里、その近海に近づくころにちょうど夜になるんだそうだ。

「少しでも見つかる危険は減らしてえからな。パッと行って、パッと済ませる。狭間の里の連中が気付いてあたふたしだした頃には、俺たちゃ目的を果たしてトンズラ、ってのが最上の結果だ」

「それだと調査ってほどの調査はできねえんじゃねえか」

 族長の計画に俺が素人なりの疑問を挟む。

「俺らの船がエルフの嬢ちゃんとやらを探して助けてる間、別働隊の小舟に狭間の里近海を探ってもらうつもりだ。奴らがどれだけ防衛線を張ってるか、上陸しやすそうな場所はどこか、それがわかれば今回は十分だと俺は思うぜ」

 それさえある程度分かれば、二度目、三度目の調査も楽になるしな、と族長は付け加えた。

「当方もそれが現実的で妥当な策かと存じます」

 料理長くんの表情にいつものクールさが戻りつつある。

 迅速に地龍の民が準備、計画をしてくれているおかげで大事なお嬢さまを助ける道筋がついたからだろう。

 料理するときはまだ焦ってた感じだったからな。

 それでもしっかり仕事を果たしてたから大したもんだが。


 ☆


 かくして地龍の民を中心とした、狭間の里調査団兼、囚われのエルフ娘救出戦隊が出港した。

「……これほどまでの速度が出るとは」

 見る見るうちに離れていく地龍の島を眺めながら、料理長くんが感嘆の声を漏らす。

「この船は最新式でよ。ドワーフの職工の技あってこそだが、長年の試行錯誤で生まれた最高の船だ。もちろん漕ぎ手も優秀だし、風や潮の目を読む担当も熟練者を揃えてる。黒エルフの連中でさえ、ここまでの船を持ってるかどうか」

 誇らしげに族長、ではなく俺たちを大陸から島まで運んだ船長が説明する。

「アンタまた乗ってんのかよ。自分の客船はどうした」

「俺の客船から攫われたお嬢ちゃんを助ける作戦らしいじゃねえか。船長としての義理っつうか、まあそういうのだ」

 俺の顔を見れば文句ばっかり言ってた印象しかないが、今日はカッコイイじゃねえか。

 この船長がガチで強いのは知ってるので、仲間にいれば頼もしい。

 ちなみに今回の出航では、船長ではなく副船長兼攻撃隊長らしい。

 今この船の船長は族長トカゲだ。ややこしいな。どうせ同じようなトカゲ面だ。あまりこだわって気にしなくてもいいことかもしれない。


 しかし頼もしい仲間に安心したのもつかの間、見張り船員がなにかを見つけ、叫んだ。

「南東の方角に船影!! 距離……1500!」

 俺たちの船に、謎の船が近づいているらしい。

「せ、1500だあ!? なんでそんなに接近してるのに気が付かねえ!!」

 族長が怒声で答える。

 どういう単位かはわからないが、今まで見つけられなかったのがおかしいくらいに接近されてしまったらしい。

 「も、もうしわけありません! 露出した岩礁の陰を縫うように、こちらの死角を利用して移動していたとしか……あ、あれは、忍び船だーーーーっ!!!」

 聞き慣れない言葉が出てきたな。

「料理長くん、忍び船ってのはなんだい」

「黒エルフは昔、契約海賊と呼ばれる行為を行っておりました。襲われたくなければ金を払って契約する、あるいは金を払えば敵対する種族の船を代わりに襲ってくれるという、商売としての海賊行為です。その時期に頻繁に使われ、近隣の海で恐れられたのが、忍び船です」

 アイエエエエ。

 ナンデこのタイミングで黒エルフ、ナンデ。

 地龍の連中と仲が悪いんだろ確か。最悪だ。


「総員、戦闘準備ーーーーーっ!」

 族長の口から放たれる、大砲のような号令。

 ガチャガチャガチャ、と各自が武器を構える音が鳴り響く。

 甲板上に警戒心、敵意、緊張感、そんなものがピリピリと張りつめる。

 しかしその重い空気を、見張り船員の次の報告が消し去った。

「し、信号受信! 『話は聞いた……協力、先導する』って、ええ!?」

 おそらく鏡を使った光信号で会話をしたのだろう。なにかチカチカ光ったのが俺にも見えた。

「どういうこった。仲悪いんじゃなかったのか」

「そ、そのはずでございますが……」

 俺も料理長くんも、もちろん船上のトカゲ男たちもみな、キツネにつままれたような表情をした。

次回予告「異世界麺酒場『すみれ』」


船上でいいところで区切っておきながら、久しぶりのすみれパートです。


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