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42 麺物語 じろうコックローチ

アクセスありがとうございます。


しかしひどいサブタイだこと。今更だけどね!


 ☆


 市場のトカゲ店員たちに、美味な虫を聞いて回る。

「オススメはこの『ゴーレムヤンマ』だねえ。食べられるのは胸の部分の筋肉。大きいから喰いごたえもある、最近よく売れてるよ」

 灰色のでかいトンボだった。オニヤンマの倍くらいあるな。

 店員の見た目は服を着たトカゲなので分からなかったが、女性らしい。

「これは最高級品『火炎蛾の幼生』だよ。火炎絹という真っ赤な美しい糸を出す虫なんだけど、食用にしても甘くて濃厚な味が最高さ」

 ドス赤いカイコガ……見た目からして食欲が湧かないが、店員は絶賛している。

「火炎絹……お嬢さまが欲しがっていて服の素材だ……ああ、お嬢さま、一刻も早くお助けしたいッ!! 力なき自分が悔しいッ!!」

 うるせーなあこの期に及んでこの翼のもがれたイケメンはよお、辛気臭い。

 店員さんはあくまでもニコニコと商品を紹介している。

「しっかりフン抜きをして臭いを取り除いた『剣先ゾウムシ』の幼虫。頭の部分が尖ってるから気を付けな。これもこってりとしてて美味しいねえ。焼いても揚げてもいいけど、私は酒蒸しが好きだね」

 カブトムシの幼虫は美味いとか言う情報を鵜呑みにして、ガキの頃食って見たら不味すぎてゲロ吐いたのを思い出した。似てるんだよ、なんか。

 そして、とうとうと言うか、半分予想していた、アレが出てきた。

「でもやっぱり私らの日常食として一番親しんでるのは、このマオウゴキブリ! このあたりじゃ一番大きいゴキブリだからついた名前だけど、焼いて良し、揚げてよし、おまけに薬効もある最高の食材さ! その辺にたくさんいるから、値段も安いよ」

 でかくて黒い、まさに悪魔、いや魔王がそこにいた。

 大量に。

 うん、虫食が栄えてる島だから、当然こいつもいると思ったんだ。

 覚悟はしていたが、郷に入っては郷に従おう。

「……じゃあそのオススメを適当に詰めてくれ。まとめ買いだから安くなったりはせんかな」

「仕方ないねえ~。また来ておくれよ!」

 微妙にけち臭いことを言って見たら通った。

 気性的に、なんとなくドワーフに似た連中だな、ここのトカゲ民族たちは。

 そう言えば黒エルフたちと、このトカゲたちが喧嘩になったとき、ドワーフはトカゲ側を助けたとか前に聞いたことがある。

 あたりを見渡すと、建物の建築などの作業にドワーフの職工たちがこの島を訪れ、働いているようだ。

 ドワーフとの関係性が強い民族なんだろう。

 虫料理の味は未知数としても、活気があって適度に雑多で、居心地のいい島だと俺は思った。

 少なくともやたらとお役所臭かったウサギ連中の島よりはマシだ。


 ☆


「やあやあはじめまして。俺がこの島を取り仕切ってるもんだ。みんなからは族長って呼ばれてるから、気軽にそう呼んでくれていい」

 買い物を終えた後、頭に鉢金を巻いたトカゲ男を船長に紹介された。

 とりあえずこの島で一番偉いトカゲのようだ。

「はじめまして、お会いできて光栄にございます。さっそくですが、我があるじから親書を預かってまいりました。どうかご一読くださいませ」

 大事な会合なのでさっきまでの落ち込みモードから立ち直り、使用人としての勤めをきっちり果たす料理長くん。こういうところはプロだな。

 手紙を受け取ったトカゲの族長は、ふむ、とか、ほう、とか小声で独り言を発しながら、その内容を読み進めた。

 手紙には封がしてあったので、俺や料理長くんは中にどのようなことが書かれているか知らない。

「……エルフの大御所さんもまた、思い切ったことを考えなさるもんだ」

 一通り読んだ後、族長は意味ありげに唸った。

「なんて書いてあったんだ? 俺は狭間の島に渡って、中がどうなってるのか調査するのに地龍の皆さんに力を仰げ、としか聞いてないんだが」

 俺の質問に対して、族長トカゲは俺と料理長くんを値踏みするような眼で、と言ってもトカゲの目鼻口だから表情は全然わからないが、そんな雰囲気で俺たちを見比べた。

「兄さんがたにこの手紙を届けさせた、ってことは、信用されてるってことなんだろうな。まあいい、話すか」

 族長から聞かされた内容は、こうだった。

 

 大陸に住む白のエルフ族は今までの方針、他種族への不干渉路線を若干変更し、これからはドワーフはもとより諸島部の獣人たちとも、緊密な文化交流、経済交流を図りたいと思っていること。

 そのために海洋交通の安全確保として、狭間の里及び近海の不穏分子を掃討する、あるいは教化して大人しくさせることは不可欠であること。

 その準備段階として狭間の里の調査を、俺や料理長くん、地龍の民を中心とした諸島部の有志に依頼したいということ。

「単に覗き見したいってだけじゃなく、アンタらの親分さんエルフ、ゆくゆくは海洋の危険要素を殲滅したいと思ってらっしゃるようだ。必要であればエルフ側からも援軍を出すとまで書いてある。本気かよと疑いたくもなるってもんだ」

 話がでかくなってんな。

 まあしかし、物騒なところに乗り込んで何かを見聞きしたいのなら、そこを物騒でなくしてしまうのが一番確実だ。回りくどいが効果的な考えではある。

「地龍の族長さんや仲間たちにとっては、危険っつーか負荷のでかすぎる話じゃねえのかそれ。海側の島で矢面に立つのはここの島ってことになるだろう」

 狭間の里とこの地龍の島の位置関係から、大きな争いが起きればここは最前線基地になる。あとは黒エルフの島が若干近いので巻き込まれるかもな。

 そんなリスクを背負うメリットが地龍の民にあるのかどうか謎なので、俺はそう聞いた。

「確かに危険は伴うな。タダじゃそんなことこっちだって絶対にやらねえよ。しかしあんたらの親分さんはこうも言っている。今回の行動で功績の高かった種族に、それに見合った面積の大陸側、海岸に近い土地を、租界として無償貸与する、ってな」

 今までは船に乗って大陸側に働きに行っている獣人たちに、その商売上の根拠となる土地を分け与えるってことか。

「なんと、我があるじがそのようなことを……!」

 料理長くんが驚く。

 俺も驚いた。

 どちらかと言うと温和で柔弱な印象のエルフ親父さんが、タカ派の政治外交のごとき強硬策を採用しているのだから。

「確かに今のエルフと取り決めてる協定じゃ、獣人側の俺たちはエルフの大陸側に土地を持つことはできねえんだ。必要に応じて高い金を払って寝床を借りるのが精いっぱいよ。港の使用料だって高いしな。大陸との商売は旨味も多いが出費も多かったんだ」

 それが租界を手に入れればぐんと楽になる。

 諸島部の獣人たちにとって非常に大きなメリットのある話だった。

「しかしエルフ側が自腹を切ってそこまでする理由って何なんだろうな」

 素直な疑問を料理長くんに聞いてみる。

 この大がかりな作戦、出資主体者はエルフである。

 展開によってはエルフも大損をこく恐れがあるわけだ。

「……当方にはわかりかねます。しかし、主人は最近言っておられました。ドワーフが懸命に働き、獣人は商売に励んでいる。黒エルフも往時の粗暴さを潜め、まとまった暮らしを送るようになった。われわれ白のエルフだけが昔のまま変わらない、このままでいいものか、と」

 変化、変革ね。

 形而上的で抽象的ではあるが、エルフはエルフなりに停滞した日々にいい加減うんざりしていたのかもな。

 そしてこの作戦が成功すれば、プロデューサーであるエルフの権威や発言権は大陸、諸島部を含めて大きくなるだろう。

 そうした実利効果も狙ってのことかもしれない。

「で、族長さんはどうすんだい。その話に乗るのか、乗らないのか。俺としてはどっちでもいいが、どっちにしても狭間の里に行く用事がちょっとあってね。連れてくだけは連れてって欲しいんだが」

 バカを一人救出することと、他にも探し物があるんで。

 俺の質問にトカゲ族長はふんぞり返って答えた。

「この手紙には、兄さんたち二人の作る料理を食べてから決めてくれ、と書いてある。そういうわけで試させてもらうぜ」

 なにやら外交官的な役目を押し付けられてしまったようだ。

 メシを作る作業は楽しいが、あまり政治的なことに巻き込まないで欲しいものである。


 ☆


「それならば料理で! ってノリ、なんだか格闘ゲームのストーリーモードに似た展開だなあ」

 麻雀漫画とかでも同じだが。

「なんですかそれは?」

 もちろんエルフ料理長くんには伝わらない。


 成り行き、と言うかエルフ親父の画策で、結局この島でも俺はラーメンを作ることを運命づけられていたようだ。

 手に入った虫も使い、それ以外の手持ちの材料も使い、なんとかここのトカゲ島民の喜ぶ一杯を作りたいもんだ。

「前にエルフの港町ですみれと勝負したことがあってよ。そのときに結構トカゲ男たちも客にいたから、こんな食材が好き、あんな食材は嫌い、っての。多少は知ってるんだが」

「それは頼もしい。当方もわずかではございますが彼らの料理を学んでおります。ぜひ最高の一杯を仕上げて、一刻も早くお嬢さまの救出の手はずを整えましょう」

 ひょっとするともう手遅れかもしれんぞ、こんなことしてる場合なのか、という考えも頭をかすめたが、あえて言わないでおく。

 大丈夫、なんとかなるさ。根拠はないが。

「トンボは……すげえプリプリした肉質だな。これは歯ごたえを楽しめるように具として使おう」

 ゴーレムヤンマとやらの胸部を開き、中の筋肉部分を茹でたり揚げたり焼いたりして試してみる。塩を降っただけでかなり美味い。

「火炎蛾……お嬢さま、必ず救出してみせます。帰る途中、この島で火炎絹のドレスを購入し、お贈りさせていただきますからね」

 幼虫をギュッと握りつぶさないでくれよ料理長くん。

 勿体ないし見た目にもグロい。

「ゾウムシは体液だけこそげ取ってタレに混ぜるか。量は少ないがすげえ濃厚でパンチのある旨味だ。フグの白子にもひけを取らねえぜ」

 どうでもいいが、毒がある云々の前にフグも見た目かなりアレな魚だから、最初に食べたやつはほんと、勇気あるよな。

 そして残すは黒い悪魔、もとい魔王のごとき重圧を放つゴキブリ。

 羽根、頭、内臓を除去して食うらしいが、元がでかいだけにそれらをむしり取ったとしてもけっこうな可食部分が残りそうだな。

「親しみ易くて何にでも使える味、ってのが逆に言えば何に使おうかって迷いどころでもあるな。いっそ使わないって手もあるが」

「それはいけません。マオウゴキブリはこの島の民にとって魂の食材。一日一度はこれを食さねば寝られぬとも申します」

「そ、そっか。使わなきゃダメなんだな……ハァ」

「さあ、早く下処理を。焼きますか? 揚げますか? 磨り潰しますか? 姿のまま生で?」

「あ、生はさすがに、勘弁してつかあさい」

 俺も一応日本人なんで、食べられるとわかっていても最後の最後で多少の抵抗があるのは否定できない。

 しかし、美味いものは美味い、使わなければ罪だ、そう料理人魂を鼓舞してブツの解体に取りかかった。


 ペリ。

 プチ。

 クチャ。

 パキッ。


 うーん、食欲が全然そそられないなー。

 母上さま。お元気ですか。

 二郎は今、異世界でゴキブリの羽根や頭をむしっております。

 くじけませんよ。男の子です。寂しくなってもお便りできません。


 ☆


 奮闘の末、俺と料理長くんはじめての共同料理、異世界ラーメン虫デラックスが完成した。

「なんだ、マオウゴキブリは入ってないのか……?」

 出された器を一瞥して、地龍の族長が目に見えて落胆した。

 

※ 本編にはG要素があります。苦手な方はお気を付けください。


次回予告「異世界平和は多種族団欒の後で」

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