40 我がオークの咀嚼力はァァァァァ世界一ィィィィィィ!
うろたえるんじゃあなーいっ! エルフ騎士はうろたえない!
アクセスありがとうございます。
狭山の里ではなく狭間の里です。トトロはいません。
☆
いきなりだが、異形の豚人間ども数人、いや数体? 数頭? に取り囲まれている俺と、白エルフ娘と、クールなイケメンのエルフ料理長。
「くっ、殺せ」
豚人間たちに取り押さえられ、身動きを取ることができないように手足を掴まれたエルフ娘が、気丈に相手を睨みつけながら言った。
「ぐっへへへへ、ここまで若いエルフの女が手に入るのは久しぶりじゃのう」
白い毛の豚が下卑た笑い声で言う。
「奴隷商に売り払う前に、さんざん俺たちで玩具にしてやるろうぜ」
舐めるようにエルフ娘の脚から頭へと視線を上下させる、黒い毛の豚。声が若い。
「大事な売り物である、壊さないように加減を加えるがよいのである」
後ろに控えている、ちょっと偉そうな髭の生えた豚。
どこかで聞いたことのある口調なのは、今は気にしないでくれ。
もちろん、そんなことをむざむざ許すわけにいかないエルフ料理長くんが相手に食ってかかる。
「貴様ら、その汚い手を今すぐお嬢さまから離せ! さもなくば……」
「おーっと、この『狭間の里』ではお前さんがどんな精霊魔法を持っていようが、加護は全く受けられず力を行使できないぜ」
料理長の首元に短剣の切先を向け、背の低い豚がその動きを制する。
「おのれ下賤の者どもめらが……!!」
屈辱に震える料理長。
なるほど、オークとやらとエルフの関係ってのはそう言う感じか。
「なんとなくわかったよ。みんなご苦労さん、ありがとうな」
俺がパンと手を叩いて合図すると、豚人間たちは料理長くんやエルフ娘を解放した。
「やれやれ、年甲斐もなくアホなことをやってしもうたわい」
よっこらせ、と白豚が座る。
「なんだかんだノリノリだったじゃん」
声の若い豚が茶化す。
「我は早く村の工房に帰って仕事に戻りたいのであるが」
ちょっと偉そうな豚は忙しいらしい。
「帰りが遅くなると女房にどやされるからこれで失礼するわ」
背の低い豚は妻帯者のようだ。
帰ると宣言した彼は、いそいそと自分の体を包んでいる「オークに変身できる肉襦袢」を脱ぎ捨てた。
中から現れたのは、この世界ですっかりおなじみの存在、ドワーフである。
☆
「よっこらせ。ワシも脱ぐか」
「中が結構蒸れるね、これ」
「通気性の向上と軽量化が課題と思われるのである」
他の面子も肉襦袢を脱ぎ、ドワーフとしての姿を晒す。
要するにドワーフが着ぐるみを着てオークの真似をしてくれたのである。
その中には、旧知である猫舌くんや親方もいる。
「ジローでもわかるオークとエルフ劇場」
と言う演目を、エルフ親子の屋敷がある町にたまたま来ていた猫舌くんが企画してくれたのだ。
猫舌くんは諸島部での派遣作業から、一時的な里帰り途中でこの町に立ち寄ったということ。
「ジローが狭間の里に行きたいなんて言ってるから、オークがどんな連中かわかりやすく教えてやるよ」
と言うことで、親方やその辺で買い物をしている見知らぬドワーフを巻き込み、どこかからか入手した肉襦袢を着込んで、実演して見せてくれたというわけだ。
親方は工房の商品をこの町の商店に納入したり、エルフの町で買い付けられる物資を求めてちょくちょくここを訪れる。
つい先日会ったばかりだし、そのまま滞在していたようだ。
「なにゆえ当方までこのような茶番に付き合わされたのでございましょう」
「雰囲気だ雰囲気。役者向きな顔をしているからな。なかなかの名演だったぜ」
俺が褒めても料理長くんはげんなりしている。
「とにかく、オークとは品性下劣で無秩序で真善美を愛することもない、唾棄すべき連中だということだ」
アホなことに付き合わされた割にはそれほど不機嫌そうな表情でもないエルフ娘だが、オークに関する評は辛辣である。
「どうしてもジローが狭間の里に行くというのであれば、ドワーフや獣人から護衛を雇うといいのである。もちろん費用次第であるが、探せば優秀な武人が見つかるやもしれぬ」
親方がそう提案してくれる。悪くはない考えだが、いかんせん懐事情が厳しい。
「私としては全くおすすめしないがね。確かに大陸側では得られない貴重な情報もなにかしらあるだろうが、いかんせん危険が過ぎる。いったいなにがジローどのを狭間の里まで向かわせる理由なんだね」
エルフ親父のごくまっとうな意見と問いに、俺は包み隠さず正直に答えた。
「龍神のかまどっつう性格のヒネ曲がったガキにな、その里とやらに探し物があるかもしれないと助言されたんだよ」
「……なぜジロー殿が、黒エルフたちの龍神伝説にまつわる巫女神を知っているのだ」
俺は黒エルフ親父が大陸側に来ている事情を隠しつつ、偶然にもとか、ひょんなことからとか、適当な理由をつけて龍神のかまどと接触したことを説明した。
白エルフ側の実力者であるこのオッサンに知られると色々不味い事情もありそうだしな。
娘の方も黙っていることだし、俺がべらべら喋ることではないだろう。
もちろん、娘エルフに精霊だか魔法だか、そんな適性があるという話も出さない。こいつの厨二秒を刺激して一緒に行くなどと言われると面倒臭い。
そして俺が行きたいと思う目的、その中でも一番大きなものを告げる。
「狭間の里とやらの連中が俺のラーメンを食って美味いと言ってくれるかどうかは知らねえよ。だがせっかくこの世界に来たわけだし、一度は挑戦してみてえって気分はあるな。雰囲気悪かったらさっさと逃げて来るさ」
俺の言葉に対し、エルフ親父がふーむとため息をついた。
「優秀な護衛と言うなら、うちの料理長を連れて行きたまえ。氷の精霊魔法以外に、彼には剣も弓も一通り身に着けてもらっている。我が家の使用人の中では最も修羅場慣れしている男だ」
主人からの突然の指示に、クールな料理長の表情が少しだけ乱れた。
「旦那さま、よろしいのですか?」
「私も狭間の里の現状がどのようになっているのか、知りたい気持ちがないわけではない。危険を感じたらすぐに戻ってくることを条件に、ジローどのとお前には調査旅行の費用を出そう。護衛を増やしたいと思うなら、牙狼の民や地龍の民の有力者に助力を請うといい。私の名を出せば協力してくれるだろう」
大陸側エルフの情報通、生き字引という立ち位置のエルフ父は、狭間の里でなにかしら珍しい話や品物を俺たちが持ち帰ることを期待しているようだ。
「スポンサーになってくれるのはありがたいが、成果がどれだけあるかわからん話だぜ。あまりたくさんの金を借りちまうのも気が引ける」
俺はあくまでもラーメン屋で、ルポライターやトレジャーハンターではないのだ。エルフ親父が満足する調査ができる保証はない。
「そこは私とジローどのの取引、交換条件と行こう。私は近々、少し変わったことを始めてみようと思っていてね。ジローどのが戻ってきたら、それに手を貸していただく、ということでどうだろう」
「ふむ? まあ俺にできることなら別に手伝うくらい構わねえが」
なんだかんだこのオッサンには世話になってるからな。
ここで安請け合いしてしまったことが、俺の異世界ライフを大きく変えることになるが、それはもっと先の話。
☆
時は進み場所は変わり、俺と料理長エルフくんは船の上にいる。
「なるほど、そのように湯をかければわずかの時間に麺に戻るのでございますね」
「おう。すぐ美味しい、すごく美味しいが売りだからな。卵を落として食うのが鉄板レシピだが、やっぱ海に来てるんだしエビなんかもいいな」
俺は甲板の上で料理長とツラを突き合わせ、即席めんにお湯を注いでいた。
そう、俺たちはすでに狭間の里に向けて出発している。
念入りな準備を終えたのち、俺と料理長くんはエルフの町を後にして、港から船に乗ったのだ。
エルフやドワーフたちが多く住む大陸側から、獣人や黒エルフが住む島々をさらに越えた先に狭間の里と呼ばれる島がある、らしい。
しかし狭間の里に行く直行便はそもそも大陸側から出てないので、まず「地龍の民」というトカゲ人間たちが根城にしている島に渡り、そこの有力者と相談して里に行くための方策を探ろうという段取りだ。
基本的には里に行く船は出ていない、どの獣人たちも出さないらしいが、さてどうなることやら。
話をインスタントラーメンに戻そう。
スープは鳥ガラ主体にとんこつと野菜を煮出した。
味は親方から出発前に渡された大豆醤油を用いた醤油ラーメン。
トッピングはネギのような香り野菜を刻んだもの、小エビ、炒り卵。
そして港で手に入れた謎の肉を寄せ集めたミンチ玉。安かったんだ。
そう、このレシピは世界中で何億食と売り上げた、日本が誇る三大発明。
カップラーメンの親玉とも言える、アレを参考にした一杯である。
異世界の住人に俺たちの世界の即席ラーメンを食べさせるなら、あの超ヒット商品からスタートするべきだろうと思ったのだ。
「我々エルフ視点から見るとやや塩分過多な料理ではありますが、この醤油と言う調味料が持つ不思議な味わいが具とスープと麺をしっかり一つにまとめているのでございますね」
「日本人は何でもとりあえず醤油かけとけば美味しく食えると思っているやつが多いな」
なるほどなるほどといちいち観察し検証し納得しながら、異世界版ヌードルを食べる料理長。
「ときに、蒸して揚げる以外にこの『即席めん』という手法を実現させることはできないのでしょうか?」
なかなか着眼点の鋭い質問をしてくる男だ。
「食材の水分さえ追い出しておけば、理屈の上では保存性が向上するし、湯をかければ食べられる姿に戻るぜ。俺のいた世界では温風乾燥やフリーズドライって手法もあったが」
料理長くんがいくら氷の魔法の使い手でも、フリーズドライを実現することは難しいだろう。あれはたしか凍らせてから気圧を下げないといけないはずだ。
「湿気が少なく気温が高い土地であれば、天日で乾燥させてもいいわけでございますか」
「いいっちゃいいが、揚げた方が早いぜ……」
「ふむ、確かに」
そうめんなんかは手作業で天日干しをやっている、ほぼ伝統工芸と言っていい会社がある。
若い頃に見学したことがあるが、質の高い仕事ぶりで感服しっぱなしだった。古いけれど綺麗な作業場で、細く伸ばされたそうめんが大量に並んで干されている光景は美しくもあったよ。
☆
と、男二人が船の上でラーメン談議に花を咲かせていると、甲板上で見張り作業その他をしているであろう船員たちの、騒ぐ声が聞こえる。
「か、海賊だー!! オークの海賊船が来るぞ!」
「そんなバカな!! どうしてこの海域に!?」
なにやら物騒な単語が聞こえた。
俺と料理長くんも騒ぎの中に野次馬して、情報確認。
「なにがあったんだよ。海賊がどうとか聞こえたが。賞金1億オーバーのヤバいやつらか」
とうとう俺のブーメラン空手をお見せするときが来るのか。
「あ、アンタいつぞやの厄介な客じゃねえか! なんでアンタを乗せるとこの船におかしなことが起こるんだ!!」
「あ、前に乗った船長か。知らねえよそんなこと。お星さまに聞いてくれ」
俺と船長が押し問答している間に、料理長くんが割って入る。
「微力ではございますが、撃退戦を行うなら当方も参加いたしましょうか」
「きゃ、客にそんなことを頼むのは気が引けるが、腕に覚えがあるなら頼む! 安全な海域だと思って護衛要員や武器は最低限しか積んでねえんだ!」
船長であるトカゲ男以下の船員もいざと言うときは戦闘員になるらしく、仲間たちに指示をして武器を手に取り、迎撃の準備に入る。
危険な海に近づくときは、客船や貨物船が運航する際に海賊退治専用の護衛船を随伴させるらしいが、今回は護衛船をつけなかったとのことだ。
前に乗った時も、大陸と獣人の島を往復する程度の船に護衛船はついてなかったな。
逆を言えば、そこを狙われたってことなんだろう。相手がこっちの油断を突いたということだ。
まあ結果論である。言っても仕方はない。
「く、来るぞー! ぶつかるー!」
「こん畜生め、来るなら来やがれ!」
「クラーケンの餌にしてやらあ!」
勇ましい声を上げながら、トカゲ船員たちが接近する海賊船を迎え撃つ準備にかかる。
相手は船をぶつけて、こっちに乗りこんでくるつもりのようだ。
こちらの船と相手の船がぶつかり、大きく揺れる。
「でゅふふふふふ! 女は殺すなよでゅふふふ!」
「ぶひぶひ、お宝よこすブヒ! よこさなくても奪うけどぶひィ!」
生理的に受け付けない連中が、顔や腹の肉を振るわせて乗り込んできた……。
「ジローさま、船室の中へご避難を!」
「いや、そうもいかねえだろ」
どの道、海賊側に負ければ船室にいても遅かれ早かれ俺がやられるだけだからな。
勝率を上げるためには足手まといにならない程度に、かつ必死で抵抗しなきゃならん。
あちこちで剣や斧や棍棒のぶつかる音が鳴り響き、海賊と船員たちの怒号がこだまする。
「むふぅ? なんだこの匂いは、メシかぁ~?」
そんな状況だというのに、一匹? の豚男が、俺たちがさっきまで食べていた即席ヌードルの残りを見つけ、興味を示す。
食ってる場合かーーーーーっ!! って思わず突っ込みたくなった。
俺は俺で別の豚に斧で攻撃され、間一髪避けて命拾いしたくらいピンチなので、いちいち律儀に突っ込まないが。
「ぬふぅ~、この船にあるもんは全部いただく、まずはこのメシからだぁ~」
器を手に取り、汁と麺をいっぺんにすする豚男。
予言をしておくぜ。
「お前は次に『こんな美味いモノ今まで食ったことねえ』と言う」
ラーメンを口にしたオークに向かって、俺は高らかに宣言した。
次回予告「こんな美味いモノ今まで食ったことねえ……ハッ!?」
ジョジョ2部アニメOPはいつ見ても泣けます。
それほど咀嚼力の必要ない料理でしたね……。
@\(・ω・)/@ <神砂嵐!




