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37 てめえらのラーメンはなに味だ!

201X年、異世界は核の炎に包まれた!

海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。

だが、ドワーフは死滅していなかった!!


(本編とは関係ありません。アクセスありがとうございます)

 ☆


 エルフ族の貴人が住む邸宅の厨房だけあって、広いうえに物はそろっている。

 以前ここで調理させてもらった時にもそれは感じたことだ。

 そのうえ、ただ立派なだけではなくて手入れが行き届いている感じがする。

 使って気持ちのいい厨房だ。

「お初にお目にかかります。当屋敷で料理長を担当させていただいているものです。ジローさまとスミレさまのお話はあるじからかねがね」

 切れ長の目を持った美男子エルフが、厨房に入った俺とすみれに恭しく挨拶をする。

 とんでもない美男子だ。エルフは全体的に美男美女が多いが、その中でも群を抜いている気がした。

 親父さんが柔和で鷹揚な雰囲気を持つのに対し、この料理長くんは「怜悧」という言葉がよく似合う。

 立姿もふるまいもどこかピンと張りつめた緊張感があり、隙のない印象だ。

「どうもお邪魔するぜ。そう言えば前はいなかったな。こちらこそ初めまして」

 これだけ立派な屋敷なら料理スタッフとその責任者がいてもおかしくはない。前はたまたま休みを取っていたとかだろうか。

「よ、よろしく! 好きな出汁は焼きアゴです! あ、あの、失礼ですがちょっと日本刀とか持って新撰組の羽織とか着てみたりしませんか!? 撮影していいですか!?」

 どこにコスプレセットとカメラがあるんだよ、といちいち突っ込まない俺。

 あり得ないくらいのイケメンを前にして、すみれは緊張しているようだ。

 こいつ、エルフ娘をはじめて見たときもなにか狂ってたしな。

「おっしゃっていることはわかりかねますが、愉快な女性のようですね」

「気にしないでやってくれ。可哀想な子なんだ。ところで、この厨房を使ってこれからメシを作るんだろう? 手伝わせてもらっていいか。俺もすみれも、邪魔にならない程度の心得はあるつもりだが」

「お父さまも、アタシたちの世界の珍しい料理が食べたいって言ってくれてるみたいなんで」

 俺とすみれが厨房の使用許可をやんわりと求める。

 料理長という人物がいるのは、当たり前ではあるが想定外でもあった。

 突然横から入った俺たちとしては、彼のプライドや仕事の領分を侵犯しない程度に、でしゃばりすぎず自分たちの役目を主張しないとな。

「まさか、お邪魔などめっそうもございません。しかしそういうことであれば当方、いささか面白い趣向を思いつきまして」

「なんだ?」

 穏やかな口調ではあるが、目と雰囲気が笑っていない。

 俺の気のせいでなければ、なにか強烈な敵対心、ライバル意識をこの料理長から俺たちは向けられている気がするぞ。

「ラーメン、と言うのは細い麦の練り物を調味液や汁物と合わせて食べさせる料理、と聞き及んでおります」

「まあ、だいたいそんな感じだ」

 ラーメンは自由度が高い料理なので、汁がなかったりと言う派性もあるが、麺をズルズル美味しく食べてもらいたい、と言うのが根幹であり基本だと俺自身は思っている。

「当方がそういった料理に挑戦させていただきますので、ジローさまとスミレさまには、その付け合わせとなる料理、あるいは菓子を作っていただけるなら、あるじとお嬢さまも大変喜ばれるのではないでしょうか」

 なんと。

 この色男、よりによって俺たち二人を差し置いて自分がラーメンを作ると言う。

 そして俺たちにはサイドメニューとデザートを作れ、だと。

「ねえ佐野、このお兄さん、エルフのお父さんがあたしたちの料理を喜んで食べてるのが気に入ってなかったんじゃないかな。いつか会ったら勝負してやる、って思ってたんじゃない?」 

 すみれが小声で俺に耳打ちする。

「おそらくそういうことなんだろうな。しかし、これは確かに面白いんじゃねえか」

 同じく小声で返す。

 こういうノリは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。

「それでいいぜ。親父さんも面白がってくれそうだしな。麺の作り方とか、助言は必要か? なんならこのすみれをそっちの助手として貸してやってもいいが」

「え? あ、アタシは、えっと、どうしようかな……」

「それには及びません。ラーメンのこと、あるいは異界の『麺料理』のこと、あるじから詳しく聞き及んでおりますゆえ」

 すみれ、一瞬で振られる。

 強気な兄ちゃんだな。俺たちは二人がかりだぞ。自分一人で十分とは。

「材料は……だいたい揃ってるみたいだな」

 俺たちが来た時点でこういう展開になることをあらかじめ想定していたのだろう。

 料理長は厨房の中に、多種多様な食材を準備していたようだ。

「もちろんでございます。もし足りなければこの町にはドワーフの村から発酵食品や乳製品、加工肉などを売りに来ている者もおりますので、市場をご覧になるのもよろしいかと」

 そう言えばドワーフ食材の出店もあったな、この町。

 ひょっとすると懐かしい顔に会えるかもしれん。ちょっと覗いてみるか。


 かくして、料理長がラーメンを作り、それ以外を俺とすみれが作るという、変則異世界間料理人対決が幕を開けた。


 ☆


 料理長と俺とすみれが何をどう工夫してどのような料理を完成させたのか。

 それは今、実際にエルフ親父とエルフ娘に完成品を供しながら説明して行こう。

「まずはアタシから、前菜の味玉・餃子・チャーシュー三点盛りになります。歯ごたえのイイ細切り温野菜と一緒にどうぞ」

 すみれは、自分が東京で店を出した時のサイドメニューに用いていたと言う「ラーメン来るまでのちょっと一皿」という単品メニューを異世界食材でアレンジして出してきた。

 すみれの店はラーメン専門店ではあるものの、立地がいいことと深夜0時まで営業しているおかげで、酔客が〆の一杯、あるいはつなぎの一軒として利用することも多い。

「これ食べてビール飲んで帰っちゃうお客さんもたまにはいるのよね……まあいいんだけど」

 苦笑いしながらすみれが言う。

 とうとう、この一皿とビール一杯で税込千円ぽっきりというセットメニューまで登場したらしい。

 餃子はニンニクを使わない、ニラやネギ、しょうがなどの香り野菜と豚肉、エビ入り。

「ニンニクは見つからなかったんですけど、代わりにニンニクと似たような香りの豆があったので、それを揚げて砕いたもの、お好きな人はどうぞ振りかけてみてください」

 すみれのポリシーなのかどうかは知らないが、こいつはラーメンにも餃子にもニンニクを最初から入れたりしないと言う。

 その代り自分の店ではにんにくチップを卓上に無料で用意するので、入れたい客は好きなだけ入れろと言うスタンスだったようだ。

「このニンニクもどき豆、あんまり臭くねえな」

 すみれの作った揚げ豆をかじりながら感想を述べる。

「生の状態だとすごく臭かったわよ。揚げたら大人しくなっちゃった」

 豆を生で食うわけにはいかないので、ニンニク的なパンチのある味と香りは異世界でもさらに探求し直す必要があるな。

「なるほど、半熟に茹でてから殻をむいて調味液に漬け込んでいるのか……」

 味玉を食べながら料理長が呟く。

 言われてみると簡単な工程だが、言われないとなかなか気付かない味玉の作り方を瞬時に理解するとは、伊達に料理長名乗ってないな。

「多少味が濃いが……この野菜の瑞々しさで舌が休まり、次を食べたくなる組み合わせだ。さすがスミレ、仕事が行き届いているな」

 娘エルフが感心するが、そんなに大したことじゃないよなそれ。すみれが作ったものなら何でもありがたいんだろこいつは。

 チャーシューは、煮豚ではなく調味液に漬け込んだ豚肉を「焼いて」作るタイプ。

 すみれの得意料理で、焼いている間も蒲焼のようにタレを何度かに分けて塗り込む、手間のかかったチャーシューだ。

 火加減の管理、味の沁み具合の管理、そうした細かい調整が大得意なすみれならではの、味良く香り高い逸品である。

「炭火で焼くことで付加される香ばしさ、そして余分な脂が適度に落ちていることが、エルフである我々にはありがたいなあ」

 エルフ親父もご満悦。

 そこで俺がダメ押しの援護射撃になる一杯を差し出した。

「これは……酒かな? しかし果実酒とは異なる香りが……」

「あんたんとこの料理長さんに、足りないものがあれば市場に行け、って言われたんでな。そこのドワーフ用食品店で仕入れたのさ」

 それは、俺と俺が世話になった村のドワーフたちが以前から共同で準備していたものだった。


 ☆


「む、そこにいるのはジローであるか。元気そうで何よりである」

 時間を少しさかのぼって、食事の準備中。

 俺は市場に出てドワーフが経営する加工食品店を覗いていた。

「親方か!? 久しぶりだなあ」

 そこで懐かしい顔に会った。

 俺がいたドワーフの村で、加工食品や発酵食材の工房を取り仕切っている職人のドワーフだ。親方と言うのは俺が勝手に読んでいるあだ名。

「貴様があれこれ注文していた食材を仕込む作業で、工房は大忙しである。早く村に戻って来て工房を手伝うべきである。と言うものの、貴様の指示した商品は完成するなり売れ行き好調ゆえ、作業者を増加して対応できる程度に好景気であるが」

 忙しいことが誇らしい、という自負を感じる晴れ晴れとした表情で親方は言った。

「そいつは何よりだ。しばらく戻れないがもう少し頑張ってくれ。ところで、例の『アレ』はできてるか?」

「『アレ』が一番時間がかかったのである。無論、さらに時間を要して品質を高め、高価な特級品として売り出す計画もあるが。まずはここに製品化第一弾を納入しに我は来たところである」

 ナイスタイミングだ。さすが、頼りになるぜ。

 親方からその品を受け取り、俺はすでにこの対決に勝った気分になった。


 ☆


「楊貴妃も愛した味、桂花陳酒。その異世界バージョンだ。こっちの世界で俺が知っている限り一番口当たりのいい果実酒に、甘く強い香りを放つ花を長い間漬け込んで作った。その試作が完成したばっかりでな。そのままでキツければ水で割って飲んでくれ」

 桂花陳酒とは白ワインに金木犀の花を漬け込んで作った酒である。

 親方の工房は元々酒を造るのが本業だ。

 しかし質実剛健なドワーフたちの酒は単一原料の蒸留酒やビール系発泡酒が主体で、花や果実の漬け込み酒、いわゆるリキュール類に乏しかった。

 そこで俺は親方と共同で、さっぱり系の蒸留酒と、そこに漬け込む果実、花、種子、薬草その他色々を試すことにしていたのだ。

 俺が旅に出ている間も親方は酒の仕込み番をしっかり続けてくれた。

 おかげで、元いた世界の桂花陳酒とは似て非なる味わいだが、決して品質で劣るものではない、魅惑的な甘い香りを放つ酒が出来上がった。

 桂花陳酒は元々蒸留酒ではなくワインで作るものだが、俺はあえてドワーフの酒である蒸留酒に『華やかさ』を加味したいと思い、この酒を造ろうと思ったのだ。

「これは……酒の精霊と花の精霊が婚姻を結んだような、まさに祝福とも呼べる一杯だ」

 香りを楽しみ、舌で転がし、その甘美さに恍惚の表情を浮かべるエルフ親父。

 エルフは花を大いに愛する種族だというのだから、この酒で喜ばないわけはない。

「ラーメンは日本で発展した料理だが、やはりその先祖大元は中華料理だ。味の濃い中華料理を食ってる間に桂花陳酒のソーダ割り飲むのはマジで至福だからな。すみれの作った前菜、特にチャーシューが中華寄りだったから、絶対にこの酒が合うと思ったんだ」


 ラーメンそのものとは毛色、方向性が違うが、別にラーメン屋が味玉や桂花陳酒を出しておかしいことはない。

 俺たちはまだ食後のデザートのターンを残しているが、さて料理長の兄さんはどのようなラーメンを作ってきたのかな。

「さすが、あるじが絶賛するだけあって見事なお手前です。それでは当方の作った、こちら側の世界なりの『ラーメン』に挑戦した結果をお見せしましょう」

 

 恭しくそう言って料理長の出した一杯に、俺とすみれは驚愕することになる。


次回予告「異世界料理人はラーメン屋なのか? 最終鬼畜エルフ料理長・S」


Sって誰だよ。ラーメン出し渋りすぎました。

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