35 厨具これくしょん ~ 厨これ
日ハム快勝。大谷おめでとう。谷口も仕事したね。めでたい。
☆
不思議な童女に会った次の日。朝食は乾燥野菜を戻したスープ(少量のラーメン入り)と、数種の果物である。
食べながら黒エルフ親父に聞く。
「で、オッサンはこれからどうするんだ。どっかに消えた龍神のかまどとやらをまだ探すのか」
俺が預かった言葉は伝えたものの、それで黒エルフのオッサンが納得するかどうかは別の話である。
そもそも俺の話を信用する根拠だって、このオッサンにはないのだ。
「冬と、確かに言うたんか?」
「ああ、そう言ってたぜ。俺がオッサンに嘘をつく理由はないだろ。今度は信用しろ」
皮肉を込めてそう言った。何一つ筋の通らないことで疑われて幽閉された恨みをネチネチと返し続けてやる。こんな性格の自分が俺は大好きである。
「境界自警団の一員としてではなく、あくまでも私自身の興味から尋ねるが、龍神のかまどと言うのはいったい何者なのだ? もちろん、秘密と言うならば無理な詮索はしない。単なる興味だ」
白エルフの問いに、オッサンは汁と麺を噛まずに飲み込んでから答えた。そうやって食うものじゃない、と突っ込みたかったが我慢した。
「言葉のとおり、龍神さまの炊事係みたいなもんじゃあ。不思議な力を持ち、伝説の厨具を操り、龍神さまが島に降りたときにお供えの料理を作るのがお役目ちゅう、の」
厨具と言うのは要するに台所用品、鍋や包丁などのことである。
それにしても、龍神さまが島に降りる……?
「ひょっとしてあれか。たまに空を飛んでるドラゴンがその龍神さまなのか。船の上で俺も見たぞ」
なにやらありがたいものらしいので柏手を打っておいたが。
「ほうじゃ。なかなか日のあるうちに飛んでる姿を見られるもんじゃないけえ、運がええの」
「神さまのお食事係かあ、豊受大神みたいな感じなのかな」
「なんだそりゃ」
すみれが意味不明な単語を発する。
「アンタ日本人なのにそんなことも知らないの? 伊勢神宮の外宮にいる、天照大神の食事や生活のお世話をする神さまじゃない。ちなみに天女が羽衣を隠されてコマッタ~、ってエピソードのモデルでもあるのよ」
ドヤ顔でわけのわからん話を披露するすみれがウザい。
「知らんわそんなもん。どうせネットで適当に拾った知識だろうが。偉そうにうんちく語ってんじゃねえ」
「いやあ、アタシが実家を出て自分のお店出すときに、神棚を豊受大神にすれば食事、料理の神で縁起がいいんじゃないか、って後援会の人から教えてもらってさ。その聞きかじり」
そんな俺とすみれのやり取りを、白エルフ娘は興味深そうに聞いている。
そう言えばこいつ中二病だった。神さまとか聖なる力とかスゲー好きそう。
「お前やスミレが来た世界にも龍神がいるのか?」
「いるぞ。龍ーー○ーー丸ーーー! ってでかい声で呼ぶと、おーうってシブいい声で返事をしながら駆けつけてくれるんだ。超面白カッコよくて頼りになるやつだ」
「よ、呼べば来るのか……そんな簡単に会えるなんて……」
「龍神を呼んで悪と闘ってた男の子は、今は海賊王目指してるけどな」
「一体その子に何があったんだ……」
☆
俺の適当な話を信じて混乱しているエルフ娘は放って置き、俺は親父の話の中で気になるワードに突っ込んでみる。
「伝説の厨具ってのはなんだ? 小魚の小骨取りからマグロの解体まで一本でできるような便利な包丁とかか?」
俺は中華包丁一本あれば小さい魚も大きい魚も綺麗に三枚におろせるし、野菜の飾り切りもできるけどな。
「……いくつかある。ワシもすべてを把握してるわけじゃないけえ。じゃが、そのうちの一つ『七十二宝のまな板』が何者かに盗まれてしまったんじゃ。それを知っちょるんは、ワシとかまどさまだけじゃ」
この世界に存在する七十二種の樹木や金属や宝石を、不思議な力で砕いて固めて一枚のまな板に成型した神器、らしい。
どんな食べ物の汁も汚れも見事にはじき、絶対に壊れることのない硬い板。しかしその上を走る包丁を傷つけることは全くない、まさに不思議なまな板なんだそうだ。
「凄いよジェニファー! どんなに千切りを繰り返してもまな板にキズひとつつかない! しかも洗うときは水でさっと流すだけ!」
「なんて簡単なの? これなら無精者なうちのママでもお手入れ簡単ね♪」
なんてアメリカ通販番組のワンシーンが目の前に浮かぶ。
「まな板がないけえ、満足の行く仕事ができんちゅうて、かまどさまは島を出て行ってしまったんじゃ。龍神さまの祭壇に供える物が用意できんと、どがあな災いが降りかかるか……」
一人で来たのは黒エルフの仲間たちに不安な事情を悟られたくないから、ということか。
「だいたいの事情は理解したが、なぜこのあたりに龍神のかまどがいるとわかったんだ」
当然の疑問を白エルフ娘が挟む。
「ワシは龍神さま、かまどさまに仕える一族の末裔じゃけえ、感覚で分かるんじゃ」
都合のいい話だこと。
☆
冬になったら本気出す、と言うかまどさまとやらの言葉を信じて、黒いオッサンは地元に戻ることを決めたようだ。
「それはそれとして、盗まれたまな板を探すのも頑張った方がいいんじゃねえの」
馬車に同乗させてもらいながら、馬を操り走らせているオッサンに俺はそう提案する。
「そうしたいのはやまやまじゃがの、ワシも島で自分の仕事があるし、他の仲間に事情を知らせて騒ぎにするんも避けたいんじゃ」
「佐野、アンタ無職で暇なんだから手伝ってあげればいいじゃん」
すみれに無職とか言われた。
「むむむ無職ちゃうわ! 流しのラーメン職人佐野二郎さんだし!」
「俺より強いやつに会いに行く、って格闘家の人みたいねそれ。あれも結局は無職よね」
高校出てすぐに親父の店に就職して、数年で順風満帆に自分の店を持った東日本ラーメン女王さまは男のロマンを理解しないようだ。
俺は自分の勤めていた店が廃業したり、バイトや飲食業派遣でいろいろな店を渡り歩いたり、たまに無職だったりと紆余曲折、回り道を繰り返しているので、根本的にすみれと話も合わないし人生観も合わない気がする。
まあしかし、伝説のまな板ね。
それが無きゃ料理ができない、なんて感覚は俺にはわからんが、一目見るくらいなら話のタネにはいいかもな。
「テキトーに気にしとくわ。それらしい噂を聞いたらオッサンたち黒エルフの島とやらに手紙でも書くとするぜ。そっちに行くことがあるかもしれんし」
「あまり方々でべらべらとそのことを話さんようにしてくれるんなら、頼む」
そう言えば極秘ミッションだったな。
「アタシも港町でお店の仕事してるんで、それとなくお客さんの話を気に留めておきますね」
「スマンの嬢ちゃん。じゃあ、このまま真っ直ぐ港町に向かってええんじゃな?」
「その前に寄るところがある。私の家だ」
エルフ娘が口をはさんだ。
そう言えばすっかり忘れてた。刺繍の老婦人の娘さんの情報を、エルフの優男親父に聞く予定だったんだ。
エルフ娘が大まかに自分の家がある場所を、黒エルフ親父に伝える。
どうやらそこに寄ってさらに港まで行くのはかなりの遠回りになるようだ。
いい加減馬車の旅も強行軍が過ぎて、全員満身創痍気味ではあるが、特に異議は出ずにそのルートで確定した。
☆
その夜、宿泊のために休憩を取っていたとき。
体調不振でヘバり気味のすみれを休ませて、俺と白黒エルフを合わせた三人で食事の用意をした。
おっさんは相変わらずあっという間に、今度は蛇を捕まえてきた。
手づかみで。
「毒のある部分は捨ててきたが、よかったかのう」
首から上がナイフで切り落とされていた。
「全く問題ございません」
思わず敬語。
「スミレ、疲れているときはこの実がいい。力が出る」
エルフ娘が採取してきたのは、イチゴほどの大きさ、でも黄色くて表面の薄皮に産毛がたくさん生えている果物だった。
薄皮は一か所でもナイフで切れ目を入れれば、そこから綺麗に手でめくることができるようだ。その内部を食べるらしい。
中心部は堅い種があって食べることはできない。
「私は試したことはないが、種の中核には毒があって幻覚を見ることがあるらしい。別の種族では薬として用いることもあると聞く」
そんな説明を聞きながら食べる。
「ありがとー。うわっ、甘さが濃厚! 利尻のウニみたい!」
すみれが上げた感嘆のセリフに、そのたとえはどうなんだと思いながら、俺も食べる。
うん、利尻のウニ、しかも獲れたて新鮮なやつみたいだ。
他に的確な表現が思い当たらない。
新鮮なウニの甘さと脂肪分を凝縮して、磯の香りを完全に消し去ったらこの味になるんじゃないか、どうしてこんな食い物が樹に生るんだ。
「疲れてるやつも多いし、蛇はスープにするか」
朝もスープだったが、食材を節約するためにはこれが一番妥当な判断だと思う。
この日の調理では、何一つ食材は光らなかった。
俺は蛇を食ったことが一度か二度しかない。
しかもその料理は薬膳系の煮込み料理で、蛇そのものの味が全く分からないほどに、他の薬味や香味野菜やら、漢方の素材などの味と匂いに支配されていた。
俺の理解からあまりにかけ離れている食材なので、経験や勘、無意識下の記憶の力も働かないということなのだろうか。
「ゼラチンすげーな。スッポンみたいだ」
弾力のある蛇の肉を美味しくするため、久しぶりに心を無にして思考錯誤できた時間だった。
煮込んだら妙なとろみが出て来たし。
蛇から出た成分なのか、スープの色がビールのような黄金色に変わっていくし。
それでいてほとんど味がない。臭み消しとか心配していたのがあほらしくなった。
異世界蛇、謎すぎるな……。
実は捨ててしまった毒の部分が一番美味いのかもしれない。
文字通り、天にも昇る味がして、実際に天に昇ってしまったり。
「佐野、一人でニヤニヤしないでよ、キモいから」
知らず知らず笑っていたようだった。
「なんか楽しくなってきてな」
「アタシも手伝おうか? 別に動けないってほどじゃないし」
「大人しく寝てろ。この戦場は渡さん」
ぎゃはは、異世界蛇のスープ、わけわからん。
蛇単体だとほとんど味がないくせに、他のスープ出汁と合わせると、他の素材の味まで殺して無味に限りなく近くなる。
なんだこれ。どうやったら美味くなるんだ。わからん、全くわからん!
☆
「本日のメインディッシュ。謎の蛇スープ、塩味でございます」
あれこれやった結果、塩オンリーの味付けが一番マシだった。
「……食感はお肉だけど、味は、マダコに近いかなあ?」
味付けされていないタコの味を正確に表現するほどの語彙を俺は持っていない。きっとすみれは、生臭さや磯臭さ以外の「タコの身の味」についても細かい区別ができるんだろうな。
「あんさん、この蛇はのう、皮を剥いだら身と骨をこまかあ~く一緒に潰して、塩を混ぜて丸めて焼くと美味いんじゃ。身のプリプリ、骨のプチプチ、一緒に楽しめるけえのお。骨を混ぜないと味もほとんどないんじゃあ」
先に言えよ……。
そんなスープだったが、俺はもちろんみんなも完食してくれた。
使った食器の片づけをしながら、俺は何とも言えない幸福な充実感を味わっていた。
36「異世界ラ帝の求道者」




