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34 龍神のかまどは働かない

記念すべき三十四話め。なにが記念なのかということは私信みたいなものなので多くの読者様にはわからないでしょうが、サブタイはそんなところをもじってます。


アクセスありがとうございます。沢山の方々のご愛顧、誠にありがとうございます。

 ☆


 人間、テンションを上げながら普段やらないことをすると、興奮して熱を出したりすることがある。

 野生動物の解体処理から調理までをこなして、さぞかし料理人としていい経験をした若き東日本ラーメン女王、青葉すみれ。

 であったが、疲れからか飯を食って酒を飲んだらすぐにダウンしてしまった。

 どうやら熱があるようなので、馬車の中でエルフ娘に介抱させておく。

 食事の後始末や焚火の番、その他雑用が全部俺の役目になってしまった。

 火を消さない理由は、同じく酔っ払った黒エルフ親父が、樹の根を枕にして露天で寝ているからである。火を消してしまったら寒くて風邪を引くのではないか、と思ったのだ。

 もっともこいつら黒エルフは体が丈夫らしいので、人間と同じような病気になったりするのかどうかは知らん。念のためだ。


 使った鍋や食器を川の水で洗い終えた俺は、改めてまじまじと今日の晩餐の残滓である果実の皮や枯葉ウサギの骨を眺める。

 半精霊の声が幻聴ではなく、食材が光って見える現象も錯覚でないとしたら。

 どうやら俺は、チート、いわゆるズル能力のようなものを手に入れてしまったのではないか。

 考えずとも、苦労せずとも、これは美味いんじゃねえかと言う食材や調理法が、勝手に光ってくれる。

 美味しく作るためには……食べた人に喜んでもらうためには……食材の可能性を最大限に生かすためには……とさんざん学んで悩んで迷って苦しんだ答えが、勝手に向こうから光って飛んでくる。

「これは、思ったより厄介だな」

 独り言が口を突いて出た。

 だってそうじゃねえか。今まで俺が経験してきたこと、今まで俺が繰り返してきた試行錯誤、今まで俺に失敗な飯を食わされてきた人たちの苦笑い、頑張って作った料理に対する「美味しかった」と言う最高のご褒美の言葉。

 それらすべてが、このズル能力の前では無意味だ。失敗も成功も、苦難も喜びも、なにもかもこの能力があれば必要ないってことじゃねえか!

「答えが向こうから勝手に歩いてくるんなら、今まで俺がしてきたことはなんだったんだ……」

 俺はこの時、はじめてこの異世界に飛ばされたことを、悔しい、と心の底から思ってしまった。


 最高のラーメンを俺の手で作り上げる、俺の人生すべてをかけて追い求める。


 本来、それはファンタジーである。

 最高のラーメンなんてものはありえない。

 万人にとってオールタイムベストな一杯など存在しない。

 技術、食材、知識、それらを積み重ねて最高に近付くことはできたとしても、本当の意味で達成することなど、どだい不可能な話だ。

 しかし、それでいいのだ。それだからいいのだ。

 不可能で限りなく遠いからこそ、人生をかける意味がある。

 常識ではありえないからこそ、血眼になって探し求めることに意義があるんだ。

 それなのに。

「答えが用意されてる問題だったら、誰が解いても一緒じゃねえか! 俺じゃなくてもいいだろ!! 精霊の加護だ!? 俺の天命だ!? そりゃあ美味いラーメンを作って相手に喜んでもらえりゃ嬉しいが、そのための機械や奴隷になって人生の消化試合過ごさなきゃならねえってことかよ畜生ッ!!」

 夜の森に吠えた。

 こんなことを言っている俺はわがままなんだろうか。傲慢なんだろうか。

 俺以外の料理人からすれば、こんなに素晴らしい能力はない、なんの文句があるんだ、などと言われるのだろうか。


 足元に、存在しない線が見える。

 お前はここまでだ。ここから外へは出てくるな。

 その中で決められたことだけやっていろ。

 そう言われている気がした。

 自分以外の存在に人生を定義されることが、こんなにつまらん結果になるとは。


 正直に言うと、こんな力が手に入ったらいいな、と思ったことは過去に腐るほどあるさ。

 しかし、手に入れてみるととんでもない話だった。

 俺は自分が手にした「加護」の操り人形になって生きていくってことじゃねえか……。

 首からヒモで下げた精霊石を憎らしい気持ちで手に取って見る。

 光ってはいなかった。夜なので当然だ。


「夜の夜中に、こんな森の中でくだらない感情の波風を逆立てているのは一体だれぞ。わらわが寝ていると知っての狼藉か」

 俺が自分の世界に入って煩悶し続けていると、急に誰かから声をかけられた。

 若い、を通り越して幼い女の声にも聞こえた。


 ☆


 急な闖入者の出現に驚く俺。

「うおおびっくりしたあ、って、なんでこんな暗い森の中に子供が一人で歩いてるんだ。パパとママはどこだ。一人で迷ってるならお兄ちゃんについてくるか。お菓子をあげるぞ」

 我ながら不審者っぽい言い方だと思うが何もおかしくはない。

 相手は、背も低く体つきもきゃしゃ、見るからに童女だった。

 簡素なワンピースのような衣服を着て、しかも裸足である。

 それ以外は暗くてよくわからないな。エルフか? ドワーフってことはなさそうだ。それ以外の俺のまだ知らないこの世界の種族かもしれない。

「無礼者!」

 一喝と同時に、童女の目が光った、ように見えた。

 と同時に、俺の体はなにかの強制力が働いたように、無理やり土下座の格好をとらされた。

「な、なんじゃこりゃ! これじゃあまるで俺がロリっ子に土下座して『ぱんつ見せてください』ってお願いしてるみたいじゃねえか! 世間体が悪いのでポーズの変更を要求する!」

 俺がどちらかと言うと同年代、もしくは年上女性のタイトスカート姿、ストッキング越しのぱんつを見るために土下座する男だ。こんな童女に頭を下げて何かしたい趣味はない。

「たわけ、わらわはそのようなもの履いておらぬ」

 後頭部を踏まれた。小さな体の、しかも裸足なのでそれほど痛くはない。

「履いてないだと!?」

 なんらかの力が働いていて頭を上げ、裾の中身を確認することができない!

「しかし小さい、小さいのう異界の者よ。よほど下らぬことで懊悩していたと見える」

「小さくないぞ。標準サイズだ」

 ちなみに身長の話である。

 俺は最後に測った時で172センチだったから、日本人成人男性の平均ほぼ真ん中である。

「たわけ。お主の性根と見解が小さく浅いと言っておるのじゃ。答えが与えられていてつまらぬ? 加護の奴隷になりたくはない? 勘違いも甚だしいわ」

 こいつ、俺がさっきまでグチャグチャ考えていたことを言ってるのか。

 いくら一人でわめいていたとはいえ、声に出していない部分の方が多かった。

 事情を知らない他人が横で聞いていて、内容がわかるような話ではなかったはずだ。

「てめえに俺の何がわかるってんだ。いいからさっさとこのおかしな力を解きやがれ。いつまでも俺の頭に足を乗せるな」

「お主のような矮小な者にはこの格好が似合いじゃ」

「どうせなら年上女性に踏まれるのが似合う男になりたい」

「やかましい。よく聞け小僧。精霊の加護でなにか突拍子もない、特別な力を手に入れたと思っておるのがそもそもの勘違いじゃ。精霊は、お主の内にある『気付き』を浮かび上がらせるのみ。お主がよそから与えられたと思っておる『答え』は、そもそもお主の中にあったのじゃ。精霊はそれを気付かせただけの話ぞ」

 なにをわけのわからねえことを言ってやがる。禅宗の坊さんかなにかかこいつは。精霊がどうとか言ってるけど。

「気付き? いったい何を気付かせたってんだよ」

「お節介はここまでじゃ。朝までその恰好のまま、じっくり考えてみることじゃな。日が昇れば動けるようにはなってるじゃろう。いいか、答えはお主の中にあるのじゃ。逆を言えば、お主の中にない答えなら、これから探さねばならんと言うことじゃな。ふわわ、眠い。寝る」

 頭から足の重みが消える。

「おい、せめてこの体勢を変えろ。地味にだるいんだぞ。あぐらでも仰向けでもいいから」

「お主の連れの黒エルフに、冬が来たら本気出すと伝えておけ。わらわはそもそも働いたら負けだと思っておるのじゃ。さらば」 

 俺の願いを聞き届けることなく、勝手な伝言を残して謎の童女は立ち去った。

 土下座スタイルで動けないまま、俺は置き去りにされた。


 ☆


 クソ童女の言いなりになるのは癪だが、考えるくらいしかすることがない。

 体は動かせないが、手やひざにはしっかり自分自身の体重をみしみし感じるせいで、とても眠れたものではないからだ。

 精霊の加護、光った食材が「俺の中にある気付き」だと?

 基本的に俺はこの世界で門外漢だ。今日食べた枯葉ウサギも、やたら酸っぱい果物もはじめて見る食材だ。

 それをどう使えば美味くなるかなんて、あらかじめ知ってるわけがない。知らないのだから気付くはずもない。


 しかし、本当にそうだろうか?

 匂いが強かったり脂っこかったりする肉料理に酸味を添加することで食べやすくなるかも、ということがあのとき頭の片隅になかった、とは言えない。

 それは単純に経験則である。唐揚げにレモンかける人のアレだ。

 ちなみに俺は油淋鶏が好きだ。考えたやつを表彰したい。


 刺繍の婦人を送るために作ったラーメンのときも、すみれが用意したバリエーションの中に、俺好みの麺がなかった、あれとあれの中間があればいいのに、だから自分で作ってみた。

 そんな単純な話に帰結するのではないか。


 そう考えれば、答えは確かに自分の中にあったものだ。

 しかしこんな単純なことにすみれが気付かないわけはない。あいつだっていっぱしのプロだ。

 ただ、無理がたたって熱を出して今まさに寝込んでいるように、近頃ずっと調子が悪かったというだけの話かもしれない。あいつは体が強くないからな。

 スープに全力を尽くしすぎて、麺の方にかけるリソースが減ったということも考えられるだろう。それくらいあのスープの完成度は高かった。

 ごちゃごちゃ考えていても、結局はよくわからない。

 かもしれない、そうだったとしたら、と言う仮定や憶測の話でしかない。


 ただ一つ、確かなことはある。

 余計な能力を背負わされた、と言う閉塞感が俺の中から消えているということだ。

 土下座スタイルで体はガチガチのビキビキなのに、頭は雲一つない空のように晴れた。

「……誰も知らないラーメンをこの世界で作ろう。目的地がどこなのかすらわからないラーメンの道を、この世界で歩きつづけよう」

 昇る朝日に跪いた姿勢で、俺は誰ともなく宣言した。

 太陽の光を反射して、首元の精霊石がまばゆいばかりに光った。


 ☆


 

「あんさん、なんでこがあな格好で寝とるんじゃ。そろそろ出発するけえ、準備せえ」

 土下座の俺に野太い声で突っ込みが入った。

 酔いと睡眠から覚めた黒エルフ親父の顔を見て、俺はなにかを思い出す。

「夢か現実かわからんが。変な喋り方の女の子にあんたあての伝言を頼まれたんだけどよ。冬になったら本気出すとか、なんとか」

 黒親父が目を見開く。

「ど、どんな女じゃ。額に入れ墨がなかったかのう?」

「そこまではよく見えねえよ。背が低くて痩せてた。働いたら負けとか言ってたぞ。将来ろくな大人にならねえな」

 現時点でろくな童女ではない。

「間違いない、かまどさまじゃ……」

「あいつがそうなのかよ。ずいぶん若いな」

「……ワシがガキの頃から、かまどさまはあの姿じゃけえ」

 不老で魔法使いか。そりゃ人外にもほどがあるな。

 確か耳が長かったりと言うこともなかった。

 暗かったので自信はないが、エルフ特有の長い耳はシルエットでもはっきりわかる。あの童女にそんな特徴はなかった。

 ドワーフはもっとガッチリしているし、なにより不老ではない。

 もちろん俺たちの世界から来た人間は金縛りの魔法なんざ使えない。

 


35「厨具これくしょん ~ 厨これ」

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