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14 うそ……私の女子力、低すぎ!?

 ☆


「結果から言うと、ジローの勝ちじゃ。お嬢ちゃん、残念じゃったの」

 ドワーフのオッチャンから知らされた答え。

「負けちゃったか……」

 ため息をついて、それでも納得したようにすみれが笑った。

 すみれの豚骨ラーメンも俺の陸海ラーメン(強引な略し方ですまん)も客からの評判は上々で、はっきり言って両者に差はないように思えた。

 しかしこの結果を導いたからくりを、俺は理解している。

「もし明日も明後日もこの町で、同じメニューで勝負をしたら、いずれはすみれのラーメン食いたくて来るリピート客が上回るだろうな」

 俺の作ったラーメンは、短期決戦に特化したラーメンだった。

 だから派手な見た目と演出を用いたし、お代わりしやすいように味付けもあっさりしたものになった。

 見た目で目立っておけば、初動の客入りで圧倒的に勝てる。

 初動で勝っているということは、多く集まった客に「あっちの方が旨そうだ」と思わせる材料になるからな。

 また、俺の方はお代わりもよく出た。三杯も四杯も食ってくれる客もいた。

 ……その大きな理由は、スープを飲み干さずにお代わりする客が多かったからだ。

 スープまで飲み干さない限りお代わりしてはいけない、なんてルールを客に押し付けるわけにはいかないし、どう食おうが客の自由だからな。

 対して、すみれのラーメンを食った客は、ほぼ必ずと言っていいほどスープも全部飲み干していた。

 お代わりしてもいいのでたくさん食べてもらった方が勝ち、という今回のルールでは、最後の一滴まで飲み干してしまうスープは不利に働いたのだ。

 量を少なめに抑えはしたが、それでも一杯食ったら幸せそうな顔をして帰って行く客が、すみれの側には圧倒的に多かったからな。 

「やり直したとしても、佐野はまた客を飽きさせないラーメンを作ると思うよ。さっきも言ったでしょ、ワクワク感があるって。佐野のラーメンにはなにか面白いことがあるかも、って思うお客さんが、またたくさん来てくれるよ」

「どうだかな。とりあえず勝ったのは俺だ。もう二度とお前とはやらん。このまま勝ち逃げさせてもらうぜ」

 次にすみれと勝負して、勝てる自信ねえぞ、マジで。

 今回の結果だって、勝負に勝ってラーメンで負けている、と多少は思わんでもないし。

「ちょ、ふざけんなし。こういうのは三回勝負って世の中では決まってるし」

「あいにくとここは異世界だ。日本の常識なんざ俺は忘れた」

 都合の悪いことは忘れる。それがストレスなく生き抜くための奥義である。

「いや、三回勝負で勝ちこさない限り、メダルはあげないし」

「もともといらんって言ってるだろ!」

 そんなことを言いながら、俺たちのラーメン勝負にかけた一日は終わった。


 ☆


 翌日。

「ずいぶん稼がせてもらったからの。ワシらからの礼じゃ」 

「食堂のいい宣伝にもなったわ。ドワーフ以外の客も増えてくれるかもしれん」

 と、ドワーフのオッチャンたちが俺とすみれにいくばくかの報酬をくれた。

 ただでさえ材料費の大部分を出資してくれた上に報酬までもらうのは気が引けたが、受け取らないと引き下がらないというようなオッチャンたちの厚意の前に、俺もすみれもその金をありがたく頂戴した。

「なんにしても、この世界で暮らすんなら身の回りを整えないとね」

 どうやらすっかり覚悟を決めたすみれが、服や小物を物色するために市場に行くことを提案した。

「多少は体型の違いもあるだろうが、エルフの服ならすみれも着れるんじゃねえの。いい店あったら連れてってやれよ」

 俺がエルフ娘にそう促すと、困ったようにまごついている。

「わ、私は服を自分で買ったことがないから、どういう店のどういうものが適当なのか、わからないんだ」

 そう言えばこいつ文字通りのお嬢さまだったな。

「じゃあ、その鎧はどうやって選んだんだ」

「屋敷に出入りしているドワーフ商人が、いいものがあるって持って来て、それを父が買ってくれたのだ」

 父親も父親で、こんなくだらねえおもちゃを娘に買ってやるってのが、どうにも。こうにも。よくわからん。

「まあ、その場のノリでなんとかなるでしょ。どうせ佐野も暇してるんだから行くよ」

 すみれに無理やり引きずられて、俺も行く羽目になった。

 出てきたドワーフの村や刺繍のご婦人に連絡することをまとめて、ここのドワーフたちに申し送りをしたりとか、俺も暇じゃねえんだがなあ。

 味噌とか醤油が補充できないじゃないか。

 醤油が切れたら俺は死ぬかもしれんのだぞ。


 ☆


「あれ、ひょっとしてジローじゃないか?」

 市場に来て女どもの長いウインドウショッピングにあくびをかいていると、道端でいきなり声をかけられた。

 そこにはドワーフが一人いる。もちろん見た目からは若いのか年配なのかはわからない。

「申し訳ない。どこかで会ったかな」

「おいおいもう忘れたのかよ~。俺だよ俺俺!」

「そうやって知り合いを騙って金を無心する詐欺が、俺のいた世界ではちょっとした流行でね」

 今現在でもそんな手口に引っかかる人間が向こうの世界にいるのかどうかは知らないが。

「ったく薄情な奴だなぁ~。一緒に刺繍のお姉さんの村に行っただろ!? あのときのミソナベ、だったか? あれ旨かったなあ、熱かったけど」

「ああ!」

 猫舌くんだった。

 確かによーーーーーく注意深く見ると、彼だ。

「久しぶりだなあ、どうしてこの町にいるんだ?」

 懐かしさを全開にするほど久しぶりでもないんだが、俺は嬉しい驚きとともに聞いた。

 その答えはやはりドワーフのさだめと言うか性と言うか、仕事関係らしい。

「海を越えた獣人族の島に、ドワーフたちが経営してる製鉄所があるんだけどさ。そこが繁忙だから応援とか保守管理要員を何人か、うちの村からも出してくれないかって要請があったんだよ。ここで昼飯食ってから、船着き場まで行くつもりさ」

 猫舌くんは主に溶鉱炉に燃料を放り込む作業を割り振られたとのことだ。

「相変わらずドワーフたちはよく働くな。メシがまだなら、ご馳走するぜ」

「おお、そりゃ助かるよ。村のオバチャンたちもたまにジローの真似してラーメン作ってくれるけど、ネズミの肉が入ってたりしてさ。コレジャナイって感じなんだよなあ」

 俺のいないところで、ラーメンが独自の発展を遂げているようだった。

 立ち話をしている俺たちに気付き、すみれとエルフ娘も寄って来る。

「佐野の知り合い? 昨日のうちに来てくれれば楽しいお祭りがあったのに、残念だね、お兄さん」

 社交的に挨拶を交わすすみれに、エルフ娘がなにか驚いている。

「スミレ、昨日の客にこのドワーフが来ていなかったことがわかるのか」

 エルフたちもドワーフの顔の区別はついてないのかよ。

 みんな一様に老けてて似てるので無理もないが。毛髪や髭でなんとか区別するしかないからな。

「ん? そりゃわかるよ。一人一人全然違うじゃん」

 こいつの五感や脳はいったいどうなってるんだ、と少し怖くなった。

 あれだけの混雑した食堂で、客の顔を判別していたってプロ意識は、素直にスゲエことだがな。

「なんだよジロー、ちょっと会わない間に嫁さん二人ももらったのか。しかも片方エルフじゃん。エルフの女は嫁にしても面白くないって話だぞ。愛嬌がないし、家事はしないし、食が細いから丈夫な赤ん坊産めるかどうか怪しいし」

「余計な世話だ。お前らドワーフの尺度でエルフを評価するな」

 異種間セクハラのような不穏なことを猫舌くんが言って、それにエルフ娘が切れ気味で反応した。

「別に嫁じゃねえよ。ところで買い物は終わったのか」

 俺の問いにすみれが呆れ気味に答える。

「アタシは終わった。でもこのコ、絶対似合うよーって店の人もアタシも言ってるブレスレットあったの。小さい色の綺麗な貝殻を数珠つなぎにして、すっごい可愛いの! でも、それに目もくれずに変な小刀みたいなの買っちゃって」

 小刀ってなんだよ、と思ったら、エルフ娘がそのブツを見せびらかしてきた。

 獣骨のようなごつごつした持ち柄、そして毛皮の鞘に収まったナイフだった。

「フフフ、グリフォンの毛皮と骨であしらわれた魔獣の短刀だ。この町で売っているという噂を前に聞いていて、ずっと欲しかったんだ」

 残念だこの子。すごく残念な生き物だ。

「あ、それニセモンだぜ。熊が素材だったはず。別のドワーフ村の工房でそれを量産してるの見たことあるし」

「ななな!」

 猫舌くんが無慈悲な鑑定を下し、エルフ娘は顔を真っ赤にして店に返品しに行った。

「グリフォン『風』って商品札に書いてあるだろ、って言われて、返金してもらえなかった。小さい字だったからわからなかった……」

 戻って来たエルフ娘が消沈しているのを見て、俺たちがこいつの将来を心配したのは言うまでもない。


 ☆


 猫舌くんと彼の同行ドワーフを招き、食堂で飯を奢る。

 もっとも、作ったのはすみれだ。自分から作りたいと申し出た。

「こっちのお姉さんがジローの嫁さんだったのか。料理も上手いし気立てもいいしよく働くし、最高じゃん。エルフより肉付きもいいしな」

「やだあお兄さん、佐野なんてこっちから願い下げだしぃ。でも褒めてくれたから焼き豚一枚追加してあげる」

 褒められて浮かれている。多少のセクハラが入っている褒め言葉に聞こえたが。

「そんで、みんなが行くところってのはどんなところなんだ?」

 俺は猫舌くんに、作業のために出向くという島の情報を聞いた。

「獣人族の中でも、地龍の民ってやつらの島だね。ここも岩場が多い土地で鉱山もあるんだけど、職人の数が少なかったんでドワーフたちが海を渡って、ほぼ土着してるってくらいに長く住み着いて働いてるんだ。最近忙しいらしくてさ。こっちから職人や手伝いをかき集めてる感じだな」

 地龍の民と言うのは聞いた名前だった。

 確かトカゲ男たちのことだ。

「景気のいい話だな。鉄を作ってるってのは、鍋とか釜とか農具や馬具か?」

「んー、そういうのもないわけじゃないけど、やっぱ武器だね」

 話によると、トカゲ男たちは武芸に秀でた身体能力と勇猛さを持っていて、各地に傭兵や衛兵として稼ぎに行くことも多いと言う。

 ここの町で荷運びの仕事をやってる連中とかも、そういう仕事の空いた期間に小遣いを稼いだり、体がなまらないように肉体労働をしているそうだ。

「……せ、戦争とかあるの?」

 すみれが不安そうな表情で聞いた。

 質問に答えたのはエルフ娘だった。

「エルフやドワーフ、そしてホビットの住むこの土地は数千年の間、戦争のない平和な状態が続いている。しかし海に浮かぶ島々では、黒エルフと呼ばれるわれわれの亜種と、獣人族の各支族が数百年にわたって権益争いをしている。ここ数年は小康状態だと聞いたが」 

 要約すると、海の向こうは物騒だということらしい。

 俺たちがいる大陸、そして海を挟んで島々があり、さらにその向こうにもやはりエルフやドワーフの住む大陸があるという説明だった。

 争いの種になっているのは、その海上で発生する貿易交通の利権だ。

 島の中だけで生活物資のすべてがまかなえない種族は、どうしても交易をしなければならない。

 そのとき、もしも海上を封鎖するように縄張りを主張する別の部族が現れると、交易に支障が出て争いの火種になるわけだな。

「今は小康状態でも武器の増産をしてる島があるってことは……」

 俺は少し考える。

 ボヤボヤしていると争いが本格化して、海を渡るのが難しくなりそうだな。

 海の向こうを見ようと思うなら、行動も決断も早いほうが良さそうだ、と俺は思った。

次回予告「二十七歳のカルテ」

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