第二話 道
森を抜け道に出た。
もうこれであの忌まわしいモンスターの巣食う場所から開放される。
俺は森を抜ける目的が叶ったので、今度は現状の把握に挑む。
まずは道成りに進み、人を探そう。
此処が何処なのか、戻る方法はあるのか色々調べておかないといけない。
『索敵』で辺りを確認して人の気配を探る。
森は相変わらずモンスターを察知させる。
森以外は広範囲に渡って、何の気配も感じる事ができない。
もう少し『索敵』のLVを上げるか?
頭の中に『索敵』でわかる範囲がMAP表示されている。
モンスターの気配は、赤点で表示され、名前がその上に見える。
注意深くMAPの範囲を確認すると、青点がMAP内に入ってきた。
移動速度が速い。
馬か馬車なのだろうか?
青点の部分を拡大表示させると一箇所に青点が幾つも集まって移動している。
どうやら馬車なのかもしれない。
俺の立っている場所に向かってくるようだ。
このまま待つとしよう。
青点の位置を確認しながら待っていると、先の青点を追いかける様に複数の青点が一緒になって来るのが解った。
不審に思う。
もしかしたら追われているのか?
俺は何かあっても対応できるように道から逸れ、身構える。
青点が段々近付き、馬車が視認出来た。
その後方には土煙が上がり、馬に乗った集団が剣を掲げて迫っている。
思った通りか。
馬車が襲撃されている。
俺は思考を巡らせ、この襲撃の現場に出くわした事を感謝する。
馬車を救えば少なくとも借りを与える事ができるだろう。
この世界で何も頼る事の出来ない状況では、少しでも役立つ事は利用しないと。
打算でも何でもいい、俺が生きる為に必要な事をする。
即座に襲撃者の情報を確認。
『鑑定』により襲撃者は騎士や戦士とわかった。
馬車も近くで見れば豪華な造りで、裕福な人間が乗っているのだろう。
商人程度なら盗賊が襲っている。
盗賊ではない事が事態を更に優位に運ばせてくれそうだ。
襲撃者のLVも10前後と低い。
俺は目の前を馬車が通り過ぎた瞬間、襲撃者の前に立ち塞がり『雷撃』を道に向かって放つ。
放たれた雷は地面に降り注ぎ、轟音と爆風を伴い襲撃者の前進を止める。
「何事か!」
襲撃者の1人が叫ぶ。
立ち居振る舞いや装備している鎧から、隊長格と判断する。
それに言葉が理解できる。
これは非常に嬉しい誤算だった。
チュートリアルでもスキルでも言語に関するものは無かったので、不安だった。
俺は、隊長を睨みつけ行く手を尚も阻むように立ってる。
「貴様!何者だ!」
言葉遣いも上に立つ者といった感じだ。
『鑑定』を使ってじっくり観察する。
【名前】アリス・ブルノルト
【LV】11
【年齢】17才
【種族】ダークエルフ
【状態値】HP21/21・MP36/36
【攻・防】63/38
【能力値】S9・V7・I12・A11・D8
【スキル】剣術LV3・暗黒魔法LV3・火魔法LV4・隠密LV3・投擲LV3
【固有スキル】
【所持金】2,100G
【装備】+3レイピアATK44/ミスリルヘルムDEF8/白狐のワンピースDEF2/ミスリルプレートDEF10/ミスリルレギンスDEF8/白蜥蜴のブーツDEF3
女だったのか!
しかもダークエルフか。
俺と比べてスキルLVはそれほど変らないのに、HPや力などの個人ステータスが全く違う。
どう考えても俺の方が異常に高い。
他の戦士を見てもLVは7とか8.
ステータスも総じて低い。
どうやら特別なのは俺のようで、彼らの方が一般的なのかもしれない。
「答えぬのか!ならば押し通る!」
アリスが叫び、他の面々も追随して駆け出そうとする。
俺は『狐火』を纏い、襲撃者達に威嚇するように漂わせる。
20個の『狐火』を周囲に纏う俺の姿に、襲撃者達は動揺する。
「き・・・狐火だと!奴は人ではないのか?」
「まさか、妖孤が化けているのか!」
「狐火ならそれほどでもないはず・・・だがあの数はいったい」
襲撃者の動揺する声は俺に違和感を覚えさせる。
もしかするとラーニングは、この世界の人々では使えないのか?
しかし、疑問を解決するよりも、まずは彼らを倒し、馬車の人物に恩を売る。
炎を勢い良く襲撃者に向かって飛ばす。
ただし、アリスを除いてだ。
彼女は生かして捕らえ、襲撃者の理由と、居るであろう首謀者の名前を吐かす為に。
そうすれば、更に俺は有利になる。
狐火に襲われた襲撃者達は全員炎に飲まれていた。
中には持っていた水筒の水を被る者もいた。
水魔法で火を消そうとしたものもいた。
だが、狐火は消える事無く襲撃者の体を焼き尽くす。
狐火の炎は普通の火ではない。
消える事のない魔力と妖力を練り込まれた特別なものなのだ。
アリスは襲撃者が燃え尽きるのを唖然として見ていた。
起こった事態に思考が停止したのだろう。
隙と見計らい、馬からアリスを引き摺り下ろし鳩尾に掌底を打ち込み気絶させる。
道には燃え尽き黒焦げになった死体とアリスが気絶していた。
振り返ると馬車は止まっていた。
事の成り行きを見守っていたようだ。
俺は、悠然と立ち馬車の動向を待つ。
暫くして馬車から紳士が降りてくる。
「助けてもらったと考えてよいか?」
そうだ、助けたのだよ。
俺は内心ほくそ笑み、返事をする。
「襲われてると思い勝手に賊を倒しましたまで。助けたと言うならそうなるでしょう」
媚びる事も敬語を使う事もなく答える。
力がある事を示し、多少横柄にして主導権をこっちに引き寄せたかった。
「そうか、礼を申さねばな。ありがとう若者よ」
「いえいえ襲撃者を蹴散らしたまで、大した事はしてない」
「それも道理か、そなたの強さしかと見届けさせてもらった。助けて貰った礼をしたい同行願えるだろうか?」
思い通りの展開に、俺は安堵する。
この世界において利用できる存在を手に入れたのだ。
「ところでこのダークエルフはどうする?尋問できる者を1人だけ残したつもりだが。」
気絶しているアリスを指差し紳士に対処を聞く。
このまま連れて行くのも良し、放置も良し、殺すも良し。
相手の希望に合わせて事を運んでおこう。
「縄で縛り、隷属の首輪を嵌め屋敷に連れ帰り背後関係を調べたく思う」
「では手伝おう」
襲撃者の残骸から馬の手綱を見つけ出しアリスを縛り上げる。
隷属の首輪は屋敷で用意するようだ。
途中で起きられても面倒なので、ストレージから睡眠草を取り出し磨り潰してアリスの口に放り込む。
これで当分起きる事は無いだろう。
アリスを御者の隣に括り付け、俺は紳士と共に馬車に乗り込む。
馬車には紳士の他に、娘と思しき女性が居た。
「改めて礼を申す。私はボルド・フォン・ベルナー。こちらは娘のミリア・フォン・ベルナーと申す」
「俺はハヤト・ウネハナ」
名乗りを上げるとビクっと肩を竦ませるミリア。
ミリアの態度にボルドはフォローを入れてくる。
「先程の戦闘を見て脅えているだけでしょう。申し訳ない」
「いや、婦人には酷な見物だろう、気にしてない」
そう言うとミリアは申し訳無さそうに俺を見て、遅ればせながら会釈をする。
俺も笑顔を作り会釈する。
嫌われては元も子もない、折角の好機を見逃すには惜しい。
「先程はありがとう御座いました」
「いえ当然の事をしたまでです」
「その・・・あの・・・ハヤト様、あの炎はもしや狐火ではありませんか?」
「ミリア!失礼な事を申すな」
そう言いながらも俺の『狐火』を訝しく思っているのがボルドの顔に出ている。
言い訳をしておかないといけないな。
「あれは火遁の術といって、俺の国の火魔法みたいなものですよ」
「カトン?もしやハヤト様はヤマト国の方ですか?」
火遁と聞いてミリアは俺がヤマト国の住人かと聞く。
まさかこの世界には日本人が居るのか?
ポーカーフェイスが保ててい無いのか顔が引きつる。
「違うのでしょうか?」
「ああ・・・違う。もっと遠い国だよ。ヤマトと似ている感じだとは思うけどね」
確信がない以上迂闊に同意は出来ない。
今は否定しておこう。
似ているとしておけば習慣などで、ヤマト国に似た行為をしても受け入れてくれそうだ。
「そうですか、そんな遠いお国から何故此方においでになったのですか?」
「見知らぬ土地で、見たことも無いモンスターと戦い自らを高めたいと思い旅をしているのですよ」
「それで、その不思議な衣服をお召しになっているのですね」
そうか、改めて気付けば俺は羽織袴のままだ。
しかも敗れたり汚れたりしたので、モンスターからドロップした毛皮に穴を開けただけのものを着込んでいる。
異様な風体なのは気にしていなかった。
「ええ、旅の途中で得た素材を利用している」
「ハヤト殿、差し支えなければ屋敷で此方の衣服を用意いたそう」
「感謝する」
馬車の中でボルドとミリアと会話しながら情報を集める。
向かうはバルリオ王国王都メリカウスにあるベルナー伯爵邸だ。
彼らは自分達の領地視察を終え、王都に戻る途中に襲撃されたとの事。
証拠は無いが、襲撃者はベルナー伯爵に対抗心を燃やすブッケル伯爵と推察しているらしい。
近年双方が次の財務大臣の位を巡って激突しているのだそうだ。
宮廷内闘争が起こる王国か・・・
あまり期待できないかもしれないが、財務大臣ともなれば後ろ盾には申し分ない。
馬車は恙無く王都に向かう。
ベルナー伯爵邸に到着したのは翌日の夕方だった。