プロローグ
俺は繰り出される剣戟をいなし、相手の隙を伺う。
力の乗った剣圧は流石親父といったところか。
親父の繰り出す技は、我が家に代々伝わる流派の秘伝。
俺は幼少よりこの古流剣術采華一刀流を叩き込まれている。
親父の得意な『華双夏』を交わし、懐に擦り寄り胴を狙って『紅一閃』を横凪に放つ。
俺の得意な技だ。
鍛錬場でぶつかる様に対峙する俺と親父は、息を合わせて離れる。
「お前も強くなったな、隼人」
「そうか?俺の一撃は親父の胴を捕らえてい無いと思うが」
「ふ、まだお前に負ける程ではないわ」
そういって豪快に笑う親父は次に柔術の稽古へと切り替える。
毎朝行われる鍛錬はこうして過ぎていく。
俺の流派である采華一刀流はメジャーな流派では無い。
所詮個人が継承しているだけの廃れ果てたものだ。
俺も子供の頃から稽古しているだけで、思い入れがある訳では無い。
柔術の型も終わり、朝の稽古が終わる。
凄く開放された気分になる。
小学校位までは、俺も剣士になるんだっと真剣に考えていた。
でも高校生になれば、もうそんな夢も見れない。
実際、剣術で将来食べていけるかといえばNOだ。
じゃあ剣を磨いて何か良い事でもあるか?それもNOだ。
現代の平和な日本で、殺陣など起きようも無いからだ。
じゃあ剣道で日本一とか?ありえない。
剣道と古流は根本が違いすぎて、俺に染み付いた癖では反則負けが目に見える。
采華一刀流に身が入っていかない毎日を過ごしながら今日も朝ごはんの支度をする。
お袋が亡くなってから食事は親父と俺で交代制だった。
『だった』のだ、今では俺が主にこなしている。
単純に親父の飯が不味過く、俺が作る方が美味いからだ。
「親父、今日は弁当いるのか?」
「いや、今日はもうこんな時間だし飯食ったら仕事に行くわ」
「そっか、じゃあ直ぐに支度するから待っててくれ」
鍛錬場を出て、家の勝手口から台所に向かう。
ドアノブを回し家に入って見ると、そこは森の中だった。
「え?何処だ此処」
握っていたドアノブはもう手の中には無く、ドアを開けた姿のまま森の中に1人立っている。
振り返っても見慣れた鍛錬上も無く、ただ森の木々があるだけだ。
「まじかよ・・・」
取り合えずこの状況は異常事態だ。
小説やアニメのようにどっかに飛ばされたかとも思ったが、余りにも馬鹿馬鹿し過ぎて頭を振る。
まずは森から出て人の居るところに出よう。
そう思って歩こうとすると足が動かない。
何事かと驚いていると、頭に声が響いてきた。
「チュートリアルが開始されます。まずはステータスと念じて下さい」
ええ?なんだこれ・・・
ステータスってゲームかよ。
そう思った瞬間目の前に透明な画面が現れ、何かが書いてある。
【名前】ハヤト・ウネハナ
【LV】1
【年齢】16才
【種族】人間
【状態値】HP30/30・MP57/57
【攻・防】90/24
【能力値】S18・V10・I19・A13・D15
【スキル】刀術LV4(0/5)・棒術LV3(0/4)・格闘術LV3(0/4)・鑑定・ストレージ
【固有スキル】采華一刀流
【スキルP】10
【所持金】0G
【装備】羽織DEF2/袴DEF2
うお?俺の情報が書かれている。
透明な画面が宙に浮かぶ奇妙な感覚に戸惑っていると、また声が響く。
「ステータス画面が表示されました。残りステータスポイントを使ってスキルを取得してください。取得は欲しいスキルを選択すれば決定されます」
またもや透明な画面が浮かび上がる。
俺のステータス画面の横に並ぶように浮かんでいる。
見ると画面には剣術や槍術、魔法なんかが書かれている。
画面の右にはスクロールバーがあるので、指でなぞって下へ送るとまだまだスキルが出て来る出て来る。
画面と睨みつけながら、この異常事態を冷静に考えて見る。
白昼夢なのか?いや実際に足元の土や吸い込む空気も実感がある。
触る画面も指先から感覚が伝わり夢や幻ではないらしい。
どうやってもこの状況の説明が付かない事に諦め、声に従うことにした。
スキルか・・・
何を選んでも同じに思える。
得意なものは既に取得しているみたいだし、どうせなら思いも突かないスキルにしようか。
スキル取得画面を上へ下へとスクロールして何か無いか探して見る。
暫くスキルを見ながら奇妙な事に気付く。
スキルは上から1行に10個づつ、下へずらりと並んでいるのに、最後の行だけ9個なのだ。
簡単なスキルっぽい上の行は、消費スキルPも1とか2であるのに対して、下へ行く程に消費Pは増えていく。
その空いている最後の行は全て消費9Pで終わっている。
消費スキルポイン10Pが最後の行ですら存在しないのだ。
しかもこれ見よがしに空いている空欄。
興味が沸き、ついそこを押してしまった。
「スキル『ラーニング』を取得しました。これより実戦に入ります」
ちょっと待て!
押しただけで取得するなんてアナウンス無かったぞ?
どういうことなんだ。
声が終わると途端に体が動き出す。
なんのレクチャーも無いまま実戦開始かよ。
俺は半ば強制的に進行されるチュートリアルに困惑しながら、注意深く周りを観察する。
「スモールラビットが現れました。まずはスキルを使ってみましょう」
使えって、どうするんだよ。
困惑しているのに更に困惑させる声の進行。
目の前には1Mはあるかというウサギがいた。
どこがスモールなのか問い詰めたいわ。
俺が声に苛立っている間、スモールラビットは微動だにしない。
おかしい、普通なら攻撃が来てもよさそうなのに。
スモールラビットを観察しているが、攻撃してくる気配も無い。
まさかスキルを使うまで行動が制限されているのか?
俺は敢えてスキルを唱えず暫くじっとしてみた。
案の定スモールラビットは何もして来ない。
「っつ本当にチュートリアルなのかよ」
吐き捨てるように呻き、仕方なく使えそうな剣術から采華一刀流の『華瑞樹』を唱えて見る。
反応が無かった、何も起こらない。
それにスモールラビットにも変化が無い。
何が違う?
俺はスキルという点で勘違いしているのだろうか。
スキルについて考え、色々剣術系を使ったが変化が無い。
もしやと思い『ラーニング』と唱える。
すると、今まで動かなかったスモールラビットが突然襲ってきた。
「っと危ない」
スモールラビットの突進を避け、柔術の構えを取る。
武器は無い、だから今は習ってきた体術で勝負だ。
突進から方向転換したスモールラビットと対峙すると、また声が響く。
「スキルの使用が確認されました。一度ステータス画面を確認してください」
声が響くと、俺を狙っていたスモールラビットがその姿勢のまま止まっている。
俺はすかさずステータスと念じ画面を呼び出す。
呼び出した画面には新に追加項目があった。
【名前】ハヤト・ウネハナ
【LV】1
【年齢】16才
【種族】人間
【状態値】HP30/30・MP47/57
【攻・防】90/24
【能力値】S18・V10・I19・A17・D18
【スキル】刀術LV4(0/5)・棒術LV3(0/4)・格闘術LV3(0/4)・鑑定・ストレージ
【固有スキル】采華一刀流
【スキルP】0
【所持金】0G
【ラーニング】突進LV1(0/2)
【装備】羽織DEF2/袴DEF2
突進LV1が見える。
つまり『ラーニング』とは相手のスキルを複写するようだ。
ステータス画面を確認して、自分のスキルについて理解する。
「スキルの確認が取れましたか?ではこのまま戦闘を終了してください」
するとスモールラビットが前傾姿勢から突進を繰り出してくる。
さっきと同じように避ける。
ただ前回と違うのは擦れ違いざまにスモールラビットの首を腕で取り、そのまま体重を乗せて地面に叩きつけた事だ。
叩きつけると同時に左手をスモールラビットの頭に乗せ押し込み、巻きつけた腕を首が上になるように引き上げる。
頭を下にして首だけがくの字に曲がって、スモールラビットは事切れる。
首の骨を折ったのだ。
モンスターと言えども動物と同じなのか、脊椎が折れたら死ぬようで安心した。
スモールラビットが死んだ途端、今度は頭にピロリロ~ンと音がなる。
「戦闘が終了しました。おめでとう御座いますLvが上がりました。ステータス画面を開き取得したスキルPを使って、スキルLvを上げてください」
どうやらLvが上がったらしい。
しかし、戦闘があっけなさすぎた。
確かに人にならあの技は有効だがスモールラビット程の大きな獲物には、勢いを止める程度にしか利かない筈なのに。
自分が身の丈以上のモンスターを倒せた事が不思議だった。
俺が考え込んでいると、声が急かして来る。
言われるままに画面を開き、確認する。
【名前】ハヤト・ウネハナ
【LV】4
【年齢】16才
【種族】人間
【状態値】HP76/76・MP84/84
【攻・防】135/38
【能力値】S27・V19・I28・A26・D27
【スキル】刀術LV4(0/5)・棒術LV3(0/4)・格闘術LV3(0/4)・鑑定・ストレージ
【固有スキル】采華一刀流
【スキルP】15
【所持金】0G
【ラーニング】突進LV1(0/2)
【装備】羽織DEF2/袴DEF2
ふむ、一気にLvも3つ上がり、スキルPが15ポイント増えている。
たぶんこれを使ってどれかのスキルに加算するのだろう。
まずは得意な刀術を上げたい、その方が安心できるから。
俺は画面の刀術スキルにタッチして見ると(1/6)と変化した。
タッチ回数でスキルの必要量が増えていくみたいだ。
迷わず刀術をLV5にする。
スキルPは残り10ポイント。
「スキルLvが上げられました。これでチュートリアルが終了します。以降好きなようにこの世界を生きてください。なお所持金として100Gが進呈されます。ようこそラインドルアへ」
チュートリアル終了の声が響き、俺は森の中に取り残された。
以後、あの声は俺の頭に響く事はなかった。