ランチェスターさんは偉かった
十九世紀から二十世紀初頭、イギリスにフレデリック・ウィリアム・ランチェスターという方がいました。この人は技術者で、若くして自動車会社を立ち上げましたが、その車は先進性と独創性に過ぎたのか、そんなに売れない。ならば、と彼はさっさと事業から撤退します。根っからの技術者だった彼はその後も研究所を作り、航空機の翼やプロペラに重要な発展をもたらす揚力理論をドイツの学者と発表したりしました。
その彼の名が現在まで知られているのは「ランチェスターの法則」のお陰です。
ランチェスターさんは第一次大戦の始まった1914年、当時はまだ未知のものだった航空機の空中戦を知り、自分の研究する航空機(当時はまだ戦闘機と言う言葉はありません)が戦闘により損害を受ける割合や対決した機数を調査・研究し、ついに戦闘に関する二つの法則を発見します。これが「ランチェスターの法則」と呼ばれています。
この法則は経営学や経済学をかじった事のある人は一度は耳にしたことのある法則でしょう。彼が考えた法則を経営や営業に当てはめ、発展させたのは日本人だったと言われています。と言う訳で、経営への応用は実用書も多く、ネットでも簡単に調べられますからここでは語りません。
まずは第一法則。この法則が成立する前提条件として、彼は次の四つを上げています。
1;A軍とB軍が戦い、お互いを有効な視界内・武器の射程内に収め相互に射撃をする。
2;両軍の「戦力」は武器の性能、兵員の質によって決まっていて、戦う時の効果はそれぞれ異なっている。
3;両軍とも相手の状況が分からないので、戦場の相手方向にまんべんなく攻撃を行う。
4;両軍が戦った後に残る兵員(部隊)はそのまま戦場に残るが、その形は定型でなく様々である。
こう上げると、もう難しくて嫌になってしまう。ので、ここでは深く考えないでください。要は「AとBという軍がいて、比較的狭い場所で対峙し、戦う」そういうこと。
この結果を彼は次の方程式で示しました。
Ao-At=E(Bo-Bt)
……逃げないでくださいね?今説明しますから。
AはA軍。BはB軍。oは「最初にいた人数」tは「戦いの後に残った人数」。
だからAoは「A軍の最初の人数」でAtは「A軍の生き残った人数」です。
Bも一緒。ではEって何?
Eは「武器の性能比」だそうで、これにも方程式があります。
E=B軍の武器性能÷A軍の武器性能。
つまりはEは「武器の質」ってことですね。A軍もB軍も同じ武器を使うなら、
E=1÷1、つまり武器の性能比は1ってことです。
また、その軍の「戦闘力」を数値化する式として、
(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)
この式。両軍同じ武器で戦う、とした場合、「兵員数」が多い方が「戦闘力」は高く、また、「兵員数」に劣っても「武器性能」で補える、ということが示されていますね。
例を上げましょう。A軍が6名、B軍が3名とします。武器は全く一緒。A軍がB軍を全滅させるとA軍は何名残るのか、つまりBtを0(全滅)として式に当てはめると……
Ao-At=E(Bo-Bt)
6-At=1(3-0)
6-At=3
At=6-3
つまりA軍は3名が残る。
B軍は武器性能が一緒ならどうやっても全滅は免れない、と言う訳ですね。B軍が勝利するためには、武器性能で相当上回らないといけない、ということでもあります。
では逆にB軍がA軍を全滅させるにはEがどれだけあればよいのか?B軍が1名だけ生き残り、A軍を全滅させるという「ギリギリB軍勝利」で計算してみると……
6-0=E(3-1)
6=Ex2
E=6÷2
つまりE=武器性能比は3となり、B軍はA軍の武器より「3倍の性能を持った武器」で戦わなくてはならない、となります。
これを先ほどの式に当てはめれば、
6-0=3(3-1)
因みに、これらは軍の「戦闘力」を引き算することでも得ることが出来ます。
At =(A軍の戦闘力-B軍の戦闘力)
Bt =(B軍の戦闘力-A軍の戦闘力)
これがランチェスターの第一法則と呼ばれるものです。第一法則は古来の戦闘、両軍が遭遇していわば一対一の戦いになった場合のものです。
次に第二法則。この法則が成立する前提条件として、彼は次の四つを上げています。
1;A軍とB軍が戦い、お互いを有効な視界内・武器の射程内に収め相互に射撃をする。
2;両軍の「戦力」は武器の性能、兵員の質によって決まっていて、戦う時の効果はそれぞれ異なっている。
3;両軍は相手の状況が分かっていて、戦場の相手に対しピンポイントに攻撃を行う。
4;両軍が戦った後に残る兵員(部隊)は、同じように残った相手部隊に対し均等に攻撃を行う。
……まだ逃げないで! 前提の3と4が異なっていることに注目です。
第一法則では「敵がアッチにいるのは分かるけどどんな形に配置されているか分からない。一度ぶつかった後で残った敵もどんな形で残ったのか分からない」だったものが、
第二法則では「敵の位置は分かっているし、一度ぶつかった後で残った敵の位置も分かっている」と、情報が正確になっています。つまり第一法則ではムダ弾の多かった射撃(分からないから大体の方向にバンバン撃つ)が第二法則では正確でムダのない射撃が出来るような条件に変わっている。ここ、重要です!
で、彼はこれをこういう方程式で示しました。
Ao×Ao-At×At =E(Bo×Bo-Bt×Bt)
また、「戦闘力」を数値化する式は、
(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)²
としています。
つまり第一法則での各数値をEを除いて二乗して計算、という仕組みです。第一法則での単純な戦いから近代戦らしく敵の情報を得ている条件が整えば戦いの「数値」は二乗する、とでも理解すればいいのでしょうか?
とにかく、この方程式をまた変形させましょう。A軍の残る員数はこういう式になります
At =√(Ao²-Ex(Bo²-Bt²))
平方根ですよ、二乗根!数学思い出してね。
で、先程のA軍が6名、B軍が3名、武器は一緒、B軍全滅の条件で式に当てはめると、
At =1√(6²-1x(3²-0))
At =√(36-9)
At =√27
At =5.19615…
分かりますか?これ、背筋が寒くなるような結果だと言うことを。
鋭い読者の方は気付いていますね。B軍全滅でもA軍は5人が残り、後の一人も0.2、20%の確率で生き残る。
つまり6人対3人での近代戦では同じ武器を用いて正面衝突すれば6人側が5人残って相手を全滅させうる、とランチェスターさんは言っているのです。
また、Atをそれぞれの「戦闘力」から計算することも可能です。
式は、At=√(A軍の戦闘力-B軍の戦闘力)。
A軍の戦闘力=1x6²
B軍の戦闘力=1x3²
√(36-9)=√27
長々とごめんなさいね。で、この法則は特に米軍が気に入って研究を進めます。そして編み出したのが「オペレーションズ・リサーチ」という手法。統計や科学的モデルを基に最も効果的な配備人員数や武器の性能を割り出したのです。
これは第二次大戦で初期の方法が試され、主に米海軍の作戦で活用されました。有名なものに、対ドイツ戦でのドイツ潜水艦(「Uボート」として有名です)対策や、対日本戦でのゼロ戦や神風特攻隊との対決に使われたとのことです。
今や、経営セミナーなどでも活用されるランチェスターの法則。いやあ、初期の航空戦からこのような単純かつ冷徹な法則を思いつくなど、ランチェスターさんは偉大な方だったんですねえ。
※爪切りばさみ様のご指摘により、第二法則のAtを得る式を
At =√(Ao²-ExBo²)
と訂正させて頂きました。
因みに、間違いの式は
At =E√(Ao²-Bo²)
お恥ずかしい限りで、嘘の式を覚えてしまった方はすぐさま知識を入れ替えて頂きたく図々しいお願いをして置きます。
申し訳ございませんでした。
※追記;2
市村様からご指摘を受け、第1法則の具体例を変更しています。
確かにご指摘通り。ありがとうございました。
※追記;3
またまた訂正ですが、
日野技 凛子様のご指摘により、Atを得る式を
At =√(Ao²-Ex(Bo²-Bt²))
または、
At =√(A軍の戦闘力-B軍の戦闘力)
とさせていただきました。
いろいろ訂正ばかりで申し訳ありません…