表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/36

兵士の変化と・武器の発達と

 参謀が有効と確認されても、指揮官が貴族や特権階級という旧弊が続く以上、軍隊の制度改革はなかなかうまく進みません。十九世紀当時の軍政改革は正に牛歩の如くでした。

 

 とは言え、兵士たち下士官たちが平民出身という新しさが年を経るごとに常態化し、士官養成学校が平民出身者を受け入れる様になり、その割合が増えるに従って、軍隊は下から先に変化して行きます。


 まず、軍隊の屋台骨を支えている下士官。これが傭兵から平民出身に変化したことで大きな変動が起ります。


 伍長や軍曹、曹長というこの階層は、指揮官の命令を忠実に実行し、兵士を引っ張る兄貴的存在です。

 彼らは普通の兵士より数年から二、三十年も先に軍にいる「軍隊の申し子」で、親も下士官で自分は兵営で生まれ育った、という者も多くおりました。

 前回、貴族は士官として幼年から養成された様なもの、とお話ししましたが、兵営に生まれ育った者は正に下士官教育を生まれた時から受けていたようなもの、です。


 こうしたベテランたちは戦闘の実際から訓練のことまで、実に多くの知識・経験と技術を身に付けています。

 士官養成学校を出たばかりの新米士官は、先輩士官から「部隊の軍曹たちの言うことをよく聞き見ておけ」と教わるものです。

 自分の父親とそう変わらない、中には父親よりも歳の行っている下士官も多いもの。下士官たちも心得たもので、緊張する新任の士官たちがまごついたり失敗したりしない様、さりげなく諭したり教えたりします。

 士官の威厳を損なわないため、兵の前で新米士官が恥をかかない様にして、軍隊にとって一番大切な上下関係を崩さない様にするのです。


 こうして下士官が市民階層出身となれば、同じ階層出身の兵士との上下関係や協調もうまく行き、部隊の団結力も高まります。

 貴族が未だに多い士官たちも、やがて新米時代に教わったり横目で盗み見て学んだ「先生」下士官たちを大切にして、軍の形態は傭兵時代の硬直した世界からどんどん変化して行きます。


 更にこの時代は産業革命により武器の発達も進んでおり、火器(小銃や大砲)の射程距離や命中精度、破壊威力も加速度的に発展します。

 

 武器が変われば戦闘も変わります。

 

 精度や破壊力の違う武器を用いて戦えば、あのランチェスターの第一法則、あの方程式説明の時に省いた「E」=「武器の性能比」に数値が入ります。

 

 ここでちょっとまた脱線ですが、例で示しましょう。


 ランチェスターの第一法則のおさらいです。式は Ao-At=E(Bo-Bt)

 ……覚えていますよね?(汗)


 A軍は6人、B軍は3人。以前と同じ条件とします。


 A軍の武器は旧来の「先込め」(弾丸を筒先から装填する)マスケット銃(十八世紀主流の小銃。火縄銃の進化版)。150mの有効射程(当たる可能性がある最大距離)で発射は12秒に1発とします。


 B軍の武器はドライゼ銃(十九世紀中頃登場。現在のライフル銃の祖先とでも思って下さい)。300mの有効射程、発射は6秒に1発とします。


 単純にするため、マスケットの武器性能を1、ドライゼを2とすると、2÷1でEは2となります。この条件でB軍が全滅(Btは0)すると、A軍は何名生き残っているのか?

 前回は3だったAt=A軍の生き残りはどうなるのでしょう?


6-At=2(3-0)

6-At=6

At=6-6


 なんと0!


……まあ、B軍も同じ0ですから引き分け。実戦でお互い全員戦死なんてよほどの偶然が起きない限りありませんから、ここは、武器の性能が敵より倍くらい高ければ人数をカバー出来る、位に捉えておけば良いと思います。


 話を戻し先に進めましょう。


 ナポレオンの時代までは敵味方、武器はそう変わらなかった。兵士たちは三列か四列に並んで戦場を進み、規則正しくマスケット銃を撃っては後列と入れ替わり、弾丸を込め、再び前列と入れ替わり撃ちます。

 騎兵の突撃に対しては「方陣」と呼ばれる四角形の密集体型で迎え撃ち、小銃の集団連続発射でけ散らします。

 その後方では大砲が火を噴き、歩調を合わせて行軍して来る敵歩兵や突撃する騎兵の陣形を崩し、あわよくば粉砕しようと撃ちかける。

 これは火縄銃の発明以来さほど変わらない戦い方でした。

 用兵(兵の使い方)上、信長が武田騎馬軍団を事実上殲滅した長篠の戦い(1575年)も、ナポレオン時代の戦い(1800年前後から1815年)も、大砲の有る無しを除き小銃の使用方法だけを見るならば、大きな違いはありません。


 ところが、十九世紀中頃から小銃は格段に発達して行きます。先込めから後込め(銃の後ろ側から装填)となり、やがて弾丸も薬莢(発射火薬を詰めた筒状の物)と一体化します。

 ボルトアクションと呼ばれる弾丸装填を一連の動作で行える機構が加わり、これで発射までの動作が格段に省略され、火縄に比べて数倍も早く、多く撃てるようになります(先ほどのドライゼ銃がそう)。


 同時に産業革命は精密な製造が行える様々な発明を呼び、複雑な機構や精密加工が比較的簡単に行えるようになります。これによって武器の精度も上がり、射程や命中率も上がりました。

 ライフリングと呼ばれる銃身内側に刻まれたらせんの溝は、今までも弾丸に回転を与えて命中率が格段に違って来ると知られていましたが、熟練した職人がじっくり時間をかけて作らねばならない高価な細工でした。

 しかし、この精密加工の発達(正確に・短時間に・大量に=安く)により、すべての銃に付けることが出来るようになりました。


 このような小銃の発達は、歩兵の戦い方を根本から変えてしまいました。

 兵を何列も並べて発射速度を上げる必要もなくなり、また、そのような戦い方は命中率と射程の上がった小銃に対し自殺行為になって行きます。

 歩兵はそれまでの派手な制服を着飾って、きちんと歩調を整えて敵に向かって行く「おもちゃの兵隊」の姿から、時に地に這いつくばり、時に身を屈め、指揮官の号令一下、走って敵に殺到する突撃スタイルが一般的になりました。

 これが集団から個々へ、列線から散兵への変化です。これはナポレオンも時として行っていましたが、時代の先を行く戦い方だったわけです。


 さて、小銃が大きく発達を始めると、そこへ電信の発明がやって来る。伝書鳩や騎馬伝令が一日かけて運んだ通信連絡がたった数時間です。

 更に機関銃の元祖ガトリング砲も出て来ます。小銃の発展と共に大砲も先込めから後込めになり、発射速度が上がる。火薬も質の良いものが出来て来るから射程も威力もうなぎ登り。鋼鉄の強度も上がり、頑丈な武器は更に射程を延ばす。地味に見えますが、後に戦闘の形態を大きく変えてしまう有刺鉄線も作られ始めます。

 鉄道の発展も見逃せません。大量の物資や兵員を運ぶ手段としての鉄道は民間ばかりでなく、軍にとっても重要なインフラとなって行きます。


 ところで、有効と認識されつつも、貴族階級が支配する軍上層部はプライドからか地位のためか、参謀を一段低い地位として見ていました。

 参謀も士官ですから貴族出身者が多い。参謀勤務をソツなくこなした後は何がしかの指揮官に任命されるのが常でしたから、士官は皆、参謀を高級指揮官になるために通らねばならない通過儀礼程度にしか考えませんでした。


 ところが、世の急速な発達は指揮官にますます多様で複雑な采配を強いて行きます。昨日までは素人である国民を兵として使い、新機軸の武器や科学技術の発展を有効に使う手立てを知らなくてはなりません。ますます頭の回転力が試される事になります。


 こうして武器や交通・通信の発達が戦闘の結果を左右しかねない状況になると、武器の開発競争もそうですが、軍事作戦も従来の考え方では時代遅れとなりました。新しい時代には新しい作戦が必要です。


 ここまで来れば、参謀の大活躍する日はまもなく訪れます。それはやはりと言うべきか、参謀本部の生みの親、プロシア王国で起きたのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉妹作品「プロシア参謀本部」編はこちら↓クリック!
a9e9b56d0d3512b0b8fac31d408c761c.jpg?ran

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ