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貴族のボンボンが国民軍の指揮をする?


 1815年、長きに渡ったナポレオン戦争が終結すると、ようやくフランスに勝利した各国はナポレオンの軍隊の強さとは何であったのか検討を進め、国民から広く兵を集めたことが原因だ、との結論に至ります。これはあのシャルンホルストの結論と同じで、各国は先に軍政改革を進めていたプロシア王国に負けじと軍の改革を急ぎます。


 時は十九世紀前半。産業革命で貴族の時代が去り、今までの平民階級の発言力が一気に増した時代。封建王国から立憲君主国へ、そして平民主導の共和国へと国のかたちが変わって行きます。軍隊も、専制君主から立憲君主や共和制への移行と共に変化しなくてはならないのは必然でした。


 結果、傭兵たちが地位と金のために戦う「職業軍」から、広く国民から兵を募る(その多くは徴兵として集める)「国民軍」の時代が訪れます。

 え?ぽっと出のそこらの兄ちゃんを集めた国民軍が、戦闘のプロである傭兵に強いとは考えにくい?

 では、先にそれを考えてみましょう。

 戦闘の原則その一、「目的の原則」を思い出して次の質問を考えてみて下さい。



問い;傭兵は何を目的に軍隊で戦うのか。そして「国民軍」である新軍隊の兵士は何を考えて戦うのか?

 


 分かりましたか?では答えです。


 乱暴にくくってしまえば、傭兵は「金・名誉・地位」を得るために軍に参加します。

シャルンホルストを思い出して下さい。同じドイツ語を話すとはいえ、母国ではないプロシア軍に参加したのは「母国ではこれ以上出世は望めないため。貴族になって実力を発揮し、地位と名誉を得たいため」だったと思われます。

 傭兵の「目的」に「参加した国を護るため」という題目はあるかないか、せいぜいお飾り程度でしょう。

 

 対して平民の兵士。ほとんどが徴兵され、最初は嫌々でしょうが、何年か軍人として鍛えられます。

 目的も「決まり事だし諦めて任務を全うし、早く家族の元に返してもらう」でしょう。

けれど一度軍に入ると同じ釜の飯を食う仲間たちと参加した部隊を愛する教育を受けます。一緒に汗を流し一緒に怒られて一緒に泣き、場合によっては運の悪いことに一緒に戦います。

 戦友と肩を並べ、激しい訓練に耐えるうち、この苦難はすべて自分が家族を、国を護るため、という考えに変化して行きます。


 辛いことばかりではありません。

 熱心にがんばれば下士官への(せいぜい軍曹までですが)昇進もあります。成績が良ければ栄誉も与えられます。それに戦争ともなれば「故郷を、家族を護る」という目的は更に高まり、強固になります。

 そして戦いを勝ち抜いて、生きて故郷に帰る事が出来れば故郷の人々の尊敬と栄誉が待っています。オリンピックでメダルを持って帰った人たちを思い浮かべてみて下さい。あんな感じです。 

 このことは、戦争の形態にも影響を与えます。

 

 十八世紀までの戦闘は、宗教がらみの殲滅戦や復讐的な要素が無い限り、指揮官が戦死するか逃げ出してしまえば即、負けでした。

 こうなれば残された傭兵たちはさっさと撤退してしまう。戦う「目的」が消滅したからです。スポンサーが居なくなれば契約は終了と考えて良いでしょう。戦っても何の得にもならないし、無駄死にとはアホくさい。

 

 しかし「国民軍」は違います。トップが戦死すれば次席が、それも倒れたらそのまた下が、といつまでも戦おうとする。「目的」がなくなっていないからです。自分たちが撤退したらその行く末は故郷が蹂躙され家族も殺されることにつながっていく、この思いは決戦場が国に近ければ近いほど強い。リーダーが倒れても、また新たなリーダーが立ち上がり必死で戦います。また、平時には「それ」を狙った教育もするのです。

 

 どうですか?「国民軍」は強いでしょう。

 しかし、後の世にこれが大きな悲劇となります。その話は近いうちに改めてしましょう。


 話が大きくずれました。軌道を戻します。


 下士官や兵士が平民階級ともなれば、指揮官も平民から、との流れが考えられますが、アメリカで南北戦争が、日本で明治維新が起こる十九世紀中頃まではなかなかそうは行きません。


 傭兵主体の時代も貴族や王族が軍の上層部・指揮官を占めていました。貴族であるということは、領主であると共に政治家であり軍人でもあった時代が中世からナポレオンの登場辺りまで続きました。

 また、貴族は跡継ぎである長兄以外の男子を独り立ちさせるのに軍隊を利用しました。

 軍隊は国の中でも重要なポジションにありますし、いざ戦争が起こって活躍すれば栄誉は当然、新たに独立した貴族として取り立てられるし、出身家の名誉ともなるからです。


 こうした傾向は共和制を敷く国でもありました。共和制の国でも富裕層や貧困層の階級はあり、富める者が貴族然と振る舞うのは当然の流れですし、王制から共和制へ移行した国ではなおさらのこと、元貴族が特権階級として未だ侮れない力を持っています。


 この貴族や特権階級が軍の上層を支配する構図は、なかなか払拭することは出来ませんでした。


 なにより貴族の男子は、人の上に立つ者として幼年より教育されますし、乗馬はもちろんのこと、一般教養や外国語、社交マナーまでしっかり教育済みです。軍人は一種の外交官でもあり、外交官付きの武官として海外へ派遣もされますから、立ち振る舞いや自然な威厳は欠かせない「武器」です。この手の雰囲気は、貴族なら生まれながらに持っているものです。


 そう、よちよち歩きの頃から士官養成をしているようなもの。軍隊も、どこの馬の骨か分からない連中よりサラブレッドを育てた方が都合がいい。名門貴族は、産まれた子供に十五年後の士官養成学校入学の予約をいれる事も普通だったようです。


 軍隊が本当の意味での「国民軍」になるのは二十世紀前半、日露戦争から第一次大戦を待たねばなりませんでした。

 

 さて、貴族であれ特権階級であれ、軍隊に入ってしまえば勉強しなくてはならないのは同じです。中にはコネもあったでしょうが、それでも一国の命運を左右するポジションは優秀な人材で固めたい。

 そして優秀な人材は「参謀」として、国家がいかに他国に勝つか、を常に考えます。当然その他国(仮想敵国と呼びます)もきっと同じ様にこちらを出し抜く作戦を練りに練っているに違いない。それに勝つためには自分たちの周りをもっと優秀な人材で固めたい。


 軍隊の頭脳として、その存在が次第に重要になって行く「参謀本部」は、こうして一大頭脳集団となったのです。




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