福田康夫内閣総理大臣
「悲の念を禁じ得ない」
記者団にそう告げたのは女性初の内閣総理大臣 高市早苗氏であった。
福田康夫元内閣総理大臣が2026年10月22日に90歳で死去したことを受けたもので10月26日に東京都内の斎場(葬儀場)を訪れて遺族を弔問し、哀悼の意を表した。
「アジアの国々との関係改善に尽力した」「近隣国との友好関係の構築に努力した」。元首相の福田康夫さんの死去を受け、韓国メディアが報じていた。中国を筆頭にアジアとの結び付きを重んじた人として、今も評価される。、
その政治家としての原点には、秘書官として仕えた父・赳夫氏さんであろう。1977年、父も元内閣総理大臣の福田赳夫が首相として掲げたアジア外交の原則が「福田ドクトリン」である。
「福田ドクトリン」はフィリピン・マニラで行った東南アジア政策に関する演説で示した、日本の対東南アジア外交の基本方針(東南アジア外交3原則)のことで3つの原則を柱としている。
• 非軍事化の堅持:日本は平和に徹し、軍事大国にならない決意であることを表明する。
• 「心と心の触れ合う」関係の構築:ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々と、政治・経済だけでなく社会や文化など広範な分野で真の友人としての信頼関係を築く。
• 対等なパートナーシップ:日本とASEANは対等なパートナーであり、東南アジア全域の平和と繁栄に協力・寄与する。
戦後の日本がアジア地域に対して示した、初めての本格的かつ理念に基づいた積極的な外交姿勢として高く評価された。
東南アジア諸国連合(ASEAN)11カ国の有識者層を対象に、シンガポールのシンクタンクが毎年行う意識調査によれば。今年の調査で日本を信頼する人は65%を超え、EUや米中を上回った。8年連続でトップの評価だという。
簡単に言えば福田総理がいなかったらアジア諸国との信頼関係がなかったといえる。
だからこそ心配になる。
取り組んできた戦後の努力が、土台が崩れたとき日中関係による築かれた信用と実績が一瞬にして崩れてしまわないか。




