終わりへ
街で悲鳴が上がる。三度発生したウイルス災害により人々が屈伸に満ち満ちていた。ニュースが流れる。
「臨時ニュースです!今度はBSIC本部で発生!状況は不明!」
「いやああ、本部で発生とは、人為的なものじゃないですかねえ。」
ある番組ではそのニュースをパネラーが感想を言っていた。
「つまり、月並区から、離れて逆波区、ついに本部…この経緯を探ると人為的な物を感じますね。」
「では坂中さんは誰だと思いますか?BSIC委員長田中ですか?」
「いや、だからこの経緯を探れば分かる話だ。犯人は…」
「犯人は?」
「犯人は…犯人…はん…にん…」
「坂中さん?」
「はん…に……は…………」
「坂な…大変だ!皆逃げろ!早く!にげ…に…」
「放送は中止だ!わっ!」
「もう、いや!やめて!もう…やめ…て……や……」
カメラがひっくり返った。カメラには屈伸しているカメラマンを写し出していた。だれもその放送を止めようとしなかった。何故なら皆屈伸しているから。
*
相田と瑠田はBSICを出て必死に真田の後を追った。真田ははるか遠くにいる。途中運動不足の瑠田が「もう走れない…」と言ったため、相田は瑠田を背中におんぶした。相田はふと、瑠田がマスクをつける前に一瞬空気を吸ったかもと言う言葉を思い出した。それで心配になって彼女を連れていたのだ。相田は不安になって尋ねた。
「瑠田さん、膝は大丈夫?」
「疲れてるだけです。」
「…」
瑠田を抱えながら相田は後を追った。真田はある建物の前に立ち止まった。相田は後を追う。
その時瑠田が「あっ」と言う声を洩らし、相田はぎくりとした。彼女の膝が周期的な痙攣のような運動をしているのを相田は感じた。その時相田は重大なミスを悟った。事前に血清を打つべきであった。真田の事で頭が一杯だったのだ。瑠田は恐怖に怯えて叫んだ。
「屈伸しちゃう、屈伸しちゃう、屈伸!」
相田は手遅れかなと思いつつ瑠田を地面に横たえて今更血清を打った。瑠田は不安そうな顔で相田を見上げて言った。
「大丈夫かな?」
「…」
正直大丈夫である自信は相田にはなかった。とりあえず一度屈伸すると完全に脳が壊れてしまうので、応急措置として、膝と足にコンクリートブロックを積んだ。
「じゃあ…ブロックどけないでね。屈伸は絶対しちゃだめだよ。」
「うん……ん?く…くああ!」
瑠田が苦しみ始めた。ウイルスに侵されつつある彼女の脳は屈伸を命じ、それが重石のせいで屈伸ができない苦痛と、脚の痛み。だが相田はいかなくてはならない。相田は屈伸に苦しむ瑠田を一瞥し、やがて後ろを振り返って真田の建物へと向かった。
建物は恐らく真田の自宅か仕事場であろう。様々な機械が並んでいた。中には開発途中のあの次世代レントゲンの、3Dスキャナーもあった。なに、発明したのは彼だったのか…
そして、真田の後ろ姿を発見した。
「真田!やめろ!」
すると真田は不気味な笑いを浮かべて振り返った。そして言った。
「とうとう来ましたか。御覧下さい、この機械達を。実はこれらの技術は私が発明したのに政府に全て盗まれた。」
「…」
相田は沈黙した。研修中の瑠田に見せたあれは、彼の発明だったのか。真田は続けた。
「私は屈辱を受けた。だから仕返しに政府に屈辱をお返ししようと思い立った。屈辱…そうさ…『屈』伸で『辱』しめる。そこで私はウイルス兵器を作った。もちろん自分には免疫がきくようにした。」
「…」
「だが付き合っていた矢幡に勘づかれた。復讐の邪魔になると思って私は矢幡を月並区で処分した。つぎに貴様らBSICに行き着くよう生存者のふりをして自ら捕まった。」
「…」
相田は背中の後ろ、真田に見えないように青い瓶を取り出した。
「だが不安だった。矢幡は本当に屈伸したのか。へたすれば彼女のせいで台無しになる。それで貴様と一緒に再び月並区に向かった。確かに彼女は屈伸していたが、バーのカメラに気づかれたのは不覚だった。」
「…」
相田はその液体を注射器につぎこんだ。
「そこで計画を今日に移した。昼寝するからシャッターを閉めてくれ、と言い、その間金属定規で扉を壊した。そしてここだ。」
相田は周りの機械を見渡した。二個一組のディスプレイが沢山あり、一方はミサイルのような映像、もう一方は各国の都市を写し出していた。そして相田はリモコンスイッチを掲げて見せた。
「これを押せば、ウイルスを乗せたミサイルが世界のあちこちに衝突し、世界中の人物が屈伸する。もちろん、世界は崩壊する。だから私はためらっている。そこで相田さんに聞きたいが、私はこのスイッチを押すべきかな?」
相田は注射器を背後に隠し持ちながら考え込み、答えた。
「…押すべきだと思う。だが条件が。」
「…何だ?」
「これだ!」
相田は注射器を高速で放った。注射器は真田の膝に命中し、リモコンを落とした。
「…こ、これは…」
「反免疫薬。まずお前が屈伸しろ!」
真田の顔は一気に青ざめた。自分の身体にふりかかる恐怖で彼は「っっっうわっ!」と叫びながら後退りした。やがて膝が震え始めたので真田は機械の一つに掴まった。そして膝に「やめろ…やめろぉ!私はまだ屈伸したくない、まだ屈伸したくないんだ!」と叫んだ。足元にリモコンが落ちていた。こうなったら、屈伸しなばもろともとリモコンを拾おうとした。だが、拾う時誤って膝を曲げてしまった。彼の意識は破壊され、そのまま屈伸し続けた。
*
その後復旧運動が進められた。なにせ政治家が殆ど屈伸してしまったため、政治が崩壊してしまったため、他国と助け合いつつ、復旧は進められた。
瑠田は退院した。
「あ、瑠田さん、退院おめでとうございます。」
「あ、はい。相田さん、助けていただきありがとうございました。」
「体の調子はどう?」
「…」
突然彼女の表情は曇り、黙ったため相田が尋ねた。
「瑠田さん?」
そして彼女は屈伸した。相田はフラッシュバックして叫んだ。
「瑠田さん!」
だが彼女は立ち上がると普通に話し出した。
「…すみません。後遺症はありました。いつも膝が微妙な痙攣で屈伸したがっているのです。それは理性で耐えているのですが、時折、屈伸が理性を打ち勝って今のように屈伸してしまいます。」
「そうですか…」
「おかげでデスクワークに少し支障が来てしまいました。椅子に座ると、思考が抜けていつの間にか立ち上がってしまうのです。ですから私は座らない職業を今探しています…」
「そうですか…」
「まあ大丈夫です。これも何かの運命です。気にしないで下さい。」
そうして二人は別れた。
相田は瑠田の事を考えた。可哀想に、彼女は家でもどこでも座るたびに、いつの間にか立ち上がってしまう事に苦しんでいるのだろう。会話するとき脈絡なく屈伸する癖にも苦しんでいるのだろう。
彼は家に着いて、あの時早めに血清を打たなかった自分のせいだと思い独り泣いた。その後、彼は償いがしたいと思い瑠田に電話をかけた。彼女は電話に出た。
「もしもし」