第八話 視線の一致
その夜、俺たちは無意識のうちに同じことを繰り返していた。
話し始める前、必ず一瞬、円の中心を見る。
誰かが話し終えると、また中心を見る。
まるでそこに、司会者でもいるみたいに。
「……さっきからさ」
田崎が、低い声で言った。
「俺たち、目線、揃いすぎじゃないか」
誰も否定しなかった。
視線は嘘をつかない。
意識していなくても、見てしまう。
見てはいけない場所ほど。
「そこに“いる”って分かってるからだろ」
白川が言ったが、その声は自分に言い聞かせるようだった。
俺は気づいてしまった。
八脚目の椅子を、直接見ている人間が誰もいないことに。
視線は必ず、少しだけ外れる。
座面ではなく、背もたれの横。
顔があるはずの高さを、避けるように。
「……見えないだけだ」
木村が呟いた。
「見えないから、想像してるだけだ」
だが、その言葉とは裏腹に、木村の体は円の外側へ、ほんの少しずつずれていた。
「なあ」
相原が、突然言った。
「俺たち、今、何時だと思う?」
誰も答えられなかった。
スマホを見る。
画面は点くが、時刻表示だけが読み取れない。
数字が、頭に入ってこない。
「……時間も、ここでは数えられないのか」
志賀が言った。
その瞬間、はっきりと理解した。
この空間では、数が信用できない。
人数も、時間も、順番も。
信用できるのは、役割だけだ。
「昔さ」
塚本が、ふいに言った。
「席替えのとき、いつも余ってた席、覚えてるか?」
心臓が跳ねた。
「一つだけ、毎回余る」
塚本は続ける。
「先生が来るまで、誰も座らない席」
「……あったな」
白川が、ゆっくり言った。
「で、結局」
塚本は円の中心を見る。
「誰かが、そこに座る」
「やめろ」
相原が言った。
「今、その話は――」
「同じだろ」
塚本は、はっきり言った。
「今も。空いてる席があって。誰かが座るのを、待ってる」
沈黙。
八脚目の椅子が、かすかに音を立てた。
軋み。
まるで、同意するみたいに。
そのとき、俺は気づいた。
視線が、一点に集まり始めている。
八脚目の椅子ではない。
その手前。
俺の、胸のあたり。
「……何だよ」
俺は後ずさった。
誰も答えない。
だが、全員の目が、俺を避けるようにして、俺を見ている。
「違う」
俺は言った。
「俺じゃない」
誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。
「分かってる」
田崎が言った。
その声が、やけに優しかった。
「まだ、決まってない」
――まだ。
その一言で、全てが理解できた。
この場に必要なのは、真相でも正体でもない。
必要なのは、一致だ。
誰が引き受けるのか。
全員の視線が、同じ場所に集まること。
八脚目の椅子は、静かに待っている。
視線が、完全に揃う、その瞬間を。




