第六話 欠けた話題
会話は、途切れ途切れに続いていた。
仕事の話。家族の話。昔の教師の噂。どれも無難で、どこにでもある同窓会の話題だ。だが、どの話も必ず途中で引っかかる。誰かが続きを言いかけ、言葉を選ぶように口を閉じる。その沈黙を、別の誰かが慌てて埋める。まるで最初から、触れてはいけない話題が一つだけ決まっているみたいだった。
「そういえばさ」
白川が缶を指で弾きながら言った。
「中学のとき、放課後によく残ってたよな」
「残ってたな」
塚本が頷く。
「部活じゃなくて……」
そこまで言って、塚本は言葉を切った。
「……何だっけ」
「何が」
田崎が聞く。
「いや、その……」
塚本は眉を寄せ、頭を掻いた。
「誰と残ってたんだっけ」
沈黙が落ちる。
「みんなで、だろ」
相原が言った。
「テスト前とか」
「そうだっけ」
白川は納得していない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
俺の胸の奥で、嫌な感覚が広がる。
違う。
みんなで、じゃない。
確かに、誰かがいた。放課後の教室で、机を並べて、愚痴を言って、笑っていた誰か。思い出そうとすると、頭の内側が、じんと痺れる。
「……頭、痛くないか」
志賀が、急に言った。
「え?」
白川が顔を上げる。
「俺だけかと思ってたけど」
志賀はこめかみを押さえた。
「さっきから、思い出そうとすると、痛む」
全員が、黙った。
誰も否定しない。
誰も「自分は平気だ」と言わない。
「なあ」
田崎が、低い声で言った。
「無理に思い出すの、やめないか」
「……なんで」
俺は聞いた。
「分かんない」
田崎は視線を逸らす。
「でも、嫌な予感がする」
その言葉に、相原が小さく頷いた。
「昔も、そうだった」
相原は言った。
「問題が起きると、必ず誰かが言ってた。『それ以上はやめよう』って」
「誰が?」
塚本が聞く。
相原は、答えなかった。
八脚目の椅子が、きし、と音を立てた。
全員の視線が、反射的にそちらへ向く。
座面は、相変わらず沈んだままだ。
「……話題、変えよう」
白川が言った。声は明るく作っているが、目は笑っていない。
「そうだな」
木村が続ける。
「最近のニュースとか」
ニュース。
テレビで流れる、誰かの不幸。
名前を呼ばれ、数日で忘れられる人間。
俺は、その連想を振り払うように、首を振った。
「写真、もう一回撮らないか」
誰かが、そう言った。誰だったか、分からない。
「やめとけ」
志賀が即座に言う。
「さっきので十分だ」
「でも」
「十分だ」
その言い方は、拒絶だった。
俺は、ふと気づいた。
さっきから、誰も「八人目」の話題を、直接口にしていない。
いる。
座っている。
見られている。
それでも、誰も“話題”として触れない。
――欠けている。
人が一人欠けているのではない。
話題が、一つ欠けている。
「……なあ」
俺は、円の内側を見た。
八脚目の椅子。
そこに座る、見えない誰か。
「その席さ」
俺は言った。
「いつから、使われてたんだ」
空気が、凍りついた。
「……何で、そんなこと聞くんだよ」
白川が言う。
「気になっただけだ」
俺は答えた。
「最初から、だったのか。それとも……途中からか」
誰も答えない。
だが、その沈黙の中で、確かに感じた。
八脚目の椅子から、こちらへ向けられる“意識”。
――違う。
こちらを見ているんじゃない。
次に話題にされるのを、待っている。
俺は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
ここで名前を出したら、
ここで正体を言葉にしたら、
何かが決定してしまう。
同窓会は、再会の場じゃない。
話題を一つ、引き受ける場だ。
誰かが、その役割を引き受けるまで、
この円は、崩れない。




