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第四話 数え直し

誰も、その椅子に近づこうとしなかった。

体育館の中央に置かれた一脚。

さっきまで確かに存在しなかったはずの、八脚目の椅子。

「……誰か、動かしたのか?」

田崎が言った。

問いかけというより、確認に近い。

「触ってない」

白川が首を振る。

「俺、写真見てたし」

「俺も」

志賀が続ける。

「立ち上がってすらない」

全員が、自分の手元を無意識に確認する。

誰の指にも、椅子を引いた痕跡はない。

「最初からあったんだよ」

相原が、ぽつりと言った。

「……は?」

塚本が振り返る。

「俺たちが気づいてなかっただけで」

相原は、視線を逸らしたまま続ける。

「最初から、八脚あった。そう思えば、辻褄は合う」

「合わない」

俺は言った。

「俺、数えた。七脚だった」

「俺も」

塚本が言う。

「円の内側、変だと思ってた」

「だったら――」

白川が、震える声で言った。

「今、増えたんだろ」

その言葉が、体育館に落ちる。

増えた。

椅子が。

数が。

「……もう一回、数えよう」

田崎が言った。

声は落ち着いているように聞こえたが、指先が小さく揺れていた。

俺たちは、円の外側に立ち、椅子を一つずつ指差していった。

「一」

「二」

「三」

「四」

「五」

「六」

「七」

「八」

八脚。

間違いない。

「……ほらな」

相原が言う。

「最初から八人分だったんだよ」

「じゃあ」

志賀が言った。

「俺たち、誰か一人、最初から立ってたってことか?」

沈黙。

誰も答えない。

そんなはずはない。

全員、ずっと座っていた。

少なくとも、自分ではそう思っている。

「写真……もう一回見せてくれ」

俺は塚本に言った。

塚本は無言でスマホを差し出す。

さっき撮ったばかりの写真。

七人がこちらを向いて立っている。

そして、その中央――

背中だけを向けた人物。

顔が見えない。

だが、妙に“自然”だ。

不自然なのは、むしろ俺たちの方に見えた。

「こいつ……」

白川が呟く。

「誰かに似てないか?」

「似てる?」

「うん。体格とか……立ち方とか」

白川は一人一人を見比べる。

俺たちの肩幅、姿勢、癖。

「……分からない」

そう言いながら、白川の視線は、俺のところで一瞬止まった。

「何だよ」

俺が言う。

「いや」

白川は首を振った。

「気のせいだ」

だが、その言い方は、どこか引っかかる。

「なあ」

塚本が言った。

「名前、呼んでみないか」

「誰の?」

田崎が聞く。

「全員分」

塚本は言った。

「ここにいるやつの名前を、順番に」

「何の意味があるんだ」

志賀が言う。

「分かんない」

塚本は笑った。

「でもさ、返事が遅れるって話、あっただろ」

その瞬間、空気が張りつめる。

「やめとけ」

相原が言った。

「そんなこと――」

「いいから」

塚本は、半ば強引に言った。

「田崎」

「……ああ」

すぐ返事が返る。

「相原」

「おう」

「白川」

「はいはい」

「志賀」

「……何だよ」

「木村」

「ここだ」

「俺の名前」

「……いる」

七つの返事。

どれも、問題ない。

「ほら」

田崎が言う。

「何も――」

「……もう一人」

俺の口から、勝手に言葉が出た。

全員が、俺を見る。

「何だよ、それ」

塚本が苦笑する。

「名前、呼んでない」

俺は言った。

「八人目の名前」

「知らないだろ」

白川が言う。

「名前なんて」

「……そうだな」

俺は頷いた。

だが、その瞬間、頭の奥で、確かに“音”がした。

誰かの名前が、呼ばれた。

はっきりと。

聞き覚えがある。

懐かしくて、嫌な響き。

「……今」

志賀が、顔を青くして言った。

「聞こえたか?」

「何が」

田崎が聞く。

「名前」

志賀は唇を震わせる。

「誰かの名前、呼ばれた」

「俺も」

白川が言う。

「でも……思い出せない」

「思い出すな」

相原の声は、強かった。

「思い出したら、駄目だ」

「なんでだよ」

塚本が言う。

「何なんだよ、これ」

相原は答えなかった。

ただ、八脚目の椅子から、目を離さなかった。

そのときだった。

ぎ、と、音がした。

八脚目の椅子が、わずかに動いた。

誰も触れていないのに。

床を擦る音。

そして――

座面が、ゆっくりと沈んだ。

まるで、誰かが腰を下ろしたみたいに。

「……座った」

白川が、かすれた声で言った。

誰も否定できなかった。

椅子は、確かに“使われている”。

見えない誰かが、そこにいる。

そして俺は、はっきりと理解してしまった。

――数は、もう合っている。

八人。

足りないのは、

“誰がその席にいることになっているのか”

それだけだった。

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― 新着の感想 ―
会話の“間”や“ズレ”を恐怖として描くのが非常に上手い。 誰かが一拍遅れて返事をする、その違和感が 「もう一人の存在」を感じさせる仕掛けになっている。 音のないホラーの真骨頂。
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