第六話 確認済
椅子は、目の前で止まっている。
白い名札。そこに印字された、私の名前。
式場は静まり返り、空調の音すら聞こえない。
代わりに、どこか遠くで、読経のような低い声が重なっている。
「確認を」
その声が、壁から滲み出るように響く。
私は椅子を見つめたまま、動けずにいた。
座れば、揃う。座らなければ、揃わない。
名簿の端の文字が脳裏に浮かぶ。
「残り一席」
私はこれまで、何度も言ってきた。
全員、来ています。全員、確認済みです。
確認する側だった。数える側だった。
だが今、数えられているのは、私だ。
式場中央の椅子が、ぎい、と鳴る。
一脚、また一脚と、わずかに前に滑る。
十五脚が、整列する。
十六脚目は、私の前。
空いたままの席が、私を待っている。
私は名札を裏返す。裏面の刻印は、くっきりと「16」。
数字は消えない。私は名簿を開いた。
十五名。
その下に、濃く書かれている。
「受付 (私の名前)」丸がついている。
消そうと指で擦る。丸は広がる。
式場のガラス壁に目を向ける。
そこには、十六人が座っている。
最前列の端に、私がいる。こちらを見ている。
座っている私は、静かに口を動かす。
「終わらせてください」
その声は、私自身の声だ。私は、ゆっくりと椅子に近づく。
足音は、やけに重い。
背後で、電話が鳴る。鳴り止まない。受話器を取る。
「はい」
「全員、確認できましたか」
同じ問い。同じ声。
私は、喉を震わせる。
「……まだです」
沈黙。
「残り一席です」
通話が切れる。私は受話器を戻す。
椅子を見下ろす。座れば、終わる。座らなければ、繰り返す。
名簿のページが、ひとりでにめくれる。最終ページ。
そこに書かれている。
「確認者」
その下に、空欄。
私は理解する。参列者ではない。確認者が、最後の一席だ。
私は名札を受付台に置いた。
「確認は、しない」
声は小さいが、はっきりしていた。
式場の灯りが揺れる。椅子が一斉に軋む。ぎい、と。
背後で、低い声が重なる。
「未確認」
私は振り返らない。受付台に戻り、名簿を閉じる。
その上に、自分の名札を重ねる。
「全員確認済み」
私はゆっくりと言う。式場の空気が、ぴたりと止まる。
椅子の軋みも、読経も、すべて消える。振り返る。
椅子は十五脚。
最前列の端に、余白はない。整然と並んでいる。
ガラス壁を見る。十五人が座っている。
私も、そこに映っている。
私はゆっくりと椅子を数える。
一、二、三……。
十五。
名簿を開く。
十五名。
受付の欄はない。
「残り一席」の文字も消えている。
私は深く息を吐いた。式場を出る。扉を閉める。
夜の空気が、やけに冷たい。
背後で、かすかな声がする。
「確認済」
振り返る。式場のガラスに、黒服が並んでいる。
十五人。
その後ろに、もう一人立っている。顔は見えない。私は目を逸らす。
そこには、十五人しかいない。私は数えない。もう数えない。
だが、歩き出した足音の数が、自分のものよりひとつ多い気がした。




