第二話 空席のない式場
式が終わったあと、私はしばらく受付台の前に立ち尽くしていた。
名簿には十五名と印字されている。丸も十五個。
そこに、私の名前はない。
――疲れているだけだ。
そう思い、深く息を吐く。
連日の通夜と葬儀。寝不足。空調の乾いた空気。線香の煙。
人は、強い光や単調な音の中にいると、錯覚を見ることがある。
私は名簿を閉じ、片付けに戻った。椅子を数える。
一、二、三……。
十五。
今度は間違いない。通路にも、隅にも、余分な椅子はない。
それでも、式場の中央が、妙に窮屈に感じる。
空席がないのだ。十五脚すべてが使われ、座布団の凹みが残っている。
それは当然の光景なのに、なぜか「詰め込まれた」印象を受ける。
まるで、もう一脚分の空間を無理に埋めたような。
翌日、私は会社に戻り、報告書を作成した。
参列者十五名。問題なし。事故なし。
写真データも添付する。ファイルを開く。
一枚目。
十五人。
二枚目。
十五人。
三枚目。
画面の右端、最前列の端に、黒い肩が映り込んでいる。
拡大する。それは確かに、人の肩だ。
だが顔は写っていない。切り取られたように、首から上が欠けている。
私はカメラマンに連絡を取った。
「昨日の写真ですが、端に誰か写っていませんか」
電話の向こうで、カメラマンは少し笑った。
「いえ、十五人ですよ。ちゃんと数えて撮りました」
「端に、黒い影が」
「影? 式場の柱じゃないですか?」
もう一度確認する。画面には、柱しかない。
肩のように見えた部分は、木目だ。
電話を切り、私は椅子にもたれかかった。
おかしいのは自分だ。
だが、受付名簿の十六番目の行は、どう説明する。
私はデータフォルダを開き、名簿のPDFを確認した。
十五名。
念のため、原本を見直すため、式場に戻ることにした。
午後の式場は静かだ。
次の葬儀まで、数日空いている。
受付台の引き出しから、名簿の原本を取り出す。
十五名。
ページをめくる。
最後の行の下に、鉛筆の跡がうっすら残っている。
確かに、何かが書かれていた痕跡。
私は蛍光灯の下で紙を傾ける。凹凸が浮かぶ。
「……全員」
読めないはずの線が、文字に見える。
“全員確認済”
私は手を止めた。
その文言は、報告書に書いたものと同じだ。
誰が書いた?私は自分の手帳を開く。
昨日のメモ。参列十五名。喪主確認済。
その下に、小さく走り書きがある。
「十六?」
覚えがない。
インクの色は、私のペンと同じ。
式場の奥から、椅子を引く音がした。
ぎい、と。私は振り返る。
誰もいない。倉庫の扉は閉まっている。
空調は止めてある。音は、確かに式場中央から聞こえた。
私はゆっくりと歩き出す。中央の通路に立つ。
椅子は十五脚、整然と並んでいる。
だが、床に跡がある。もう一脚分の、くっきりとした擦れ跡。
私は膝をつき、その跡を指でなぞる。新しい。昨日のものだ。
十五脚しかなかったはずだ。
背後で、低い声がした。
「全員、来ていましたよね」
振り返る。誰もいない。
だが、その声は確かに、喪主の声だった。
私は立ち上がり、式場のガラス壁に目を向ける。
外は曇り空。自分の姿が映る。黒いスーツ。名札。疲れた顔。
その背後に、黒服が一人立っている。私はゆっくりと振り返る。
誰もいない。再びガラスを見る。今度は、黒服は十五人。
私が、映っていない。胸が締めつけられる。
私は急いで名簿を開いた。
十五名。
自分の名前は、最初からなかったかのように存在しない。
式場の空気が重くなる。
数えようとする。
椅子。
一、二、三……。
十五。
参列者。
一、二、三……。
十五。
自分。
私は、そこに含まれているのか。
受付台の上に置かれた名札が、ふと目に入る。
昨日までそこにあった、私の名札がない。
代わりに、小さな紙片が挟まっている。
「確認済」
誰が確認したのか。何を確認したのか。
式場の奥で、また椅子が鳴った。
ぎい、と。今度は、はっきりと、私の背後で。
私は、ゆっくりと振り返った。




