空席のある同窓会【続編】確認された全員 第一話 参列者名簿
葬儀の仕事を始めて七年になるが、名簿を作る瞬間だけは今も少し緊張する。
名前というのは不思議なもので、紙に並ぶと急に重さを持つ。
一人ひとりの人生が、黒いインクの列になる。誤字は許されないし、抜けも許されない。誰かを数え損ねることは、失礼というより、存在を削ることに近い。
今回の担当は、小規模な家族葬だった。
故人は七十八歳の男性。喪主は長男。参列予定は十五名。
事前に送られてきたリストをもとに、私は受付用の名簿を作成する。
一、喪主。
二、配偶者。
三、長女。
四、長男の妻。
……。
十五番目の名前を打ち込んで、私は一度画面を見直した。
十五名。間違いはない。
印刷ボタンを押す前、私はいつもの癖で、声に出して数える。
「一、二、三……」
十五。
紙に出力された名簿を綴じながら、私は思った。
家族葬は楽だ。人数が少ない。確認も簡単だ。
“全員来ていますか?”
受付では、必ずそう聞く。それが仕事だ。
通夜当日。式場は静まり返っていた。
線香の匂いがゆっくりと広がり、空調の低い音が床に落ちる。
壁に掛けられた遺影が、こちらを見ている。
私は受付台に立ち、名簿を開いた。
最初の参列者が来る。
「お世話になります」
名簿を見ながら名前を確認し、丸をつける。
一人、二人、三人。
淡々と進む。
十五人目に丸をつけたとき、私はふと視線を上げた。
式場の中に、黒い服が並んでいる。
数えてみる。
一、二、三……。
十六。
私は瞬きをした。もう一度数える。
一、二、三……。
十六。
名簿に視線を落とす。丸は十五個。
私は喪主に近づいた。
「本日、参列予定は十五名様でお間違いないでしょうか」
喪主は少し考え、頷いた。
「はい、十五です。全員来ています」
その言い方が、妙に断定的だった。
「……全員、ですか」
「ええ。全員です」
式場の中を見渡す。黒服の列は整然としている。
十六に見える。だが、もう一度数えると、十五に戻る。
私は自分の疲れのせいだと思うことにした。
通夜は滞りなく進んだ。焼香が始まる。
私は横でカウントする。
一、二、三……。
十五。
だが、灰が揺れる回数が、ひとつ多い気がする。
香炉の煙が、最後にもう一度だけ強く立ち上った。
目の錯覚だ。そう思い込む。
通夜後、集合写真を撮ることになった。
家族葬でも、希望があれば撮影する。
「では、皆様こちらへ」
カメラマンが声をかける。
私は横から人数を確認する。
十五。
シャッターが切られる。念のため、もう一枚。
データを確認するため、私はモニターを覗き込んだ。
そこに映っていたのは、黒服が十六人。
最前列の端に、見知らぬ男が立っている。
顔ははっきりしない。目だけが、こちらを向いている。
「……これ」
思わず声が出る。
カメラマンがモニターを覗き込む。
「どうかしました?」
もう一度画像を拡大する。そこには十五人しかいない。
私は息を飲んだ。
「いえ、なんでも」
その夜、式場に残って書類を整理しているときだった。
受付名簿を閉じようとした瞬間、違和感に気づいた。
ページの端に、鉛筆で小さく書き込みがある。
「済」
私の字に似ている。だが、私はこんな印はつけていない。
ページをめくる。最後の行の下に、薄くもう一つ、名前のような跡がある。
擦れて読めない。
私は蛍光灯の下で名簿を傾ける。紙の凹凸に、確かに文字が残っている。
十六番目。
翌日の葬儀。私は意識的に数えた。椅子を並べる。
一、二、三……。
十五脚。
振り返ると、通路の端にもう一脚ある。さっきまでなかったはずだ。
私はそれを倉庫に戻す。再び数える。
十五。
式が始まる。読経の間、私は後方に立ち、参列者を数える。
十五。
だが、棺の前に立つ黒い影が、ひとつ多い。
視界の端で揺れる。私は目を閉じ、深呼吸する。
終われば片付けだ。終われば、通常業務に戻る。
葬儀が終わり、参列者が帰っていく。受付台に戻り、名簿を開く。
丸は十五。
だが、ページをめくると、十六番目の丸がある。
私の筆跡で。
「……?」
喪主に声をかける。
「本日、全員ご参列されましたか」
喪主は穏やかに笑った。
「ええ。全員確認済みです」
その言葉が、やけに重い。片付けが終わり、式場は空になった。
私は最後に、椅子を数える。
一、二、三……。
十五。
安心しかけたとき、背後で椅子が擦れる音がした。
振り返る。一脚、通路の中央に戻っている。
私はゆっくりとそれに近づく。
椅子の背もたれに、受付名簿が置かれている。
開いている。十六番目の行に、はっきりと名前が書かれている。
そこには、私の名前があった。私は息を止める。
名簿を持ち上げ、もう一度見る。
十五名。
十六番目の行は消えている。
式場のガラスに、自分の姿が映る。
その背後に、黒服がひとり多い。
私は振り返る。誰もいない。再びガラスを見る。
黒服が十五。
そして、私の姿が、そこにない。名簿を開く。
十五名。
私の名前は、どこにもない。喪主の言葉が蘇る。
「全員確認済みです」
式場は静まり返っている。空調の音だけが、低く鳴る。
私は名簿を閉じ、受付台に置いた。数えなくていい。
全員、来ている。そういうことなのだと、
誰かが背後で、静かに囁いた。




