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空席のある同窓会  作者: 百花繚乱


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第三話 見つかったことにする

その日の放課後、職員室の窓から校庭を見下ろしながら、僕は無意識に人数を数えていた。

部活動の子どもたちが散らばっている。

ボールを追う影、走る影、立ち止まる影。

一、二、三……。

途中で、分からなくなる。

視線を戻すと、また合う。

三十ではない。今は部活の人数だ。

けれど「数える」という行為そのものが、僕の中で過去と結びついていた。

あの日も、数えていた。

団地裏の公園。夕方の光が、滑り台の鉄を鈍く照らしていた。

「あと一人だよな?」

翔の声が、焦りを隠せずに響いていた。

真央が腕を組んだまま、砂を見つめていた。

誰も目を合わせない。

見つからない一人の名前を、誰も口に出さない。

僕は、その子がどこに隠れているか、なんとなく分かっていた気がする。

団地の裏の、立ち入り禁止のフェンスの向こう。

草が伸び放題で、昼でも薄暗い場所。

でも、確かめに行かなかった。

「もういいじゃん」

誰かが言う。

葵だったかもしれない。康介だったかもしれない。

今となっては、はっきりしない。

「暗くなるし」

それは正しい理由だった。

母親に怒られる。夕飯の時間。危ない場所に入ったら叱られる。

正しい理由が、いくつも並んだ。そして真央が言った。

「全員見つかった。これで終わり」

その瞬間、僕は胸の奥が軽くなるのを感じた。

助かった、と思った。

探しに行かなくていい。怖い場所に入らなくていい。責任を取らなくていい。

僕は頷いた。見つかったことにする。

その一言で、すべてが片付いた。

――はずだった。

職員室の時計が、短く音を立てる。

現実に引き戻される。

「先生、まだいるんですか?」

同僚の声に振り返る。

「ああ、ちょっと残務を」

曖昧に答える。

同僚は「お疲れさま」と言って帰っていった。

静まり返った校舎は、昼間とは別の顔を見せる。

廊下は長く、窓の外は紫色に染まり始めている。

僕は、昼休みのかくれんぼのことを思い出した。

「先生も前にやったでしょ」

あの子の言葉。

何を知っているというのだろう。

次の日、昼休み。

僕はあえて校庭の中央に立った。

「今日は先生も一緒にやる」

子どもたちが歓声を上げる。

鬼はじゃんけんで決める。

負けたのは、あの子だった。

前日に「先生も数えてね」と言った子。

「いーち、にーい……」

その声を背に、子どもたちが散る。

僕も校舎の陰に身を隠す。

隠れるという行為は、大人になっても少し心がざわつく。

見つからないように息を潜める。

見つけられるまでの時間が、やけに長い。

鬼の足音が近づき、遠ざかる。

「見つけた!」

声が一人、また一人と増えていく。

やがて、鬼が言った。

「あと一人!」

僕の背筋が冷える。

あと一人。その言葉は、昔と同じ重さを持っていた。

しばらくして、子どもたちが集まり始める。

鬼が不安げに周囲を見回す。

「……いない」

小さな声。

「もう全員いるよ」

別の子が言う。

「ほら、数えてみて」

子どもたちが円になり、指を折り始める。

一、二、三……。

僕も数える。

二十八、二十九、三十。

合う。三十。

鬼は少し迷った顔をしたあと、笑った。

「全員見つかった!」

その宣言に、子どもたちが笑う。

僕の耳に、あの日の声が重なった。

全員見つかった。これで終わり。

そのとき、僕ははっきりと見た。

円の外、少し離れた場所に、もう一人立っている。

制服の袖が、夕方の風に揺れている。顔はよく見えない。

まばたきをした瞬間、そこには誰もいなかった。

「先生?」

鬼がこちらを見る。

「……本当に全員か?」

僕の声は、自分でも驚くほど低かった。

子どもたちは顔を見合わせる。

「三十だよ」

「名簿も三十」

「全員いるって」

正しい。数字は正しい。

僕は、子どもたちの顔を一人ずつ見た。

どの顔も、普通だ。怯えている様子もない。

ただ一人、鬼だった子だけが、ほんの少しだけ目を伏せた。

「……先生も、前にやったでしょ」

その子が、小さく言う。

「見つかったことにした」

心臓が強く打つ。

僕は口を開きかけて、閉じた。

子どもたちは待っている。

僕が「終わり」と言うのを。今ここで、何も言わなければ、今日も終わる。

全員見つかったことになる。何も問題はない。何も起きていない。

僕は、あの日と同じ立場に立っていた。

探すか。終わらせるか。

校庭の端で、風が草を揺らす。

その奥が、妙に暗く見えた。

僕は、一歩だけ前に出た。

「……もう一回、探そう」

子どもたちの顔が、わずかに強張る。

円が、ほんの少しだけ崩れた。

その瞬間、校舎の影の奥から、かすかな足音がした。

砂を踏む、小さな音。

僕はそちらを見た。そこには、誰もいない。

それでも、確かに、何かが“戻ってきた”気がした。

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― 新着の感想 ―
「見つかったことにする」という選択を、もう一度やるかどうか――同じ場面に立たされた瞬間の緊張がとても鋭いです。特に、円の外に“もう一人”見える描写と、最後に「もう一回、探そう」と踏み出す一歩が効いてい…
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