第十三話 七人
終わりは、あっけなかった。
何かが起きると思っていた。音や光、決定的な瞬間。だが、実際には何も起きなかった。ただ、体育館の空気が、ゆっくりと元に戻っていっただけだ。
誰かが深く息を吐く。その音が、はっきり聞こえた。
円の中心を見る。
八脚目の椅子は、そこに――ない。
最初から置かれていなかったかのように、床は平らで、跡も残っていない。さっきまで感じていた“圧”も、視線も、すべて消えている。
「……寒いな」
白川が言った。
その言葉に、全員が頷いた。
寒い。確かに寒い。だが、それは夜の体育館の、当たり前の寒さだった。
「もう、いいか」
田崎が立ち上がる。
誰も止めなかった。
俺は、自分の体を確かめる。
重さがある。
床に影が落ちている。
――まだ、いる。
そう思った瞬間、胸の奥に、奇妙な違和感が走った。
「……あれ」
誰かが、言った。
「何だよ」
塚本が振り返る。
「いや」
志賀は首を傾げる。
「人数、合ってるよな」
まただ、と思った。
だが、今度は違う。
一、二、三、四、五、六、七。
七人。
確かに、七人しかいない。
「最初から、七人だったろ」
相原が、何でもないことのように言った。
その言い方に、引っかかりはなかった。
決まり文句でも、暗示でもない。
ただの事実として、そう言っている。
俺は、口を開こうとした。
何か言わなければいけない気がした。
名前。
理由。
あるいは、さよなら。
だが、言葉は出てこなかった。
出てこないのではない。
最初から、持っていなかった。
体育館を出る。
扉が閉まるとき、きしりという音が一度だけ鳴った。
それが、最後だった。
校庭を歩く。
夜気が冷たい。
星が、やけに多い。
「じゃあ、またな」
誰かが言う。
「おう」
「連絡するよ」
「今度は、ちゃんと店でな」
笑い声が上がる。
軽い。
さっきまでの重さが、嘘みたいだった。
門の前で、立ち止まる。
「……名簿」
白川が、ふと思い出したように言った。
「名簿、どうなったんだろ」
「何の?」
田崎が聞く。
「出欠のやつ」
田崎は、一瞬考えてから言った。
「ああ。七人分だろ」
「欠席の欄は?」
「最初から、なかったはずだ」
誰も、疑問を持たなかった。
俺は、胸の奥が、少しだけ空くのを感じた。
痛みではない。
欠落でもない。
ただ、役割が終わった感覚。
「……帰ろう」
相原が言う。
全員が、それぞれの方向へ歩き出す。
振り返る者はいない。
俺も、歩き出した。
数歩進んで、ふと立ち止まる。
校舎を見る。
暗い。
静かだ。
体育館の窓に、光はない。
誰もいない。
――そうだ。
ここには、最初から七人しかいなかった。
その事実が、疑いなく胸に落ちた。
名前を思い出そうとすると、何も浮かばない。
だが、不安はなかった。
忘れられることは、消えることじゃない。
役割を終えたというだけだ。
俺は、再び歩き出す。
足音は、一人分。
それで、いい。
翌日、スマホに残っていた集合写真を何気なく開いた。
七人が並んで写っている。
中央に、空白はない。
不自然な余白も、切り取られた跡もない。
俺は、写真を閉じた。
そして、何事もなかったように、一日を始める。
同窓会は、七人で行うものだった。
それが、
この物語の、唯一の結論だった。




