第十一話 拒否
「……違う」
俺は、はっきりと言った。
声は思ったよりも出た。震えていない。少なくとも、自分ではそう感じた。
「俺じゃない。決めつけるな」
誰も、すぐには反応しなかった。
否定されることを、予想していたかのように。
あるいは――否定される工程そのものが、必要だったかのように。
「誰も、決めつけてない」
田崎が言った。
責めるでも、庇うでもない、事実を述べるだけの声だった。
「じゃあ、何なんだよ」
俺は立ち上がりかけて、椅子の軋みに気づき、動きを止めた。
「さっきからの視線も、間も、全部」
「自然に、そうなってるだけだ」
相原が言う。
自然。
その言葉が、ひどく腹立たしかった。
「ふざけるな」
俺は言った。
「自然に決まるなら、拒否する自由もあるはずだろ」
「ある」
相原は即答した。
「だから、今も誰も何も言ってない」
俺は、周囲を見回した。
白川は視線を落とし、塚本は腕を組み、志賀は唇を噛んでいる。木村は、八脚目の椅子を見ないように、壁を見ていた。
誰一人、俺を指差していない。
誰一人、「お前だ」と言っていない。
なのに――。
俺の足元だけ、妙に落ち着かない。
円の中心に、引っ張られている。
「……俺が立てばいいのか」
口にした瞬間、全員の呼吸が、わずかに揃った。
「立って、外に出れば」
俺は続ける。
「この円、崩れるんじゃないのか」
誰も、肯定しなかった。
誰も、否定もしなかった。
その沈黙が、答えだった。
――立てない。
理由は分からない。
だが、分かってしまった。
俺は、円の外に出る動きをしていない。
無意識に、体は前に傾いている。
話すたび、視線を集める位置に立とうとしている。
「……なあ」
白川が、ようやく口を開いた。
「俺たちさ」
「何だよ」
「逃げてるって、思うか?」
俺は答えられなかった。
「逃げてるんじゃない」
白川は続ける。
「役割が、違うだけだ」
役割。
その言葉に、胸の奥が、嫌な形で合致した。
「昔から」
白川は言う。
「問題が起きると、お前が前に出てた」
「違う」
俺は言った。
「たまたまだ」
「たまたまにしては、多すぎる」
塚本が、低い声で言った。
「先生に呼ばれるとき」
「謝るとき」
「場が荒れそうなとき」
言葉が、刺さる。
否定したい。
だが、否定する材料が、見つからない。
「……それは」
俺は言葉を探す。
「そうしないと、終わらなかったからだ」
「そうだ」
相原が言った。
「終わらせる役だった」
体育館が、静まり返る。
八脚目の椅子が、きし、と鳴った。
もう、動かない。
揺れもしない。
決まっているものの、音だった。
「……俺は、嫌だ」
俺は言った。
初めて、本音だった。
「忘れられるのは」
「名前が消えるのは」
「最初からいなかったみたいになるのは」
喉が、締めつけられる。
「……それでも」
田崎が、静かに言った。
「お前は、ここにいる」
その言葉に、救いはなかった。
事実だけが、あった。
俺は、気づいてしまった。
誰も、俺を押していない。
誰も、俺を選んでいない。
俺自身が、
引き受ける側の動きを、ずっとしてきただけだ。
拒否は、できる。
だが、拒否したままでは、終わらない。
円は、完成しない。
八脚目の椅子は、ただ待っている。
俺が、
自分だと気づくのを。




