第十話 一致
体育館に戻った瞬間、空気が変わった。
外に出る前よりも、はっきりと。
重く、濃く、逃げ場がなくなっている。
八脚目の椅子は、円の中心でこちらを向いていた。
正確には――俺たち全員を、等しく向いている。
「……向き、さっきと違うよな」
白川が言った。
「うん」
木村が短く答える。
「合わせてる」
「何を」
塚本が聞く。
誰もすぐには答えなかった。
合わせている。
俺たちの立ち位置。
視線。
呼吸の間。
「座ろう」
田崎が言った。
その声に、逆らう者はいなかった。
俺たちは、黙ってそれぞれの椅子に戻った。
七人が座る。
八脚目の椅子は、すでに“使われている”。
円が、完成した。
「……なあ」
志賀が、俯いたまま言った。
「もしさ」
「何だ」
相原が応じる。
「これ、決まったら」
志賀は喉を鳴らした。
「俺たち、帰れるのか」
誰も即答できなかった。
「帰れる」
田崎が、しばらくしてから言った。
「……前も、帰れた」
「前も?」
白川が聞く。
田崎は、答えなかった。
だが、その沈黙が、答えだった。
前にも、同じことがあった。
同じように集まり、
同じように避け、
同じように――決めた。
「俺さ」
塚本が、ぽつりと言った。
「正直、思ってる」
「何を」
「誰になるか」
空気が、張りつめる。
「やめろ」
相原が言った。
「口にするな」
「でも」
塚本は視線を上げた。
「全員、薄々分かってるだろ」
分かっている。
だから、視線が揃い始めている。
八脚目の椅子ではない。
その手前。
円の中の、わずかな偏り。
「……違う」
俺は言った。
声が、震えた。
「決めるんじゃない」
「じゃあ何だよ」
塚本が言う。
「一致するんだ」
俺は続けた。
「自然に。誰も逆らえない形で」
その瞬間、八脚目の椅子が、わずかに軋んだ。
同意するように。
「名前」
白川が、かすれた声で言った。
「名前を思い出したら、終わるんじゃないか」
「違う」
相原が即座に否定する。
「名前は、最後まで出ない」
「じゃあ、何で」
木村が聞く。
相原は、円を見回した。
「態度だ」
相原は言った。
「立ち位置。視線。話題の振り方」
「……全部、か」
「全部だ」
俺は、自分の姿勢に気づいた。
ほんの少しだけ、前のめりになっている。
円の中心に、近づこうとしている。
無意識だった。
「……待て」
俺は、必死に体を戻そうとした。
だが、戻らない。
椅子が、きし、と音を立てる。
俺のではない。
八脚目だ。
「決まりかけてる」
志賀が、震える声で言った。
「まだだ」
田崎が言う。
「まだ、完全じゃない」
「何が足りない」
塚本が問う。
田崎は、俺を見た。
初めて、はっきりと。
「……本人の理解だ」
全員の視線が、俺に集まる。
避けようとしていた目が、揃う。
円の中心が、歪む。
「違う」
俺は言った。
「俺じゃない」
だが、その言葉は、誰にも届かなかった。
八脚目の椅子から、確かな“圧”を感じる。
急かしている。
待っている。
受け入れさせようとしている。
俺は、はっきりと理解してしまった。
この同窓会は、
誰かを選ぶ場じゃない。
誰かが、自分だと気づく場だ。
円は、ほぼ完成している。
あと一つ。
ほんのわずかな一致で、
すべてが決まってしまう。




