無口な男と街デート
「う~ん、よく寝た~!」
純白のベッドから伸びをしながら、両手を天井に突き上げる。
シーツはぐちゃぐちゃ、枕は床に転がってる。寝相、悪っ!
新入り幹部としての威厳ゼロね、これじゃ。
昨日は色々あったけど……やっぱり夢じゃなかったのね。
窓の外には朝陽を受けて光る森と城門。
あら、昨日アタシが引っぱたいた赤トカゲくん、どこ行ったのかしら?
──コンコンコン。
部屋のドアを叩く音がする。
「スミレ様ー、入ってもよろしいですかー?」
誰だろ?
「はいはーい、今開けるわね」
ドアを開けると、小柄なネズミの女の子。
ピンと立った耳、揺れる灰色のしっぽ。
手には小さな銀盆を持って、ちょこんと頭を下げた。
あらまぁ、なんて可愛い子。
「初めまして、スミレ様。私はハジカミ。四天王様のお世話をしております」
「助かるわぁ。ハジカミちゃん、よろしくね。それで今日は何か用があるの?」
口ひげをひくひくさせながら、ハジカミちゃんは答える。
「はい! 朝食の準備ができております。それと、食事のあとにサン•ショウ様が“お城の裏手でお待ちしている”と!」
えっ、あの無口なサン・ショウ? 案内は嬉しいけど……大丈夫かしら。
ま、距離を縮めるチャンスね。
「分かったわ。着替えてから向かうわね」
「はい! 食堂は一階の左手です」
軽やかに頭を下げて去っていくハジカミちゃん。
小さな足音と、しっぽの揺れ……たまらん。
さて服は……あ、出勤用の派手な紫ドレスしかないわね。
化粧品も下着も必要だわ。いつまでもボクサーパンツはいただけない。
バスローブを脱いでドレスに着替える。
二十センチのピンヒールで背筋を伸ばし、鏡を見ると——化粧が崩壊してるアタシ。
「すっぴんは見せたくないけど……これはアカンわ」
螺旋階段を降りると、一階はメイドたちで大忙し。
ネズミに猫にカエルの獣人!? 多種多様すぎて笑える。
「……洗い物担当はカエルちゃん、って感じね」
「あっ、スミレ様! こちらです」
ハジカミちゃんが手招きしてくれる。
大きな扉を開けると、豪華な食堂。
天井にはシャンデリア、壁には絵画、中央には美しい花が活けてある。
「こちらにお掛けください」
「あら、ありがと」
案内された席に腰を下ろすと——
「おぉ、スミレ。昨夜はよく眠れたか?」
奥の席で魔王ちゃんがステーキを頬張ってる。朝からステーキ!? さすが魔族。
「えぇ、とっても。魔王ちゃんは朝から肉なの?」
「そうだ。我は肉しか食わん。野菜は嫌いだ」
子供っぽいところもあるのね、この子。
「お待たせしました、スミレ様」
ハジカミちゃんがトレーを置く。パン、スープ、サラダ、スクランブルエッグ。
思わず胸が高鳴る。異世界でも朝食って似てるのね。
「いただきまーす……パンふわっふわ! 異世界パン、優勝!」
こうして異世界初のご飯をいただいた。
***
食事を終え、お城の裏手に行くと、サン・ショウが街へ続く大階段の前で待っていた。
アタシが遠くから手を振っても、腕組みしたまま無反応。
ほんと……この人、コミュ力どこに置いてきたの?
「お待たせ! サン・ショウちゃん。今日はよろしくね」
「……いくぞ」
二人で階段を下りる。
街は高い城壁に囲まれているのが、はっきり見えた。
「ねぇ、サン・ショウちゃん? なんでお城の裏に街があるの? 普通、正面じゃない?」
サン・ショーは前を向いたまま答える。
「……深淵の森の魔物から守るためだ。街の入り口は反対側にもある。そこは冒険者や魔都の民が出入りしている」
なるほど。ここにも魔王ちゃんたちの優しさがあるのね。ちょっと感動。
階段を降り、街の開けたメイン通りへ。
オレンジ色の屋根に煙突、モザイク柄の石畳。まるで絵本の中みたい。
「おはようございます、サン・ショウ様!」
「となりの人だぁれ?」
「おぉ、スミレ様だって!」
多様な種族の魔族や子供たちが通りすぎ、みんな笑顔で挨拶をする。
大人たちは一瞬こちらを見たが、サン・ショウに気づくと頭を下げ、すぐに日常へ戻っていった。
「アタシ、あんま気にされてないのね……?」
少し間を置いて、サン・ショウが答える。
「人間だと……思われてないのでは?」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
「……ふ。冗談だ。魔王様から“人間の幹部が誕生した。その者は魔族の味方である”と御触れが出ている」
「驚いた、あんた冗談言えるのね?」
「…………」
「喋らんのかーい!」
アタシのツッコミがサン・ショウの胸を軽く叩く。
いまいち掴めない人。でも、悪い感じはしない。
「……ここだ」
彼が立ち止まって指差した先には、“装飾工房にゃんグルズ”の看板。
中からはハンマーを叩く音。壁一面に鎧や剣が飾られている。
「ここ……魔王ちゃんの言ってた店? てっきり洋服屋さんだと思ってたわ」
その時──
「ニャニャ!? あなたがスミレ様かニャ? 魔王様から聞いてるニャ! 派手で良いニャ~!もう準備はできてるニャ」
猫の娘が飛び出してきた。作業着姿のエプロン鍛冶屋。
「私はクロモジ。クロでいいニャー」
「クロちゃんね、よろしく。それで“準備”って何かしら?」
「こっちニャー!」
クロに手を引かれ、あれよあれよという間に着替えが始まる。
鏡に映るのは──ガッシャガッシャ鳴る全身甲冑姿の……いかついアタシ。
ジト目でクロを見る。
「ぷっ……に、似合うニャ……!」
「笑うんじゃないわよ猫娘ッ!」
クロを捕まえて脇腹をくすぐる。床を転げまわっても止めてやんない。
「ニャハハハ!! ごめんニャ、ごめんニャー! 許してニャー!」
息を整えるアタシに、クロがケロッと立ち上がって言う。
「ホンモノはこっちニャ!」
カウンターの奥から大きな布包みを持ってきて開く。
中から現れたのは黒と紅が混じる不思議な革。
触れるだけで微かに熱を帯びている。
「……これ、昨日の赤トカゲじゃない!?」
「そうニャ。魔王様が“スミレ用に仕立てろ”って言ってたニャ」
「やだもう、あの子ったら……照れるじゃないの〜♡」
「さっ、こっちで全部脱ぐニャ」
アタシは下着姿でカーテンの中、クロが両手を掲げる。
紫の魔方陣が床に広がり、針と糸が宙を舞う。
「”縦の糸、横の糸、纏わり回る装いの歌”──服飾魔法──縦横無針ニャ!」
光の糸がアタシの体を一周、二周……。
「ちょ、ちょっと! くすぐったいってば!」
「動かないニャ〜、ラインがズレるニャ!」
数秒後、光が弾ける。
鏡の中のアタシは、もう別人だった。
漆黒のレザースカートに、紅のラインが光るショートジャケット。
薔薇柄のタイツが妖しく輝き、ブーツの20センチヒールでも重さを感じない。
「……ちょっと、これ、ヤバくない?」
クロがドヤ顔で腕を組む。
「フフン、アタシの魔縫技ニャ。着心地も魔力抵抗も最高ニャ!ブーツには、地面の影響を受けない魔法術式も組み込んであるニャ!」
「すごいわクロちゃん!……あ、でも下着が——」
「もう作ったニャ」
気づけば横に、黒と赤のレースの下着セットがふわりと浮いていた。
「え、ちょ、早っ!?」
「料金はもらってるニャー。魔王様払いニャ」
「本当、最高よクロちゃん! これで“魔王軍のスミレ様”って呼ばれても恥ずかしくないわ!」
サン・ショーは無言で、けれど確かにうなづいた。
にゃんグルズを出ると、街の喧騒がまた心地よく響いた。
この後も化粧品やら、メイク道具やらを買う。お代は全部魔王ちゃん持ちだった。
そして、露店の何の肉か分からない串焼きを頬張りながら歩く。
サン・ショウはほとんど喋らないけど、歩幅はアタシに合わせてくれている。
やがて、夕暮れ。
「ねぇ、サン・ショウちゃん。今日は本当にありがとうね。アタシ、大満足しちゃった」
「……そうか」
沈む夕日を見つめながら、ふと聞いた。
「ねぇ、サン・ショウちゃん。アナタ、人間をどう思ってるの?」
「…………弱者は負ける。ただ、それだけのこと。恨みとは、弱さの言い訳だ」
その声に嘘はない。でも本心は隠してる。二丁目のママの感がそう言ってる。
彼の仮面を照らす夕陽が、ほんの少しだけ温かく見えた。
「……ねぇ、この戦いの世界でも、アタシちゃんと笑って生きていけるかな?」
「…………」
サン・ショウは何も言わなかった。
アタシは小さく息を吐きながら、赤く沈む空を見上げた。




