守りたいもの
まだ円卓の間は沈黙のままだった。
アタシの謎のスキルで四天王のみんなはダンマリを決め込んじゃって、少し可哀そうなくらい。
でも……ちょっとわかった気がするわ。
このスキルは、“怒り”がトリガーね。
そうだ、魔王ちゃんに報告しなきゃ。『魔王軍に入るわ』って。
もうこうなったら、アタシが一番騒がしい部下になってあげる。
正直この選択がどうなるかはアタシにもまだ分からないけど――彼の目。
あの目を、信じたい。
すっと席を立つと、みんなの視線が向く。
「じゃあ、そういう事だからよろしくね!」
可愛らしく手を振ってみる。
ダシはまたうつむき、サン・ショーは無言。そして双子ちゃんは少し引きつった笑顔で手を振り返す。
なんか……ごめんて。
円卓の間を出て、廊下を歩く。
あの突き当りに魔王ちゃんが待ってる。
ちょうど、魔王城の裏手のバルコニーみたいね。少しドキドキするわ。
見えてきた。──あぁ、後ろ姿まで完璧とか反則でしょ。
ガラスのドアを抜けて、開けたバルコニーへ。
手すりに寄りかかっている魔王ちゃんの横に並ぶと、夜風が一気に吹き抜けた。
眼下には、お城の正面からは見えなかった巨大な街が、温かい灯りを湛えながら広がっている。
その迫力に少し感動を覚えていると、魔王ちゃんが話し出した。
「……美しい街だろ?」
「えぇ、とっても」
「“魔都ヒキ・ワリー”と言う。これが我の守りたいものだ。……で、答えは出たか?」
視線は街を見下ろし、手にワイン。
様になってるって、こういうことよね。
アタシも手すりに寄りかかり、静かに息を吐いた。
「……えぇ。入るわ、魔王軍」
「そうか……。其方ならそう言うと思ってた。よろしく頼む」
目を閉じて、少しだけワインを傾ける所作がセクシーだった。
うん、ズルい。色気の暴力。
「でもね、魔王ちゃん。アタシ、この世界のこと、まだ何にも知らないの」
夜風が髪をなでていく。
「……アナタの真っすぐな目を信じて決めたけど、ちゃんと知っておきたいの。なぜ人間と、戦っているの?」
魔王ちゃんが夜空を見上げ、ゆっくりと話し出した。
「ふむ、そうだな……。まずは歴史から言わねばならぬ。人間の国は“フルール・ド・セル”という。……フルール・ド・セルは、ここ“魔王国ナットゥ”から深淵の森を挟んで西側にある大国だ。そして、現国王はタラゴン・ビネガー三世。この戦争は100年前、タラゴン一世の時代から始まった。奴は強欲で、我ら魔族の領土――深淵の森の中心部、“精霊の泉”に傷を癒す効果があることを知り、奪うために進軍した。」
「ちょ、なんかもう名前からして味濃いんだけど……。で、攻めてきた理由が“泉”?」
「そうだ。もっとも表向きは、魔族が“死の山”を越えた先、ドワーフが治める“ガルム王国”と組んで王国に攻め込むと流布していたがな。ガルムの鉄鉱山も欲してのことだ」
「……うわ、政治の闇っぽ。嘘をついたってこと?」
「そうだ。この事実は魔族とガルム王国しか知らない。だから嘘を信じているフルール・ド・セルの国民は、今でも魔族とガルム王国を毛嫌いしている。急に仕掛けられた戦争でガルムは敗北し、鉄鉱山を取られた。現在はあの二カ国は断交している」
「えぇ〜、めちゃくちゃじゃない……。まとめると、“泉ほしさに魔族に罪をなすりつけて他国まで巻き込んだ”って感じね?性格悪っ!」
「概ね、そうだ」
「はぁ〜、どこの世界も似たようなものね。女の喧嘩みたい」
「魔王国は精霊の泉を死守し、結果的には引き分けた。タラゴン一世と我が父“デミグラウス”の死によってな」
「父って、あの石像の人よね?」
「そうだ。素晴らしい父だった。……我の目標だ。父は最後まで人間を恨まなかった。『争いは種族でなく心が生む』と、そう言っていた。しかし、その思いも虚しく現国王になってからまた各地で争いが激化している。……嘆かわしい限りだ」
魔王ちゃんはワインを一口飲み、夜風にその悲しみを紛らわせる。
「……魔王ちゃん」
思わず名前を呼んでしまった。
その横顔に、ほんの少しだけ影が差して見えた。
「じゃあ、ガルム王国とは仲は良いの?」
「いや、あの国はあの戦争以来中立を宣言し、国交は無い。あるのは冒険者と個人での訪問くらいか」
「冒険者……? なんで自由に行き来できるの?」
「そうだな……冒険者ギルドは各国に支部があり、この世界がまだ戦争に染まる前から存在する独立した組織だ。主に魔物の討伐を目的として存在し、戦争に関与せず、どの国にも属さず、どの種族にも偏らず、治外法権を持つ」
「ちょ、ちょっと待って。“治外法権”? それってヤバい響きしかしないんだけど」
「まぁ簡単に言えば、誰にも手出しできぬ存在ということだ。もし掟を破れば、ギルドは報復としてその国を制圧する。それが可能なほどの力を持つ」
「はぁぁ!? 制圧って、国家レベルの報復!? それもう“ギルド”じゃなくて“国”じゃないの!?」
「事実、できる。長い歴史の中で、国軍や傭兵、職を失った者たちがギルドに流れ、腕利きの戦士たちが集まった。だから事実上、各国に匹敵する国際武力組織なのだ」
「やだぁ、大人しいフリしてゴリっゴリに物騒じゃない……でも、人間と魔族が仲悪いなら、ギルド内で揉めたりしないのかしら?」
「当然、恨みは消えていない。
だから他国にあまり出入りせず、主な活動は“死の山”や“深淵の森”の魔物討伐、依頼人からの任務に限られている。
……軍が敵から国を、冒険者が魔物から民を守っている、そんな構図だ」
「……なるほど、冒険者は別の形で世界を支えてるのね」
「その通りだ、スミレ。よく理解したな」
「えぇ、アタシ知らない話聞くの大好きなの。でも……アナタの話し方、ちょっと先生っぽいわよ?」
「ふ……講義料は高いぞ?」
「ちょっと〜、それは聞き捨てならない!」
夜風がアタシの髪をなで、バルコニーに広がる街の灯りが温かく感じられた。
魔王ちゃんの瞳には、灯火のような優しさと、消えない過去の影が混ざっている気がした。
そんな沈黙を破るように、魔王ちゃんが言った。
「ああ、そうだスミレ。其方の就任祝いを用意してある。明日、魔都にある“にゃんグルズ”という装飾工房に行ってみるといい」
「えっ!? プレゼント!? ちょ、聞いてないんだけど!? アタシ、そういうの弱いんだから!」
「ふ……似合うものを選べ」
「ちょ、なにそのサラッとイケメン台詞! 反則よ!」
アタシがそう言うと、魔王ちゃんは少しだけとぼけたように笑った。
ちょっとだけ、心の距離が縮まった気がするわね。
「さぁ、夜も遅い。部屋に案内しよう。其方は幹部だ、部屋には風呂もあるぞ」
「えーっ! アタシ感動しちゃう! 至れり尽くせりー!」
その後、二人でバルコニーを後にした。
こうしてアタシの長くて濃い一日が、ようやく終わった。




