円卓会議
魔王ウスターからの急なスカウトに、魔王城の空が揺れた夜。
その場にいた全員が絶句していた。もちろん、アタシも含めて。
魔王ちゃんは腕を組み、まっすぐアタシを見つめていた。
その目は透き通っていながらも、どこか覚悟を決めたような――そんな目。
少し思い出したわ。
三年前くらいからアタシの店に通ってた、中年のサラリーマンのこと。
彼の目が、まさに今の魔王ちゃんと同じだったのよ。
その人はアタシにしか話さなかったけど、会社の役員が何年も前から不正をしていたって話だった。
『俺は、許せない。……覚悟を決めたんです。もし会社を解雇されたとしても』
彼はそう言っていた。
アタシは言ったわ。
『それでいいの? あんたの人生プランが狂うかもしれないわよ? あんた、アタシに言ったじゃない。今の会社に入るためにどれだけ苦労したかって』
彼は笑って言った。
『もし、これで俺が見逃したらきっと後悔する。……この不正は、俺の代で終わらせなきゃいけない。それが、会社のためになると信じてる』
経験上、ああいう目をしてる人に悪い人はいなかった。
ただ、真っ直ぐすぎて周りと軋轢を生んでたりはしたけどね。
――魔王ちゃんも、きっと悩んでいるのね。何か、大きなことを。
沈黙の中、アタシは彼の目を見つめ返して言った。
「……アタシが? 理由を聞いてもいいかしら?」
彼は腕組みを解き、少し考えてから言葉を選んだ。
「ここに別の世界から来たと言ったな。……スミレ、其方にとってそれが吉か凶かは分からぬが、我は好機と捉えている」
「どういう意味……?」
「この世界では、人間と魔族が百年も争いを続けている。……我は、それを終わらせたい。まだやり方は模索しているが、別の世界より人間である其方が来たことで、何かが変わる。そんな予感がしているのだ」
アタシを信じる理由が、それ?
イケメンからの誘いはうれしいけど、そんな簡単に信じられるもんなの?
片手を腰に当て、首をかしげてみせる。
「ねぇ、魔王ちゃん。アタシとあなた、今会ったばかりよ? どこの馬の骨かもわからない、こんな美女をどうやって信じるの?」
アタシの言葉に、魔王ちゃんが高らかに笑った。
「スミレよ。この目は特殊でな。見た者の心の色――悪意や嘘の有無が分かるのだ。
其方の色は美しい。苦労を重ねてもなお、自分に謙虚であろうとする……そんな色だ。故に、我は其方が欲しい。……我が願うは、共存。人間である其方の存在が必要なのだ。もちろん、その武力も加味して言っている。……もし断ったとしても、其方には危害を加えぬと誓おう」
アタシが欲しい、だなんて……。
あぁん、甘美な響きね。けど、まだよ。アタシ自身で判断しなきゃいけない。
跪いているダシに目をやる。
彼は下を向き、拳を地に突いていた。その手は――震えていた。
怒りを堪えているような、そんな震え。
「……魔王ちゃん。答えを出す前に、一度その人も含めて、他の四天王とも話をさせて頂戴。それから決めるわ」
魔王ちゃんは口元に微笑を浮かべ、翼をゆるやかに広げた。
「よかろう。場内へ案内しよう。……ダシよ、他の四天王を円卓の間へ集めろ」
「はっ、承知いたしました」
ダシはそう言い残すと、スッと姿を消した。
はぁ、嵐の予感しかしないわね。
魔王ちゃんの後ろをついて、魔王城の中を歩く。
赤い絨毯の廊下の壁には紫の火がともり、いかにも「魔王城」って感じ。
この廊下だけでも、観光地にすればお金取れるわね。
彫刻が美しい螺旋階段を上がると、少し開けたフロアの先に大きなワインレッドの扉が見えてきた。
ふと立ち止まり、魔王ちゃんが言った。
「我は中には入らぬ。我が居ては本音では皆話さぬであろう。……危害は加えぬと思うが、もしもの時は先ほどの力を使っても不問とする。その点は心配せんでもよい」
「あら、そう? 少し不安だけど、お店の修羅場よりはまだマシね」
そう言って扉を見つめた。
「終わったら裏手のバルコニーに来てほしい。この部屋から右手に進めば着く。そこで待っている」
そう言って、彼は一人で歩き去っていった。
「まるで告白待ちの男子みたいね」
小声でつぶやく。
その背中を見送ると、アタシの青春時代を思い出した。……ま、振られたけどね。
まぁ、期待してて魔王ちゃん。どっちに転んでもちゃんと納得する答えをだすわ。
視線を前に戻し、両手で扉を押し開けた。
バタン――という音とともに、円卓の間にいた者たちの視線が一斉に突き刺さる。
右手の席には、顔のすべてを仮面で隠し、腕組みをした男。腰元には長い剣が見える。
遠くの向かい側には、白を基調にしたゴスロリ服の少女と、同じ薄青の髪をした黒服の少年――双子かしら?
そして左側の席には、あのイケオジ。冷たい目は相変わらずで、顔色は相当悪い。まぁ、いいけど。
アタシは手前の椅子にゆっくり腰を下ろし、脚を組む。
少し態度が悪いけど、ここでナメられたらまともな話はできないわ。
「はじめまして、四天王の皆さん。アタシは八尺純恋。いろいろあって魔王ちゃんからお誘いを受けているの。……あなた達の意見を聞かせて頂戴」
少しの沈黙。
ハァと深いため息を吐き、ダシが話し出した。
「……先ずは、自己紹介と行きましょう。私は先ほど会いましたが、もう一度。
私は“ダシ・ホワイト”。ナットゥ魔王軍参謀で、四天王の一人です」
続いて右手の仮面の男が、腕組みをしたままで答える。
「…………“サン・ショウ”」
いや、無口かよ。突っ込みそうになったけど我慢我慢。
「はい!はい! 僕は“シュガー”、そして隣が姉の“ソルト”。よろしくね!」
「ちょっと! シュガー! 勝手に紹介しないでよ!」
ソルト&シュガーね。二人とも可愛らしいわね。
姉の方は少し打ち解けに時間がかかりそう。
「みんな、自己紹介ありがと。覚えたわ」
その瞬間――。
――バン!
「私は認めません!」
突然、ダシが机を叩いた。グレーの瞳が揺れる。
「私が皆さんにさっきお伝えした通り、魔王様はお認めになったかもしれない……しかし、人間など信じられるはずもない! あの人間を!……皆さんもそうでしょう!?」
まぁ、そう言うわよね。ここでは何も言わないのが吉。どうなるか聞いてみましょう。
「ちょっと、ダシうるさいよ! 私はどっちでもいいわ。世の中、強いものしか残らない。その人もそうなんでしょ」
ゴスロリのソルト。見た目のわりに達観してるわね。
「えー、ぼくはどっちでもいいよー。魔王様が決めたならそれでいいんじゃない?
文句があるならその人と戦ってみれば? あれ? もしかして、もう負けちゃった? おもしろーい」
シュガーは、あんまり興味がないみたい。……でもかなり煽るわね。敵を作りやすいタイプだわ。
「いいえ! 負けてなどいません! 今はそういう話じゃないのです。サン・ショウ、あなたはどうですか?!」
口調を荒げて、仮面の男に向かって言う。
「……………………皆に任せる」
その答えに、ダシはがくりと肩を落とし、さらに声を荒げた。
「まったく……四天王ともあろうもの達が、こうも愚かだったとは……!
人間の……人間に我らの同胞が、どれほどやられたと思っているのですか!?」
ん~? 嫌われてるのは分かるけど、少し言いすぎね。魔王ちゃんに泥塗ってるの気づかないのかしら。
ソルトが口元を緩めて答える。
「ダシさー、話がちがうってそっちもだよね?
人間が人間がってうるさい。今は魔王様の決定に従うかどうかでしょ?
いい年してほんとみっともな~い」
「だまりなさいソルト! 私は認めない。認めるわけにはいかないのです!」
そう言って二人は言い合いを始めた。周りは知らんぷり。
あー、……こりゃダメだわ。話になんない。イライラしちゃうわ。
――五分ほど我慢した後。
アタシが切れようとした瞬間、頭の中で何かがはじけた。
————“口撃スキル発動”————
「うっっっっさいわねッ!!! おだまり!!!」
円卓の間を、ピンクの衝撃波が一瞬にして突き抜け、四天王全員が驚いた顔で硬直する。
「うわっ! な、何!?」
「きゃっ!」
「…………!?」
「……なんだこの圧は……ッ!」
四天王全員の背筋がピンと伸び、ダシが身震いしている。
さぁて、アタシの出番ね。
「……あんたら、それでも魔王軍の四天王なの? 魔王ちゃんの理想を理解してるの? まったく、自覚も矜持もあったもんじゃないわね。だまって聞いてりゃまとまりもない。どうするの? アタシを認めるの? 認めないの? はっきりしなさいな!」
「こ、これあんたが?」ソルトが少し怯えた声で言う。
「そうよ。なにか文句ある?」
目を光らせ、ソルトを見つめる。
「……ないわ。ね、ねっ? シュガー?」
ソルトの声に、シュガーが小さくうなずく。ちょっとかわいそうね……。
そして無口だった仮面の男、サン・ショウがふと話し出した。
「これは……認めざるを得ないな。……我々を言葉一つで制するその力。魔王様が推すのも、今納得がいった。……そうだな? 皆」
ダシ以外がすぐにうなずき、ダシは苦渋の顔で渋々うなずいた。
こうして――大波乱の円卓会議が、幕を閉じた。




