いざゆかん、魔王城
深淵の森を歩き始めて、しばらく経った。
相変わらず、三頭に囲まれながら進む。
前方を歩くワンちゃん――いや、隊長のゼフに聞きたいことがあった。
「ねぇ、ゼフちゃん。この深淵の森ってなんで危険なの?」
ゼフは振り返らずに答える。
「お前、そんな事も知らずにこの森にいたのか?……まぁいい。この森一帯は濃い“マナ”の影響で魔物が溢れている。いつ襲われても不思議じゃない場所だ」
周りをキョロキョロと見渡す。
「そう。でも、さっきから何にも襲ってこないじゃない」
「……それは我々が比較的安全なルートを知っているからだ。まぁ、冒険者達なら気にせず突っ込むだろうが」
「ねっ、アンタ達は自分のことを“魔族”って言うじゃない? それって魔物と何が違うのかしら?」
「本当になんも知らないんだな……魔物とは“知恵を持たず魔法を使えない者”。魔族とは“言葉を話し、魔法を使える者”のことだ。見た目は似てる奴がいても、根本的に違う」
魔法――なんて素敵な響き。
おとぎ話の中でしか聞いたことがない言葉に、心が躍る。
「えっ、じゃあさ、ゼフちゃんも魔法が使えるのかしら?」
ゼフが答えようとしたその時、地鳴りが走り、地面が裂けた。
「下がれ!」
巨大なミミズのような生物が、大口を開けて這い出してくる。
ゼフが身を翻し、攻撃をかわす。空中を一回転し、地面に軽やかに着地。
「魔法が使えるか。愚問だな……見ておけ――“そよ風よ、流るる螺旋の渦よ、今重なりて刃と成せ”――風刃烈斬!」
木々がざわめき、風の音が響く。ゼフの周囲に風が集まった瞬間、真空の刃が走り、巨大ミミズを真っ二つに切り裂いた。
ドォォン――!
血しぶきと共に地面が震える。
「いやあぁああん♡ ゼフちゃん、かっこいいわぁ!」
巨大ミミズよりも、ゼフの魔法の方がよっぽど衝撃的だった。
「隊長さすがっす!」「さすが隊長!」
レッタとトールも尾を振りながら喜んでいる。やっぱり犬ね。
ミミズの死体を横目に歩き出すと、ゼフが言った。
「魔族は皆、魔法を使う。人間も……お前がさっき使ったのもそうじゃないのか? 我々を萎縮させた、あの衝撃波。あんな風になったのは初めてだった」
――女神がくれた“スキル”ってやつね、きっと。
でも、なんだろう。少し違う気がするわ。
「ん~どうかしら、アタシもよく分からないわ」
「……そうか」
そう言って前を向き直ったゼフの横顔は、少し怪訝そうだった。
やがて、歩き疲れてきた頃――急に森が開け、広大な草原が広がった。
そよ風が草を撫で、少し欠けている月がやわらかく照らす。
気持ちのいい夜風が頬をなでる。
その先――草原の奥に、東京都庁を三倍にしたような巨大な城が浮かび上がった。
すんごいお城。アタシ、本当に異世界に来たのね……。
呆然としていると、後ろのレッタが声をかける。
「あれが“ナットゥ魔王国”、魔王城です」
「そう……あれが……って、アタシを魔王城に連れてく気? お化粧も直してないのに?」
「ご、ごめんなさい。安全な場所って、近くじゃここしかなくて……」
しょんぼりと尻尾を下げるレッタ。思わず微笑んでしまう。
「いや、いいのよレッタちゃん。ごめんなさいね。アンタたちは悪くないわ。全部、あのバカ女神のせいよ」
そんな会話を交わしながら歩いていく。
思えばワンちゃんと話すのなんて初めてなのに、全然平気ね。
さすがアタシ、ちょっとのトラブルじゃ動じないオンナ。
「ついたぞ」
ゼフが振り返り、アタシと目を合わせる。
その先には――高さ二十メートルはある金属の荘厳な門。
左右には果てしない城壁が連なり、魔王城を囲っていた。
「おったまげたわね……すんごく、おっきくて……ふっとぉい門♡」
後ろの二匹が、なぜか身震いしている。
「トール先輩、なんか僕いま悪寒がしました」
「……俺もだ。こいつ、やはり危険だぞ」
こそこそ話してるのが聞こえる。……まぁ、聞かなかったことにしとこ。
それにしても、このスケール。
前言撤回だわ。さすがのアタシでも驚いた。
巨大な門を見上げていると、ゼフがそっと前足をかざした。
「――ひらけゴマ」
「あら、シンプルなのね♡」
「……うるさい」
少し恥ずかしそうなゼフ。……胸がキュンとした。
門を囲むように光が走り、ゴゴゴゴゴと鈍重な音を立てて開いていく。
目の前には端然とした石畳の広場があり、その奥にそびえるのが――魔王城。
「会ってほしい方がいる。ついてきてくれ」
ゼフの後ろを歩く。
石畳をピンヒールが響く。緊張より、好奇心が勝る。
壁に刻まれた彫刻、整然と並ぶ石像。
その一つ一つが、ここがもう“元の世界じゃない”ことを静かに告げていた。
――今はまだ、正直楽しんでいた。
これから何が起きるのかも知らずに。




