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異世界オネェ~20センチのピンヒールで階段から落ちた先は魔王領だったわ~  作者: 夢想PEN
第1章 新宿2丁目のお・ん・な

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しゃべるワンちゃん初めて見たわ

  「はぁ、もうやんなっちゃう。まさに前途多難ってやつね……ていうか、ここどこよ」


 服についた草と砂埃をパンパンとはたき、見上げれば――

 月光が冷たく森を照らしている。

 木々がざわざわと風に鳴き、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。


 周囲には人影ひとつなく、立っているのは場違いで派手なオンナ。

 ピンヒールで立つ、アタシ。


 ガサガサ……


 「……ちょっと〜、なにその音」


 背筋がゾクッとする。

 昔、新宿で不良に囲まれたときの――あの“嫌~な空気”に似てる。


 まぁ、あいつらはみんなアタシのヒールで踏んづけてやったけどね。

 “オカマなめんな”って言葉と一緒に。


 でも、ここは知らない土地。

 油断したらマジでヤバい気がする。


 心臓がバクバク。

 超絶イケメンを前にした時の早さ。

 それなのに、顔だけキメてるアタシって、ほんと女優よねぇ……。


 「なにか……いるわね」


 背の高い草をかき分けて、月の光を反射する“赤い双眸”が、アタシを囲むように動く。

 低いうなり声、荒い呼吸音――三つ。


 ――狩りをしてるの? アタシが“獲物”ってわけ?


 身構えたその時、目の前に黒い影が飛び出した。

 後ろにも、右にも――三方向からジワジワと迫る気配。


 月明かりに照らされ、その正体がゆっくりと姿を現す。

 黒い毛並み、皮の鎧。

 牙が月光を反射し、喉の奥で低く唸り声が震えている。


 「ワ、ワン……ちゃん?」


 その瞬間――


 「……おい、人間。お前ここで何をしている?」


 空気が、止まった。


 犬が……しゃべった。


 気を取り直して、あの白い空間を思い返す。

 そういえば、あのブス女神が言ってたわね。別の世界へ行くって。


 だとすれば、ここはもうアタシの知る地球じゃない。

 犬がしゃべるのも普通かもしれない……。


 しっかりしなさい、適応するのよスミレ。

 男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強よ!


 「おい! 聞いているのか!」


  アタシの正面に立つ犬が、今にも噛みつきそうな顔で吠える。

 凄い迫力、でもアタシ負けないわ。


 ピンっと胸を張り、堂々と答える。


 「ちょっと~、そんな大声出さないでよ、ビックリするじゃない。

 アタシはスミレよ、ワンちゃんここはどこなの?」


 取り囲む三頭のうなり声が激しくなる。


 「ワンちゃん……だと!? あの犬っころなんかと一緒にするな!

 我々は魔王国軍、偵察部隊所属シャドーウルフ隊だ!……お前怪しいな!フルール・ド・セルのスパイか?」


 「なんのことだかわかんないわ、逆にここはどこなの?」


 アタシが首を傾げて聞くと、正面の犬――いや、狼?が牙を剥いた。

 その赤く光る瞳が、月の下でぎらりと光る。


 「……しらを切るつもりだな、薄汚い人間め。その喉元、食い破ってやる!」


 「ちょっと、話を聞いてちょうだいってば!」


 言い終えるより早く、シャドーウルフたちが地を蹴った。

 草をはね、風を裂く――速い!


 「話を聞けって言ってんだろぉお!!!」


────”口撃スキル発動”────

脳内にかすかにそう聞こえた気がした。


 そしてその瞬間、アタシの中で“なにか”が弾けた。

 空気がバチンと震え、細かいピンクの衝撃波のようなものが辺りに広がる。


 狼たちが一斉に動きを止め、ピシッと背筋を伸ばした。

 表情は強張り、尻尾がぴんっと固まってる。


 ……なに、これ?今のアタシ?

 でも、そんなことより――ちょっとイラッとしてる。


 「さっきから聞いてりゃこのワン公が……話も通じないなら、アンタら犬以下だわ。そこになおりなさい!」


 三頭の狼が、ピクリと反応してアタシの正面に並んだ。

 真ん中の一頭の首元には赤い布――どうやら隊長らしい。


 「ふぅん、あんたが隊長?……ねぇ、ここはどこなの? なんで人間を襲うわけ?」


 赤布の狼が、低くうなりながらも答える。


 「こ、ここは、“深淵の森”……そして我々魔族は、お前ら人間と戦争をしている」


 「ほ~ん、それで? アタシは兵士でもなんでもないわよ。

 アンタらは民間人も襲うわけ?」


 「民間人は、こんな危険な場所にはこない。それで敵だと判断した……」


 隊長が鼻を鳴らす。


 「……じゃあ、アンタはいったい何者なんだ?」


 アタシは胸を張って、堂々と笑った。


 「アタシ? アタシは――八尺純恋。自由に生きるオンナよ!」


 狼たちが、一瞬沈黙する。

 夜風がサワァ……と木々を揺らした。


 「……あんたたちの名前は?」


 隊長「ゼフ」

 右の狼「俺はトール」

 左の狼「ぼ、ぼくはレッタ」


 「そう、ゼフにトールにレッタね。……話ができて良かったわ。

 でもアタシもここに急にきて、何がなんだか分からないの。

 どこか安全な場所に案内してくれない?」


 ゼフは少し考え、仲間に目配せした。

 すぐに小声でヒソヒソ話が始まり、レッタがゼフに耳打ちする。

 「ゼフ隊長? あの女?? おっかねーっす。いっそ魔王城に連れていきましょうよ。

 あそこなら、何かあっても魔王様と四天王様がいらっしゃるし……」


 「……ふむ、いい案だな。そうするか」


 「なにコソコソ話してんの?」


 アタシが眉をひそめると、ゼフは慌てて咳払いをした。


 「い、いや、なんでもない。……案内する。ついてこい」


 「ふふっ、最初からそう言いなさいよ」


 ピンヒールで異世界の土を踏み締めながら、アタシは奇妙なワンちゃんたちと共に、深淵の森を歩きだした。


 ――まさかこの出会いが、後に魔王領の運命を変えるなんて、このときのアタシは知る由もなかった。

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