起きたら腰が痛いったらなんの
意識が、浮上していく。
頭が、ぼんやりする。
体が、重い。
……ここ、どこ?
ゆっくりと、瞼を開けた。
見慣れた天井が、視界に入る。
「……魔王城?」
アタシの部屋だ。
自室のベッドで、寝ていたらしい。
のそっと体を起こそうとして──
「いったぁぁぁ!!」
腰が、痛い。
体が、ガチガチ。
まるで、フルマラソン走った翌日みたいな筋肉痛。
「なによこれ……アタシ、どんだけ動いたのよ……」
ゆっくりと上半身を起こす。
体中が軋む。
特に腰が痛い。
「中年の体に、ムチ打ちすぎたわね……」
深淵の森での戦いが、フラッシュバックする。
魔物の大暴走。
ウルカを救った。
そして──
掌を、見つめる。
「……アタシが、みんなを守ったのね」
調律の声―チューニング・ヴォイス。
あの新しい力で、魔物を全部吹き飛ばした。
人間軍も、魔王軍も、守れた。
「でも、疲れたわぁ……」
その瞬間──
ガチャリ。
部屋のドアが開いた。
「失礼しま──」
小柄なネズミ獣人のハジカミちゃんが、箒を持って入ってくる。
そして、アタシと目が合った瞬間──
ガランッ!!
箒を落とした。
「ス、スミレ様!! お目覚めになったんですね!!」
慌てて駆け寄ってくる。
小さな手が、テーブルのコップに水を注いで、アタシに差し出す。
「ありがと、ハジカミちゃん」
水を一気に飲み干す。
喉が、カラカラだった。
「ぷはぁ……生き返るわぁ」
「スミレ様、ご無事で……本当に良かったです……」
ハジカミちゃんの目に、涙が浮かんでいる。
「え、ちょっと、どうしたの?」
「だって……スミレ様、三日間も眠り続けていたんですよ!?
みんな心配して……」
「……三日?」
え。
そんなに?
「そう、三日間……。お医者様も、消耗が激しいって。
いつ目を覚ますか分からないって……」
「あらま……」
そりゃあ、体もガチガチになるわよね。
三日間ベッドで寝たきりだったんだから。
「でも、良かった……本当に……」
ハジカミちゃんが、涙を拭う。
「ごめんね、心配かけて」
「いえ! スミレ様が無事なら、それで!」
ハジカミちゃんが、パッと顔を上げた。
「あ、そうだ! 報告に行きます!
スミレ様がお目覚めになったって、みなさんにお伝えしないと!」
「あ、ちょっと──」
止める間もなく、ハジカミちゃんが部屋から飛び出していく。
バタン!
ドアが閉まる。
「……行っちゃった」
一人、取り残される。
まぁ、いいわ。
アタシも、みんなに会いたいし。
ゆっくりとベッドから降りる。
腰が、また痛む。
「いたたた……」
鏡を見る。
髪はボサボサ。
顔色も悪い。
「うわぁ……ひどい顔してるわね、アタシ」
でも、生きてる。
みんなを守れた。
それで、良かった。
***
しばらくして──
再びドアが開いた。
「スミレ様!」
ハジカミちゃんが戻ってくる。
「玉座の間で、皆様がお待ちです!」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
アタシは、クローゼットから服を選ぶ。
今日は──紫のドレスにしようかしら。
着替えて、髪を整えて、軽くメイク。
そして──
20センチのピンヒールを履く。
カツン、カツン。
廊下を歩く音が、城に響く。
この音、やっぱり好き。
アタシが、アタシでいる証拠。
ハジカミちゃんが先導して、玉座の間へ向かう。
大きな扉の前で、ハジカミちゃんが止まる。
「スミレ様、どうぞ」
ハジカミちゃんが扉を開ける。
玉座の間。
広い空間に、魔王ウスターが玉座に座っている。
そして──
その前に、四天王が並んでいる。
アタシが入ると──
「お姉様ぁ!!」
双子が、一斉に駆け寄ってくる。
「お姉様、無事だったんだね!!」
「心配したよぉ!!」
ソルトとシュガーが、アタシに抱きつく。
「ちょっと、二人とも、痛い痛い! 腰が痛いのよ!」
「あ、ごめんなさい!」
二人が離れる。
サン・ショウちゃんも、仮面の下で微笑んでいるのが分かる。
「スミレ……無事で良かった」
その声は、いつもより温かい。
ウスターも、玉座から立ち上がる。
「スミレよ、よくぞ戻った。
お前の活躍は聞いている。見事であった。もう体調は問題ないか?」
「ありがと、ウスターちゃん。おかげ様で、腰が痛いくらいだわ」
でも──
一人だけ、複雑な表情をしている人がいる。
ダシ。
白髪の参謀が、アタシを見ている。
その目は──何か、言いたげ。
でも、何も言わない。
ウスターが、話し始める。
「サン・ショウ、スミレ、シュガー、ソルト。
良くやった。今回は我々の勝利と言っていい」
ウスターの声が、玉座の間に響く。
「人間軍の誰かが、裏で手を引いていることが分かっただけでも収穫だ」
そして、サン・ショウちゃんを見る。
「サン・ショウ、戦いの中で他に気づいたことは無いか?」
サン・ショウちゃんが、少し考えてから答える。
「……敵の、司令官が魔法付与武器を使っていました」
その瞬間──
ダシが、顔色を変えた。
「なんですって!?」
ダシの声が、珍しく大きい。
「魔法付与武器はガルム王国の秘伝ですよ!?
あのガルムが人間軍と繋がっていると言う事ですか?」
ガルム王国。
ドワーフの国で、人間を憎んでいるって、ウスターちゃんから聞いたことがある。
そんな国が、フルール・ド・セルと協力?
……おかしいわね。
サン・ショウちゃんが続ける。
「分からぬ。他にも、人間の兵士達の剣がやけに切れ味が良かったと、アガマ部隊から聞いている」
ダシが、腕を組む。
「ガルムは、人間を憎んでいる。
かの国は、冒険者が武器を購入する際も、厳しく持ち主を管理しています。
それほど、慎重なのです」
ダシが、苦々しく続ける。
「人間軍が、ガルムの武器を持っている……ありえないことです」
ウスターが、深く息を吐く。
「……なるほど。
人間嫌いのあの国が、フルール・ド・セルと協力するとは思えないが……」
そして、ダシを見る。
「ダシよ、ガルムに赴き調べてみてくれ」
「はい、かしこまりまし──」
ダシが、頭を下げかける。
でも──
「スミレと共に……な」
ウスターが、付け加えた。
「……?
えっ、私が、この人と一緒にですか!?」
ダシが、アタシを見る。
その目は──明らかに嫌そう。
あらま。
アタシ、そんなに嫌われてるのかしら。
「いいじゃない。アタシとじゃいやかしら?」
ニッコリ笑ってみる。
「……くっ」
ダシが、歯を食いしばる。
でも、何も言えない。
王の前だから、変なことは言えないわよね。
ウスターが、諭すように言う。
「ダシよ、お前が人間が嫌いなのは分かる。
しかし、スミレは別だ」
そして、少し厳しい口調で続ける。
「我としても、幹部がまとまってないと困るのだ。
故に、ともにこの任務を果たしてみよ」
ダシが、深く息を吐く。
「……かしこまりました」
渋々、頭を下げる。
双子が、クスクス笑う。
「ダシ、変な顔ー!」
「いつもクールなのにぃ!」
「うるさい」
ダシが、双子を睨む。
でも、双子は笑い続ける。
ウスターが、話を締めくくる。
「出発日は、準備が整い次第で良い。
まずは、街にでも行って物資を整えろ」
アタシは、ニッコリ笑う。
「分かったわ。次もアタシ頑張っちゃう」
ウスターが、珍しく笑った。
「頼むぞ、スミレ」
***
会議が終わり、玉座の間を出る。
双子が、アタシの両脇を歩く。
「お姉様、ダシと一緒で大丈夫?」
「あの人、ちょっと怖いよね」
「大丈夫よ。アタシ、人を口説くの得意だから」
「口説く!?」
双子が、目をキラキラさせる。
「お姉様、恋バナ!?」
「違うわよ! 説得するって意味!」
三人で笑いながら、廊下を歩く。
サン・ショウちゃんも、後ろから付いてくる。
「スミレ……無理はするなよ」
「ありがと、サン・ショウちゃん。でも、大丈夫」
アタシは、振り返って笑う。
「アタシ、みんなを守るって決めたから」
サン・ショウちゃんが、小さく頷く。
「……ああ。お前なら、大丈夫だ」
その言葉が、温かい。
アタシは、また前を向く。
ガルム王国か。
ダシと二人っきりの任務。
ちょっと不安だけど──
でも、きっと大丈夫。
アタシなら、なんとかなるわよ。
廊下の先に、光が差している。
アタシは、その光に向かって歩き出した。
カツン、カツン。
ピンヒールの音が、城に響く。
次の冒険が、始まる。




