深淵の悪魔♡
パァァン! パァァン!
ウルカを背にしながら次々くるデカい鬼とか、ぶっさいくなゴブリンをスラップでぶっ飛ばす。
本当にキリがないったりゃありゃしない。
「これが、スミレ様の……!」
アタシの後ろにいるウルカから、アタシがぶっ飛ばす度に「おぉ」という素っ頓狂な声が聞こえる。
「ちょっと、関心してないで早く立ちなさい!」
ウルカに退却を促しながら、鬼の大振りな拳を避けて腹にスラップを決める。
吹き飛んだ鬼にぶつかった魔物の集団がボーリングのピンみたいにはじけ飛んでいく。
「は、はい! ありがとうございます!」
ウルカが慌ててアガマに跨がり、撤退していく。
──良かった。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
でも──
視界の端で、誰かが襲われているのが見えた。
人間軍の兵士だった。
巨大なサソリのハサミに体を挟まれながら悲鳴を上げている。
盾が砕け、鎧が裂けている。
その傍に、魔族の兵士も倒れていた。
背中から血を流して、動かない。
さらに奥。
また別の場所でも、人が倒れている。
──まだ、いる。
逃げ遅れた人たちが、魔物に襲われている。
人間も、魔族も。
関係なく、やられている。
「……最悪ね」
胸の奥が、ざわついた。
これ──
前にもどこかで。
***
新宿二丁目、アタシの店。
酔っ払いが暴れて、グラスを割って、テーブルをひっくり返した。
スタッフの子が止めようとして、突き飛ばされた。
頭を打って、血が出た。
他のお客さんも、怯えていた。
店が、めちゃくちゃになった。
その時、アタシは──
何も考えずに、その酔っ払いの前に立ち、胸倉をつかみ、そのまま持ち上げる。
「……アタシの大切なものを、傷つけんじゃねーよ」
一喝した。
店は、シンと静まり返った。
酔っ払いは震え上がり、酔いが醒めたみたいな顔して謝った。
***
──そうだ。
アタシは、そういう奴だった。
アタシの大切な場所を。
アタシの大切な人たちを。
めちゃくちゃにする奴は、許さない。
守りたいとか、そういうんじゃない。
許せないのよ。
「──アタシの大切なものを、傷つけんじゃねーよ」
その瞬間だった。
胸の奥で、何かが弾けた。
熱いんじゃない。
温かいんでもない。
──澄んでいる。
まるで、綺麗に調律された音色のような感覚。
バラバラだった不協和音が、一つの旋律になる。
そして、脳内に響く声。
──口撃スキル進化──
──調律の声・絶対威圧発動──
「……何、これ……」
次の瞬間──
アタシの体から、ピンクの衝撃波が放たれた。
それは広大な森を覆いつくすほどに広がって、地獄と化した森を一瞬にして飲み込んだ。
時間が、止まった。
いや、正確には──
アタシ以外の全てが、止まった。
魔物も。
魔族も。
人間も。
風さえも。
まるで、世界がアタシの「意志」に従ったかのように。
「……動ける……アタシだけ……?」
ゆっくりと歩き出す。
20センチヒールが枝葉を踏む音だけが、静寂の森に響く。
魔物たちの前に立つ。
鬼みたいな巨体も、ゴブリンの群れも、でっかいサソリも。
全員が、まるで彫刻のように動きを止めている。
「……お前ら」
アタシは、低い声でゆっくりと言った。
「マジ、いい加減にしろよ」
その瞬間──
魔物たちの目から、魔法陣が消えた。
目を丸くして、アタシを見る。
そして──
冷や汗をかき始めた。
歯をガタガタと鳴らしている。
言葉が通じないはずなのに。
アタシの「意志」が、そのまま伝わっている。
恐怖している。
アタシを。
「……へぇ。効いてるじゃない」
そして、時間が動き出した。
魔物は恐怖に震え、その場から動けない。
人間軍も、魔王軍も、まだ動けないでいた。
でも──
その感覚は、それぞれ違っていた。
「な、なんだこれは……!?」
グロセルの声が、震える。
「動けん……まるで、竜に睨まれたスライムのような感覚だ……」
アランが低く呟く。
「……苦し……い」
シンジィは錫杖を強く握りしめながら震えている。
全身が、金縛りにあったように動かない。
息をするのさえ、苦しい。
圧倒的な力。
抗えない存在。
まるで、死神に睨まれたような──恐怖。
一方、魔王軍の陣営。
「これは……前よりも強力な……!」
サン・ショウが呟く。
体は、確かに動かない。
でも──
恐怖ではなかった。
むしろ──
安心感。
まるで、子供のピンチに親が助けに来たような。
頼れる誰かが、守ってくれるような。
温かい。
「お姉様……」
ソルトとシュガーも、動けないながらも笑顔を浮かべていた。
「すごい……」
「すごいよ……でも動けないー!」
ウルカも、涙を浮かべている。
「スミレ様が……守ってくださる……」
アガマ部隊の犬獣人たちも、動けないまま、スミレを見つめていた。
誰もが安堵し、ただ──見守っていた。
自分たちの、大切な仲間を。
そしてアタシは、ゆっくりと振り返る。
人間軍の方を向いた。
「さぁて、……人間軍のみなさん」
静かに言う。
「もう帰っていいわよ。ここは、アタシがなんとかしとくから」
その瞬間──
まるで金縛りが解けたかのように、人間軍が動けるようになった。
その場の全員が呼吸するのを許されたように、肩で大きく息を吸い込む。
「……動ける……!?」
グロセルが驚愕する。
アランが、アタシを見つめる。
その目には、複雑な感情が浮かんでいた。
「……すまん」
アタシは、軽く笑った。
「いいのよ。でも、一つ貸しね♡」
投げキッスをする。
「今度、デートしてちょうだい」
アランの顔が、一瞬だけ赤くなった。
「……考えておく」
そう言い残して、人間軍は撤退していく。
アタシは、魔物たちに向き直った。
「さて、と」
腕をぐるぐる回す。
「アンタたちが操られてたのは知ってるけどさ」
右手を構える。
「やられたら、やり返すのがアタシだからさ」
ニッコリ笑う。
「歯ぁ食いしばんな」
次の瞬間──
アタシは、魔物に向かって走り出した。
「いやぁぁぁぁん♡」
パァァン! パァァン! パァァン!
スラップが炸裂する度に、魔物が空へ舞い上がる。
鬼みたいな巨体が、ぶっさいくなゴブリンが、猪が。
次々と、ピンクのハートと共に、空へ打ち上げられていく。
「はい、一匹、二匹、三匹──」
数えながら、次々とスラップを決める。
十匹、二十匹、三十匹。
まるで、花火を打ち上げるように。
魔物たちが、森の上空へと放物線を描くように打ち上がる。
ピンクのハートが、青空の下で輝く。
五十匹を超えた辺りで、数えるのをやめた。
「もう、分かんないわよ!」
それでも、スラップは止まらない。
「いやん♡ やん♡ やん♡」
パァァン! パァァン! パァァン!
魔物が次々と空へ飛んでいく。
そして──
その光景を、魔王軍は見守っていた。
「すごい……」
「スミレ様、すごい……」
犬獣人たちが、感動に震えている。
双子も、キラキラした目でアタシを見ている。
「お姉様、かっこいい……」
「最高だよ……」
サン・ショウも、静かに頷いていた。
***
──その頃、フルールドセル王国。
城壁の監視塔。
見張りを務める兵士が、望遠鏡で深淵の森を見ていた。
「……ん?」
遠く、森の内部。
何かが光っている。
ピンクの光。
そして──
何かが、空へ飛んでいく。
「なんだ、ありゃ……?」
交代のため監視塔に登ってきた仲間に声をかける。
「おい、あれ見てみろよ」
仲間も望遠鏡を覗く。
そして──
二人は、同時に震え上がった。
森の中で、魔物が次々と空へ飛ばされている。
ピンクのハートが、昼の光の中で無数に飛び散っている。
「な、なんだあれ……あのオーガも、キングゴブリンも、スコルピアまで!?」
「悪魔だ……森で、深淵の悪魔が暴れてる……」
二人は、恐怖に震えながら、ただその光景を見つめるしかなかった。
***
──数分後。
アタシは、最後の魔物を空へ打ち上げた。
「はぁ、はぁ……」
息が上がる。
周りを見渡す。
魔物は、もういない。
森は、静かになった。
逃げ遅れていた人間は──
みんな、無事に撤退できたみたいね。
「……やった、のかしら」
その瞬間、膝が崩れた。
「わっ」
ガマちゃんが駆けつけて、アタシを支える。
「ありがと、ガマちゃん」
頭を撫でると、ガマちゃんが嬉しそうに喉を鳴らす。
「ギャウ!」
サン・ショウちゃんたちも駆けつけてきた。
「スミレ……」
サン・ショウちゃんが、静かに言った。
「お前なら、やってくれると信じていた」
その言葉に、アタシは少しだけ驚いた。
「……信じてた、って」
「ああ」
サン・ショウちゃんが、仮面の下で珍しく笑った。
「お前の力は、前とは違った。威圧されたが──恐怖ではなかった」
「え?」
「もう大丈夫という、安心感があった」
双子も頷く。
「うん、そうだった」
「怖くなかった。お姉様が守ってくれるって、分かった」
ウルカも涙を浮かべている。
「スミレ様……ありがとうございます……」
胸の奥が、温かくなった。
「……そっか。アタシ、ちゃんと守れたんだ」
ソルトとシュガーが、キラキラした目でアタシを見る。
「お姉様、すごかったよ!」
「魔物が全部空に飛んでった!」
「……そうね。アタシもびっくりよ」
苦笑いする。
そして──
青空を見上げた。
木々の隙間から、白い雲が流れていく。
ピンクのハートは、もう消えている。
でも──
心の中に、まだ残っている。
──調律の声。
アタシの新しい力。
これで、みんなを守れる。
でも、疲れた。
すごく疲れた。
「あ、れ……」
疲労が一気に押し寄せて、意識が遠のいていく。
「スミレ!」
サン・ショウちゃんの声が遠くなる。
アタシは、ガマちゃんに支えられながら──
そのまま、意識を手放した。
深淵の森に、静けさが戻る。
木漏れ日が、優しくアタシを照らしていた。
こうしてアタシの初陣は、終わった。
でも、戦争は──
まだ、終わっていない。
面白いと思ったら評価頂けると嬉しいです!




