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異世界オネェ~20センチのピンヒールで階段から落ちた先は魔王領だったわ~  作者: 夢想PEN
第2章 戦場に咲く乙女の華

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暴走

 森の奥から、足音が響いた。

 それは最初、錯覚のように微かだった。

 森が鳴らす、ただの軋み――そう思えた。


 だが次の瞬間、地面が小さく震え、空気そのものが歪む。

 鎧の隙間を抜ける風が、嫌に冷たい。


 ――ドス、ドス、ドス。


 重く、鈍い衝撃音。

 確実に、何かが近づいてきている。


「……まずいな」


 アランが低く呟いた。

 霧の向こう、深淵のさらに奥を射抜くその眼差しに、迷いはない。

 だが、わずかな緊張が混じっているのを、アタシは見逃さなかった。


「全軍、警戒! 何かが来る!」


 グロセルの号令が森に響き渡る。

 人間軍も、魔王軍も、同時に身構えた。

 剣が抜かれ、盾が構えられ、魔力が空気を震わせる。

 さっきまでの小競り合いとは、明らかに質が違う。


 アタシは――まだ、地上にいた。


 アランたちから数歩離れた位置。後方待機の命令は出ている。

 撤退の合図が来るまでは、ここで状況を見極めろ、と。


 ……でもさ。


 この空気で、何も見ずに下がれるほど、アタシは大人しくない。


「……スミレ!」


 サン・ショウちゃんの声が飛ぶ。


「今すぐ下がる準備をしろ! 嫌な予感がする!」


「ええ、分かってるわよ」


 口では軽く返したけど、胸の奥がざわついていた。

 この感じ、覚えがある。

 理屈じゃなく、本能が警鐘を鳴らしてるやつ。


 そして――


 霧が、裂けた。


 森の木々が、音を立ててなぎ倒される。

 巨大な影が、次々と姿を現した。


 鬼みたいな巨体。

 ゴツゴツした石の塊みたいな化け物。

 漫画で見たゴブリンの不細工版みたいな群れ。

 巨大な猪、狼の群れ。


 さらに空には、翼竜っぽいの、ライオンと鷹のキメラみたいなの、鳥女の編隊。

 空と地上、両方から押し潰すってかんじ?


「……ありえない」


 モウの声が、かすかに震えた。


「こんな数……しかも同時に……!」


「縄張り争いはどうした……?」


 スキッティが呆然と呟く。


 その瞬間だった。


 アタシは、はっきりと気づいた。


 ――魔物の目。


 瞳の奥に、淡く光る魔法陣。

 どの化け物も、同じ色、同じ形。


「……っ」


 背筋が、ぞわりと凍りついた。

 火竜の時と……同じじゃない。


 違う種族。

 違う生態。

 本来なら、共存なんて絶対にしないって聞いてた連中。


 それなのに、全てが同じ方向を向いている。


 ――操られてる。


「くそッ! 魔物を優先しろ! 陣形を組み直せ!」


 アランの叫びが戦場を裂く。


「魔王軍も同じだ! 迎撃しろ!」


 サン・ショウちゃんが剣を抜き、即座に指示を飛ばす。


 次の瞬間、戦場は地獄へと傾いた。


 精霊剣が地を裂き、木の根が魔物を串刺しにする。

 双子の双魔舞踏が、魔物を踊るように切り裂く。

 人間軍も必死に応戦する。

 アランの大剣が魔物を両断し、雷撃が空を焼いた。


 それでも――


「きりがないよ!!」


 ソルトの叫び。


「次から次へ来すぎ!!」


 シュガーの声も、余裕を失っている。

 数が、明らかに異常だった。

 倒しても、倒しても、埋まらない。


「……撤退判断だ」


 グロセルが歯噛みし、即断する。


「全軍、撤退! 森の入口まで下がれ!!」


 ほぼ同時に、サン・ショウちゃんの声が重なった。


「魔王軍も撤退! 魔王国まで戻る! 死ぬな!!」


「スミレ! 双子! 今すぐ下がれ!!」


「了解!」


 アタシは指を鳴らした。


「ガマちゃん!!」


 次の瞬間、地を蹴る音とともにアガマが滑り込む。

 跳び乗ると同時に、背後で魔物の咆哮が弾けた。

 ソルトとシュガーも並走する。


「お姉様……速い……!」


「ええ、でも――追ってきてるわ」


 振り返ると、魔物の群れが撤退する両軍へ雪崩れ込んでくる。

 逃げながら戦う。

 魔族も、人間も、必死だった。


 その時――


 視界の端で、誰かがアガマと共に転んだ。


「……ウルカ!?」


 考えるより早く、アタシはガマちゃんを止めていた。


 ウルカの背後。

 鬼みたいな巨体が、拳を振り上げている。


 ――間に合え。


 跳び降りる。

 ウルカの前に立つ。


「――させないわよ!!」


 右手を振りぬく。


 ──"おねぇスラップ発動"──


「いやぁん♡」


 パァァァン!!


 ピンクのハートが炸裂し、鬼みたいな奴が木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ぶ。

 だが、終わらない。


 次。

 また次。


「まだ来るの!?」


「スミレ様ッ、逃げてください!!」


「やだって言ってるでしょ!」


 叫びながら、スラップを振るう。


「アタシは決めたの! みんなを守るって!!」


 その瞬間だった。


 胸の奥が、異様に熱い。

 口撃スキルが、うずく。


 ……違う。

 これは、溢れそうになってる。


 魔族も。

 人間も。

 必死に戦って、必死に逃げて、それでも押されている。


 このままじゃ……


 ――守りたい。


 理由なんて、もうどうでもいい。

 胸の奥で、何かが目を覚まそうとしていた。


「……アタシ、何か……できるはず……」


 地の底から、再び低い咆哮が響く。

 深淵が、応えたかのように。


 その声に呼応するように、魔物たちがさらに暴れ出す。


 ――深淵の森で。


 誰も知らない力が、

 今まさに、産声を上げようとしていた。

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