深淵からの声
両陣営が朝を迎えた。
霧の中を、夜明けの薄明りを頼りに人間軍は進軍を始めた。
疲れは取れていないが、皆戦士の顔をして無言で枯れ枝を踏みながら進む。
一方、魔族軍は泉の前で整列し、サン・ショウの言葉を待っていた。
泉の水のおかげか、魔族兵はすっきりとした表情で全員が前を向き、アガマも喉を鳴らす。
「……この戦い、正義は我らにある。深追いする必要はない。
アガマで翻弄しながら数を減らし、敵を撤退に追い込め」
魔族兵の雄たけびの中、アタシは手をぎゅっと握る。
「そう、アタシは決めたの。みんなを守るって。やってやるわよ」
サン・ショウちゃんの合図で、みんなアガマにまたがって深淵の森へと走り出した。
***
ソルトとシュガーがアタシの両脇に並んだ。
「お姉様、今日も後方で待機だからね」
「僕たちが守るから、安心してよ」
「えぇ、分かってるわよ。……でも、本当にアタシ役に立ってるのかしら?」
双子が同時に振り向き、ニコッと笑う。
「「お姉様がいるだけで、みんな元気になるんだよ」」
そう言い残して、二人は木々の間へ消えていった。
アタシはガマちゃんの首にしがみつき、小さく息を吐く。
「……さて、今日はどうなることやら」
***
森の入口では、人間軍が整然と並んでいた。
「全軍、前進! 昨日の陣形を維持しろ!」
グロセルの号令とともに、盾兵が前へ進む。
その後ろにアラン、そして勇者パーティーが続く。
「アランさん、今日も魔物が少ないですね……」
モウが周囲を見回しながら呟く。
「ああ……やはりおかしい。警戒を怠るな」
アランが大剣を構え直したその時──
ドォンッ!
地面から巨大な木の根が突き出し、人間軍の隊列を分断した。
「くっ、またあの技か!
全軍、散開! 各小隊で対処しろ!」
グロセルの指示で、人間軍は四つの小隊に分かれる。
そして、木々の上から矢の雨が降り注いだ。
「魔法師隊、反撃! 雷撃で木の上を狙え!」
モウとエシレが詠唱を始める。
「「——雷魔法・蛛網黒雷!」」」
黒い雷撃が空を走り、アガマ部隊が木から飛び降りる。
「さすがに同じ手は通じないか……」
サン・ショウが呟き、剣を抜く。
「ならば──地上戦だ」
***
アタシは後方の大きな木の上で、戦況を見守っていた。
サン・ショウちゃんの精霊剣が地を裂き、
双子の双魔舞踏が人間兵を翻弄する。
アガマ部隊も健闘しているけど──
人間軍も連携が取れている。
「……このままじゃ、長期戦になるわね」
そう呟いた時、下から声が聞こえた。
「おい、あそこに誰かいるぞ!」
ギクッとして見下ろすと──
四人の人間がこちらを見上げていた。
屈強な男。
大盾を持つ女騎士。
大きな帽子の少女。
そして、白い服の女……。
ちょっとあの女神に似ててむかつくわね。
「あらやだ、見つかっちゃった……」
ガマちゃんから飛び降りて、地面に着地する。
20センチヒールでも、なぜか衝撃を感じない。
クロちゃんの服、優秀ね。
大剣の男が一歩前に出た。
「……人間、か? なぜ魔王軍に?」
「あら、アタシ?
アタシは魔王軍の幹部よ」
胸を張って答える。
「人間が……魔王軍の?」
白い服の女性が驚いた顔をする。
大剣の男がゆっくりと剣を構える。
その瞬間、アタシの目が釘付けになった。
浅黒い肌。
引き締まった体。
両手で大剣を構える腕の筋肉。
整った顔立ち。
──あら、やだ。ドストライクじゃない。
「あらぁん♡やだー 良い男じゃない」
大剣の男の目が見開かれる。
「なぜ俺の名を!?」
「え?」
「ん?」
白い服の女性──シンジィが一歩前に出て、錫杖を構えた。
「アラン様、危険です!
その人からは魔力とは違う何かを感じます」
アタシは思わずツッコミを入れた。
「信じらんなーい、今いいとこなんだから黙っといてよブス」
シンジィの顔が凍りつく。
「えっ、なぜ私の名を?」
「え」
「はい?」
二人が同時に首を傾げる。
大きな帽子の少女が、
大剣の男──アランの後ろに下がり警戒する。
「アランさん、敵?ですよね……?
なんかすごい迫力を感じます」
アタシは首を傾げて、改めて大剣の男を見る。
「あら、あなたアランって言うのね。いい名前。
アタシは八尺純恋よ♡ スミレちゃんって呼んで」
アランは帽子の少女を守るように腕で隠すしぐさをとる。
「モウ、下がれ。
サン・ショウとは違う強さを感じる」
「もう! 甘えちゃって。
アタシもそんな風に守られてみたーい」
帽子の少女──モウが顔を出す。
「えっ、なんで私の名前を?」
「ん?」
「え?」
アランが警戒した目でアタシを見つめる。
その真剣な瞳に、アタシは思わず胸がときめく。
「そんな目で見ないで、
アタシのこと、好きっていってー♡」
大盾を持つ女騎士が盾を前に構え、低い声で言った。
「なぜ私の名を……? 危険すぎる。
アラン殿、やるしかありませんよ!
四人で一気に攻めましょう」
女騎士──スキッティの目が鋭くなる。
アタシは腰に手を当ててため息をついた。
「はぁ、せっかくいい男に逢えたと思ったら、
取り巻きの女達がやな感じね。
話し合いも出来ないじゃないの」
四人が顔を見合わせる。
「……おい、もしかして」
アランが呟く。
「この女、俺たちの名前を全て知っている……」
「諜報活動?
いつの間に情報が漏れたんですか?」
モウが警戒を強める。
「違うわよ。
さっきから何言ってんのよ、アンタたち」
アタシは呆れたように言った。
四人が顔を見合わせる。
「……まさか」
アランが呟く。
「俺の名前は、アラン・ヤダー……」
「私は、シンジィ・ラナイ……」
「モゥ・アマエ・チャッテ……」
「スキッティ・テール……」
四人が同時に顔を上げる。
「「「「名前が!?」」」」
アタシは首を傾げた。
「え? 何?
アンタたち、急にどうしたの?」
「……そういうことか」
アランが額に手を当てる。
「だから、何の話よ!?」
アタシが叫ぶ。
「いや、待て。
今は名前の話はどうでもいい」
アランが話を戻す。
「お前は……人間でありながら、
魔王軍の幹部なんだな?」
「そうよ。よろしくね♡」
軽く会釈する。
「……なぜ、人間が魔王軍に?」
シンジィが静かに問う。
「それはね──」
アタシは真剣な目で四人を見た。
「この戦い、おかしいと思わないの?」
「……何?」
アランの目が細くなる。
「アンタたち、この戦争が
誰かに仕組まれたって考えたことある?」
「仕組まれた……? どういう意味だ」
「最初の魔物襲撃。
魔族の仕業だって、誰が決めたの?
証拠はあるの?」
「それは……宰相ブルーテ様が、
魔法陣を発見して……」
モウが答える。
「本当に魔族がやったの?
もしかして、誰かが魔族に罪をなすりつけたんじゃない?」
アランが一瞬、動揺する。
「……確かに、おかしな点はある。
魔物が少なすぎる。この森では、ありえない」
「でしょ?
何かがおかしいのよ。
アンタたちも、アタシたちも──
踊らされてるだけなんじゃないかって」
シンジィが息を呑む。
「……もし、それが本当なら……」
「本当よ。
アタシは、感には自信があるの。
きっと黒幕がいる。
そいつが、この戦争を起こしてるの」
モウが帽子を押さえながら言う。
「でも……だとしても、今は──」
「分かってる」
アランが大剣を構え直した。
「……確かに、疑問はある。
だが、今は目の前の敵を倒すしかない。
これは命令であり、俺の使命だ。
平和のために──討たせてもらう!」
アタシは小さく息を吐いた。
「はぁ……やっぱりそうなるのね」
──話せたかもしれないのに。
ほんの少し、分かり合えそうだったのに。
「……やるしかないのね」
腰を落とし、右手を前に出す。
おねぇスラップの構え。
アランが大剣を振り上げ、
シンジィが錫杖を構え、
モウが魔法を溜め、
スキッティが盾を前に出す。
一触即発の空気。
──その瞬間。
ゴオオオオオオオオオオオオオ……
地の底から、世界を震わせる咆哮が響いた。
「「「……!?」」」
全員が武器を下ろし、周囲を警戒する。
地面が揺れ、木々が軋み、葉が一斉に舞い落ちる。
「な、なんだこれ……!?」
アランが周囲を見回す。
「やだ……これ、すっごく嫌な予感がするんですけど……」
アタシもガマちゃんに飛び乗る。
遠くで、サン・ショウちゃんの声が響く。
「……まさか、深淵の神が……!?」
森が、静まり返った。
戦っていた魔族も、人間も、動きを止める。
そして──
森の奥で、何かが動く気配。
木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立つ。
魔物たちが、一斉に顔を上げた。
その目には──魔法陣が浮かんでいる。
「……何、これ……」
アタシは呟いた。
次の瞬間──
ドドドドドドドドドドドド……
森の奥から、無数の足音が迫ってきていた。
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