表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界オネェ~20センチのピンヒールで階段から落ちた先は魔王領だったわ~  作者: 夢想PEN
第2章 戦場に咲く乙女の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/26

もう一つの灯

 ――――同じ頃、人間軍・簡易キャンプ。


 魔王軍が一時撤退した後、人間軍はアランの指示で、深淵の森を見下ろせる小高い崖に陣を張っていた。

 夜風が鎧を撫で、擦れ合う金属音が、静まり返った森へ溶けていく。


「アラン殿、ここなら魔物の接近もすぐに分かりますな」


 グロセルが周囲を見回しながら言った。

 巨躯を覆う重鎧が、低くガシャリと応える。


 黒衣の斥候隊が灯したオイルランプを囲み、騎士たちは無言で干し肉を噛みしめていた。

 咀嚼の音だけが、かすかに夜気を震わせる。


「深淵の森には、依頼で何度か来ているんです」

 アランは負傷者が横たわる簡易医療スペースへ視線を移した。

「地形も、森の癖も覚えている……それでも――今日は、おかしい」


「おかしい、とは?」


「魔物が少なすぎる」

 アランは即答した。

「魔族と遭遇する前からそうでした。森へ入る道中ですら、災害級どころか鬼級が数匹だけ。深淵の森では、あり得ません」


 グロセルは斧を地面に置き、顎に拳を当てて顔をしかめる。


「……魔族が魔物を制御している、と考えるのが自然でしょうな」

 低く言い、周囲を一瞥した。

「となれば、なおさら警戒を解くわけにはいきません」


 アランはひとつ息を吐いた。

 口元にはかすかな笑みを浮かべたが、瞳に残る違和感は消えない。


「……ええ。原因は突き止めないと」

 一拍置き、問いを投げる。

「グロセルさん、正直に言って……明日も戦うんですか?」


 オイルランプの灯火が風に揺れ、二人の影を長く歪ませた。


「……このままでは、国へは戻れません」

 グロセルは低く呟き、拳を握る。

「やられた部下たちのためにも」


 腰を下ろす兵は五十名ほど。

 皆、疲労を滲ませながらも干し肉を噛み、視線は前を向いていた。

 士気は落ちていない。

 むしろ、静かに燃えていた。


「アランさーん! こっちで食事にしませんかー?」


 モゥがオイルランプの傍から手を振る。


「……ああ、今行く」


 軽くグロセルに会釈し、アランはランプの光へ向かって歩き出した。

 大剣を下ろし、モウの隣に腰を下ろす。

 そこで、ひとつの違和感に気づいた。


「あれ? シンジィがいないな」


「シンジィ殿なら、花を摘みに行くと言っていました」

 スキッティが大盾を布で拭きながら答える。


「花を摘みに……? 夜に、この森を一人で?」


「アランさん……えっと……」

 モゥが視線を泳がせる。

「その……察してくださいよ!」


 意味を理解し、アランは小さく咳払いをした。


「ああ……そういうことか。すまない、配慮が足りなかった」


「勇者様、意外と抜けてますよね。でも……少し親近感が湧きました」

 モウは柔らかく笑った。


「……それでも、一人は危険だな」


 スキッティは遠くを見つめるように、ランプの灯を細める。


「大聖女の聖魔法は、魔物から身を隠すことができるそうです。私も同行を申し出ましたが……『一人で行く』と」


「そうか……」

 アランは呟いた。

「回復魔法は凄まじいが、防御魔法を使う時の、あの表情……」


「分からなくていいと思います!」

 モゥは少し引きつった笑みを浮かべ、帽子を深く被り直した。

「私の中では、もう“変な人”です」


***


  夜の深淵の森は、戦場の名残を抱えたまま沈黙していた。

 折れた枝、抉れた地面、乾ききらない血の匂い。

 ランプの灯が届かぬ闇に、いくつもの影が転がっている。


 シンジィは、一人で歩いていた。


 理由は二つ。

 生き残りがいないか確かめるため。

 そして――自分の正義から、目を逸らさないため。それは、自己満足かもしれない。

 それでも、行かずにはいられなかった。


 一歩踏み出すごとに、胸の奥が軋む。

 人間の兵も、魔族の兵も、等しく倒れていた。

 誰もが命令に従い、誰かのために、ここに立っていたのだ。


 祈りの言葉は、喉の奥に溜まったまま、声にならない。


 その時、倒木の影で、かすかな動きがあった。


 魔族兵だった。

 腹部を深く斬られ、呼吸は浅い。

 だが――まだ、生きている。


 迷いは、一瞬だけ。


 シンジィは膝をつき、両手を組む。


「……癒やしを」


 淡い光が掌から溢れ、傷を静かに塞いでいく。

 荒れていた呼吸が、少しずつ整っていった。


 やがて、魔族兵は目を開く。


「……なぜ……」


 かすれた声。


「なぜ……助けた……?」


 シンジィは、視線を逸らさなかった。


「あなた方は……敵かもしれません」

 一度、言葉を切る。

「……でも、放っておけませんでした」


「俺を助けても……また、人間と戦うぞ……」


「……それでもです」


 沈黙。


「……なぜだ」

 魔族兵の声に、怒りはなかった。

「なぜ、おまえら人間は……無意味に戦争がしたい……?」


 胸が、痛んだ。


「……私たちは」

 シンジィは、慎重に言葉を選ぶ。

「魔族が原因だと……そう、聞いています」


「……そうか」


 魔族兵は、空を仰ぐように目を閉じた。


「……真実は……闇の中、か……」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 シンジィは立ち上がる。


「……どうか、生きて」


 答えはなかった。

 だが、命は確かにそこにあった。


 二人は、背を向け合い、夜の中へと別れた。

 同じ夜の下、違う陣営へ。


 シンジィは歩き出す。

 胸に残った問いを、抱えたまま。


 それでも――

 自分がしたことを、後悔はしていなかった。

面白いと思ったら評価頂けると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ