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異世界オネェ~20センチのピンヒールで階段から落ちた先は魔王領だったわ~  作者: 夢想PEN
第2章 戦場に咲く乙女の華

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サン・ショウの過去

 ウルカたちと焚火を囲んで談笑していると、ふと視界の端にサン・ショウちゃんの姿が映った。

 泉の畔──半月が水面に切り取られたみたいに漂い、その前に彼一人が立っていた。


「一人でどうしたのかしら……」


 瓦礫の椅子から腰を上げ、足音を殺して近づく。

 サン・ショウちゃんは月の像を見つめたまま、剣の柄に添えた指だけ微かに力が入っていた。


 隣に並び、何も言わず同じ景色を見る。

 さっきまで賑やかだった泉は、今は静かに淡い光を返し、波紋がゆっくり揺れていた。


 そして彼は、水面から視線を外さずに口を開いた。


「……今日は、俺のせいで十名もやられてしまった。この戦いが終わったら、遺族に謝りたい」


「サン・ショウちゃん……」


 その声は、指揮官としての責務の重さを抱え込んでいた。


「スミレ……この戦いには、不可解な点が多い」


「それって、どういうこと?」


 彼は小さく息を吐き、夜気に白く混ざった。


「まず、人間軍はこの森で不利なのを分かっていながら先に仕掛けてきた。妙だ。

 そしてもう一つ……あんなに派手にやり合ったのに、この森の魔物が静かすぎる。普段なら真っ先に襲ってくるはずだ」


「アタシはここに来たばかりだけど……“何かがおかしい”って事よね?」


 夜風がサン・ショウちゃんのコートを揺らす。


「……そうだ。この森は……」


 そこまで言って、彼は言葉を呑みこんだ。

 視線が泉から廃屋へ、そしてその奥へと移る。


「この森がどうしたのよ?」


 そして彼は、決意したようにゆっくりと話し始めた。


「……ここには元々村があった。

 そして俺は、この村の出身だ。“精霊族ドライアド”──泉の大精霊ルビスを守ってきた一族の、生き残りだ」


 そう言って、仮面を外した。


 薄緑の髪。整った鼻筋。切れ長の金の瞳が月を照り返し、息を呑むほど美しかった。


「ちょっと……サン・ショウちゃん。アンタ、ビックリするくらい美青年じゃない……!」


 腰を抜かしそうとはまさにこのこと。


「人間であるお前には、知っておくべきことがある。……聞いてくれるか?」


 そんな真剣な目を向けられたら、オンナが廃るわ。


「えぇ、いいわ。今日はよく相談される日ね」


 アタシがそう言うと、彼は泉へ視線を戻し語り始めた。


「……百年前、“精霊戦争”が起きたのは知っているな?」


「人間の王様が攻めたって話よね」


「そうだ。

 俺はその頃五十歳だった。村では年に一度、森の奥、絶望の谷で深淵の神を鎮める儀式がある。その日、大人たちは全員森の奥へ行く。

 危険だから、留守番はいつも子どもの俺の役目だった」


「そんな中で……何があったの?」


 サン・ショウちゃんは、昔を思い出すように言葉を選んだ。


「その夜、深手を負った人間の冒険者が一人、村に迷い込んできた。

 腹から血を流し、助けを求めて……俺の目の前で倒れた」


 想像だけで胸が痛んだ。


「村には掟があった。“人間に精霊水を与えてはならない”。……争いの火種になると。

 俺たちドライアドは気の遠くなるほど昔から泉を守ってきたが……人間は泉を奪おうとして、村を攻めた過去がずっと前にもあったらしい」


「……それで?」


「だが幼かった俺は、目の前の命を見捨てられなかった。

 掟を破り、精霊水を与えてしまった」


 サン・ショウちゃんは小さく拳を握る。


「だけど……俺はそのことを大人たちに黙っていた。

 怒られるのが怖かったのもある。何より……“人間を助けた”なんて言いづらかった」


 その気持ち、痛いほど分かるわ……。


「そして、その冒険者は生き延びた。

 その後、町の酒場で“精霊水で助かった”と話したらしい。伝説なんて知らずに、ただの武勇伝としてな」


「……最悪のタイミングね」


「ああ。その話が、強欲なタラゴン一世の耳に届いた。

 “どんな傷も癒す水”──そんなもの、手に入れたいに決まっている。

 こうして、人間軍は泉を奪うために村へ攻め込んだ」


 泉の光が彼の横顔を照らし、影が揺れる。


「ルビス様は……何も言わなかった。

 村が焼かれる最中も、泉の中心にただ姿を見せ、微笑むだけだった」


「助けてはくれなかったのね……」


「格の高い大精霊には、争いなど些細な事なのかも知れない。推し量ろうとしても、その御心は分からない。……ルビス様の浄なる気は魔物を遠ざける。だが──人間には効かない。

 大軍勢はそのまま村へ踏み込んだ。その時、俺たちドライアドと親交が深かった前魔王デミグラウス様が、駆け付けてくれて……俺だけが助かり、その後魔王城へ身を寄せる事になった」


 サン・ショウちゃんの声は震えていない。

 だけど、静かすぎて痛かった。


「……俺が助けた人間が、すべての引き金だったんだ」


「サン・ショウちゃん、それは違うわよ」


 思わず声が強くなった。


「悪いのは欲で攻めた連中。アンタじゃない。子どもの頃、目の前の命を救っただけじゃないの」


 泉の風が、そっと吹き抜けた。まるでルビスが頷いたみたいに。


「……スミレ、お前は……強いな」


「違うわよ。アンタが優しいからよ。

 それを罪だなんて言わせないわ」


 サン・ショウちゃんの肩が、わずかに緩んだ気がした。

 そして、彼の表情が少しだけ和らいだ、その瞬間だった。


「……ねぇ、サン・ショウちゃん」


「なんだ?」


「なんでアタシに話してくれたの?」


 泉の光がゆらゆら揺れて、彼の横顔に薄く影を落とす。

 その金の瞳が、ゆっくりとアタシに向けられた。


 少し迷って、少し覚悟して、そして──決めた人の目。


「……お前だからだ。スミレ」


「アタシだから?」


「そうだ」


 サン・ショウちゃんは視線を泉へ落とし、静かに言葉を継いだ。


「この前、街を一緒に歩いたとき……覚えているか?」


「まぁ、色々あったわよねぇ」


「お前は装飾工房のクロモジにも、獣人の子どもにも……当たり前のように接していた。

 “人間と魔族”を分けず、ただ相手を一人の人として扱っていた」


 それは、彼がずっと見ていたことだった。


「双子にも……本気で怒ったと聞いた。それは、“同じ目線で話す”事の証明だ。だから、仲間として……信じてもいいと思った」


 胸がじん、と熱くなる。


「俺は、人間とまた戦うことになる。その時……“背負っているもの”を知らずに隣に立たせるのは、違うと思った」


「……だから、話したのね」


「お前にだけは、知っておいてほしかった」


 言葉は淡々としているのに、その奥の感情はあまりにもまっすぐで、優しくて、苦くて……胸が締め付けられた。


「それに……」


「それに?」


 サン・ショウちゃんはほんの少しだけ笑った。

 普段の仮面の下では、こんな表情をしていたのね。


「今日、ウルカに“守りたい”って言っただろ。

 あの言葉を聞いて──話してもいいと思った。お前なら、俺たちを“味方”として見てくれる」


「あら、聞こえてたのね」


「……それに、覚悟を聞きたかった。

 人間として、魔族の側に立つということの……重さを」


 そこまで言って、彼はふっと視線を落とした。


「覚悟なら、もう決めたの」


 アタシは胸を張る。

 怖くても、不安でも、言わなきゃいけないから。


「アタシはアンタたちを守る。

 誰も殺しはしない。けど……アンタたちを傷つける相手には、立ち向かうわ」


 サン・ショウちゃんの瞳が、ゆっくりとまたアタシに向いた。

 揺れた光がきれいで、どこか切なくて──でも、強かった。


「……ああ。お前なら、その甘さも果たせるかもしれない」


 その声は、どこか安堵にも似ていて。

 長い間一人で背負ってきた重さが、すこしだけ解けたような表情をしていた。


「スミレ。聞いてくれて……ありがとう」


「いいのよ。仲間でしょ?」


 二つの影がほとりに伸びる。

 泉の中心では月がゆっくり揺れ続けていた。


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