表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界オネェ~20センチのピンヒールで階段から落ちた先は魔王領だったわ~  作者: 夢想PEN
第2章 戦場に咲く乙女の華

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/26

スミレのお悩み相談

 三人が出ていった後、しばらくの間ひとりで堂々巡りの自問自答を続けていた。

 答えなんて見つかるわけがない。


 鼻から深く息を吸い込み、頭を左右に振って雑念を追い払う。

「……あーもう、らしくないわアタシ! 一人で考え込んでても何も変わらないじゃないの!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、両手で頬をパチンと叩いて気合を入れる。

 背筋をすっと伸ばし、廃屋を出て焚火の方へ歩くと、香ばしい肉の匂いがふわっと鼻をくすぐった。


 ――あれ? 他の四天王たちは……あら、別の焚火のところに固まってるのね。

 少し離れた場所でサン・ショウちゃんは無心で剣の手入れをして、双子は肩を寄せ合ってコソコソ笑ってる。平和ねぇ。


「スミレ様。夕飯のご用意ができています。よろしければ、こちらへどうぞ!」


 焚火を囲んでいた十名ほどの犬獣人のグループから、一人がアタシに気づき、パッと駆け寄ってきた。

 近くで見ると、赤い布を腰に巻き、灰色の毛並み、鋭い爪。さっきまで、ちゃんと見る余裕はなかったけれど……狼男って感じなのね。


「あなたは……ウルカ、だったかしら?」


「はい! 私はウルカ。この部隊の部隊長をしております!」


 名前を呼んだ瞬間、ぱあっと表情が明るくなり、尻尾が小さく左右に揺れた。

 ほんと、魔王国の獣人って反応が素直で可愛いわ。


「よろしくね、ウルカ。今日はほんと大変だったわね」


「いえ、戦闘になるのは覚悟していましたが……まさか人間軍があれほどとは。スミレ様がご無事で本当に良かった」


 落ち着いた声の奥に、わずかな悲しみが滲んでいた。


「……ゴメンね。アタシにもっと力があれば――」


「いいえ。私たちの未熟さです。それに、犬獣人は戦いこそが本能。強敵に敗れたのなら仲間も悔いはありません。……だからこそ明日は、倒れた仲間のためにも絶対に勝って弔います」


 その言葉は途中から食い気味で、だけど真っ直ぐで……一切の曇りがなかった。


「えぇ、そうよね。勝ちましょう!」


 口から自然に出た言葉に、自分でも少し驚いた。

 そうよ、アタシは魔王軍の幹部。うじうじしてる場合じゃないわ!


「頼もしいです! さ、こちらへどうぞ」


 ウルカに案内され、瓦礫を並べただけの簡素な椅子に腰を下ろす。

 目の前では野ウサギのような生き物が串に吊られ、じゅうじゅう音を立てて焼かれていた。

 皮目にこんがりと焦げ目がつき、滴る脂が火に弾けるたびに芳ばしい香りが広がる。


 ……うっわ、絶対おいしいやつじゃん。喉が勝手に鳴るわ。


「なにこれぇ! おいしそうじゃない!」


「四天王様方がお話中に、泉のそばで捕まえておきました! 私たちは鼻が利きますので!」


 胸を張りながら尻尾を振る姿がもう、可愛いのなんの。

 ゼフたちとは違うタイプの“ワンちゃん味”ね、これ。


「さすが精鋭部隊ね。でも、大丈夫? 疲れてたりしない?」


「平気です! この泉のおかげで疲れなんて残ってませんよ。なんなら今すぐ戦えます!」


 そう言ってウルカが笑うと、焚火の周りにいた犬獣人たちも一緒に笑って応えた。


「ならいいわ! アタシも頂いていいかしら? 落ち着いたらお腹が空いちゃって」


 そう言うと、ウルカは頷き、小刀で肉を切り、小枝の串に刺して差し出した。


 一口かじる。

 瞬間、旨味の爆弾が口いっぱいに広がった。

 食感は鶏肉に近いけど、噛むとふわっとほどける柔らかさ。

 ミルクのような甘い脂が舌に広がり、最後にちょっとした野性味が残るのがまたたまらない。


「あらやだ……最っ高じゃない! ビール欲しくなるわね!」


「気に入っていただけて良かったです。びーる? は無いですが、泉の水で乾杯しましょう」


 カップを受け取り、コツンとぶつけ合う。

 その瞬間だけ、戦場にいるという事実がふっと遠のいた。


 肉を頬張りながら犬獣人たちの会話に耳を傾ける。

『人間軍は強かった』

『でも俺たちの方が強いぞ』

『お前さっきビビってただろ!』


 まるで戦場の居酒屋みたいに賑やかで、思わず口元が緩む。


 カップの水を揺らしていると、隣で話していたウルカがアタシを振り向き、真っ直ぐな目で言った。


「スミレ様、実は……ずっとお話してみたかったんです。

 魔王様が直々に人間を幹部にしたと聞いた時は驚きました。でも、あの火竜を一撃で倒したと知って……ますます興味が湧きまして!」


「あら……まぁ、あれは成り行きというか。叩いたら飛んで行っちゃったのよ」


「飛んで行った……やはり秘めた力があるのですね……!」


 興味深々で顔を近づける。鼻息が顔にあたるのがくすぐったい。


「ちょっと、近いわよウルカ」


「失礼しました!」


 ウルカが離れて座りなおす。


「あれは、誰かを守る力。……アタシが勝手に思ってるだけなんだけどね」


 そういうアタシの言葉を真剣に聞いていた。


「アンタは、誰か守りたい人とかいる?」


 そう問いかけるとウルカは一瞬だけ黙り、ちらっと焚火の炎を見た。

 その耳がすこし下を向く。


「……います。妻です。

 結婚して、子供が産まれたばかりなんですが……最近、口をきいてくれなくて」


「えっ、新婚でそれはあかんやつじゃない」


「はい……多分私のせいなんです。

 犬獣人は代々、“戦士は戦い、女は家を守る”。それが当然で……私もそれを疑ったことがなくて」


 あぁ、なるほどね、と胸の内でうなずく。

 ウルカの表情は真面目で、でもどこか不器用で、見ているこっちの胸がきゅっとなる。


「でも最近は違うんです。

 時代が変わって、“男も子育てに参加してほしい”って言う女が増えてきていて。

 私の妻も……その一人で」


「アンタ、手伝ってなかったのね?」


「はい……。俺は魔物や人間と戦ってばかりで。子供の世話なんて何をどうすればいいか分からなくて。分からないから、つい……やらずに逃げてしまって」


 弱気に垂れた耳が火の赤に照らされる。

 戦士の顔よりもずっと素直で、ずっと若い表情だ。


「ウルカ、それはね――」


「す、すみません……!」


「怒ってないわよバカ。まだ何も言ってないじゃないの」


「す、すみません……!」


 反射で謝るあたり、本気で悩んでる証拠ね。


 アタシは少し瓦礫に座り直し、ウルカに向き直った。

 焚火の熱が横顔にじりじり染み込む。


「アンタね、自分の妻と子供を守りたいんでしょ?」


「……はい。守りたいです。

 でも、どうすれば……」


「戦闘だけが守る手段じゃないわよ」


 ウルカがぱちっとこちらを見た。


「家のことも、子供の世話も、ちゃんと“戦い”よ。むしろそっちの方が難しいわ。敵は泣くし怒るし寝ないし、こっちの思い通りになんて動かないんだから」


 周りの犬獣人たちが、思わずこくこく頷くのが見える。

 ほら、皆心当たりあるのよ。


「アンタはね、“知らないからできない”って思ってるでしょ? でもそれ、戦いだったら絶対言わないわよね?」


 ウルカが目を見開く。


「新しい敵の動きが分からないから戦いません、なんて言う?」


「……言いません」


「でしょう? だったら家庭でも同じよ。

 分からないなら覚えるの。失敗したら、謝ればいいの。大事なのは“やろうとする気持ち”よ」


 ウルカの耳が、少しだけ上を向いた。


「あいつ、喜ぶかな……」


「そりゃあ喜ぶわよ。『ただいま』って帰って、そのまま抱きしめてあげなさい。それだけで女の半分は落ちるんだから」


 犬獣人たちが「おお……」と妙に感心した声を漏らした。


 でも、そこで胸の奥がちくりとする。

 こんな平和な相談をしているのに、外では戦争が続いている。

 魔族にも家族がいて、未来があって、守りたいものがある。

 それを知ってしまったら――


「……アタシね、ウルカ」


 言葉が自然とこぼれた。

 ウルカも仲間たちも、静かにこちらを見る。


「誰も殺したくないのよ。本当はね」


「……はい」


「でも誰のことも守りたいの。アンタの家族も、仲間も、魔族も。……そして、人間も。

 そんなの甘いって笑われるかもしれないけど――」


 アタシはカップを少し持ち上げた。

 泉の冷たい水が炎に反射して揺らめく。


「そのためなら、アタシはいくらでも戦うって決めたわ。

 戦わないと守れないなら、なおさらね」


 ウルカは、ぎゅっと拳を握った。


「……スミレ様。俺、戦いが終わったら、最初に妻に会いに帰ります。ちゃんと向き合います。

 それが……守るということなんですね」


「そうよ。アンタの守りたいもの、全部守りなさい。その代わり――絶対生きて帰りなさいよ?」


 ウルカの尻尾が力強く揺れた。


「はいッ!!」


 焚火の向こうで笑い声が上がる。

 戦場の夜なのに、そこだけまるで温かい家の中みたいに感じた。

面白いと思ったら評価頂けると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ