スミレのお悩み相談
三人が出ていった後、しばらくの間ひとりで堂々巡りの自問自答を続けていた。
答えなんて見つかるわけがない。
鼻から深く息を吸い込み、頭を左右に振って雑念を追い払う。
「……あーもう、らしくないわアタシ! 一人で考え込んでても何も変わらないじゃないの!」
椅子から勢いよく立ち上がり、両手で頬をパチンと叩いて気合を入れる。
背筋をすっと伸ばし、廃屋を出て焚火の方へ歩くと、香ばしい肉の匂いがふわっと鼻をくすぐった。
――あれ? 他の四天王たちは……あら、別の焚火のところに固まってるのね。
少し離れた場所でサン・ショウちゃんは無心で剣の手入れをして、双子は肩を寄せ合ってコソコソ笑ってる。平和ねぇ。
「スミレ様。夕飯のご用意ができています。よろしければ、こちらへどうぞ!」
焚火を囲んでいた十名ほどの犬獣人のグループから、一人がアタシに気づき、パッと駆け寄ってきた。
近くで見ると、赤い布を腰に巻き、灰色の毛並み、鋭い爪。さっきまで、ちゃんと見る余裕はなかったけれど……狼男って感じなのね。
「あなたは……ウルカ、だったかしら?」
「はい! 私はウルカ。この部隊の部隊長をしております!」
名前を呼んだ瞬間、ぱあっと表情が明るくなり、尻尾が小さく左右に揺れた。
ほんと、魔王国の獣人って反応が素直で可愛いわ。
「よろしくね、ウルカ。今日はほんと大変だったわね」
「いえ、戦闘になるのは覚悟していましたが……まさか人間軍があれほどとは。スミレ様がご無事で本当に良かった」
落ち着いた声の奥に、わずかな悲しみが滲んでいた。
「……ゴメンね。アタシにもっと力があれば――」
「いいえ。私たちの未熟さです。それに、犬獣人は戦いこそが本能。強敵に敗れたのなら仲間も悔いはありません。……だからこそ明日は、倒れた仲間のためにも絶対に勝って弔います」
その言葉は途中から食い気味で、だけど真っ直ぐで……一切の曇りがなかった。
「えぇ、そうよね。勝ちましょう!」
口から自然に出た言葉に、自分でも少し驚いた。
そうよ、アタシは魔王軍の幹部。うじうじしてる場合じゃないわ!
「頼もしいです! さ、こちらへどうぞ」
ウルカに案内され、瓦礫を並べただけの簡素な椅子に腰を下ろす。
目の前では野ウサギのような生き物が串に吊られ、じゅうじゅう音を立てて焼かれていた。
皮目にこんがりと焦げ目がつき、滴る脂が火に弾けるたびに芳ばしい香りが広がる。
……うっわ、絶対おいしいやつじゃん。喉が勝手に鳴るわ。
「なにこれぇ! おいしそうじゃない!」
「四天王様方がお話中に、泉のそばで捕まえておきました! 私たちは鼻が利きますので!」
胸を張りながら尻尾を振る姿がもう、可愛いのなんの。
ゼフたちとは違うタイプの“ワンちゃん味”ね、これ。
「さすが精鋭部隊ね。でも、大丈夫? 疲れてたりしない?」
「平気です! この泉のおかげで疲れなんて残ってませんよ。なんなら今すぐ戦えます!」
そう言ってウルカが笑うと、焚火の周りにいた犬獣人たちも一緒に笑って応えた。
「ならいいわ! アタシも頂いていいかしら? 落ち着いたらお腹が空いちゃって」
そう言うと、ウルカは頷き、小刀で肉を切り、小枝の串に刺して差し出した。
一口かじる。
瞬間、旨味の爆弾が口いっぱいに広がった。
食感は鶏肉に近いけど、噛むとふわっとほどける柔らかさ。
ミルクのような甘い脂が舌に広がり、最後にちょっとした野性味が残るのがまたたまらない。
「あらやだ……最っ高じゃない! ビール欲しくなるわね!」
「気に入っていただけて良かったです。びーる? は無いですが、泉の水で乾杯しましょう」
カップを受け取り、コツンとぶつけ合う。
その瞬間だけ、戦場にいるという事実がふっと遠のいた。
肉を頬張りながら犬獣人たちの会話に耳を傾ける。
『人間軍は強かった』
『でも俺たちの方が強いぞ』
『お前さっきビビってただろ!』
まるで戦場の居酒屋みたいに賑やかで、思わず口元が緩む。
カップの水を揺らしていると、隣で話していたウルカがアタシを振り向き、真っ直ぐな目で言った。
「スミレ様、実は……ずっとお話してみたかったんです。
魔王様が直々に人間を幹部にしたと聞いた時は驚きました。でも、あの火竜を一撃で倒したと知って……ますます興味が湧きまして!」
「あら……まぁ、あれは成り行きというか。叩いたら飛んで行っちゃったのよ」
「飛んで行った……やはり秘めた力があるのですね……!」
興味深々で顔を近づける。鼻息が顔にあたるのがくすぐったい。
「ちょっと、近いわよウルカ」
「失礼しました!」
ウルカが離れて座りなおす。
「あれは、誰かを守る力。……アタシが勝手に思ってるだけなんだけどね」
そういうアタシの言葉を真剣に聞いていた。
「アンタは、誰か守りたい人とかいる?」
そう問いかけるとウルカは一瞬だけ黙り、ちらっと焚火の炎を見た。
その耳がすこし下を向く。
「……います。妻です。
結婚して、子供が産まれたばかりなんですが……最近、口をきいてくれなくて」
「えっ、新婚でそれはあかんやつじゃない」
「はい……多分私のせいなんです。
犬獣人は代々、“戦士は戦い、女は家を守る”。それが当然で……私もそれを疑ったことがなくて」
あぁ、なるほどね、と胸の内でうなずく。
ウルカの表情は真面目で、でもどこか不器用で、見ているこっちの胸がきゅっとなる。
「でも最近は違うんです。
時代が変わって、“男も子育てに参加してほしい”って言う女が増えてきていて。
私の妻も……その一人で」
「アンタ、手伝ってなかったのね?」
「はい……。俺は魔物や人間と戦ってばかりで。子供の世話なんて何をどうすればいいか分からなくて。分からないから、つい……やらずに逃げてしまって」
弱気に垂れた耳が火の赤に照らされる。
戦士の顔よりもずっと素直で、ずっと若い表情だ。
「ウルカ、それはね――」
「す、すみません……!」
「怒ってないわよバカ。まだ何も言ってないじゃないの」
「す、すみません……!」
反射で謝るあたり、本気で悩んでる証拠ね。
アタシは少し瓦礫に座り直し、ウルカに向き直った。
焚火の熱が横顔にじりじり染み込む。
「アンタね、自分の妻と子供を守りたいんでしょ?」
「……はい。守りたいです。
でも、どうすれば……」
「戦闘だけが守る手段じゃないわよ」
ウルカがぱちっとこちらを見た。
「家のことも、子供の世話も、ちゃんと“戦い”よ。むしろそっちの方が難しいわ。敵は泣くし怒るし寝ないし、こっちの思い通りになんて動かないんだから」
周りの犬獣人たちが、思わずこくこく頷くのが見える。
ほら、皆心当たりあるのよ。
「アンタはね、“知らないからできない”って思ってるでしょ? でもそれ、戦いだったら絶対言わないわよね?」
ウルカが目を見開く。
「新しい敵の動きが分からないから戦いません、なんて言う?」
「……言いません」
「でしょう? だったら家庭でも同じよ。
分からないなら覚えるの。失敗したら、謝ればいいの。大事なのは“やろうとする気持ち”よ」
ウルカの耳が、少しだけ上を向いた。
「あいつ、喜ぶかな……」
「そりゃあ喜ぶわよ。『ただいま』って帰って、そのまま抱きしめてあげなさい。それだけで女の半分は落ちるんだから」
犬獣人たちが「おお……」と妙に感心した声を漏らした。
でも、そこで胸の奥がちくりとする。
こんな平和な相談をしているのに、外では戦争が続いている。
魔族にも家族がいて、未来があって、守りたいものがある。
それを知ってしまったら――
「……アタシね、ウルカ」
言葉が自然とこぼれた。
ウルカも仲間たちも、静かにこちらを見る。
「誰も殺したくないのよ。本当はね」
「……はい」
「でも誰のことも守りたいの。アンタの家族も、仲間も、魔族も。……そして、人間も。
そんなの甘いって笑われるかもしれないけど――」
アタシはカップを少し持ち上げた。
泉の冷たい水が炎に反射して揺らめく。
「そのためなら、アタシはいくらでも戦うって決めたわ。
戦わないと守れないなら、なおさらね」
ウルカは、ぎゅっと拳を握った。
「……スミレ様。俺、戦いが終わったら、最初に妻に会いに帰ります。ちゃんと向き合います。
それが……守るということなんですね」
「そうよ。アンタの守りたいもの、全部守りなさい。その代わり――絶対生きて帰りなさいよ?」
ウルカの尻尾が力強く揺れた。
「はいッ!!」
焚火の向こうで笑い声が上がる。
戦場の夜なのに、そこだけまるで温かい家の中みたいに感じた。
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