な~んかこの女神気に食わないわね
どこまでも続く、真っ白な空間。
自分が立っているのか浮いているのかすら分からない。
そんな感覚のまま進んでいくと、うっすらと光の中に四本の絢爛な支柱と、その中心に玉座のようなものが見えてきた。
「もう、なんなのここ? 白すぎて目がシパシパするわ……」
目を凝らすと、玉座にはひとりの女が腰かけていた。
頭には花の冠、身にまとうのは半透明のベール――その下には、布面積の少なすぎる乳バンドと、気に食わないレースのパンツ。
「……はぁ、やっと来たわね」
ひじ掛けにもたれながら、退屈そうに吐かれたその声。
聞き覚えがある。――あの、新宿の夜空で聞いた声だ。
「ちょっとぉ~、初対面でなんか感じ悪くな~い? まぁ、別にいいけど」
「良くいらっしゃいました。私の名は“ハレンチ”。生と死を司る女神です。あなたの“死後の願い”を叶えるためにお迎えしましたー」
やる気の無い、気だるそうな声。
「はいはい、ご丁寧にどうも。アタシは純恋よ。よろしくね。……ていうか、アンタその格好なに? 名は体を表すってこういうこと?」
「うるさいわねっ! これは天界の制服よ! 好きで着てるわけじゃないの!」
立ち上がって手をバタつかせるハレンチに、思わず笑いが込み上げてくる。
「おぉ~怖っ。アンタ、仮にも“女神”なんだからもうちょい神々しくしなさいよ。……まあ、ツンケンしてるよりはマシだけどね。それで? アタシ、なんで呼ばれたわけ?」
「はぁ……これだから人間は……」
「何か言ったかしら?」
「いえ、なんでもありません」
咳払いをして服を整えると、女神ハレンチは神妙な顔つきで語りだした。
「あなたはその心の清さゆえ、天界から特別に“願いを叶え”、新たな生を享受することが認められました。――よって、“スキル”を授けたうえで別の世界へ送ります。“転生”か“転移”、どちらを選びますか?」
わけが分からず首をかしげた。
(てんせい? てんい? なにそれ?)
「生まれ変わるのはわかったけど、その“転生”と“転移”ってなにが違うの?」
「転生は、その世界で新たに生まれ直すこと。転移は、今の姿のまま別の世界へ行くことです。……おすすめは転生です。何も背負わず、まっさらな人生を歩めますから。逆に転移だと、現在の姿のまま行くため――ぷっ」
ハレンチは思わず吹き出し、肩を震わせている。
「……なに笑ってんのよ」
「いえ……失礼。ふふ……転移だと、今のその……姿のまま行くことになりますので、現地では……ぷっ、トラブルが起きるかもしれませんね」
「アンタ、ほんっと気に食わない女ね。嫌いよ。……でも、アタシは転移を選ぶわ」
「理由を、聞いてもいい?」
ふふ、そんなの決まってるじゃない。
「もし生まれ変わったとして……それは本当に“アタシ”なのかしら?
今のアタシを作ったのは、これまでのなが~い苦労と涙と笑いよ。アタシはアタシのまま、恋して、笑って、生きたいの。それが理由」
女神ハレンチは少し呆れたようにため息をついた。
「……なるほどね。そこまで言うなら止めないわ。転移を選ぶ人間なんて珍しいけど」
「珍しいのは昔からよ。流行りとか、合わせられない性分なの」
腰に手を当て、胸を張る。ピンヒールの音が“カツン”と白い床に響いた。
ハレンチは口元をわずかに緩め、指を鳴らす。
空中に女神の体半分くらいの大きさで、金色に輝く本が現れ、パラパラと紙がめくれ、眩い光が飛び出す。
「ではスキルを授けます。これには、今までの人生が反映されるわ。
……ん?初めてみるわね。……まぁいいや。
えっと、あなたには――『口撃』と『おねぇスラップ』の二つになるわ」
空中にスキル名が浮かび上がる。
「ちょっと、『口撃』って……下ネタっぽい響きねぇ。アタシは得意だけど、アンタのセンスないわよ」
「違うの! “言葉で相手の精神を揺さぶる”攻撃スキルよ! あなたの“言葉の刃”は、人間界でも相当だったでしょ?」
「まぁね♡ 営業で何人のクレーマー黙らせたと思ってんのよ〜?」
「そしてもう一つ、『おねぇスラップ』。えっと……手のひらで“いやん♡”と叩くと、その瞬間あらゆる魔法や物理攻撃を無効化できる。ただし――気持ちが乗ってないと発動しません。……なんなのこのスキル」
「気持ちが乗ってないと? つまりテンション低い時はダメってこと?」
「そういうことみたいね。……私もよく分からないけど、もしかしてあなたって、ノリが悪いと何もできないタイプ?」
「失礼ねぇ! アタシはノリと勢いで生きてきたオンナよ!!」
アタシが腰をくねらせて怒鳴ると、ハレンチはまた“ぷっ”と吹いた。
「なによっ!」
「だって……そのヒールで腰振ると……転びそうなんだもーん……っ!」
「うっさいわねぇぇぇぇええ!!!」
アタシの怒号が響いた瞬間、床に光の魔法陣が浮かび上がる。
「なにこれ!? まだ心の準備が──」
「転移の儀式、開始。じゃあね、“特別扱い”のオネェさん♡ あっ、言葉は通じる様にしといたから、感謝しなさい」
「待ちなさい女神ッ! アンタ、アタシのパンツも違うのにしな──っ!?」
まばゆい光とともに、体は宙へと放り出された。
次に目を開けた時、冷たい風。木々のざわめき。
ヒールが空を切り、地上まで急加速。
「え、ちょっと待って……これ、地面どこ!? 地面どこよォォォッ!!!」
――ドガァァァァン!!
「……っっいたぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうやら二十メートルはあろうかという崖から真っ逆さまに落ちたらしい。
砂煙の中で頭を抱えると、怒りが湧いてきた。
「……あの女神、ぜっっっったい許さないから!!」
その時、森の奥から遠吠えが聞こえた。
「あら、やだ。早速何!? アタシ、まだリップも塗ってないのにぃ!」
――こうして、八尺純恋の新たな人生(?)が、静かに幕を開けた。




